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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
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3−5 事件の落ち着く先

 何とか近くの木の枝にぶら下がった私だったが、右足に力が加わると激しく痛む。もう限界だった。続けて四射が飛んでくるのを避ける為に腕で体を持ち上げる様に見せかけて、風で持ち上げ、その枝を起点に跳ぶように見せかけて壁の上に乗り上げる。右足はもう痛みで使えない。体を壁の向こう側に滑り落として、そのまま羽根を広げて滑空し、上昇する。女達もイライザもいなかった。聖女アグネスがいた辺りを見たが、誰もいなかった。少なくとも時間稼ぎはある程度出来たのだろう。


 何とか着地をする。刺さった矢に風が当たって激しく痛むんだ。軸が揺れて鏃が絶えず太腿の中を傷つけてどうしようもない。抜かないと飛べない。だから決死の覚悟で抜き取る。

「があっ」

思わず声が出る。弓とは何と残酷な武器だろう。刺さって傷を作る。抜いて傷を広げる。戦に出る事があったら弓兵をまず皆殺しにすべきだ。女は戦場に行かないけど。足の中心近くまでの傷が更に大きくなった。外傷は経験しているがこんな内部の痛みは経験した事がなく、耐えられない痛みになっている。


 でも、これで何とか飛べる。足の中からじくじく痛む矢傷に耐えながら、翼を羽ばたかせるが、その振動が痛みを呼ぶ。右足を風で支えて揺れない様にしながら飛ぶ。体が異常に寒く、震えが止まらない。眠い。だんだん右足の痛みを感じなくなってきた。麻痺してきたのか…


 意識が時々薄れて、墜落しそうになる。それでも何とか意識を繋いで大岩まで辿り着く。でも、もう駄目だ。意識が飛ぶ。


 ふと気が付く…まだ生きている様だった。でも、蝙蝠人間がこんなところで死んでいたら問題だ。両親にも迷惑がかかる。右手を丸めて、黒蝙蝠が出てくるイメージをする。右手から顔を出して蝙蝠は、二言鳴いた。

「キィキィ」

そうして右手の中に溶け込んでいった。何!?今の!?分かる様に言ってよ!…無理な話だ。相手は蝙蝠なんだ。しかし、翼が解除出来ない。蝙蝠人間の死体がみつかったらどんな騒ぎになるか。悪魔の手先が現れた、と新たに教会と代官が締め付けを厳しくするだろう。そうして人身売買の疑いが有耶無耶にされてしまうのではないだろうか…悪魔は分かりやすい敵だ。


 跪く私は絶望に捕らえられていて、気付いていなかった。よくよく考えると、右膝に当たる大岩が冷たい事に。あれ、右足、麻痺してたんじゃ無かったっけ?しかも、右足も使って跪いている?


 外套を広げ、右太腿を見る。短いスカートから伸びた足は、細いだけで色気が無かった。…その話題は別にして。色気は無いが、傷も無かった。血の跡もかさぶたも無かった。


 待て、これはとても不味い状況じゃないのか。私は蝙蝠の手先、と言いながら、蝙蝠には能力を人に与える能力など無い。だから、蝙蝠は誰かに操られていて、私は間接的に使われているのだと思っていた。蝙蝠を使う様な上司なんて、そういう存在の命令を聞かなくても人間としては正しいから、いざとなったら逃げようと思っていた。


 でも、治療能力は不味い。それが悪魔の技の訳が無いのだから。…うん、私は何も見なかった。今日は何も無かった。人間、一日くらい記憶に無い日があるものだ。うん。忘れよう。じゃなくて記憶にありません。


 さあ、寮に帰って寝よう。一晩寝たら、気まずい話題なんてきれいさっぱり忘れてしまえるんだ。人間だもの。女達の事は聖女アグネスとイライザが総領事館で世話をすれば良い。二人だって阿呆じゃないんだからそのまま総領事館で亡命を申し出るだろう。


 その頃、南の国の総領事館の門を出るフードを被った二人を壮年の男が見送る。

「本当にありがとうございました。工場の者があんな風に女性を扱っているとは知らず、思わず連れ出してしまいましたが、都市の者だとまず工場に通報されてしまうので困っておりました」

「いえ、困っている人達を助けるのは主の教えの一つです。神の僕として当然の事です。ですが、明日、彼女達に聞き取りの後、お話を伺いたく思います」

「ええ、修道院にお越しください。何なりとお答え致します」

「では、護衛を二人付けます。お気をつけて」

「ありがとうございます」

そうして総領事館から四人の影が出て行く。フードの一人がもう一人に小声で話しかけた。

「あの方にご迷惑をおかけする訳にはいきません。責任を取って捕らえられる者がいないと。イライザには迷惑をかけて済みませんが…」

「いえ、これも私の望んだ事です。私では力不足で彼女達を助けてあげられませんでしたが、あの方のおかげで願いが適いました。背徳者達の責めくらい、聖職者として耐えて見せましょう」

そうして護衛を含む四人は修道院へ向かった。


 さて、昨日の事は綺麗さっぱり忘れた私だったが、工場は昨日ははやり病を根拠に仕事が休みだった。工場の衣類の在庫はさほどの余裕は無い。だから今日は職場毎に午前と午後に分けて短縮勤務となった。午前にズボン班、午後にシャツ班となった。工場上層部にしたら、就職年度で労働者を分断しようと言うのだろう。そうして午後に呼び出しがあり出勤したが、何分、昨日は紡績工場も機織工場も止まっていた。裁縫工場の午前の仕事で一部の布の在庫が無くなってしまった為、私達は工場の掃除をする事になった。


 掃除をするとなると、普段の裁縫と違って目に見える成果数が無いからサボる者はサボる。私の班の筈のエイミーは隣の班のベティ達とひたすら喋っている。仕方が無いのでケイと二人で担当箇所の雑巾がけをする。元々私達は油っ気の少ない食事をしている。冷たい水で何度も雑巾をゆすいでいる内に、ひび割れが出来てしまった。ひび割れが出来た状態で汚れた雑巾をゆすぐのは傷口から汚れが入って深刻化する可能性があるんだが…とりあえずゆすいだ後に綺麗な水で手をゆすぐ事にする。


 …ちょっとズルをするか。ひび割れが出来た手と逆の手をひび割れの出来た個所に付けて、肉が盛り上がるイメージを浮かべる。やっぱり、ひび割れが治った。…忘れよう。最初からひび割れなんてなかったんだ。


 その日の仕事を終え、寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、思案する間もなく蝙蝠の鳴き声を聞いた。どう考えても悪いニュースだろう。私は窓を開け、外に飛び出した。

 ここで明日は第三王子調査隊の更新です。月曜以降、本作は続きます。

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