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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
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2−4 頼みの綱は

 港湾地区の治安を守る港湾監督事務所は大聖堂より南、港の直近の倉庫街の外れ近くにあった。倉庫街ではなく、もっと港に近い防風林の中に私達は降りた。そこから蝙蝠が事務所の方に飛んでいく。監督官は王立騎士団の分団と共にここに赴任している。従者がお酒を注いでいるところだ。

「昨晩の騒ぎは他人事だったが、輸出品の在庫が一部消失した以上、連中と意味のない話をする羽目になったのは参ったな」

監督官は火災対策を話し合うのは嫌だった様だ。

「港湾や倉庫街なら我々ですが、工場は完全に伯爵家の問題ですからね。外交官に立ち合いを求められなければ同席する必要はありませんでした」

「大体、連中については色々噂話が流れているが、ここの代々の指揮官は先王が黙認しているから手を出すなと言われている。出席しても意見など言えんよ」

「付け届けも色々頂きますからね」

「頼んでいる訳じゃないが、代々受け取っている様だから拒否も出来ん。地方に派遣された指揮官なんてのはどこでもこういうのがあるから、私が勝手に無くす訳にもいかん」

「この地の伝統ですからね、止められませんね」

…こっちにも『先王の黙認』が伝わってるから介入しないという訳か。そりゃそうだ。彼等は港湾の治安を守る為の存在で、伯爵領の自治に口は出せないだろう。中央からの命令が無ければ。ここは当てにならない事だけは分かった。

「港の見回りは今日も問題ないか?」

「分団の駐在所からの報告は今のところ問題なしとの事でした」

「問題があるなら繁華街の方だろうからな。荷物の積み下ろしは夜はやらないから、港にいるのは船舶関係者だけだ」

「こちらの人夫が出入りする日中ならともかく、夜は何もないでしょうね」

「うちの団員もこの地では娼婦を買う事が多い様だから、マフィアとぶつからなければ良いんだが」

「ここは女が安いですからね。王都より気軽に買う様です」

「買う奴も売る奴も多いからな」

…港湾監督の任に就く奴も女を買う方か。団員も女を助ける方には動かないだろう。そりゃあ安く買える方が良いだろうから。暗澹たる気持ちになった。


 王国外交事務所港湾分室は港湾監督事務所前の広い通りの向かいにある。港で外国人が何かした時に共同して当たる部署だから当然近くにあるんだ。外交官は昨晩の工場の不祥事と本日の概要報告を外務省に至急届ける必要があり、残業をしていた。

「全く、ここの当代の代官は当てにならんな。裏の顔を隠す事も出来ないんだから」

「騎士団も外務省も見ないフリをしているのだから、せめて表沙汰にしない努力はして欲しいものですね」

「おまけに輸出衣料を燃やしたと言っている。冬の時化が来る前の商品は確保していると言っているが、また夜に良からぬ事をして火が点かないとも限らない。工場と倉庫以外のところで悪さはやって欲しいものだ」

「ともかく輸出価格と数量さえ確保して貰えば、国としては何も言わんと言っているのに、余計な事で騒ぎを起こさないで欲しいですよね」

「どうせ女なんて寒村からいくらでも連れて来れるからな」

蝙蝠が中継してくる外交官と事務員の会話が絶望を伝える。外務も見て見ぬフリか。貧乏人の女なんて数年生き延びられるだけで有難がらないといけないというのか。


 中継をしていた蝙蝠はこのまま修道院へ飛んでいく。教会の関与は分からないが、2年の補助の修道女はあの捕らえられた2年の学生労働者と何度か話をしていた。何か知っている可能性があると思ったんだ。年嵩の修道女が中年の修道女と話している。中年の方は1年の補助をやっている修道女だ。

「迷える子羊からの相談を、アンナの様に密告してしまうのはどうかと思うのですが…」

「あいつは酒で身を持ち崩してここに来ているから、ワイン一本で密告くらいしてしまうのさ。それはあいつなりの修道だからあたしからは何とも言えないね。大体、こんな塩害で碌に作物も出来ない様な場所に修道院を作って尼を集めている段階で、奴らはあたし達に言う事を聞かせるつもりだったのさ。あたしからはやれとも強要出来ないが、やるなとも強要出来ないよ」

「ですが、聖堂の方も人身売買も売春も見て見ぬフリなど、主の前で恥ずかしくないのでしょうか」

「主の存在を本当に信じるか、それとも目の前の寄進を信じるかは人それぞれさ。文句を言ってもこちらに流れる生活費が無くなるだけの話さ」

「…同じ女として彼女達の境遇を見過ごしている我々を、主はお許し下さるのでしょうか…」

「少なくとも教皇はお許しになるさ。女は男から作られた説で女は男より下の立場になってる。男の為に女が犠牲になる事はむしろ美徳なんだろうさ」

「本人の意思に依らずとも、ですか」

「あくまで現世の男どもの理屈さ。聖典に書いてある事を根拠にしている以上、一応理には適っていると言い張るだろ。本当は主は生き物のオスとメスを作り、両者がいなければ子供が生まれないんだから、両者は平等だろうに。そういう自然の摂理と教義の差異の解釈を自分の都合で決められるのが一番上の立場に立つ奴の特権だ。教会の公式見解はともかく、奴らはこれからも女を犠牲とする事を厭わないさ」

「では我々はこれからも子羊達が汚され、死んでいくのを座視せねばならぬという事ですか?」

「イライザ、頭に血が上った状態で動くんじゃないよ。あんたが何かするのを私は止めないが、修道院を守る意味では、奴らから詰め寄られたらあんたを差し出すしかないからね」

「…申し訳ありません」

「何もしなけりゃ謝る必要はないよ」

…修道院も、その上の教会も、あちら側という訳か。頼みの綱など何も無いと。

 そろそろ餌を撒こうと言う訳ではないのですが、明日は聖女様を出す予定です。

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