2−9 聖女(2)
蝙蝠から貰った大銅貨一枚の使い道があるとしたら、工場外しかない。毎月一日に先月の賃金は小銅貨で出るから、私達学生労働者は大銅貨を持っていない。工場内で学生労働者が大銅貨を使ったら出所を疑われるんだ。
そういう訳で、古着屋で外套を選ぶ。なるべく小奇麗な物を選びたいが、大銅貨1枚では難しい。結局、普通なら繕いが必要なボロ着になった。釣りで四枚入りビスケットを買った。こちらの方が喜ばれるかもしれない。風の気配を感じながら繁華街を歩く。マフィアの下っ端らしき男がなるべくいなさそうな道を歩いて行く。
誰かが付いてくる。二人連れだ。でも、これはマフィアじゃない。光を感じるんだ。つまり、聖女とその連れだと言う事だ。何やってるんだこんな時間に。やり過ごそうと繁華街の外れの脇道に入って壁の方を向くが、聖女は真っすぐこちらにやって来た。怪しい外套を被ってる奴に近づいてどうする。まあ聖女と連れの二人も外套のフードを深く被っているが。
聖女の光は外套から滲んでいた。これは光ではないのだろう。聖魔力はこう見えるのだろうか?それは魔力を持つ者だけなのだろうか。一般人は、私には光って見えるこの聖女に見向きもしない。そうして、私の隣に立った聖女が話しかけて来た。
「何をなさっているのです?」
なるべく低い声で喋る。男の声に聞こえます様に。
「あんたこそ女がこんな時間に何やってるんだ?危ないぞ?」
「治療のお仕事で繁華街まで来たのです」
治療…聖魔法による治療か。それが彼女が聖女と呼ばれる所以だ。かなり深手の怪我や慢性的な病は治せるらしい。そこまでの治療が出来る者は世界に5人といないらしい。
「従者さんよ、ここから先は危ないって知ってるだろう?何で連れて帰らないんだ?」
「彼女があなたとお話したいと仰ったんです」
声はイライザだった。聖女付になっている様だ。しかし、街の不審者にまで丁寧語で話すとは、こんなにこの人は丁寧な人だったんだろうか。いつか話しかけた時はすげなく断られた気がするが。
聖女が再び尋ねた。
「それで、何をなさっているんです?」
「だから、従者さんが話すのを憚る様な世界なんだよ、この先の公園は。だからもう帰りな」
「あなたが何をなさるか気になっているんです」
従者の方を向いて止める様に期待するが…
「私にはお止めする事は出来ません」
…聖女は大分身分が高いとみなされる様だ。中年の修道女なのに小娘にかしづかないといけないとは、宗教関係者は大変だ。
「危ない目に遭っても知らねぇぞ」
「分かっております」
仕方がないので二人を気にせず公園に進む事にする。この手に持っている物を使わないといけない。
公園の中に入り、女達が並んでいる前を通り過ぎる。公園入口に近い方に並んでいる女はマフィアの下っ端を気にしていないという事だから、ショバ代を払っている女達だ。今日は客がいないな。女達が期待を込めてこちらを見ている。聖女とイライザはそちらを見ずに私の背中だけ見て付いてくる様だ。奥の方に立つ女達はやせ細っている。ショバ代を払えず、度々下っ端発達に虐められ客が取れないからだ。一番奥の女が一番細い。寒そうにしている。彼女の前に立ち、話しかける。
「悪い、客じゃないんだ。これを仲間の中で一番弱っている奴に渡してくれ」
そうして外套と、ビスケットが入った袋を渡す。
「何で?」
客でも知り合いでも無い者に物をもらう謂れはないのに。
「そろそろ厳しいだろうと思って。危ない人がいるだろう?」
隣に立つ女が激高する。
「縁起でもない事言うんじゃないよ!」
「そうだよ!お恵みなんていらないぞ!」
「じゃあさ、この中で二冬越した女はいるか?」
私の言葉に誰も何も言わない。しばらくして一人が声を上げた。
「あたしと仲間の二人が唯一、一冬越した生き残りだよ」
女達が小さな悲鳴を上げる。まだ何とかなるのじゃないか、という希望を持っていたんだ。
「同じところに住んでた奴らは全部死んだよ。生き残った二人でなんとか生き延びたんだ」
何人かがすすり泣きを始めた。誰もが廃屋に数人ずつ集まって暮らしているが、全滅か一人くらいしか生きられないのが現実、と知らされたんだ。
「何でよ、何も悪い事してないのに…」
「娼婦は犯罪人扱いなんじゃないの?堅気の人から見れば」
「だって、これ以外に仕事なんてないじゃないか…」
女達がべそべそ泣き始めたところに、二人の男が棒を持ってやって来た。
「今日は解散だ!残ってる奴はぶっ殺すぞ!」
女達は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。またマフィアの下っ端の登場だ。
前後編って感じですね。明日に続きます。




