第三十二話 ポーと安堵。
もうすぐお正月、ですね。
来年以降は笑っていられる幸せな日々が続いてほしいです。
ってみんなが思うことですね。
サンタさんにプレゼントとしてお願いすればよかったと今気が付きました。
残念!
では、どうぞ。
8
貴族たちは文字通り泣いて喜び、白家と黒家の両方の戦士たちひとりひとりに感謝の弁を述べた。
火山も大海も、月のしずくによって息を吹き返した。
火山が消えたのは死んだからではなく、死ぬ前に符に戻したことで延命の処置をしたためなのです。
と、朝雲が説明した。
意識をなくした者たちも重傷だった者たちも、立ち上がって動けるようになった。
その代わりに、樽に残っていた月のしずくを全部使い切ってしまったのだが。
それじゃぼくたち帰れないんじゃ。
と慌てるペイズに、
まだ少しですが祠にあります。
と氷雨が告げた。
五人は氷雨の先導で祠に向かう。
神を名乗る生物の始末は我らがつけると黒家の大将軍である大河が言い、舞台をあとにするポーたち五人の白家の召喚者は何度か振り返ったのだが、人垣でふさがれて様子をうかがうことはできなかった。
祠にはたしかに月のしずくはあった。
が、五人が指輪を入れるとそれもなくなってしまう。
また溜まるまで一か月か、ペイズの軽いつぶやきが、氷雨には重かった。
来た道を戻ろうとすると、朝雲が待っていた。
これから白家と黒家の戦をするのだと言うのだ。
戦と聞いてポーなどは眉をしかめたのだが、その場に行ってみると思わず笑ってしまった。
着物の上をはだけて酒を飲み交わしていたのだ。
歌に合わせて踊っている者もいて、それが清正と大河であったから、笑いも増した。
この十年の間に、盤上遊戯で戦いはしたものの、両家に一滴の血も流れなかったのも、また事実。
六十年にもわたる遺恨だ。
そう簡単には消えるはずはない。
だからといって、遺恨を抱えたまま生きてよいはずもない。
ひとつずつ、少しずつ、わだかまりを溶かしていくための、その第一歩としての酒盛りなのだ。
その酒盛りは、貴族の屋敷で行われている。
何のことはない、白家の城よりも黒家の城よりも、貴族の屋敷のほうが近かった。
ただそれだけの理由だ。
盤上遊戯を戦った者たちだけではなく、清国や大河の子どもたちも参加している。
ポーたちには酒はまだ早すぎると、果物を絞ったものを飲んでいた。
笑っている大人たちを見ながら、
でもさ、第一戦に負けたときは、歴史と違うって、歴史が変わっちゃったんじゃないかって、びっくりしなかった?
とペイズが言った。
それには四人も勢いよく同意する。
うん、みんなの前だから言えなかったけど、怖かったよ。
とポー。
ぼくはやっぱりパラレル・ワールドだとも思ったよ。
とプランタ。
おれはもうあのときに、おれ、死ぬんだって、思ったよ。
とボンザ。
でも実際、歴史は変わったのよ。
とミーナが言った。
ふうん。
とみな思ったが、数秒後、
え?
と思った。
歴史がどう変わったのか、なぜそれをミーナが知っているのか、という疑問が生まれたのだ。
それをミーナに問い質した。
「秘密」
ミーナはいたずらに笑った。
ポーたちは人が言いたくないことをしつこく訊くような愚かな真似はしない。
ミーナは付け足した。
「でも、いいほうに変わったの」
それを聞いたポーたちの心は、
それならいいや。
と晴れやかになった。
そこへ清国がやってきて、正面に座った。
座ってから少し恥ずかしそうに、ペイズに話し出した。
「済まぬが貴公の持っている時計を、見せてはもらえぬか」
ペイズは、お安い御用と、懐から時計を出して渡す。
「ふむ。本当に見事じゃ。貴公らがどこから召喚されたのかは聞かぬが、貴公らの国ではこのように見事なからくりが、あるのじゃろう。我はやはり大人になったら海を渡ろうと思う。世界は広い。すべてとはいかぬであろうが、我はこの目でみたいのじゃ」
いい夢じゃないか、応援するぜ。
ボンザが言う。
夕暮れの風が吹く。
舶来品を初めて見たときや異国の言葉を初めて聞いたときの興奮を、清国は語った。
「異国では、セカンド・ネームなるものがあるそうじゃ。苗字と名の間にある、もう一つの名じゃ。我もセカンド・ネームとは言わぬが、なにか秘密の名を持とうかと思うておるのじゃが、こたびの盤上遊戯の英雄である貴公らに、ぜひ、つけてほしいのじゃが、どうであろう?」
いきなりの申し出に、プランタもペイズもボンザもポーも考えあぐねているなかで、ミーナが清国に近づき、そっと耳打ちした。
『詩』『月』『華』って書いて、しづかって読ませるのはどう?
「うむ、よき名じゃ。我はその名を大切にしよう」
「え、何て名前にしたの?」
ペイズが訊く。
「秘密の名前なんだから、わたしと清国さんとの秘密よ」
さっきから秘密ばかりでごめんなさい。
そうミーナは笑った。
「しかし、なぜホムラ国の言葉を知っておるのじゃ?」
「清国さん、それは聞かないで。きっと答えは大海原の向こうにあるわ」
「そうか。それならば聞くのは無粋じゃな」
その続きは、沸いた歓声にかき消されて聞き取れなかった。
ポーたちも清国も、驚いて振り返った。
大河の子どもは三人とも女性、つまりは姫だったのだが、そのなかのひとりの隣に、酔っている清正に腕を引っ張られた清秀が座らされていて、清秀は困ったように笑い、女性のほうは大河に肩を押されて顔を真っ赤に染めているのだ。
ふたりは肩が触れ合うくらいに近づいていて、酒の席での冗談なのか、本気の、お見合いのようなものなのかは判断がつかなかったが、大人たちはみな笑っていた。
清国も笑ったが、面白くて笑っているというよりは、感慨深いというような、そういう意味の笑いに見受けられた。
そのうちに夕餉が運ばれてきて、大人たちは酒を片手に食べ始めた。
随分と酒が入っているのだから当然かもしれないが、貴族の家での食事とは思えないほどの品のなさであった。
だが、みな心から笑っていた。
それもまた事実だ。
ちょうどポーたちが食べ終えたころだ。
ポーたちはポーたちで話し込んでいたのだが、いつまで続くのかという様相を呈していた大人たちの馬鹿騒ぎが、気が付くと静まっていた。
ひとり、ふたりとポーたちは広間を見渡した。
自分たちに注目が集まっている。
視線を浴びながら、みなが何も言わず、しかし微笑んでいるので、何事かと、ポーたちは顔を見合わせたり、またみなの顔を見渡したりした。
補足になりますが、そして蛇足かもしれませんが、
侍が神を名乗る生物の始末をつけると言ったのだから
それはつまり何を意味するのか。ミーナは
「歴史はいいほうに変わった」と言いました。
それが何を意味するのか。
行間に書いたつもりなのですが、わかりづらかったらすみません。
あと、二話です。お付き合いいただけたら嬉しいです。
では、またお逢いしましょうね。




