2−12 ここが勝負所
新しい話はないので説得が聖女の時の焼き直しに見えるかもしれません。くどいの嫌な方は読み飛ばしてください。
一先ず紡績工場の綿花受け入れ事務所から飛び立つ。蝙蝠は合計四匹近くにいる。つまり二匹は先行して騎士団調査員を探している筈だ。蝙蝠二匹が先行する。付いて来いという訳だ。弱い風だから蝙蝠も殆ど影響を受けずに飛んで行く。
少し長い距離を高台から平地まで降りる空路は蝙蝠とキアラの降下距離の差が大きいが、キアラもそろそろ速度調節に慣れて来た。羽ばたいて降下速度を下げる時に、少し大きく上に上がれば調整が利く。もちろん、一人でつーっと緩降下する方が世話は無いが。
今日は大岩から繁華街のずっと西側の上空を通って港に近づき、人気の無い地域から宿屋街を目指す様だ。下が暗い地域を選んでなるべく高空を使って移動する。つまり、あの立ちんぼ達が立つ公園の廃屋側の上空を通る。上から見ても屋根がボロボロの家が並ぶ。古い町並みの横に新しい都市を東の方に増設していったんだろうか。現在の港の西側の海岸近くまで廃屋は連なっている。下も心配だが、何せ今晩は今晩にしか出来ない事をやらねばならない。明日の夜は接待が行われるだろうから下手をすると代官の館に泊まるかもしれない。流石に代官の館の中に忍び込むのは無謀だ。敷地の林の中ならそうでもないが。
倉庫街の建物の間で蝙蝠が大人の背丈程度の高さでくるくる回り始めた。ここから歩けという事だろう。蝙蝠の翼で飛ぶ女が何やら資料を持ってきても、悪魔の誘いと思われて受け取って貰えない。辛い。だから蝙蝠の翼以外で何とかならなかったのか蝙蝠の上司さんよ。
蝙蝠がゆっくり前進する。こちらの歩く速さで飛んでくれているのだ。さすがに飛ぶのは上手だね。それはそうと、翼を隠し、外套を被らないといけない。右手の指を軽く丸め、その中に黒蝙蝠が出てくるイメージを浮かべる。すると、背中の翼の感覚がなくなる。そして、指の中に白蝙蝠が溶け込むイメージを浮かべる。そうして外套を羽織った姿になる。フードを被れば準備は完了だ。
蝙蝠達が急かす。騎士団調査官は酒でも飲んで眠ってしまいそうなのかもしれない。早足で歩く事にする。外壁を白く塗った宿屋と土を塗り付けた茶色の宿屋の間を歩いて行く。白い方が高給宿だろうか。普通なら真っ暗に見える脇道を歩く。つまり近辺に明かりが無いこの脇道は誰も歩いていない。
白い建物が二棟連なっている。繁華街寄りではなく、白い建物の間に蝙蝠が飛んでいる。二階じゃん!別に二階の窓の外に立つ事くらいは私なら簡単だが、見られたら不味そうなんだが…
隣を飛んでいる蝙蝠が私を見つめる。早くしろ、ですか。翼を出していない以上、落ちると痛いので白い建物の隣に空気の階段を作り上げる。幅広にした。空中を階段を上る様に浮かんで進む姿が見える筈だ。通行人がいれば。どきどきしながら階段を上がる。
蝙蝠が明かりの漏れる窓の上を飛んでいる。この窓の中に騎士団の調査官がいるのだろう。高給宿だから透明な窓ガラスが使われている。閂で開かない様にしてあるが、別に空気を動かして抜けば良い話だ。調査官は窓のある部屋の椅子に、こちらに背を向け座っている。近くにいるから音を立てると不味いなぁ…
ゆっくりと閂を抜き、宙に浮かべる。そしてゆっくりと窓を開けて、閂を手でつかむ。そして窓枠に足をかけて座る。何とか気づかれずに済んだ。ちょっと鈍くないか、この人。説得しても分かってくれない可能性がある。馬鹿だったらどうやって刺激したら良いだろうか…まあいいや。とりあえずまともな奴という前提で話してみよう。
「やあ、良い夜だね」
外套から足が出て素足が見えているから女と分かるだろうが、男っぽく喋ってみる。女らしく喋ると甘く見られるかもしれないからね。驚いた男が近くのテーブルに置いてあったらしい鞘に入った片手剣を掴んで立ち上がる。そして振り返りざまに声を上げる。
「誰だ!」
ここで両手を広げて武器を持っていない事を示す。
「敵じゃないよ。話をしたいと思ってね」
「不正なら聞かないぞ!」
「不正を調べに来たんだろう?代官は工場の身内だから、何を聞いても嘘しか出てこないぞ」
「お前は何者だ!?」
「見ての通りの不審者さ。正体が知れるとマフィアにも代官の手の者にも追われる立場だよ」
「何を知っている!?」
「だから、不正を知っているんだよ」
「それを信用すると思うのか!?」
「だから、証拠を持ってきた。渡す前に説明が必要だから、顔を出したんだよ」
顔を見せていないのに顔を出すとはこれ如何に。マスクで顔は隠してる。調査官は若い男だった。金髪碧眼の貴族の子息だろう。だから、下品でも知性が足りない訳でも無かった。
「話せ」
「先王が認めている、これがキーワードだ」
「…何を認めていると?」
「だから、不正」
「何の不正だ?」
こういう時は単語で答えて、一問一答の方が汲み取ってもらいやすいんだよね。
「人身売買」
「…商品はどこから持って来る?」
「繊維製品工場」
「そこには衣服しかないぞ…待て、労働者か!?」
「ご明察。毎年、何人採用してるか知ってるか?」
「…明日確認するところだ」
「紡績工場が50人、機織工場が50人、裁縫工場が100人だ。多少の増減はあるがな」
「採用と解雇の差が商品の出荷数と言う訳か?」
「病死と逃亡と言われているけどね」
「逃亡出来るものなのか?」
「三工場は隔離されている。10ftの壁でだ。穴でも開いてなければ無理だな」
「病死は多いのか?」
「今言ったろ?隔離されているんだ。外から病気が入るとしたら、教育係の修道女くらいだが、修道院も隔離されていると思うぞ?」
「はやり病は入り様が無いと言う訳か」
「肝心の商品製造が出来ないと査察が入るだろ?食事はちゃんと出るだろうよ」
「お前は工場関係者…いや女工か?」
「労働者は壁を越えられないと言ったぞ?」
「壁も越えられなければこんな高さには登れまい?異能か?」
「ご想像にお任せするよ。犯人捜しがどこに行くかで生存の可能性が変わるんでね」
まあ長生きしても後6年なんだが。
「そこは理解した。つまり踏み込む時は全力でしろ、と言う事だな?」
「それはお任せするよ」
是非、全力でお願いします!と本音を言うと女工とバレるからねぇ…
「それで、キーワードはどういう意味だ?」
「何で今まで捜査が行われなかったと思う?噂ぐらいそこら中に流れているんだが」
「つまり、港湾都市の上層部は皆、そのキーワードで黙っていると言う訳か」
「そう。港湾警察の指揮官と外交官は代々そのキーワードを伝えているんだ。なんなら王都で経験者に確認すると良い」
この男は人並の頭の回転はあるらしい。人数計算を始めた。そして必要な数字を要求した。
「いつから噂は流れている?」
「確認したのは10年前までさ。修道院長が口封じの為に焼き殺された」
「…どういう意味だ!?」
「港湾都市の聖堂の上層部も人身売買について代官、領主とつるんでる。批判した女子修道院長は殉教と称して殺された」
とりあえずこの男は『先王認可』で黙る男ではない様だが…消されないと良いなぁ。切実に願うよ。私の生命がかかっている。そう言えばまだ街娼の事を話せてないなぁ。そっちに話題を持っていけないかもしれない。
「ほかに教会と領主の関係を示す物はあるか?」
「学生労働者の教育は修道女がしている。逃亡したがってる労働者の相談に乗り、その情報を修道女が教会に流し、そういう奴を優先して売っている」
「修道女を調べる手があると言うのか…」
「教会から完全に隔離しないと喋らないぞ。火あぶりが待ってる」
「なるほど。教会以外の癒着を示す物はあるか?」
ここだ!私の生死がかかっているんだ。何とかして貰わないと。
「マフィアは何で黙ってると思う?」
「金が出ていると?」
「商品を供給しているのさ」
「何の商品だ?」
「街娼」
「つまり女工を提供していると?」
「間接的に、だ。何で毎年200人も雇って200人解雇してると思う?」
「…仕事の受け皿が無いから、街娼になるしかないと?でも供給過多だぞ?」
「冬は直通航路が時化で無くなる。他の航路も時化で減る。だから冬を越せない」
「…しかし、200人も一度に死んだら流石に騒ぎになるだろう?」
「秋に供給するのは学生労働者で、そいつらは冬に全滅する。だからベテラン労働者を春以降に供給する」
「だが、全土で餓死者はそれ以上いるから大問題とは言えないぞ」
「今の話題は何だ?餓死と凍死の道義的責任を追求したい訳じゃない。マフィアと工場、つまり管理している領主との癒着の話をしている。毎年200人も集めて解雇する理由が何かという話だ」
「済まん。言い訳だった。マフィア向けに街娼を供給する理由で200人集めて解雇するのが間接的な癒着というのは理解した」
やはりこの男は支配者階級で育ち、餓死者の道義的責任を責められる様な人種なんだろう。話を聞いてくれる様なタイプで良かったよ。
「そろそろ証拠の話をしようか?」
「頼む」
「人身売買の帳簿と暗号表だ。あんたが来るんで代官の館から外に隠したのを持ってきた」
「どうやって手に入れた?」
「ご想像にお任せするよ。だが、早急に王領に持ち込まないと刺客に狙われるぞ」
「…ご忠告感謝する」
封筒と帳簿を窓枠の下にそっと落とす。
「頼むよ。この冬も沢山死ぬんだ」
そう言って、窓枠から外に滑り降りる。空気を固定して斜面にしたんだ。着地して港の方に走って行く。何者かの証拠を掴ませる訳にはいかない。
騎士団の調査官は窓枠から不審な女が走って行くのを見ていたが、忠告を思い出した。いくつか証拠の内容確認をした後、その証拠をベッドの下に隠した。
ちなみにキアラは、裁縫工場以外の雇用人数はイライザの話を流用していますが、実際には商品として出荷した残りが50人です。つまり採用数は70人くらい。




