2−11 秘密を掴む
騎士団の調査官がやって来る日になった。冬の冷たい風が吹いていた。公園の街娼達、廃屋で暮らす女達の生死が気になった。この都市に住む誰一人、その生死を気にかける者はいない。汚らしい淫売なんて早く死ねと思っているのだろう。そんな彼等が悪人と言いたい訳ではない。他人事だから何人死のうがどうでも良いだけだ。イライザと聖女が数少ない例外だが。それでも彼女達にとっても他人事だ。こちらにとっては間違いなく明日のわが身なだけに身につまされる。
根本的な解決策…街娼を無くす事は無いだろう。長い航路を男同士で過ごした連中はきっと娼婦達への金払いが良い。そして、貧困がなければ娼婦になりたがる人は少ない。需要がある以上、飢餓でそこに落とし込むのを止めないだろう。それで利益があるんだから。そしてそこから回り回るお金の恩恵を受けてはいても、市民達は彼女達に感謝する事は無い。まあ港湾都市に回る金の1割にも満たない数字だし。
解決について、蝙蝠達は騎士団の調査官に期待しているのだろうか…どうせ『先王が黙認』の合言葉で黙ってしまうんだ。
あああああ、作業中に怒りがぶり返す事を考えちゃいけなかった。縫い目が無茶苦茶だ!糸を抜いて縫いなおしを始める。うん、今は忘れよう。私はただの裁縫作業者なのだ!
寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、窓を開け飛び降りた。蝙蝠達に急かされるのも癪だ。やる事は分かっている。きっと大岩の上で待っていれば良い。
大岩に着いて間もなく、蝙蝠が2匹やって来た。そして岩の上に着地した。
まだ工場の事務所に人がいるんだね…また空気のマットを作ってその上に横になる。蝙蝠もその上に止まる。朝には冷たい風が吹いていたが、夜には少し弱くなっている。この後、宿屋街まで飛ばなきゃいけない。風が弱くて良かったよ。でもこの冬の夜に外でじっとしているのは辛いなぁ…隙間風の吹く廃屋で眠るのも辛かろう…どんなに頑張っても、6年後にはそこにいるのか…怒りと絶望でとても眠れない。
そうしている内に、もう一組、二匹の蝙蝠がやって来る。さっきから隣にいた二匹が口を開ける。いくぞ。へいへい。四匹の蝙蝠に付いて飛んで行く。蝙蝠達は低空飛行を続ける。工場から私が発見されるのを避ける為だ。気が利くと言うより今日は大事な仕事だから最後まできっちりやれと言う事だろう。紡績工場を囲む壁の外側、そこから少し離れた場所に蝙蝠二匹が大人の背の高さをくるくる回って飛んでいる。そこに着地して待て、と言う事だろう。
着地すると一緒に飛んでいたうち二匹だけ壁の中に飛んで行く。四匹と一人は着地して待つ。離れた場所でどこかの扉を閉める音がする。そのうち物音がしなくなりしばらくして、蝙蝠一匹がキィと小声で鳴く。行け、とのご指示だ。軽く足でジャンプして、そのまま翼で空気を押し下げながら飛んで行く。蝙蝠二匹が付いて来る。今日は本当にこいつら慎重だ。
先日見せられた事務所の上を蝙蝠二匹が飛んでいる。その建物の入口に降り立つ。扉に付いている外付けの鍵がある。その鍵穴に空気を吹き込む。ふむ、構造はこんな感じね。その回さないといけない部分、避けるべき部分を区別して空気を固定する。それを回す。カチッと音が鳴って開錠する。これを取り除き、扉を開けて中に入る。
素早く蝙蝠二匹も付いて来る。ああ、私一人には任せられないのね、大事な仕事だから…蝙蝠以下か私は。この間に見たから迷わないよ。短い廊下の先の狭い部屋に入り、机を動かして本棚がスライドする様にする。そして本棚をスライドさせようとするが…重い!本棚の横の空気を動かして後押しする。なんとか動いたが、大人の男じゃないと開かないよ、これ。
そして隠し金庫を見る。建物の外側の扉に付いているものより小さい外付けの鍵を見る。鍵穴…小さめだね。息を吹きかけて内部構造を確認する。大きい鍵より内部構造は簡単に見える。構造に対応して空気を固定し、それを回して開錠する。鍵を取り除いて、小さな扉を開ける。
一番上に大きな封筒が置いてある。糊付けしていないから中身を取り出せる。
うん、なにやら意味不明の単語と家名、爵位が並んでいる。これが暗号とその意味するところの一覧表と言う訳だ。そしてその下の帳簿を見ると、意味不明の単語と日付、数字が並んでいる。暗号に対応した単語が書いてある帳簿だから、これが人身売買の帳簿なのだろう。大きな封筒と帳簿を机の上に移動する。
隠し金庫の他の資料は何かな…出納帳簿に見える…表向きの帳簿とこの隠し帳簿の二重に記入しているのだろう。国策の工場だから、何かの査察があるから二重帳簿にして利益を確保しているのだろうが…これを持ち出しても本当の帳簿と見比べて齟齬が無かったら意味が無い。本当の帳簿の査察がある時にでも盗もう…いや、国にとって必要な事だから…私利私欲で盗みを働いているんじゃないよ?
そうして隠し金庫の扉を閉める…発見を遅らせる為には閉めておくべきだよね?蝙蝠を見ても何も言わない。好きにしろと言う事だろう。外付けの鍵をかけ、本棚を風の後押しも加えてスライドして通常の位置にする。その本棚が動かない様に机を壁にくっつける。そして事務所にも施錠する。
さあ、騎士団調査員を探しに行かないと。
金・土も更新予定です。




