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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
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2−1 職場移籍

 雷撃で倉庫に火を点けた夜が明けた。寮に戻っても騒ぎは無く、火事の件は寮には伝えられなかった様だ。朝の食堂でもそんな話題は全く無かった。あの売られそうになっていたズボン班の二人はどうなったのだろうか。職場に集合する時間に、当然あの二人は現れなかった。


 そして、朝礼で工場長が珍しく発言した。

「ズボン班のベラとケイリーは成績不良の為、機織り工場に移籍になった。機織り工場の方が重労働だから、皆も成績不良にならない様に気を付けろ」

つまり、裁縫工場の工場長も人身売買に関与しているという事になる。その下の人間が工場長を騙している可能性もあるが、多分、工場長同士は経営会議などで顔を合わせるから、工場間の移籍という実績が無ければいつかバレるだろう。そして、使えない人間を売ると言うより、見目の良い女を売りたいだろうから、人によっては実際にはちゃんと仕事をやっていても不良率の数字を操作される可能性もある。如何にも田舎臭い私などはその心配は無いが。それでもあまりに反抗的だったり成績不良だと身一つで工場から放り出されるかもしれない。何も知らずに従順なフリをし続けなければいけない。


 ズボン班の班長がベテラン労働者に尋ねた。

「あの、私はベラとケイリーと班を組んでいた班長ですが、今日からどうしたら良いでしょう?」

「ああ、あんたはモイラの班に入りな。副班長になるから、モイラと二人で班を指導しなよ」

機織り工場から入れ替わりの人員は無い。あちらでも二人が他の工場の移籍と言われ、いなくなっているんだろう。実際には売られそうになって…どうなったか。


「ベラは確か昨日、寮母に呼ばれてた筈だよ。いきなり告げていきなり移籍なんて酷いね」

「あいつらの仕事ぶりこそ酷いんだから、いい気味だよ」

2年の学生労働者がひそひそ話をしている。つまり、寮母もあちら側だ。犯罪の片棒を担いでいるんだ。きっと寮母の管理室の奥にある私室の方に男達が隠れていて、管理室に入った学生労働者を拉致したんだろう。寮母の私室の方に入った事は無いが、きっと外に出る扉があるんだ。


 まてよ、すると寮が個室になっている事も含めて、最初から女を攫って売る事を考えて建物も建てられているんじゃないか?そうなると工場長どころか繊維工場の3工場を管理している領主もグルと言う事になる。そう、3工場間すら壁で囲って行き来出来ない様にする意味が本来は無い筈だ。まあ3工場の労働者が結託したら雇用側では対処出来ない人数になるから離している可能性はあるが。


 工場のデザインと言えば、毎年の雇用数のデザインも気になる。裁縫工場だけで100人雇用し、50人残る。そして残ってベテラン労働者として働く筈だが、中年女はここにいない。つまり、5~6年後までには退職しているんじゃないか。…毎年50人のベテラン労働者が解雇され、20人程度の学生労働者が解雇される。70人の再就職の受け皿はある筈が無い。そうして街娼になる。それも計算済みでこの人数を雇用しているのではないだろうか?


 この港湾都市には南の大陸との直通航路の船以外に陸地沿いの航路の船も入港し、歓楽街で金を落とす。だから継続的に若い娼婦が必要とされていたんじゃないのか。飾り窓の女なら男を誑し込む話術やその他のテクニックを必要とするからベテランでも生きていけるが、街娼だと単にヤルだけだから、きっと若い方が良いんじゃないか?そして、都市外の田舎女達を娼婦として雇うのは難しい。田舎に娼館など無いから、娼婦は一際蔑まれる商売だ。田舎の農民とて娘を娼婦にした等と噂されるのは嫌だから支度金を貰っても娘を売りたくない。学習という餌で釣って連れてきて、街娼に堕とすのではないか。…その可能性がゼロではないだけに、瞼が熱くなってきた。お金が無いから半ば騙してそういう目に合わされても仕方がないとでも言うのか。


 隣の班の班長のキャシーが班の人間に注意しているのが聞こえる。

「あなた達もいい加減仕事を覚えないと、機織り工業に廻されるからね。ちゃんとしなさいよ」

もちろん学校では1組のベティとローラは聞く耳を持たない。

「うるせぇな!サマンサの回しモンみたいな口聞いてんじゃねぇよ!」

「得点稼ぎが得意で羨ましいよ」

キャシーの背中が見える。肩が本気で震えているよ。

この人が体調を崩してあの二人が1組以外の班長の下に廻されたら、次々と班長がおかしくなるよね…今までキャシーと話した事などないが、せめて言葉くらい掛けてあげたくなった。


「その、頑張ってね」

初めて私に声を掛けられてキャシーの目が大きくなった。その目が普通の大きさに戻って言う。

「何で?」

何でそういう事を言うのか、分からなかった様だ。

「あなたが倒れでもしたら、あの二人が2組とか3組の班長の下に廻される可能性があるでしょ?あの二人が1組以外の班長の言う事なんて聞く訳ないから、他の班も悪くなる一方になるだろうから。だから頑張って、と思って」

キャシーは一瞬思案顔になったが、すぐ口を開いた。頭の回転が速そうだ。

「じゃあ、昼に愚痴でも聞いてよ」

…目が点になった。1組の人が3組の人と話したがるとは思わなかったんだ。

「愚痴くらい聞くけど?」

「じゃ、昼は二人で食べましょう」

ケイの事がちょっと気になったが、1組の人と話す機会は欲しい。私の知らない工場の色々な事を知りたいんだ。

「うん、分かった」

そうしてキャシーと分かれて自分達の作業机に移動する。ケイに一言謝っておこう。

「ごめん、ケイ。今日の昼はキャシーと食べる事になった」

「聞いてた。良いよ」

ケイは良い子だよね。

 明日はこの流れが続きます。

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