第二十七話 盤上遊戯 ~侍~
盤上遊戯は、熱を増していきます。
白家は黒家を敵と思って憎んでさえいますが、
長年にわたって鎬を削ってきたライバルと、
相手を認めている部分もあるのです。
今回はそんなお話です。
では、どうぞ。
盤上遊戯は続いている。
ギンは中衛として待機し、戦う気配はない。
俄然やる気を見せているのは、黒家の侍大将、将成だ。
「豪山、相手をせよ」
声だけで行動を封じられてしまう、そんな気迫がこもっていた。
実際、ポーと光は行動不能になった。
豪山は答える。
清正も肯く。
「よかろう」
豪山と将成、今度は両軍の侍大将同士の激突だ。
刀を交える前に、古くからの習わしに従って、ふたりは舞を舞う。
勇ましい雄々しい舞だった。
舞の最後にふたりは膝をつき、礼をする。
刹那、戦いが始まる。
雲が、太陽を隠した。
「踏み込みが甘いぞ、豪山。それだから白家は負けるのじゃ」
「口を動かしていていいのか、将成よ。お前の首が飛ぶさまが見えるぞ」
「ぬかせ」
心、技、体、どれも互角。
しかしこの戦いにおいては、何の補助の指示も出ない。
清正も、大河も、腕を組んで観ているだけだ。
ミーナの龍である歌のほうが、黒家のそれより優れているのに。癒し手も、それぞれの侍大将が傷を負おうと癒しもしない。
「不思議に思うか? ポーよ」
「うん。みんな、見てるだけだ」
「これが誇りというものじゃ」
「誇り」
互いが互いを敵と見なし、我が家の名誉のために半世紀以上も鎬を削っている白家と黒家の、誇り。
清秀が目線を豪山に移すと、ポーもつられて、豪山を見た。
その剣技、その風貌。
そして心構え。後ろ姿しか見えぬが、豪山の戦いぶりに後光がさして見えた。
そしてそれは、敵である黒家の将成にも言えることだった。
ふたりが大きく見えた。
なぜだかはわからないが、ポーは一度だけ目を擦った。
そうして、見詰めた。
幾合と切り結び、両者は離れた。
肩で息をしている。
汗が滴り落ちる。
雲に隠れていた太陽が、ゆっくりと顔を出す。
刀が光を反射する。
みな、見守る。
強く拳を握って。
呼吸を合わせたかのように、彼らは同時に動いた。
袈裟切りに斬りかかる将成の刀を、豪山は撥ね上げた。
将成の刀が宙を舞う。
それはとてもゆっくりに見えた。
そう、みな、刀を見たのだ。
将成だけが豪山を見ていた。
小太刀に手を伸ばし、豪山の胴を払おうとする。
みな、気付いて息をのんだ。
「無念」
そう言ったのは、将成だった。
豪山も刀を見たのだが、寒気が走った。
これまでの戦いの経験が警告したのだ。
結果、ほんの僅かの差で、豪山の刀が速かった。
「紙一重じゃ」
前のめりに倒れる将成を、豪山が受け止めた。
消えていく将成。
豪山はふうと息を吐いた。
控えから盤上に出てきた黒家の忍頭、赤森宗助の刀をかわす余力はなかった。
豪山も、消えた。
これで白家は、清秀、ボンザ、ポー、ミーナ、栄、光の六名。
黒家は、宗助、ギン、叶、葉、織子の五名。
控えから盤上に出るのを許される一名を加えれば、白家の戦士は七名になる。
清正は、清秀に指示を出した。
「清秀を前へ。決戦じゃ」
自分の真正面に立った清秀に、宗助は刀を中段に構え、腰を落とした。
清秀がどう出てくるか、様子見といったところだ。
清秀は、消えた。
死して盤上から消えたのではなく、見る者の眼から消えるほどの速度で動いたのだ。
宗助の生首入りの頭巾を持って立っている姿を確認できたのは、その数秒後だった。
雷刃を鞘に仕舞い、ギンを睨みつける。
ギンは、満面の笑みを浮かべた。
黒家の大将、大河は立ち上がって叫んだ。
「行け。ギン」
ギンは一陣の風のごとく、清秀の横をすり抜け、ボンザの横をすり抜け、ポーの前に立った。
そして叫ぶ。
「きええええええええええっ」
ポーは行動不能になった。
なのに、ギンはポーに剣を向けず、動く。
まずい。
清秀はすぐに言った。
「父上、入れ替わりを」
しかし、遅かった。
ギンはミーナ、栄、光の三人をただの一振りで薙ぎ払ったのだ。
この瞬間、白家の戦士は盤上で三人になった。
「第一戦、勝負あり」
白家は、第一戦を落とした。
*
口惜しや。
なんということでございましょう。
勝利がもう少しのところで手からすり抜けてしまいました。
わたくしがこんなにも口惜しいのですから、戦っている方々の心の痛さは、察するに余りあることでございます。
しかし、まだ二戦残っております。
ここからどう巻き返すのか、わたくしの胸には希望しかないのでございます。
負けてしまいました。パラレル・ワールド? 歴史が変わった?
これからどんな展開になるのか、楽しみと思っていただけたら嬉しいです。
では、またお逢いしましょうね。




