8.来たる小町、困惑の房乙女
勇者のフル活用により、イナサーク辺境伯領の「開墾」はスムーズに完了した。
トールの工事が甘かったため、試しに水を入れたところ盛大に水漏れしたこと……それをフェンの土魔術であちこち補強してもらったことは、ここだけの話であるが。
さらには。
「この畑、いえ水田ですが。何だか四角いような」
とセレスト。
「え、普通だろ?」
とトール。
「普通は魔法陣を描くからな、こんな角張った形にはしねえぞ」
とフェン。
現代日本だと田んぼは四角く整地されるが、これは農業機械を効率よく使うため。近代化以前は不定形な田も存在した。
また地球規模で見ると、スプリンクラーなどで水をまくために、畑が円形をしている場合もある。
が、トールはさすがに、そこまでは知らない。
とにかく水田は造った。
後は時期を見て、本格的な農作業へ入っていくのだが――。
その前に、まず、今更ながら家を建てる必要があった。
魔族に破壊の限りを尽くされた地であるから、空き家も無いのだ。
本来ならイナサーク辺境伯として、大きな城の一つくらいあってもおかしくないが……時間がかかってしまうので、ひとまず住むための家を一軒だけ建ててもらった。
トールやセレスト、フェンら仲間達の寝泊まりする部屋と食堂、一応は客間や応接間、農作業用の倉庫、馬達を収容する馬房、などなど。
使用人も領民もおらず、辺境伯としてはあり得ないほど、ごくささやかなものだというが、日本人でかつ都会っ子のトールにすれば、これでもだいぶ大きな家だ。
近くの領地――ちなみに馬で一週間ほどかかるスピノ伯爵領が、もっとも近い「お隣さん」であった――から職人を呼んで、ひと月ほどで完成する。
現代日本と比べてもかなり早い。トールが金に糸目をつけず職人を大量動員したことや、シンプルな平家にしたこと、たまたま天候に恵まれたこともあるが、大きな要因はやはり魔法だろう。重機はなくとも魔法の力で石材や木材を運び、漆喰や塗装などを乾かす時間も、魔法で短縮できてしまう。
また、この異世界では、飲料水や生活用水が「水生成」の魔法。
料理や暖房は「加熱」の魔法。
洗濯も水魔法や風魔法。
……という具合に何でもかんでも魔法なので、水周りや配管の苦労がない。日本より地震、台風のような自然災害が少ないこともあって、建築の難易度が低いのだ。
こうしてトール達は、ようやく天幕生活を卒業することができた。
魔王討伐の旅では野宿が多かったため、トール的にそこまで苦痛ではなかったものの、やはりベッドで寝られるのはいいものだ。
セレストの機嫌も明らかに良くなった。彼女も清貧を尊ぶ神官なので文句は言わなかったが、実は色々と苦労があったようだ。女性への気遣いが足りなかったと、トールは反省したのだった。
そんなある日。
「ふぅ、たまには聖剣の手入れもしないとな」
新しい家の庭先で、トールは久々に聖剣のメンテナンスを行おうとしていた。
適当な木箱を持ってきて腰かけ、異空間からイクスカリバーを取り出す。
ちなみに、この異空間は勇者固有スキルの一つであり、ファンタジーなゲームによくある収納能力と思えば間違いない。
戦いが終わった今、武器防具のたぐいも常時身につける必要はなくなったので、こうして異空間で眠ってもらっている。
久しぶりに見た聖剣は、変わらぬ輝きを放っていた。
冴え冴えとした、青みがかった刀身が、鏡のようにトールの顔を写し出している。
「こうやって見ると、俺ってちょっと太ったかな?」
以前はもっと目がぎらぎらしていて、頬がもう少しこう、こけているまでは行かずとも、輪郭がシャープだったように思う。
「まあ、あの頃は、極限の戦いの連続だったし。太ったっていうより緊張感がなくなった感じか。平和が一番だな」
しみじみしながら、柔らかい布で聖剣を撫でるように拭いていく。
聖剣イクスカリバー。
およそ千年前から勇者の専用武具として知られているが、いつ、どこで、どのように造られたのかは謎に包まれている。
特徴は何と言っても、金属製のフルプレートさえ両断可能な鋭い切れ味。そして、常識外れな勇者の全力にも耐える堅牢さだろう。
他に、装着者の体格や戦闘スタイルに合わせ、大きさや形をある程度変えることもできる。
基本はロングソードだが、刀身を伸ばしたり縮めたり、細身にしたり、「刃が付いていること」という制約はあるものの、槍や戦斧などにもなれるのだ。
滅多に刃こぼれすることはなく、仮に傷ついても自動修復するが……トールは時々、こうしてちょっとした手入れを行っていた。
理由は簡単である。
『……待っておったぞ。勇者よ』
聖剣には知性というか人格のようなものがあり、たまに構ってやらないと面倒なことになるからだ。
「悪いな、イクス。出番が少なくなっちゃって」
『分かっておる。魔王を討伐し、世界は平和になったのであるからな。我等もしばしの休息であろう。もっとも我は、汝の農作業なんぞも手伝っておるがの』
トールの頭の中に、声なき声が響いてくる。聖剣の思念とでも言うべきもので、勇者であるトール以外の人には聞こえない。
聖剣は古の時代から長い年月を過ごしてきたためか、しゃべり方はかなり時代がかっている。
「ああ、あれは助かったよ。農作業もやってくれてありがとうな」
『うむ』
「……やっぱり、イースはまだ怒ってるのか?」
トールは、気になっていたことを聞いてみた。
イースこと聖鎧装イージィスは、聖剣と双璧をなす勇者の専用武具にして、盾と鎧からなる防具である。
イクスカリバーと同じく、固有の意志を持っているのだが――魔王討伐後は『農作業なぞ、聖なる武具のすることではない!』と言って、トールが呼びかけても異空間から出て来なくなっていた。
『待っておったと言うたのは、まさにそのことであるよ。勇者よ、もう一度イースを呼び出してくれぬか』
聖剣イクスカリバーはイクス、聖鎧装イージィスはイースという呼び名を持っている。
そのイクスに言われ、トールは戸惑いながらもうなずいた。
『イース、話を聞いてくれないか? そっちにも聞こえてたと思うけど、イクスに頼まれたんだ。君を呼び出してほしいって』
トールは肉声ではなく、思念を飛ばしてイージィスに呼びかける。
だが。
『…………』
イクスカリバーとは別の思念がかすかに伝わってくるものの、それは無言の拒絶を表していた。
『農作業が嫌いなら、無理強いなんかしないからさ。話だけでもさせてほしい』
『…………』
『えー、イースさんイースさん……聖鎧装イージィスさん』
『…………』
『あーあー、聞こえますか……今……アナタの心に直接……語りかけています……勇者の……お願いに……応えて……ください』
『………………』
「うーん、ダメか」
『あやつは防具であるだけに、頭が固いからのぅ。で、あれば致し方ない。無理矢理にでも引きずり出してもらうとするか』
「気が進まないけど、分かったよ」
聖剣も聖鎧装も、持ち主である勇者が命令すれば従わざるを得ない。今まではトールが遠慮していただけなのだ。
トールは意識を集中し、イージィスを顕現させた。
空間が歪み、ゆらりとにじみ出るように、白と蒼の塗装が施された美しい盾が出現する。聖鎧装イージィスの基本形態だ。
だが、それも一瞬。
盾の形が再び揺らぎ、別の姿――人型へと変化したのである。
「え? ちょっとまさか、イース?」
「勇者! この大うつけ者が――!」
思念ではない、イージィスの怒声が響き渡った。
「うわっと! イース、その姿はやめてくれッ」
「今の貴公如きの命令なぞ誰が耳に入れるものか! 恥を知れぃ!」
「だからそうじゃなくて!」
目をそらしながら叫ぶトールと、彼の前で仁王立ちするイージィス。
騒ぎを聞きつけ、家の中にいたフェンとセレストが顔を覗かせる。
「うげ?! なッ、トールお前、何やって……」
驚愕するフェンとは対照的に、セレストが眉を逆立てた。
「トール様! 一体どなたですか、その破廉恥極まりない格好をした女性は!!」
「セレスト、それ口に出したらダメなやつ! あと俺、悪いことしてないから! ものすごい誤解……!」
聖鎧装イージィス。
人間形態をとることもでき、その容姿は白銀の髪に褐色の肌をした、妙齢の美女であった。
問題は、欲望と煩悩を百八億倍にしてギュッと詰め込んだような、グラビアアイドルにもそうそう居ないレベルの爆弾的な曲線美を持っていること。
そして、地球で言えば超マイクロビキニのような物しか身につけておらず、その艶肌の九割以上がさらされていることだ。
だが、元々は人間どころか生物ですらないせいか、早春の季節だというのに本人は平気な顔をしている。
一方のトールは寒風吹きすさぶ中で冷や汗をかきながら、聖剣と聖鎧装が人間形態になれることを説明する。
どうにか、水商売の女性を連れ込んだという疑惑こそ晴れたものの――異世界ではたとえ下着姿でも、ここまで露出度が高くない。
「神聖なる勇者の専用武具に、このような非常識な御姿をとらせたのですか?」
セレストの視線は、変わらず冷たかった。
「ほう? 我の姿が非常識で破廉恥だというのか? これはな! 由緒正しき勇者好みというものであるぞ!」
トールの気も知らず、イージィスが高らかに宣言する。
「……トール様?」
「見直し……じゃねえ、見損なったぜトール」
「違うよ?! いや大好きだけど違うよ!? 最初に会った時から、こうだったんだよッ。俺はイースにもイクスにも、そんなきわどい格好してほしいだなんて一度も言ったことない!」
「ふぅむ? 聞き捨てならぬことを言うたの――」
さらにそこへ歩み寄ってくる、もう一つの影。
聖剣イクスカリバーの人間形態である。
波打つ豪奢なブロンドに白い肌が映える肉体美、まさしくイージィスの色違いと言ったところ。
着ている――あるいはほぼ着ていない状態も鏡写しであり、二人が並ぶと実に目の保養……否、毒劇物だった。
「もとより我等は武器防具であるからのぅ。男女の別があるはずも無し、人型がどのような姿でも頓着なぞせぬ。それを勇者よ、汝が絶対にコレが良い、コレでないとやる気が出ない、とこだわりおったのではないか」
イクスカリバーがとんでもないことを言い出す。
「何のヤル気だよ言ってないよ勇者に対する風評被害が酷すぎる! だいたいそんな格好されたら魔王と戦うどころじゃないだろッ、俺だって男なんだぞ?!」
「あー、そいつは確かに……なぁ」
男としてフェンは理解してくれたようだ。
「本当にトールじゃねえなら、先代の勇者と違うか? かなりの女好きだったらしいし」
「……それなら分かりますが。後宮を造ったとも伝えられていますし」
フェンの一言で、セレストもようやく納得する。
先代勇者ラヴァエロは女好きだったことで知られている。
好みの女性を見れば即座に粉をかけ、国王に謁見する時でさえ、常に半裸の美女を侍らせて人前でいちゃつきまくっていたとか。
魔王討伐を成した後は報奨金で後宮を造らせ、千人を超える女性を集めた。そして、それでもなお物足りなかったらしく、ふらりと出かけては女漁りを繰り返し、最期は旅先で腹上死したそうだ。
「伝説の勇者じゃないか、色んな意味で」
「男の夢を体現したとは言えるな」
「待ってください。もしかしてその、侍らせていた半裸の美女というのは……」
トール達は、先程現れた二人の美女を見やった。
「我等だな」
「うむ。女性の姿と呼び名を与えたのはラヴァエロであるのぅ。まあ、汝も勇者であるから、同じであろう?」
伝説の聖剣と聖鎧装にとっては、大差がなかったようだ。
「そこで同じにしないでくれ……」
トールは頭痛を覚え、額を押さえてしゃがみ込んだ。
「持ち物の中に、いつのまにかハードな大人の本を隠されてた、みたいな気分……俺は人前に出しちゃまずいと思って人型は使わなかったのに……ラヴァエロさん、あんた何てことしてくれてんだよ……!」
良質な変態扱いをされて苦悩するトールの傍らで、聖剣と聖鎧装の争いが勃発する。
「――同じではなかろう、イクス! ラヴァエロは我等を農作業に使うなぞ、冒涜的な真似はしなかった!」
イージィスが言いながら、一歩前へ進み出た。
「農作業もやってみれば楽しいものであるぞ、イースよ。そも、女漁りは良く、農業がいかんという根拠はないであろう」
イクスカリバーもそう言いながら、一歩前へ出る。
「勇者にふさわしい振る舞いというものがある! あやつがただの女好きではなかったことも、我等だけは知っておるはずだ。そして聖なる武具にも、相応という言葉が必要なのだぞ!」
さらに前へ出るイージィス。
「――魔なるものどもと戦い、その血や臓物にまみれながら命を奪ってゆくこと。大地を耕し、土にまみれながら、命を生み出すために働くこと。――果たして、どのような差があるというのだ?」
イクスカリバーもまた、美しい双眸に炎を灯し、負けじと前へ――。
ぎゅむっ。
すると二人の顔よりも先に、見事な胸部装甲同士が接触した。
「ぬぅ、やるか?! 叩き潰すぞイクス!」
「攻撃のできぬ防具が寝言を抜かすでない! 真二つにしてくれようか、イース!」
角ならぬ胸を突き合わせる両者の間で、四つの膨らみはぐいぐいと押し潰され――健全な青少年には見せられない光景と化していく。
「ダメだ……」
トールはしゃがみ込んだまま、うめき声を上げた。
「イクスがすごく良いこと言ってくれてるみたいだけど。見た目がヤバすぎて内容が全然頭に入って来ない……!」
「まぁ、書物にゃ『半裸』とあったが、実際は九割以上か。男なら挟まれたくなる絶景だな……ところで、あの姐さんがたはどういう用事で出て来たんだ?」
「正直分からない。イクスがイースを呼び出してくれって言って。強制召喚したら、こうなった」
「お手上げだな。落ち着くまで、しばらく見物させていただくか……」
「……何の話をしているのですか?」
氷点下の声が聞こえ、トールとフェンは同時に硬直する。
振り返ると、セレストが聖女らしい慈悲に満ちた微笑を浮かべていた。
だが、目が全く笑っていない。
「女神ルリヤは不要な争いを戒めておられます。止めて来てくださいますね? トール様」
「え? ええと……」
「止めて来てくださいますね?」
有無を言わせぬ口調であった。
「わ、分かった……」
トールは仕方なく仲裁に向かう。
「えー、二人ともケンカは……ぐぇ?!」
トールがへっぴり腰で近付いた途端、イージィスに襟元をつかまれた。
「勇者ッ! 改めて聞く。貴公は何ゆえ、農業などという勇者らしく無いことをやっておるのだッ!!」
「いや勇者らしいとか、らしくないとか、関係ないと思うんだけど……」
なめらかな頬を激情に染めているイージィスを見て、トールはしばし考えた。
(ひょっとしてイース、ラヴァエロさんのことが好きだったのか……?)
話を聞く限り、ラヴァエロは下半身の緩さ全開な屑という感じだが。当時の魔王を倒した実力者であり、ハーレムを築いたくらいだから女性にはもてたのだろう。
イージィスとも、勇者とその専用防具という関係だけではなかったのかもしれない。
うらやまけしからんことではあるが、もう二百年以上も昔の話。ラヴァエロも亡くなっており、イージィスは淋しいのかもしれない。
「イース。悪いけど、俺はラヴァエロさんじゃないから代わりにはなれないよ。ごめんな」
「――ッ!」
襟元をつかむイージィスの力が、緩んだ。
「そこまで言うか……。ならば勝手にするがいい!」
イージィスはどん、とトールを突き放すと、肩をいからせて庭を出ていってしまった。
「どうしたものかな……」
勇者の力でイージィスを呼び戻すのはたやすい。しかしそれでは、心の距離は縮まらないだろう。
「やれやれ、何百年経っても馬鹿なやつめ……」
イクスカリバーがすたすたと歩いて来た。
「なあイクス。イースってラヴァエロさんと、そういう関係だったのか?」
「さぁてのぅ。ラヴァエロとも最初は『ああいう感じ』であったがの。何だこの格好は! などと言うておった」
「……変わってないのか、今と」
「左様。ゆえに、もう一押しであるぞ」
イクスカリバーは、にやりと笑った。
「聖剣よ、聖鎧装よと持ち上げられてはおるがのぅ、所詮、我等は少しばかり出来が良いだけの『道具』に過ぎぬ。勇者に使われなければ、存在する意味が無い」
「ってことは、つまり――」
「うむ。イースのやつは、我ばかりが農作業を手伝っておるのが気に入らぬ。ずばり、おのれも構ってほしくて仕方ない! なのに、聖鎧装の誇りとやらが邪魔をして言い出せぬのよ。くっそかわいいであろう?」
「ツンデレかよ」
「で、あるから勇者よ。イースを口説いてこい。いささか強引なくらいでちょうど良い。『俺の聖剣を見せてやる』とでも言うてやれ」
「言える訳ないだろ?! どういうセクハラだよ?!」
「ラヴァエロが女を落とす時の決めゼリフであるぞ」
「ほんっとロクなことしないな、あの人!」
勇者にまつわる悪評の大半は、先代ラヴァエロが原因に違いない。
そう決めつけた次の瞬間。
イクスカリバーの艶やかな唇から、次なる爆弾発言が炸裂する。
「あやつは聖鎧装、最強の防具。すなわち無茶振りを受けて耐え抜くのが大好きな『どえむ』ということぞ。問題はない」
「イ、イクス?! そんな言葉どこで覚えたんだよ?!」
「くふふふ、いつであったかのぅ。そこにおる魔術師と楽しげに語らっておったではないか。まことに興味深い話であったぞ?」
にまにまと嗤う、聖剣イクスカリバー。
「嘘だろ?!」
瞬時に青ざめるトール・イナサーク、十九歳男子。
「ほれ、早うイースの元へ行ってこい。それとも――そこな聖女の前で、汝が好む『ばすとさいず』の話をされたいのかのぅ?」
聖女の微笑を張り付けたままのセレストが、いつのまにかトールの隣に立っていた。
「トール様。詳しく聞かせていただいた方が良いようですね?」
「うわあああああ?! 先にイースと話してくるから! ちょっと待って?!」
✳︎✳︎✳︎
「聖剣の姐さん、ありゃ『どえす』だな……」
走り去るトールとセレストを見送って、フェンはぶるりと身体を震わせた。
ごく小声の独り言だったが、イクスカリバーには聞こえてしまったらしい。
「フフ、我は聖剣イクスカリバー。最強の武器であるぞ。いくさであろうが農業であろうが、常に攻めの姿勢と決まっておる」
「アイツが言ってた『攻めの農業』って、そういう意味じゃねぇだろうよ……」
フェンは深々と嘆息した。
「んで? あんたの目的は、聖鎧装の姐さんを農作業に引きずり込むことか?」
「うむ、左様。農作業と言えど、我のみが勇者に使用されるのはな。イースが不憫であるゆえ、手を回したまで」
「その姿で『使用される』とか言うなよ……。しかしあんた、面倒見がいいんだな」
「あのようなやつでも、我が半身であるからな。だいたい、汝と聖女もそうであろう?」
「セレストはともかく、オレは仕事だぜ?」
フェンは肩をすくめた。
勇者トールの稲作、名目上は辺境伯領の再開発・復興支援の人手をどうするか。
トール本人は、大げさなことは必要ないと公言している。
セレストが志願して補佐に就くが、その二人だけでは不安が大きい。
ラクサ国王ネマトや宰相オルトラらが話し合った結果、二人と気心が知れており、魔術の実力もあるフェンがついていくことになった。
シャダルムやマーシェも折に触れ、様子を見に来てくれるだろうが、王国も現在は膨大な戦後処理のため、人材不足の状態にある。
シャダルムは騎士として、マーシェは弓使い(正確には密偵)として忙しい。しばらくは三人でやっていくことになるだろう。
「しかし、汝も魔王討伐の功労者。嫌なら断ってよかったはずであろう」
イクスカリバーが色っぽい流し目を寄越す。
「そりゃそうだが、ほっとく訳にもいかんだろ。あんな危なっかしい馬鹿勇者」
「フフフ、損な性分であるのぅ」
「お互いにな」
数日後――。
『嗚呼、これでイクスばかりか、我も使用済みになってしまった……』
「その言い方、誤解を招くんだけど?! 農作業しただけだから!」
『ここまでグチョグチョに、この身を汚した責任は取ってくれるのだろうな、勇者?』
「泥が付いただけじゃないか……あとで洗って磨いとくから」
『ならば良いが、ちゃんと、優しくしてくれよ?』
「だから言い方――ッ?!」
トールは聖鎧装イージィスと共に、農作業に励んでいた。
荒起こし、または天地返しと呼ばれ、稲を植える前に行う田んぼの手入れである。
異世界のなんちゃって水田にも必要な作業かどうかは分からないが、イージィスの農業デビューを兼ね、やっておくことにしたのだ。
イージィスは盾の姿をとっている。トールは盾裏の持ち手を握ってイージィスを高く掲げた後、力強く振り下ろした。
『うむ、盾はこう使え! これで無敵……!!』
イージィスから無形の衝撃波が発せられ、田んぼの土を舞い上げながら耕していく。
聖鎧装の機嫌は良く、鼻歌が聞こえてきそうだ。
農業を嫌がっていたとは思えないほどだった。
(やっぱり淋しかっただけなんだろうな)
トールのぽんこつな説得でも、最終的にはうなずいたのだから。
「『ちょろいん』な防具か、どこに需要があるのやら」
妙な日本文化に染まってしまったイクスカリバーなどは、そんな評価を下していた。
『いささか激し過ぎる初体験だが、農作業も案外に悪くない』
ただし、イージィスの発言は相変わらず過激だったが。
「もう俺、ラヴァエロさんが生きてたら殴りたい。あんた聖剣と聖鎧装に何を教えてたんだよマジで」
トールの精神的な疲労感はともかく、来たるべき農繁期に向けて準備は進んでいくのであった。
米の名は…「あきたこまち」(秋田県)
秋田を代表するエース品種。つやがあり香り、食味に優れる。米袋に美少女イラストを掲載する「萌え米」としても有名。
「ふさおとめ」(千葉県)
千葉を代表するエース品種。粒が大きく、炊き上がりのつやが良く、乙女を思わせるあっさりした上品な味わいが特徴。