第三話 ポーと真夜中の本屋。
土日の寒さが嘘のようになるみたいですね。
ポーたちは深夜零時を待っています。
昼との寒暖差で寒いと思っているのか、テンションが上がって
寒さを感じていないのか。推測するのも面白いかもしれませんね。
では、どうぞ。
嘘か真か、ポーたちの間で「殺人現場」と呼ばれている家があった。
年長者の話によると、「勇ありし戦い」以前からあるらしく、大きさと古めかしさがその家の怪しさを助長している。
住人はいるようだったが定かではなく、幽霊を見たと証言するクラスメートもいて、子どもたちにとっては立派な心霊スポットだった。
ひとつ付け加えると、夜の闇の中でその家に近づくのを尻込みするのは、子どもに限ったことではなかった。
夜行性の動物たちの目が光る森の中に、人目をはばかりながら集まった一団がいた。
揃いの黒衣と頭巾をまとい、秘密結社を名乗っている。
五人いる彼らは順番に思想を語り、怒りを述べ、天罰を下す算段をし、最後に地面に魔法陣を描き、円になって立ち、手をつなぎ、祈りの言葉を捧げた。
その場では何も起こらず、秘密結社の面々はそれぞれ別の方向へと足を向けた。
黒衣と頭巾を脱いだときに互いの正体が明らかにならないためにだ。
そうして秘密結社は解散した。
しかし彼らは、魔法陣を描き、祈りの言葉を捧げたのだ。
魔法の中でも悪魔の力を借りて行う魔法は「邪法」と呼ばれ忌み嫌われている。
それを重々知ったうえで邪法を使う者たちがいる。
悪魔崇拝者だ。
悪魔に憧れ、惚れ、逢いたいと切に願う者たちだ。
そういう輩は、悲しいかな、どこの時代にも、いつの世の中にも、存在する。
言わずもがな、ここにも、だ。
悪魔のための儀式は夜に行なわれることが多い。
悪魔が活性化する時間であると信じられているためでもあるし、夜の闇が姿を隠してくれるためでもある。
ポーの町に、悪魔崇拝者たちの身を隠し、また自分たちが悪魔崇拝者であることを隠すために、自らの家に秘密の部屋をつくった者がいる。
必要に迫られた場合を除いてはひと月に一度そこに集まって、悪魔を呼び出そうと試み、いまだ成功はしてはいない。
今度こそは、と集まった悪魔崇拝者たちが儀式に入る前の雑談で
「今日はやけに子どもが歩いているな。もう寝ている時間だろ」
「知らないのか。今日は本屋で子どもに人気の小説が販売されるんだと。なんでも午前零時から」
「そうのか、知らなかった。邪魔にならないといいがな」
「大丈夫さ。あんなに子どもがいるんだ。ひとりさらって生贄にしてもばれないだろ」
「さすがにそれは」
「冗談さ」
と笑いあっていた。
生き血をささげるために用意された鶏が、籠の中で目を覚ました。
この時間になっても街灯は消えないのだと知った子どもは、少数ではなかった。
建物で狭まった空に見える満月と星屑も、このときばかりは主役にはならなかった。
子どもたちの声がにぎやかなのも、店舗兼住宅でベッドに入っている者にとっては騒音でしかなかったが、今日ばかりは仕方がないと苦笑いでやり過ごす。
本屋の前には長蛇の列ができていた。
いや、前だけではなく周囲の一区画を囲んで、ぐるりと子どもたちも大人たちも並んでいる。
混雑になることは事前に予測できていたので、本来の開店時間である十時に来ても買えますよ、と本屋の主人は触れて回ったのだが、それでもこの盛況ぶりに、本屋の主人の目じりは下がっている。
八時に集合と言ったボンザが一番遅刻をしそうだったのだが、みな十分前にはペイズの家に集まって、そのまま本屋へと走った。
五人が着いた八時過ぎにはもう行列はできてはいたが、それほど長くはなかった。
「八時集合にして、間違いじゃなかっただろ」
ボンザは得意げに言った。
ざっと見て、二十人には届かない列の最後尾に陣取って、五人は十二時を待つ。
月が位置を変える。
そして、懐中時計を見たペイズが言った。
「あと十分だよ」
「ああ、待った甲斐があったな。それにしても、明日が休みでよかったな」
「それは違うんだよ、ボンザ。明日が休みの日を選んで、この本は発売されるんだよ」
プランタが教えた。
ボンザには意味が理解できないようだったので、プランタは付け足す。
「次の日が平日の深夜零時になんて本を売ることを許可したら、いろんなところからクレームがつくでしょ? 僕らファンがこの小説を夢中になって読みたがることも簡単に予測できる。だからそこを考慮して、明日が休みの今日に発売されることになったんだよ。まあ、正確には明日に発売されるんだけどね」
「ふうん。考えてるんだな」
「でも不思議だね。いつもなら眠ってる時間なんだから、あくびのひとつが出てもおかしくはないのに、全然眠たくないや」
「興奮しているからよ。楽しみで、ワクワクして、明日の十時までなんてとてもじゃないけど待てないわ」
ポーが言って、ミーナが答える。
きっと、この行列をつくっている人たちは、子どもも大人もみんな同じ気持ちなんだろうな、とポーは思った。
列の先頭から声が上がり、それをきっかけにみなの注意が本屋の前に集まった。
入り口前の特設のテーブルに小説が並べられたのだ。みなが首を伸ばす。
どうでしたか? ぼくもわたしも似たような経験があるって
懐かしくなったりはしませんでしたか?
これからこんな経験をしてみたいってワクワクしたりはしませんでしたか?
では、またお逢いしましょうね。