2−13 情報の行方
騎士団の調査官、ブライアン・コートネイは不審な女の警告は重要と考えていた。この都市の全ての勢力が不正を知っていて報告していない。そんな中から不正の証拠を持ち出そうとしたら、味方はいない。もちろん、南の国の総領事館は少なくとも積極的に不正に関与はしていないだろうが、そこに不正の証拠を持ち込んだら国家として不利になる。世界に広まっている教会の教義は博愛だ。教義に悖る人身売買など教会は表向きには認めず、この人身売買の噂が表に出れば宗教的な処罰は免れない。だから外国には頼れない。逃げるしかなかった。
一方、不審な女が逃げろと言っても、監視が付いていれば無理である。実際には彼女が侵入して来た事自体が監視の不在を示している。何しろここは高級宿で、普段は海外からの客が泊まる事が多い。そんな宿に不正の片棒を担がせたら、外国への密告が怖い。そういう理由でこの高級宿には不正の跡を残す事は出来ない為、宿内の監視も出来ないだろうと推測された。
ここで問題は、火急の用事が出来たとは言え、任務は任務として存在するという事だ。一応先方に延期の依頼をしないといけない。この男はこんなところに調査任務で派遣される男である。実戦型というよりは参謀型の人間だった。だから用兵の妙で切り抜けてやろう、と決心した。
馬車の御者、護衛、侍従を呼んで、夜明け前に引き返す事を伝えた。相手に対する作戦だ、とだけ伝えて。一方、従者、つまり騎士団の武官寄りの人間には説明せず、早朝に書簡を持たせて港湾警察に向かわせた。その隙に自分達は北方の王領へ向かった。従者には港湾警察の指揮官の目覚めまで待って書簡を渡せと伝えた。
しばらくして目覚めた指揮官はあまりの無作法に苛ついたが、ともかく調査官の従者に会う事にした。従者が渡した書簡にはこう書いてあった。
『国家の一大事となる危機が迫っており、本官は王都へ進言に行く。貴官には事あらば一番槍の命が届く様に進言する故、本官が戻るまで我が従者の滞在をお許し頂きたい。また、本日の任務は延期となった由、先方によろしく伝えて頂きたい。なお、仔細は機密に付き、伏せて頂きたい」
一読した港湾警察指揮官は心の中で若造を罵った。自分に日和見をしろと言うのだ。
国家の一大事とは普通に考えれば南の国から軍船が来る可能性になろうが、冬の時化の最中の軍船の大船団など考えられない。思い当たる事があるだろう?と脅迫の後、王に取りなし、いざとなれば真っ先に代官を捕らえて忠誠心を示す機会をやるから上手くやれ、と言うのである。もちろん、調査官が途中で捕らえられれば、従者を捕らえていた、と言い訳が出来る様にお土産を渡してくれている。他に策も無いのでとりあえず侍従を外に出さずに、約束の時間には自分が行って釈明してやろう、と考えた。こうして調査官は敵の取り崩しに成功した。
そういう事で、代官の館には約束の時間の数分前に港湾警察の司令官がやって来て、調査の延期を伝えた。我が警察にて侍従を預かっているから、そう長くかからずに戻ってくるだろう、とだけ司令官は伝えた。それが朝の9時であり、調査官が宿を発ってから3時間以上経過していた。港湾警察司令官は、調査官が人質として従者を残していったが、一方、一人分軽くして馬の負担を減らした事も理解していた。愛想良くしながら、代官とは少し距離を取るべきと考えていた。
代官の方は突然の予定変更を当然訝しんだ。もちろん王都側、騎士団側で問題が起こった可能性もあるが、とりあえずこちらで確認出来る事を確認しようと考えた。つまり、何か情報が既に渡ってしまっているのではないか、それを確かめる事にした。だから部下にすぐに三工場長を呼びに行かせた。
「何か感づかれた可能性がある。各工場での情報漏洩の有無を確認しろ。もしかすると、泳がせていた工場内逃走グループが外部と接触した可能性がある。こちらが罠として展開していた偽逃走グループの者にも報告させろ」
「他の貴族が送り込んだ間諜から漏れた可能性もあります。全員寮に押し込めて怪しい者を個別に聞き取り致します」
「まず例の帳簿の有無を確認します」
「うむ。鍵がかかっているから大丈夫とは思うが、女達を全員部屋に押し込めたら真っ先に確認しろ」
こうして10時には工場の女達は自室に戻る様に伝えられた。10時半には工場から女達がいなくなり、紡績工場の工場長達は綿花受け入れ事務所に向かった。事務所の扉にも鍵がかかっており、隠し金庫も本棚で隠してあった。取り越し苦労かと工場長達は安心したが、念の為、本棚をスライドして隠し金庫を開けてみた。一目見て、一番上に置いてあった筈の帳簿と暗号表が無くなっていた。
それでも勘違いかもしれない、と金庫の中身を全て取り出し三回確認してみたが、やはり見つからなかった。
真っ青になった紡績工場長は、急いで代官の館に向かった。
月曜から3章になります。もう蝙蝠以外は緊迫状態になります。
明日は第三王子調査隊の投稿になります。第一稿は書けたけど、ちょっと推敲が必要な気がしています。




