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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
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3−1 異変(1)

 その日、何も異常が起きない裁縫工場に、キアラは安堵した。まだ調査官は捕まっていない、という事だ。捕まれば帳簿盗難の犯人捜しが始まる筈だから。調査官と代官の会う約束の時間が朝9時だとしたら、念の為調べ出す、そして盗難に気付くのは10時過ぎだろうか。こういう時は何か変わった素振りをしていてはいけない。だから変な洞察はせずにちくちくと針を動かす事に専念していた。


 異変は10時に起きた。工場長ほか上層部が大声を上げたんだ。

「紡績工場ではやり病の患者が出た!全員作業を中止し、手洗いの後に部屋へ戻れ。昼は各ブロックに呼びに行くから、なるべく部屋から出るな!」

なるほど、はやり病とは中々良い言い訳だ。この工場の裏を知る者なら病=怪しい事態と思うのだろうが。上層部の指示で、各職場毎に順に自室に戻る事になった。ケイがこちらをちらっと見た。

「部屋で安静にしていて。具合が悪くなったら寮母に報告に行って」

「うん」

隣の班の班長のキャシーがこちらを見ている。背中に汗が滲む。この人の視線は明らかに目的のある視線だ。病気の話しかしていないから不審に思われる点は無い筈だが、やましい気持ちは目一杯ある。緊張するなと言うのが無理だ。いや、やましいというより社会正義に適った行動なんだが。


 そうして部屋に戻る前にトイレに寄って、部屋の扉を閉めたキアラはまず窓の閂を外した。不審な呼び出しがあった場合に逃げる経路の確保だ。窓を開けると冷たい12月の空気が入ってくる。空は薄い雲が一部かかっているが、基本は晴天だ。この空を蝙蝠の翼を広げて逃げる…もう港湾都市にはいられなくなるな…

一方、晴れているなら馬車は飛ばしていけるかもしれない。何とか王領に辿り着いて頂きたい。問題は当代の王が先代と同じタイプの人間なのかどうかだが…これだけ港湾都市内で広がってしまっている王家と関係した不正の噂…教会の総本山のトップ、教皇に破門されたくなければ組織を王家が撲滅する必要がある筈だ。


 …寒い。体調を崩して工場長達に拘束されたらその先が怖い。窓を閉じ、閂は少しずらせば落ちる様にしておく。そうして布団を被って丸くなった。


 ガン、ガン、ガン。ドアノッカーを叩く音がする。しまった、寝ていた。小窓を開けてやって来た者に話かける。良かった、学生労働者だ。

「ごめん、寝てた。どうかしたの?」

「この辺の連中が昼飯の順番だよ。後が詰まってるからさっさと行きな」

「うん、ありがとう」

伝言を伝える女は隣の部屋のドアノッカーを叩きに行った。今のところ、裁縫工場は疑われていないのか?そりゃあ、真っ先に疑われるのは紡績工場だ。壁で囲まれているから、工場から他の工場への移動は出来ないが、工場の壁の中なら結構自由に動ける。不審な行動をしていれば疑われて危ない事にはなるが。今回ならそういう事で昨晩から今朝の間に外を歩いていた等と言うような噂が立たなければ拘束されないだろう。


 …裁縫工場の寮の連中は誰も冬の夜に窓を開けていなかった。真っ暗だった。だから私の目撃証言は無い筈だけど…ああ、まず昼食に専念しよう。昼食の様子も監視されているかもしれない。昼食ははやり病の伝染を避ける為に、一人一人は間を開けて座る様に指示された。実情は情報伝達を避ける為だろう。変な噂が流れて暴動が起こる事を危惧しているのか、工場内逃走・破壊グループなんてものがキャシーの言う様に本当にあるのか?罠にしか見えないぞ。15時休憩にいつもは水分を取っているが、今日は無いだろう。そうなると今水分をしっかり取っておかないと後々影響が出るかもしれない。しっかり飲んでから部屋に戻ろう。


 夜まで動きは無かった。寝すぎて夜眠れなくなりそうだ。夕食と水浴びも呼び出し制で、いつもより少し遅くなった。


 寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、思案する間もなく蝙蝠の鳴き声を聞いた。急ぎの用か!誰かが捕まったんだ。ロウソクの火を消して窓から飛び降りる。林の中でマスクと翼を出し、飛び上がる。


 蝙蝠達は工場から学校へ降りる階段の東を飛んで行く。不味い、代官の館に動きがあるんだ。あの育ちの良さそうな調査官は逃げきれなかったのか…最初で最後のチャンスが潰れた可能性に心が沈む。後6年の寿命か…蝙蝠達としては急いで代官の館に飛んで行く。ところが、代官の館の東側に着地させられた。…当然、代官の館も厳戒態勢なんだ。侵入できないと。


 蝙蝠の一匹が私を見つめ、視覚の転送が始まる。蝙蝠は二匹で飛んで行き、私の許に二匹が着地している。蝙蝠は彼等にしては高い空を飛んで行く。下に見える代官の館は、所々でかがり火を焚いていた。見張りもそこかしこに立っている。彼等は伯爵家の領軍の兵だと思うが、全員が人身売買に係わっている訳では無い筈だけど、命令があれば不審な女の言葉など無視して切り捨てられるだろう。説得は難しいと思う。思案する私など気にせず(近くにいないのだから当然だ)蝙蝠は倉庫らしき建物の扉に飛びつく。一匹が隙間を通って倉庫に入り込む。管理室の窓の上を通り過ぎ、また内部の扉の隙間を通って室内に入り込む。


 そこでは、裸にした女達を立たせて、男達がその背中を木剣らしきもので殴っていた。

 裸にするのは、お前の人権など認めない、という意思表示で、拷問の初歩ですね。現代でも某国がやってます。

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