2−7 ショバ代代わり
街明かりがかすかに漏れてくる公園に進む。暗い目になれている女達には私が見えるかもしれない。何とか暗く見える方法は無いか…周囲の空間に平面を作ってみる…かえって不自然に光を反射するなぁ…色々やってみると、何となく湿っぽい空気が出来て、これで周囲を囲むと回りが暗くなる…暗雲を纏っているのだろうか。暗雲は私達女性労働者の未来を覆っている。何か象徴的だな。まあ、いいや。
今日は寒いから、公園の入り口の少し奥に並ぶ街娼達も体を抱いて寒さを堪えている。こんな寒さでもまあやる気のある男はいる様だ。大柄の体の上に冬服を被ると随分大きく見える男が一人ずつ女の前を歩いて行く。海の男は夜目も聞くのだろうか、女達をしっかり見ながら通り過ぎていく。数人の男の中で、一人だけ痩せている男がいる。女ではなく男の背中を見ている気がするが?大柄の男が奥の方で女に声をかける。小柄の女だ。
「大銅貨3枚でどうだ?」
「大銅貨3枚と銅貨10枚ならいいよ」
「大銅貨3枚と銅貨5枚にしろ」
話が纏まった様だが、頃合いと見て痩せた男が男に近づいた。
「おい、兄さん、そいつはショバ代も払わない女で病気持ちかもしれないぞ。安全な女を紹介するからこっちに来な」
…マフィアの下っ端かよ。客を取ったところで客をかっさらう。ショバ代を払わない者はみせしめに痛めつけられるという訳だ。
「おいっ、あたしの客に何言ってんだよ!」
「ガタガタ煩ぇな!組織舐めてると承知しねぇぞ!」
下っ端は女を殴る蹴ると容赦なく痛めつける。客の男は逃げて行ってしまった。不味いな、ショバ代の払えない女は貧乏で体力も無い。こんなに痛めつけられたら死んでしまう…
まず心の中に3つの武器をイメージする。これで準備完了…素人だから出来る事は限られるから。最初はゆっくりと近づいて、背後から男の膝の裏側に膝蹴りを入れる。これなら子供でも大人を転ばせられるんだ。
「誰だ!」
「お化けだよ」
なるたけ低い声で話す。男が喋っている様に聞こえるといいなぁ…
「舐めた事言ってんじゃねぇぞ!」
立ち上がってこちらに向いて、腕を後ろに回してこちらを殴るモーションに入る。遅いよ。前進して鼻っ面に頭突きを見舞う。
ゴキンッ!痛い、これ私も痛い!
「グハァッ」
男は尻餅をついた。
「手前ッ!痛い目に会わないと分かんねぇ様だなっ!」
立ち上がってまた右腕を後ろに回して殴るモーションをする。懲りないなぁ…ここで体を回して逃げる。
「待ちやがれ!」
男は私の肩を掴むために接近するが、勿論罠だよ。そのまま体を一周させる。男は横に吹き飛び、木にぶつかった。
「手前ッ、こんな事してタダで済むと思ってんのか!」
「見えない技で投げられて、よく強気になれるな?もう一度痛い目に合うか?」
「手前、待ってろよ!」
男は公園から出て繁華街の方に走って行った。仲間を呼んでくるんだろう。
「逃げろ、特にショバ代を払ってない奴は。殺されるぞ!」
悲鳴を上げて女達が逃げていく。暗闇だから女達にも見えなかったらいいなぁ…そう、投げたのではなく、翼を出して叩きつけたんだ。
痛めつけられて立てない女を立たせる。
「ほら、あんなのにかかったら逃げるしかないだろ」
「だって、久しぶりの客だったんだよ…」
「いいから、早く逃げろ」
女はしくしくと泣きながら歩いていく。多分、同じ廃屋に住む者達は皆飢えているんだろう。解決策は無い。金持ちと権力者、道徳の守護者としての権威である筈の教会も女を食い物にして利益を得ているから。神に祈っても解決はしない。教会を始め誰も神の存在を信じていないからいくらでも酷い事が出来る。現世利益の拝金教を信じているんだ。まあ、そういう意味ではここに立つ女達も金しか信じていないんだが。
とりあえず私も逃げる事にした。時間的には夜はまだ早い。日が沈むのが早いため、工場労働も早く終わるんだ。立ちんぼ達はマフィアの下っ端が見ている前では客を取れず飢える一方だ。下っ端はショバ代が少しでも集まる様に女達の前で見せしめに女を痛めつける。上納金不足で上役に怒られる憂さをここで晴らしているのかもしれない。いつだって人は自分より下の者を見下し、いじめる事に喜びを見出すものだ。
…せめて自分はそうなりたくない、と思っているが。もしかするとケイには嫌な奴と思われているかもしれない。妹みたいに思っているけど、彼女から見たら上から目線で話す嫌な奴に見えているかもしれないんだ。
飲食店街を足早に通り過ぎ、雑貨店に入る。マフィアの下っ端が怪しい小柄な人物、つまり私を探しているだろうから、少しここで時間を潰してから街を出た方が良さそうだ。しかし、石鹸安いよ。工場内の三分の一の価格だもん。酷いな工場長以下の経営陣。でも形状が違うから買って持って帰ったらすぐバレる。切ないが見るだけで帰ろう。
蝙蝠が出てこないとシリアスに見える気がする…つまり明日は蝙蝠が出る予定。明日書くんですが。