2−2 知らない話
「3組の人達って授業を受ける態度はどう?授業態度が悪いんじゃないかって噂だけど」
キャシーも学校の他のクラスの様子は興味がある様だ。
「2組は分からないけど、3組は農家の出身が多いから、言われた事を黙々とやるのは得意だよ。だから真面目に文字練習はやってる」
「算術はどうなの?」
「分からない子は隣の子に聞いたりしてるけど、どうしても分からないところは教師がしばらく説明してくれる。でも、結局そういうものだ、という事でひたすら言われた事を繰り返しているよ」
農家の道具だってそうだ。そういうものをそういう風に使う。だから算術もそういう道具だと頭に入れて使っているだけだ。理屈が分かっている訳じゃない。
「ふーん、じゃ、むしろそっちの方が授業態度は良いみたいだね」
「1組はそうでもないの?」
「つまり、ここに来る前にどこまで習っていたか、その出発点が違うから、始まりで躓く娘を馬鹿にする娘がいるのよ」
…3組は全員馬鹿同士だ、と思っているから、自分が出来る事があるからって馬鹿にしてはいない。運針の腕が良い子を馬鹿に出来ないからね。
「ところで、仕事が今一つでああも開き直っているのは、就職出来そうなくらいに頭が良いの?」
「本当に頭が良かったら、ベテランの労働者に逆らったりしないよ。中途半端な人間だから、下を見つけて馬鹿にしたいのよ」
「それはとても…」
「あなたのところにも一人いるでしょ。どうするつもり?」
「どうするも何も、あの態度の原因が分からないからどうしようもないよ。その辺りは同じ1組で分からない?」
「あの人達はあまり先を読んでないし、明日の事すら想像していないんでしょ。だから今日を怠惰に過ごしたいだけよ」
2年後に工場に残る気はないから仕事に身が入らない。でも、2年後に就職出来る自信もないなら、せめて外面だけでも上手くやってくれないだろうか。
「ところで、あなたは工場に残る予定?」
「就職出来る程頭が良くないから残りたいと思っているけど、気になるのはベテランの人達ってあまり年長者がいないでしょ?何年くらい仕事は続けられるのか気になってる」
「ああ、そういう話は3組では出てないんだ。大体4年までに退職しているって話よ」
え、1組の人は工場に残る人間の将来が分かっている?
「え、1組ではそういう話が出てるの?」
「あくまで噂話だけどね。工場に残ってもその程度だったら、2年で解雇された方が良いんじゃないか、って言ってる娘はいるわ」
ちら、とベテラン労働者の座っている方を見る。学生労働者とベテラン労働者の食堂での席は見事に分かれている。なるほど、ベテラン労働者の固まりは学生労働者の固まりより少し小さい気がする。段々と姿を消して言っているんだろう…もちろん自主的とは思えない。学生労働者が2年で解雇されたら14才だ。それから4年働いたら18才だ。奴隷として売るには14才くらいまでの方が良いかもしれない。仕事やら、仕事相手と受け応える態度とか、若い内に身に付けた方が扱い易いかもしれない。何の仕事をするかに寄るが。
一方、街娼をするならやはり18才前後が良いだろう。屈強な海の男なら子供より大人っぽい方が好みだろうし。主に胸とか。気が付くとキャシーがじっとこちらを見ている。最初はもっと普通の目つきをしていた。いつの間にやら、観察されていた様だ。…まさか、班長の中にまで向こう側の人間がいるのか?そもそも、ベテラン労働者も4年で消えていくなんて話題、雇用側は秘密にしたい事じゃないか?
まずい、上手く取り繕わないと。
「4年でも働けた方が良いよね。その後はどうするんだろう?」
「さあ、そこまでは分からないわ。だって壁の向こう側とは行き来が出来ないもの」
これも工場側に聞かれたら不味い発言じゃないのか?反抗的に聞こえる。彼女はそれを口にしても処分されない身分で、不味い発言に同意するかどうかの反応を上司に報告するのが仕事じゃないのか?
「4年後に不安はあるから、それなら1組の人は2年後に就職した方が良いって思っているんだろうね」
「まあ、それが仕事に身が入らない理由には見えるわね。そういう人は集まっているし」
「そういう人が集まってて目を付けられないのかな?」
「目が付かないところで良からぬ話をしているかもしれないわね」
…不味い話題に聞こえるけど、興味が全然なさそうなフリをするのも演技をしている様に見えるかもしれない。危険だけど、聞くか。
「良からぬ話って、どうせ壁の向こうには行けないんでしょ」
「だ・か・ら、そういう話をしているんでしょ」
流石に顔が強張るのを隠せなかった。私みたいに飛行能力がなくて壁を超える。それは多分出来ないし、出ても就職口が無い。そこに行っても未来は無い。つまり、これは罠だ。そういう事に興味がある者を炙り出して、真っ先に売ってしまうんだ。
「それなら真面目に6年働く方が良いと思うけど」
「そうかもね」
この後は当たり障りのない話をして別れた。
まだ昼休みは残っている。ケイの横になっている隣に、何とか横になれる隙間があったので、そこで横になった。寮母まであちら側だと恐ろしい事を知らされたのに、同じ班長まであちら側かもしれない…仕事の結果が良くても、態度が悪い、或いは良からぬ事を考えていると密告されたら売られる…そして、寮が一人部屋である理由も、いざとなったら強硬拉致しても周囲にばれない様になっている…この工場の壁の中に心休まる場所はどこにも無い事が分かった…こんな事知らなければ、真面目に6年働けたのに…
ガタガタと震えが止まらなかった。昼休憩の終わりの鐘が鳴っても私は恐怖に捕らえられたまま横になっていた。誰かが私の肩を揺すった。驚いて起き上がったら、そこにケイの顔があった。
「行こう」
いつもと変わらぬケイの大人しい顔が頼もしく見えた。そうして二人で職場に戻った。それをキャシーがじっと観察していた。
明日は多分夜の街が舞台の予定です。明日書きますが。