ショタ執事にワカラセられた王女さま。
確かに。たしかにっ、私は高飛車だわ。
だけど、王女なんだし、それで良くない?
「リリアーナ! 十八にもなって国民を困惑させるなど言語道断! 私たちは国民の為に生きている。国民がいるから私たちが生きていけるのだぞ」
お父様が口を酸っぱくして言う、いつもの説教だと思っていたのよ。まさか――――。
「お前に専任の執事を付ける。彼には何かあれば鞭で打っていいと伝えているからな!」
――――そんなことって、あるぅ!?
◇◆◇◆◇
筋肉ムキムキ、厳つくて、頭は角刈りで、眉毛は極太で、何かあれば直ぐに執事服をバリィィィっと破るようなスンゴイゴリラみたいなのが来ると思っていたの。
「アマーノと申します。よろしくお願いいたします」
「……」
目の前に立つのは、ちんちくりん。
身長は私の胸辺りで、どう見ても幼い男の子。
金色のチュルふわ髪と空色の瞳はどう見ても壁画の天使のよう。
白いブラウスに黒い蝶ネクタイと黒ベスト。膝小僧がチラ見えする黒い短パン。
まぁ、ここまではセーフよね。たぶん。
ふくらはぎまでの黒い靴下とソックスガーターって、誰得なの?
腰には乗馬用のワインレッドな短鞭って、だから誰得なの?
「…………アマーノ? 変な名前ね。貴方、いくつ?」
「先日、九歳になりました」
「きゅ……」
九歳。
それは、毛も生え揃っているのか分からないレベルのガキンチョよね?
なんでそんな子供がこんな格好して、執事になっているのよ!?
「殿下、思考が口から漏れ出ていますよ」
「う、うるさいわよ」
「それから、毛が生えていようが生えていまいが、関係は無いかと。そういった心ない言葉を吐かれるところも、直していきましょうね?」
九歳。
子供に、モラルとかなんとかを諭されたんだけど?
しかもかなり幼い子に話しかけるような声色で。
声変わりもしていない子供に子供扱いをされたという事実にイライラしつつも、お父様の言いつけなので誰も逆らえないという事実も認識しているわけで。
初めは、この子も背伸びしつつ嫌々やっているのよね、可哀想に……と思っていましたのに。
「殿下、本当に苦手なものは食べなくてもよろしいですが、朝からスイーツだけなどは、言語道断です。殿下の健康維持のためにも、どうか」
「っ…………」
「どうか」
「わっ……わかったわよ!」
「ありがとうございます」
ダイニングホールで、幼い子供が頭を下げる。それだけで人々の目は痛々しいものになるのだと知りました。
誰も何も言いませんが、『あんな子供に、あんなことをさせて』という空気がもんの凄いの!
「殿下、国の歴史の勉強は絶対にしてください。歴史を知ることは、未来に繋がります。なぜそれが起こったのか、それが現在にどう繋がったのか。そういった事を紐解くことが大切なんですよ。聡い殿下なら直ぐに理解できます」
「っ……わ、わかったわよ!」
幼い子供が『理解できている』ことが、私にはできないのか? と、言外に伝えてくるんだけど!?
教師たちの目がどえらく憐憫なものになってきています。
こうなると、やらざるを得ないじゃない!?
「流石、お上手ですね。春風に舞う花びらのように、美しく可憐でした」
「私だって、得意なことはあるのよ!」
ダンス授業の休憩のタイミングで、アマーノが飲み物を差し出してくれました。
キンと冷えた紅茶が喉を潤し、少し火照っていた体温を下げてくれます。
こういった気遣いが本当に上手いのよね、子供だけど。
「アマーノは、そういった褒め方をどこで学んできているの? 子供のくせに妙にジジ臭いというか……」
「ははは、企業秘密ですよ」
こういうときの返し方と貼り付けたような笑顔、ほんと謎に老獪なのよね。
「リリアーナ殿下、国民の皆さまが楽しみにしているのです。公務なのですから、笑顔で」
「…………わかっているわよ」
極限まで締め付けられたコルセット。
息苦しさ。
空腹感。
真夏の蒸し暑さ。
それら全てを我慢し、炎天下のもと笑顔でバルコニーに立たなければいけない。
公務なんて大っきらい。
国民はお父様とお兄様さえいれば満足だと思うのよ。
「殿下、笑顔」
「っ、解ってるってば」
「ほら、声援に応えて下さい」
アマーノにそう言われて耳を傾けると、確かに私の名前が聞こえました、『リリアーナ様』と。
自然と顔が綻びます。
声のする方に視線を向けて手を振ると、歓声が一段と大きくなった気がしました。
「素敵な笑顔です。もう少しですので、頑張ってください」
こういうときのアマーノは、本当に優しいのよね。
◇◆◇◆◇
アマーノが専属執事として就くようになって一年。
私も随分と丸くなったと思うの。
「……殿下、妄言は程々に」
「なっ!? ちゃんと国民への挨拶は笑顔でするようにしてるし、公務もしっかりとこなしてるじゃない! 好き嫌いも減らしたしっ。無駄な買い物もしてないわ!」
「ふむ。確かにそうですね……認識を改めます」
アマーノが顎に手を置き、考えるような動作をしました。まるで大人のよう。
というか、いつも大人のような言動しかしないので、実は物凄い若作りのおっさんじゃないのかとか疑ってしいます。が、どんな疑惑を持とうとも、骨格も声も子供そのもの。
「ねぇ、どんな生活をして、どんな教育を受けたら、アマーノみたいな子供になるのかしら?」
「それは企業秘密だと――――」
「そう言っていつもはぐらかしてっ! アマーノの事が信頼出来ないのよ!」
つい、大声が出てしまいました。
アマーノが空色の瞳がこぼれ落ちそうなほどに目蓋を大きく見開いて、きょとんとしています。
こんな子供みたいな顔、初めて見るような気がします。
「それと信頼は関係ありますかね?」
「あるわよ!」
アマーノは私のことなんでも知っているのに、私はアマーノの事を何にも知らないもの。
どこで生まれて、どこで育って、何をしてきて、なんで執事になったのか。
聞いても教えてくれないもの。
なんにも知らない人のことを、信頼なんてできるわけがないじゃない。
「なるほど。信用できないから、信頼もできない。ということですか」
「え? 信用も信頼も一緒でしょ?」
「違います」
ズバッと斬り捨てられたんだけど? 一緒じゃないの? えぇ?
「話がブレるので、後でそれぞれを辞書で調べてください」
驚くほど斬り捨てられてるわよね? あらぁ?
「私のことを知りたいと思うのは、ただの興味本位ではなく、好意からでしたか」
「っ!? あの、あ…………ぅん」
「…………ほぅ?」
アマーノの口から出た『好意』という言葉が、妙に背中を擽ります。
耳が熱いというか、顔が熱いというか。
そして、言った本人のアマーノが何故か驚いています。
『ほぅ?』ってなんなの? どういう反応なの?
「なるほど。色々と勘違いしておりました。申し訳ございません、リリアーナ様」
「へ?」
にっこりと微笑んだアマーノはどう見ても天使なのに、なぜか背筋がゾワゾワとします。
こう……眠っていた竜が覚醒めた的な。何かがヤバい。そんな感覚です。
「イセカイテンセイデムソウシテミルカトオモッテイタケド、コウイウノモアリダナ」
「え? ええ?」
アマーノが知らない言葉で何かを呟いたのだけど、全く聞き取れませんでした。
なんで腰にぶら下げた短鞭の先を指で弾いてるの!?
なんでペチペチ鳴らし出してるの!?
なんで!?
「ん? あぁ、申し訳ございません。つい独り言ちてしまいました。お気になさらず」
気になるんですけどぉぉぉぉ!?
後で教えてもらったのですが、アマーノは前世の記憶があるらしいのです。普通は荒唐無稽だと思うのだけど、なぜか信じてしまいました。
それほどにアマーノの言動は、異質。
「家柄は申し分ないと思いますので、身体が成長するまで暫しお待ち下さいね。大丈夫、その間にしっかりと、一緒にお勉強しましょうね?」
だから、何で短鞭をそっと触るのよ!?
お父様からも許可が出てるって……本当に鞭打ちの許可出してたの!?
――――そんなことって、あるぅ!?
―― fin ――
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