2−3 代官
寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、ロウソクの火を消すと窓を開け飛び降りた。もうここまで知ってしまったからには、全容を掴まないと不安が収まらない。だから近くの林から飛び立ち、大岩で翼を休めた。
昨晩の火事の顛末は分からない。だが、まず行政側の調査が入った事は確かだ。この工場は国策で運営されていて、商品も定額で輸出される。損害の算定と再発防止が話し合われた筈だ。一方、国策の裏で進んでいる人身売買、解雇される女性達の娼婦堕ちも裏の人脈の利益の為に重要な筈だ。そちらの対応も夜に早速話し合われる筈だ。今夜こそそれを盗み見る好機なんだが…どこが領主の代官の屋敷か分からない。裏の話し合いは工場ではやらないだろう。不祥事だから、場合によっては裏世界による粛清もあり得る。まず上層部だけで話し合う筈だ。
港湾都市を見渡す。大聖堂らしき尖塔は見えるが、他に大きな建物は分からない。勿論、港付近には大きな倉庫が沢山建っているが、港寄りに代官の事務所があるとは思えない。虱潰しに飛んで確かめる訳にはいかない。蝙蝠の翼で飛ぶ人間なぞ目撃されたら大騒ぎになる。都市の地理が分からないのが痛い…外出出来ない学生労働者に港湾都市の地理など知らせる必要もないし、知らせないのは逃走計画を立てさせない為だ。奴隷労働者を管理する基本は情報を与えない愚民化という訳だ。
苦悩する私の眼下から蝙蝠が2方向から2匹ずつ飛んでくる。…そう、こいつらは私に何かさせたいのだ。だから迷っていれば飛んできてどこかに連れて行くだろうが、今日だけは必要な行動を取らないといけない。私の目の前で二組の蝙蝠が小さくくるくる輪を描いて飛び回る。
「この港湾都市を管理する、伯爵の代官達が今晩何を話しているか知りたいの。どこだか教えて」
まず一組の蝙蝠が飛んでいく。その後を付いて飛び立つ私の横を残り2匹が飛んでいる。この、軽量級の蝙蝠だと相変わらず降下速度が遅い。ああ、今度行先が分かる時は思いっきり速度を上げて降下したい。思わず高台からの北風に乗って羽ばたかずに降下してみる。ああ、良い感じ。ちょっと速度が速いなぁ。翼の角度を色々変えて速度調節をする。翼が裏返ったら墜落だからそれだけは注意する。
大岩からそれ程離れていない北側に代官の館はある様だ。防衛拠点の機能もあるらしく、四周を堀に囲まれており、工場並みの高い壁がその内側を囲っている。まあ飛んで来られたら意味が無いんだが。とりあえず現状、空から攻める方法を持つ軍隊は無い。強弓で打ち込むくらいか。そういう訳で、蝙蝠達と下僕の私は難なく入りこむ。練兵場らしき広場と屋敷の間に林があり、そこに降りる。
例によって蝙蝠が私を見つめ、蝙蝠の視界を私に転送し始める。ここで待て、中はこちらが見てくる、という訳だ。一応、危ない橋を渡らせる事は今のところはないらしい。
蝙蝠はしばらく外側を飛んでいたが、やがて開いた窓の窓枠に降り、カーテンの隙間から中に入り込み、テーブルに座る男達を見つめる。少し遠いから分かりづらいが、一人は裁縫工場の工場長に見える。
「それで、本当にランプを倒したとかの不手際では無いんだな?」
「もちろんです。今更そんな馬鹿な事しでかしませんよ。それならすぐに消しています」
「布が自然発火などするものなのか?」
「何とも言えませんね。冬場にドアノブを掴むと火花が飛ぶ事がありますが、裏口の方に人気は無い筈です」
「昨日は町の方は曇っていたが、雷が落ちた訳ではないんだな?」
「雷が落ちれば流石に音で分かりますよ」
「そうなると本当に自然発火対策をやらないといけないな。高台から都市に流れ込む小川からバケツリレーをする小道でも検討しないといけない」
「冬場に風が強くなると直通航路が無くなって人夫も仕事が減りますから、その際なら賃金が安くても働く奴は集まりますよ」
「マフィアどもに厳選させないと質の悪い人夫が増えるぞ。まあ賃金を中抜きされてもその方が質の良い仕事をして貰えるなら良いんだが」
「連中もこちらが毎年労働者を一定数解雇するおかげで街娼のなり手に不足しないで済んでいるんですから、他の仕事も真面目にやってくれるでしょう。お互い様なんですから」
「国策で繊維工場などやっているが、売価が決まっているからもうけなどないから、そういうおまけの仕事で皆潤わないとやっていられないからな」
「国策で安価な衣類を提供している、マフィアには街娼のなり手を提供している、ついでに貴族にはおもちゃまで提供しているのですから、我々ほど他人様の役に立っている者はおりませんな」
「そういえばそのおもちゃだが、今後の出荷はどうする?裁縫工場の出荷口は見回りがあるからもう使えないぞ」
「今後は紡績工場の綿花受け入れ口の方から出す事にします。北向きの街道に繋がりますから、交通の便は良いです」
「今回の出荷分はどうしている?」
「今は綿花受け入れ事務所を使っていませんので、そちらに隠しています。明朝出荷します」
「一日遅れで出荷出来るのは良かったな」
「顧客には伯爵もおりますからね。しかし伯爵ともなれば自前で女くらい用意出来そうですが」
「宗教的に奴隷はご法度だからな。我々の様に先王が黙認した様な立場でないと出来ないだろう」
…まず今回は売買を止められそうにない。高台側の紡績工場なら火が出ても民間の目は無い。誰が鎮火するかは分からないが。それにしても、意図して雇用の受け皿が無い解雇を毎年行い、貴族に奴隷も売る。それを先王が黙認したと。その事からすると代官が勝手にやっている訳では無く、この地の領主の伯爵家も共犯な訳だ。
…私達は何でこんな目に遭わないといけないのか。それは確かに貧農の娘としては真面目に働いている内は飢える事は無いから助かるが、その後が望まぬ仕事をせざるを得ず、最後は餓死だ。力なく跪く私の前に盗み聞きを中継していた蝙蝠が帰って来た。何か他にあるか?と問いかけている様にも見える。
じゃあ、この地に外交機関と治安機関がある筈だ。外国人が出入りする以上、国の出先機関が無いとこの地の代官だけでは対応出来ない事があるからだ。それらの動向も確認したい。まず、ここを出よう、と上を指さす。4匹と一人は代官の館から飛び立った。
イマイチ文字数感覚が掴めないopenofficeなのですが。ここで切ります。
近くをモスキートが飛んでいたので撃墜しました、とか言っちゃうくらい楽しかったマーヴェリックのTV放映でしたが、F14のある国に国連決議違反だからって攻撃しちゃう暴力主義にイラッとしてはいます。でも飛行機飛んでる映画は良いな。この小説も一度クリスマス前に纏めますが、普通に娯楽作として続編を書きたくなりました。もっとキアラを飛ばしたい。