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第四話 ポーと殺人現場。

待ちに待った大好きな小説の新刊の発売。

わたしがポーと同い年だったときのことを思うと

高揚感がよくわかります。

でも、いいことばかり続かないのが人生。


では、どうぞ。


「さあ、みなさん、あと五分。あと五分で、明日になります。つまりは、この小説の記念すべき発売日です。でも、あまり歓声を上げると近所迷惑になる時間ですから、ボリュームを下げて喜んでくださいね」


 ペイズがまた懐中時計を見た。

 秒針が刻まれていく。

 十秒前になったらみなに知らせようと思ったのだが、ペイズの時計が遅れているのか、本屋の主人の時計が速いのか、十二秒前に、本屋の主人は、十秒前、と叫んだ。


「九、八、七、六、五、四、三、二、一」


 ポーたちの順番はすぐに来た。

 代金を払い、小説とお釣りを受け取ると、表紙にサブタイトルに目を輝かせた。


「並んでよかった」

 プランタの目は潤んでいる。

「ほんと。許してくれたパパとママに感謝しなきゃいけないわね」

 ミーナが言う。

「そうだね。ぼくは絶対反対されるって思ってたもん」

 ポーは同意する。

「みんな、やっぱり明日中読むつもりでしょ? だったらぼくの家に集まって読もうよ。お母さんがみんなを誘ったらって、ケーキを用意するって言ってたんだ」

「いいのか? じゃあそうしよう。時間は何時にしたらいい?」

「九時じゃ早いかな?」

「そんなことはないさ。じゃあみんな、九時にペイズの家に集合な」


 ボンザの一声で明日のスケジュールを決め、大切な本を、みな手提げバッグに丁寧に仕舞い、帰路につく。


 雑談をして歩いていると、大人の声がした。

 酔っぱらっているようで、前を歩いている子ども(先ほどの本屋の前で見かけた)に


「子どもがこんな時間にほっつき歩いてていいと思ってんのか。どこの家だ。説教してやる」

 と絡んでいる。

「どうしよう」

 ポーはひるんだ。

「大丈夫だ。無視すりゃいいんだ」

 ボンザが答える。

「でも」

「じゃあこっちの道に行こうよ。ちょっと遠回りだけど、時間はそんなに違わないから」

 

 プランタが言って五人は逃げるように路地を曲がった。

 徐々に小さくはなっていったものの、酔っぱらいの声はいつまでも聞こえていた。

 どうやらすれ違う子どもひとりひとりに絡んでいるようだ。


「ぼく、ああいうやつって許せないんだよね」


 そういうと、ペイズは遠くに見える酔っぱらいに向かって叫んだ。


「おい、酔っぱらい。おまえみたいのを人生の落後者っていうんだ。バーカ」

「おい、ペイズ」


 みなの視線は、すぐにボンザから酔っぱらいに移った。


「なんだとお」


 言うが早いか、酔っぱらいは五人に向かって駆け出した。

 五人は当然、一目散に逃げだした。

 待てと聞こえたが、待つ者はいない。

 酔っているとはいえ相手は大人。

 五人は恐怖で足がすくんでいる。

 なかなか引き離すことができず、五人は右へ左へ、遮二しゃに無二むに町を走った。

 酔っぱらいがなかなかあきらめなかったので、いつの間にか商店街から住宅街へ来ていた。

 角を曲がった最後尾のポーが振り返ると、その角から酔っぱらいがやってくることはなかった。

 酔っぱらいを振り切って、やっと五人は走るのをやめた。

 深夜零時を回ってから全力疾走したのは、もちろん初めてだ。


「ペイズ」

「ごめん」


 ボンザに責められたペイズは、息を切らしながら素直に謝った。


「でもたしかに、ああいう大人にだけはなりたくはないよね」


 プランタの意見に、そうだな、そうね、とみな同意する。


 ここ、どこ? とポーが言って、銘々が辺りを見回すと、鳥肌が立った。

 大袈裟ではなく、ポーなどは震えあがった。


 そこは「殺人現場」の真ん前だったのだ。


「だだだだだ、大丈夫だ。ただの古い建物ってだけだ」

「そうだよね。そう、そう。じゃあ、夜も遅いし、帰ろうか」


 ボンザの強がりに乗ることで、ポーは怖さを紛らわそうとしたが、まったく効果はなかった。

 カタッと物音がして、五人は飛び上がった。

 はっと目をきょろきょろさせて、音の正体を探った。


「なにもないよね」

 ペイズは小声しか出せないようだ。

「ええ、なにもないわ」

 ミーナの声は震えている。

「怖いと思うから、怖くないものまで怖くなってしまうんだよ」

 いかにもプランタらしい発言だ。

「じゃあ、帰ろうか」

 落ち着きを取り戻したボンザが言った。

 言ったのだけど、ポーは一点を見ている。

「ポー、どうしたの?」

「ポー。おい、ポー」

「冗談だよな」

「ねえ、ポーさん」


 プランタが、ボンザが、ペイズが、そしてミーナが声をかけたのだけど、ポーにはちゃんと見えていた。


「ねえ、あれ、あそこ、なんか変じゃない? 渦巻っていうか」


 怖いこと言うなよ、とボンザは言いかけて、飲み込んだ。

 たしかに、ある。

 しかも子どものこぶしひとつ分くらいだったその渦巻はぐんぐんと大きくなり、大きくなってから気が付いたのだが、その中心に五人を吸い込もうとする力が働いていた。


 そう気が付いた瞬間、プランタが

「逃げよう」

 と叫んだ。

 その声にはじかれるように、五人はきびすを返す。

 が、どんなに走っても前には進めず、渦巻は大きさを増していく。

 そして、ひとり、またひとりと、渦巻に吸い込まれていってしまった。

 痕跡こんせきはなにひとつ残らなかった。


                  *


 さあさあ、あなた様におかれましては、点と点が線になったことでございましょう。

 しかし五人の少年少女にとってはどうでしょう。

 渦巻に吸い込まれ行き着く先は、地獄かはたまた魔界か。

 心の臓が凍り付き、口からは悲鳴が溢れ出て、渦巻の深部に行くほどに意識が遠のいてしまったのでございます。

 重いまぶたが開いたあとで見るものが、彼らにとって吉か不吉か。それは心の持ち方でいかようにも変わるもの。

わたくしは語り部。ただありのままに語るのみでございます。


酔うほどに酒を飲んで人に迷惑をかけるのはいけません。

だからと言ってその人に馬鹿というのもいけません。


物語が、動き出します。


では、またお逢いしましょうね。

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