第三十一話 盤上遊戯 ~ぼくの名は~
今回を含めて、あと三話で終幕です。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
もう少し、お付き合いいただけたら嬉しいです。
では、どうぞ。
「ほれ、月のしずくをやらんと死んでしまうぞ」
豪山が、双迅が、月のしずくへと走った。
樽の月のしずくに手が届こうというときに、光の槍が二人を貫く。
しかも、倒れた拍子に樽を転がしてしまったのだ。
月のしずくが石畳に広がっていく。
「それ、どうする。大事な大事な月のしずくがなくなってしまうぞ。それ、どうする。怪我人が増えてしまったぞ」
「卑怯だぞ」
ポーが怒鳴った。
「余に口答えか?」
ポーは反射的にうつむいた。
火山と大海を盾にして、朝雲が新兵衛が、樽へと走った。
「駄目だ。死んじゃう」
ポーは叫んだ。
「その通り」
神を名乗る生物が放つ光の槍が一条、たった一条で大海の頭を吹き飛ばした。大海の体がゆっくりと倒れる。
「もうやめてよ」
ポーはまた叫んだ。
「二度は言わぬ」
光の槍がポーの心臓目掛けて放たれた。
動くこともできなかった。
胸に穴が開き、血が噴き出した。
火山の胸から、だ。
「火山、どうして」
「ポーはおらをうらやましいって、言ってくれただ。理由はそれで十分だ」
火山は符となって消えた。
ポーをかばって、消えた。
ポーは立ち上がった。
「なんだ、その目は」
神を名乗る生物は矛先をポーに向けた。
「許さないぞ」
「許さなければ、どうなる? 人間ごときが、余をどうするというのだ」
「やめろ、ポー。ぼくの付与を受けた若君とボンザとギンの三人がかりでも勝てなかったんだぞ」
とプランタが言う。
「ポーさん、死んじゃうわ」
とミーナが言う。
「逃げろ、ポー。殺されるぞ」
とペイズが言う。
「それ。友も逃げろと言うているぞ。自分が弱いと認めて尻尾を撒いて逃げるなら、いまなら目をつぶってやろう。余に対する無礼を笑ってやろう。さあ、どうする? 余と戦って死ぬか、逃げて生きながらえるか、好きなほうを選ぶがよい」
ポーは返事をしない。
頼むから逃げろ。
プランタもペイズもミーナも思った。
舞台にいる人間すべてが、逃げろ、そう思った。
ポーは踵を返して走った。
「逃げるか。それでよい。それでこそ人間。その浅ましさが余を満足させるのだ」
「逃げるもんか」
清秀の元で立ち止まり、
若君、若君の大切な刀、借りるよ。
とポーは雷刃を手にする。
ポーはそのときわかったのだが、清秀は一命をとりとめていた。
きっと鎧をつくるときに使われた月のしずくが効果を発揮したのだろう。
焦点の定まらない目でポーを見て、小さく口を動かした。
頼んだぞ。
ポーはそう読み取った。
声を出したら泣きそうだったので、肯いて答えた。
みなの視線が集まっていると肌で感じ、周囲を見渡す。
ポーはなんだか、笑った。
視界の端で何かを捉えた。
ボンザが、拳を高く伸ばしたのだ。
「やってやれ、ポー」
「うん」
一ミリ動くだけでも激痛が走るだろうに、大声を響かせたボンザの心意気に、ポーは強く励まされた。
「余に刀を向けるか。死ぬぞ」
「ぼくの名はポー。弱虫で泣き虫で意気地なしのポールジョーンズ・ディーノ。それがお前を倒す男の名前だ。地獄に行っても忘れないように、しっかり心に刻んでおけ」
「フハハ。お前が余を倒すと申したのか。フハハハハハ、これはよい。お前らの上から順に数えた三人が同時にかかってきても倒せなかった余を、お前が倒すと、そう申すのか。フハハハハ。愉快。よし、お前の好きなように攻めてくるがよい。受けてやろう」
「行くぞ」
雷刃を肩で担ぐように構えて、ポーは走り出した。
その動きは、先ほどの戦いのあとではひどく緩慢として見えた。
でもそれがポーの全速力だ。
神を名乗る生物は嗤っている。
距離が縮まる。
ポーは半分は気合を入れるため、もう半分は恐怖心をかき消すため、怒鳴った。
雷刃を精一杯の力を込めて振り下ろす。
その一撃も遅い。
なんともか弱き男児か。
頭上に剣を構え、神を名乗る生物は同情すら覚えた。
そのとき。
轟音とともに、天から空気を乱暴に切り裂いて、猛り狂ったかのような雷が、神を名乗る生物を直撃した。
何が起きたのかを即座に理解できたのは、清正と清秀だけだった。
「雷刃は神から『雷』の龍を授けられた刀とは聞いてはおったが、真じゃったか」
呆然とつぶやく清正。
清秀は微笑んでいる。
神を名乗る生物は、両膝をついてから、前のめりに倒れた。
数秒見守っても動く気配はない。
勝鬨が、沸き上がった。
「すごいよ、ポー」
「もう最っ高」
「ポーさん」
プランタが、ペイズが、ミーナが、駆け寄ってポーに抱きついた。
ポーはようやくにっこりとした。
「さあ、早くみんなに月のしずくを」
ポーの指示で、みなが我に返って、怪我人の手当てをした。
止まっていた時間が動き出したかのように、太陽がいまだ高くにあること、雲が東から西へと流れていることを、仰ぎ見て知る者もいた。
これが最後の盤上遊戯となった。
*
このようにして、盤上遊戯は終局いたしました。
黒家の戦放棄によって一勝一敗。
決着はついてはおりません。
しかし、それでよいのです。
だからこそ、よいのです。
時代がひとつ、区切られましてございます。
ホムラ国を揺るがす大事件を、ふたりの大将軍はどういう形で治めるのか?
わたくしは語り部。
ただありのままに語るのみでございます。
わたしは、いや、わたしだけじゃないでしょうけど、
頑張っている人が好きです。どんなに不格好だったとしても、
かっこいいと思います。白家の人たちも黒家の人たちも
頑張ったけど、最後の最後、頑張ったポー。
これが書きたくて始めたストーリーなのです。
みなさんはどう思いましたか?
では、またお逢いしましょうね。




