2−5 聖女
東の土地の敬虔な教会信者の娘から聖女が現れたとされ、陸沿いの航路で港湾都市に上陸した。王都の大聖堂からの迎えを待つ間は港湾都市の修道院で過ごす事になった。教会も自分達が生臭である自覚はあったらしく、聖堂内に住まわせる事はしなかった。学校の運営はともかく、教師と教育内容は修道院が提供しているので、同年代と交流したいとの本人の希望により、裁縫工場の学校にやって来た。そして3組にやって来た。3時間目の社会の授業の時間の代わりに工場内外の交流を図ると言う事らしい。
「アグネスと申します。気楽にお話出来ればうれしいです」
苗字は無い。という訳で平民の娘だ。しかし平民らしからぬ清潔感のある美少女だった。その上、さすが聖女、キアラには後光が差して見えた。前から順に少しずつ話をした後、キアラとケイの前にやって来た。満面の笑みの美少女、しかも後光付き。キアラは思わず後ずさった。
「初めまして。お名前を教えて頂けませんか?」
「東の農村から来た、キアラです」
「北の農村から来た、ケイです」
「東ですか?私はサン・トロぺから船で来たんですよ」
「あ、私は内陸部ですから…」
「そうですか。農村ですと、こちらに来る前はどんな暮らしをされていたんですか?」
…聖女。何となく熱量のある人物だ。後光のせいかもしれないが。圧倒される。
「農村ですから、草むしりから家の掃除、ゴミ捨て、水汲み、繕い物などやって過ごしていました。繕い物の経験が今、役に立っています」
「そうですか、それは大変でしたが、役に立ったのなら良い経験なんでしょうね。教会へはどのくらい通われましたか?」
…寒村に教会などあるか!収穫祭と冬至祭に村長の家の前に集まってお祈りするくらいだよ。とは言え、それをそのまま言ったら聖女様のご機嫌を損ねるかもしれない。婉曲表現でいこうとキアラは決めた。
「小さい村には教会などありませんが、日々収穫の祈願と感謝を食前にお祈りさせてもらってます」
「それは良い心がけですね。皆にもお手本として欲しいですね」
…お手本にしちゃ駄目だと思うよ。年2回しか祈らないなんて。
「そちらの方はこちらに来られる前は如何お過ごしでしたか?」
ケイの返答はぼそぼそと応えるだけだった。勘弁してあげて、我々貧乏人にはあなたは眩し過ぎるんだよ。そうして、聖女は深くお辞儀をして二人の前から去っていった。
その後も聖女は全員と少しずつ話をしていった。普段にやってくる修道女達より上等な服を着た美少女に皆気後れしていたが、見たことのない聖女という存在に話の後は高揚を感じていた様だ。いつもはどことなく沈んだ感じの教室内は温度が少し上がっていた様な気がした。
ケイと二人で学校を出て帰ろうとすると、例の1年の補助の修道女と聖女アグネスが話をしている。確かあの修道女はイライザと言った筈だ。2年の補助の修道女がアンナだったか?当たりの方に世話してもらってる様だ。良かったね、その人はこの背徳の都市を憂う人だ。そして聖女と目が合う。
「何か御用ですか?」
「いえ、聖女様なのにこの様な場所にまで足を運んで頂いてありがたいなと思っているんです」
「お気遣いなく。私の方から色々見て回りたいとお願いして来ているんです」
「良い経験が出来る事をお祈りしております」
「キアラさんにも神のお恵みがあらん事をお祈りしております」
流石聖女様。路傍の石の様な私の名前まで覚えて下さる。本当に眩しいよ。そんな私の横顔をケイが見つめている。
「何か眩しいよね。美少女で聖女。聖女はともかく、羨ましいくらい綺麗な娘だよね」
「キアラの方が綺麗だよ」
何、この娘!?女たらし!
「ケイ、田舎者同士、田舎っぽい顔の方が親しみがあるのは分かるけど、普通は都会的な顔の方が美人と言うんだよ」
「キアラの方が綺麗だよ」
ジーン…瞼が熱くなる。そんな事言ってくれるのはあなただけだよ。
「ケイ!結婚しよう!」
大人しいケイにしてはかなり強めに嫌という感情を顔に出して言う。
「ちゃんと男の人を口説いて」
「…ごめん」
「真面目な顔をしているキアラはとても綺麗だから。自信を持って」
…?
「すると、食欲に負けて食堂に走って行っている時とか、昼休み明けで寝ぼけてる時は駄目なんだね?」
ケイはそっと目を反らした。
…ありがとう。もし良い男性と知り合うなんて事が間違ってあった時の為に、心に留めておくよ。
夢も希望も無くても、同じ時間を共有してくれる友人がいれば生きていける。とは限らないけれど。
明日は第三王子調査隊の投稿です。木曜はこちらの投稿ですが、ちくと読みづらい回になりそうです。続編の為の布石なので、娯楽小説にくどい文章はいらない、という方は読み飛ばして頂いても構いません。と前置きしておきたいくらいくどい気がする。




