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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
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1−1 港湾都市の繊維工場

 その港湾都市は大きな内海に面していた。古くは内海沿いに海運が行われていたが、帆船の大規模化と航海術の進歩により、内海の真ん中にある小島を中継点として、南の大陸との貿易が行われる様になった。南の大陸からは毛織物の絨毯や鉱石が輸入され、港湾都市の方は国策として繊維製品が輸出されていた。その輸出品としての繊維製品は、当初港町の隣町の高台で作られていたが、港町が都市化するに従い、隣町は港湾都市に飲み込まれた。


 そうして、その港湾都市の外れにある高台には紡績工場、機織り工場、裁縫工場が併設され、女手が集められた。つまりそれらの仕事は元々女性が家の中で行う仕事だったので、男性職人が集まるギルドが存在せず、商人が直接集める事になったのだ。そして機械化されていないそれを工場で行うと言っても、ファクトリーでなく所謂手作業を行うマニュファクチャーだった。


 既に10年以上工場は稼働していたが、多少手順が合理化されている以外は大きな技術的発展は無かった。そういう状況で、人手を集める方策として、2年契約で学校に通わせながら働く学生労働制度が作られた。12才の秋から2年間、二日に一日、午前中だけ読み書き算術中心に授業を受けられる制度は、好意的に受け取られ、この港湾都市に遠い地域からやってくる少女達は多かった。そうして12才の少女達が工場にやって来て3か月程が過ぎた時、物語が始まる。


 キアラは東部の農村からやって来た。公共の郵便制度がないこの国では、町を出た労働者が生まれた地に連絡を取る方法は無いではないが、気安く支払える額ではなかったから、もう生き別れと言ってよかった。口減らしで外に出されたキアラには故郷に戻っても居場所はもう無かった。それでもキアラは幸運な方だった。物心付く頃には家の中の手縫い仕事を手伝っていたから、裁縫工場にまわされたんだ。噂では紡績工場が最悪、次いで機織り工場も肉体労働で、裁縫工場が辛うじて人間の作業と言えるそうだ。


 キアラは3人構成の袖縫い班の班長扱いで、最初に三人分の裁断を行い、その後に自分の分を縫い上げた際にまだ他の二人が縫っていれば再び三人分の裁断を行う。キアラより先に縫い上げた作業者は自分の作業用の裁断を行うが、丁寧に縫い上げれば大体はキアラの方が早かった。そうして縫い上げた袖を持って仕上げ工程に持っていく。仕上げ工程は学生労働期間を終えたベテランの担当だ。


「キアラの分は及第点だ、班長だから当然だね。

エイミーの二つは長さが短いよ。あんた適当に裁断しただろう、いい加減にしなよ!」

エイミーは幼い時は裕福な商家で育ったが、家業が傾いて口減らしにここに送られたから、仕事にムラがあった。

「キアラが視線で急かすから裁断が荒くなるんですよ!」

「どう見たってキアラよりあんたの方が気が強いんだから、視線に負ける訳ないだろ!適当にやってると学生期間が過ぎたらクビになるよ!ちゃんとしな!」

「は~い」

「ケイの分は相変わらず糸を強く引っ張り過ぎで皺になってるよ!気を付けな!」

「はい…」

ケイは北部の寒村から来たので、口が少し重い。寒冷地では一年の多くの期間で息をするのも寒いので、どうしても口数が少なくなる様だ。


 仕上げ工程のサマンサは一年目の学生労働者の縫いつけた部品と二年目の学生労働者が縫いつけた部品を全体のバランスを見ながら縫いつけていく。ここで上手い作業者が仕上げるから何とか製品として売れているが、それでも国内に売られる事は無かった。麻や綿を栽培する農地の余裕が無い南の国では多少粗悪品でも安ければ売れるが、国の半分以上の地で綿花が育つこの国では、衣服類が中古で豊富に出回っているのをそれぞれの家で修復して着るので、既製服を購入する者は少ない。そういう訳で、引く手あまたとは言えない既製服の価格は安く、労働者に支払われる賃金は少なかった。


 そもそも仕事というのは限られていた。多くの加工製品はギルドが仕切っていて、値崩れを起こさない程度に出荷が限られていて、それ故、職人も子弟制度で細々と後継者を育てる程度で、師匠もギルドも職人を増加させるのに消極的だった。ギルドは男の世界だったから、平民女性が嫁に行く以外に働き口を求めたら、裕福な家庭の下女、伝手があればメイド、それ以外は水商売となった。そういう訳で女性向けの仕事が少ない中、繊維工場の仕事が安月給でも労働者は確保出来ていた。


 作業は日の出から日の入りとなっていた。照明に使うロウソクやランプのオイルにコストをかけたくなかったんだ。10時、12時、3時に全体休憩があったが、12時の休息にはビスケット、この場合は2度焼きの乾パンが出た。

港湾都市には船乗り向けのビスケット工場があって、二級品が安く提供されていたんだ。値崩れを避ける為の出荷調整を兼ねているらしい。


 昼休みだけは仮眠を取る事が許された。地面に布を引いた上に横になるだけだが。つまり、生産数を増やしすぎて服の価格が下がったり不良在庫になる事を警戒している事もあり、裁縫工場は若干余裕があった。エイミーは隣の班のベティ達とお喋りする為に仮眠室の外にいる事が多かった。キアラとケイはそこまでお喋りではなかったから、仮眠時間は近くで横になっていた。昼休憩の終わりの鐘が鳴ってもケイは目覚めない事が多い。体を揺すって起こしてやる必要があった。小柄なケイが眠そうに瞼を擦っているのは幼い妹の様に可愛かった。


 11月の日の入りは早いので、拘束時間は11時間以下だった。それでも冬用の厚手の衣服を縫い続けるのは肩が凝る。煮物とパンの夕食を取ったら、水あみ場で汗を流すと個室に戻る。この工場の寮は個室になっていた。少なくとも裁縫工場の寮は。他の寮は分からない。紡績工場と機織り工場、裁縫工場は壁で分けられていて、前後の工程の事は分からない様になっていた。裁縫工場の労働者達は、前工程の過酷な内情を知らせない為の処置だと思っていた。


 裁縫工場の個室は、それでも当然狭かった。男性には使えない小ぶりのベッドと机、タンスがあるだけだった。燃料費の節約は寮でも徹底していて、労働者には1日1本のロウソクと4本のマッチだけが支給され、通路のランプも8時以降は真っ暗にならない程度しか点けられなかった。つまり、二日に一回の通学の復習は1日1時間程度しか出来なかった。キアラの実家ではロウソクは何かの時の為に貯め込む習慣があったから、キアラも寮では最低限しかロウソクを使わず、ロウソクとマッチを貯める事にした。


 そうして寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、寝巻に着替えてベッドに入った。

(2年後に継続して雇って貰えなかったらどうしようか。体調を崩して亡くなる人、逃亡する人が合計10人以上いると言うけれど、2年後に再雇用されるのは半数だと言う。班長は技量的には上位三分の一となるから、再雇用され易いかもしれないけれど。2年もあれば器用な人に抜かれて班長でなくなるかもしれない。器量が良くて愛想が良く、学業に優れていれば商家に雇ってもらえるとも言うけれど、田舎者の私は器量が良いとは言えないし…)

2年は長いとも言うが、2年なんてあっと言う間とも言う。進路を決めて努力していかないと的を絞って努力している人に負けてしまう。帰る場所の無いキアラは毎晩不安を抱えながら眠りにつく日々だった。

 明日も本作を投稿しますが、明日も説明主体になりそうです。

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