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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
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1−2 学校

 二日に一日は学校に通う日になっている。自分の部屋から出て、同じ班のケイの部屋の扉を叩く。この娘は寝坊しやすいので、食事前に起こしてやっているのだ。各部屋にはドアノッカーがあるのでそれで音を立てれば流石に起きてくる。こういう娘が多いのでドアノッカーは必需品なのだろう。

「先に食べてるよ。学校に行く前にまた寄るからね」

こくこくと2回頭を上下させて頷くケイ。寝起きに喋れる程お喋りではない娘だ。


 食堂は朝一で席を確保出来ないと暫く座れない。朝食の基本は野菜スープと固いパンだ。パンは各工場従業員向けに3日分纏めて焼く。三工場分纏めて毎日の分だけ焼けば比較的柔らかいパンが食べられるのだが、何かの事故に備えて在庫を置いておくと聞いた。だからパンをスープに浸してふやけさせてから食べる事になる。それもあって、最初に座った人間が迅速に席を立つという事がなく、食堂は朝一に座れないと時間が足りなくなるんだ。それでも待っている人が席に座っている人を睨むので、1年目の学生労働者としては早めに立たないといけない。さっさと席を立ち、まだ人が少ない洗面所で顔を水で洗う。


 午前中に3教科を受けるので、3束の書き付け用紙を支給品の鞄に入れる。

用紙は三級品で粗雑な作りだが、どうせ農家出身者は読み書き自体が苦手で、大きな文字を書く。小さな文字など書けないのだから、滲む紙で十分なのだ。インクも三級紙も低給冷遇の学生労働者からすると高価なものだが、2年間の学習をすれば一応商家に雇ってもらえるレベルの学力になるから、もう実家に帰れないキアラとしてはしっかり学習する為には必要な出費だった。インク瓶もしっかり締めた後に油紙でくるんで漏れを防止して鞄に入れる。そうしてケイの部屋の扉を叩くが、彼女も慌てて鞄に勉強道具を突っ込んでいるところだった。


 ケイは食事の時間がいつも足りないため、学校に行く時は歩きながら残りのパンを食べる。お行儀が悪いと言われる事もあるが、朝一で食堂の席に座れない者は皆パンを食べきる時間がないから歩きながら食べる。学校の無い日は歩く時間が少ないから夕食に一緒に食べる人が多い。裁縫工場の学生労働者は高台から平地まで長い階段を降りて平地の校舎まで歩く。2学年まとめて歩く為に階段は幅が広く出来ている。


 階段の両側には高い壁がそびえたっている。逃亡防止で、このまま裁縫工場の周囲をぐるりと囲んでいる。10ft以上の高さのある壁をよじ登って逃げる者がいるのだろうか。それでも逃亡者が毎年複数いるというのだから、よじ登り易い場所があるのだろうか。そうして工場の壁から逃げて、どうしようと言うのだろうか。仕事が無い以上、飢え死にするか娼婦にでもなるのか。


 壁によって切り取られた空にはひつじ雲が並んでいる。もし私達に翼があっても、あの空に飛びあがってここから逃げていく事はないだろう。ここには自由は無いが餌はあるのだから。私達は2年間この壁の中で過ごし、外に出る事は無い。訪問客がいれば応接室で会う事は出来るが、あくまで壁の中である。そもそも学生労働者は普通の労働者の半額しか賃金が出ない。未熟な上に学校に通う分だけ労働時間が少ないからである。そして、普通の労働者でさえ生きていくのが精一杯の賃金しか貰えていない。私達の服は訪問客が差し入れをしてくれればともかく、殆どの労働者にそんな人はいないから、壁の中で作られる製品の二級品を買って着ている。丈が上手く合えば着れるという二級品だが、それを一着買うだけで普通の労働者の一月分の給料程の出費になる。こんな状態だから例え街に出る事が許されていても街で買い物をするほどのお金も無い。だから外に出られなくても実害は無かった。服装に関してはキアラも本当は冬用の防寒着が欲しいのだが、今年はあきらめて冬服を重ね着して我慢している。ケイも同類だ。


 ケイもそろそろパンを食べ終わった。固いパンを唾液を浸して必死に食べるのだが、当然喉が渇く。学校では湧き水を利用した水飲み場があるので一応喉は潤せる。湧き水なので比較的清潔だが、それでも体が弱っていると腹を壊す者もいるらしい。


 そうして学校に入り、教室に入る。学校とは言うが裁縫工場の学生労働者専用の学校で、壁の中にある。ちなみに紡績工場、機織り工場には壁の中に学校があるらしいが坂の上だと言う。どれでも修道院からやって来る中年の修道女が教師役だ。

「おはようございます。それでは黒板に書いた単語を10回ずつ書き写して下さい」

キアラもケイも農家出身で読み書きには自信がなく、3組になっていた。1組は読み書きは問題ない、都市出身の人間が主体のクラスで、2組は1組よりは読み書きに劣るが3組ほどではない者のクラスとなる。3組は、3カ月間は2時間が文字と単語の読み書きに費やされてきた。ボキャブラリがなければ長文の読み上げも歴史や科学の理解なども出来ないからだ。文字の練習に関してはキアラは少しせっかちなのでさらさらと書いてしまうが、ケイは一文字一文字丁寧に書いている。


 2時間目にはようやく長文の読み上げになった。今は商家で使われる挨拶、商売文句などを用いた寸劇を読み上げる事が多い。大きな紙に書かれた寸劇を全員で朗読し、次に一人ずつ朗読する。一人一人が読んでいる内に書き付けに書き写しておく。試験では試験官である修道女と口頭でこれらのセリフのやりとりをする事になるから、覚えておく必要があるんだ。


 3時間目は算術の授業になる。6桁程度の加減算をやりながら、一方で掛け算の一覧表を覚えてきたが、ようやく掛け算の問題練習もする様になった。今はひたすら計算に慣れさせられているが、下期には工場で使うような計算の練習をするらしい。


 授業が終わると、階段を登って工場に向かう事になる。1組の生徒達は学校に来る時は工場の二級服ではなく持ち込みの服を着ている者が多い。そんな彼女達は二級服を来ている者達を見て言う。

「あいつらまだ簡単な計算練習なんかやってるんだって」

1組は最初から応用問題をやっているらしい。学習内容にそんなに差があるから、2年後に商家に雇われるのはやはり1組の方が多いと言う。


 そんな訳で1組の人間と2組、3組の人間の間には、工場や食堂においても見えない壁があった。

 明日はクロちゃん(第三王子特別調査隊)の投稿になります。月曜からまたこちらの投稿になる予定ですが、まだ脳内あらすじ状態です…

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