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54.含み笑いして、食卓を囲んで(前編)

 トールに落ち着きがない。

 元より泰然とした性格ではなかったが、暢気で大らかで細かいことは気にしないのが彼だ。

 それが、明らかに浮ついている。


(分かりやすいやつだよねえ)


というのが、マーシェの偽らざる感想であった。

 マーシェも例えば三年ほど禁酒させられていて、久しぶりに呑めるとなれば似たような状態になるとは思う。

 思うけれど、あまりにトールが子供のような挙動をするので、つい笑いそうになる。


(こっちはこっちで大変だったんだけどね?)



 イナサに残ったマーシェは多頭蛇(ヒュドラ)と直接の戦闘こそしていないものの、後処理に追われた。


 町の被害は、建物のうち十数軒が倒壊、小さな損壊は数え切れず、重軽傷者も多数。死者が出なかったのは奇跡であろう。

 ジョーやフロウ、エレイシャ、マーシェ自身ももちろん尽力したが、やはりトールの参戦が大きい。

 彼がいなければーーもっと手前で魔物達を食い止めたとしても、数匹はイナサへ飛来したはずだ。その場合は領兵を中心に犠牲が出ていた可能性が高い。


 勇者が滞在していて幸運ではあった。


 だが、トールが引き起こした例の件は、その功績をかき消しそうになるほど強烈だった。

 イナサの入植者は大半が、元をたどれば戦災難民である。

 つまり魔王軍との戦で家や故郷や、さまざまなものを失った者達だ。

 魔族を見た時の動揺は激しかった。


 なぜ勇者が魔族と手を組んだのか。

 マーシェも勇者の仲間として、繰り返し問いただされたがーー。


(あたしにだって分かりゃしないさ。トールが何を考えてるのかなんて)


 魔族への拒否感は根強いのだ。仮初にでも力を借りようなどと、誰も考えない。

 もしも考えたとしても、まず行動に移さない。

 ところがトールは息をするような気安さで、その辺りの認識をへし折ってくれる。


(ものの捉え方が違うんだよね、あいつは)


 領民達もかなり混乱していた。

 だがジョーは彼らしい抜け目のなさを発揮し、速やかに町の再建事業を始めた。


 人間、忙しいと余計なことを考えなくて済む。

 身体を動かしているうちに気持ちが落ち着き、ついでに多くの領民が襲撃の際、勇者に助けられていたことを思い出した。


 ーー仕方がなかったのかもな。

 ーー仲間のお二人を助けるため、か。

 ーーおれ達も、勇者様のお陰で命拾いしたんだ。

 ーー魔族だって、勇者様の言うことなら聞くんだろう。きっと。

 ーー偉大な英雄だもんな。まあ、全然そうは見えないけど。そこら辺に居るにいちゃんだわな。


 そんな風に、騒ぎは収まっていったのである。



 マーシェはイナサに数日滞在し、状況をある程度、見極めてから勇者の屋敷へ戻ってきた。

 醤油の試作品を抱えたディーリも一緒に、だ。

 それでトールがそわそわして出迎えたのだった。


「別にディーリもショーユも逃げやしないだろうに」

「そんなの分かんないだろ! こないだだって直前でアレだったし」

「あはは、あれは僕もびっくりしました。気付いたら勇者様がいなかったんで、最初は何事かと」


 ディーリが笑顔で口を挟む。


「説明してる時間がなかったんだ」

「いやいや、分かってますって。皆さんご無事だそうで良かったです」


 三人は応接間に移動した。


「久しぶりだな」

「こんにちは、ディーリさん。それからマーシェ、おかえりなさい」


 ディーリと面識があるフェンとセレストも、せっかくなので同席している。


「わっ、皆さん勢ぞろいなんですか。何だか凄く緊張しますが?!」

「安心しろ、オレ達はこの馬鹿が暴走した時に止める役だ」

「何だよその前提? もし出来が悪くたって怒らないよ」

「上出来だった時に冷静でいられるか?」

「あー……ちょっと無理かもしれない……」

「あの勇者様、穏便にお願いしますね?」

「心配無用ですよディーリさん。強制的にでも心を落ち着かせる魔法を準備しておきます」

「ははは、聖女様がおっしゃるなら大丈夫……なんでしょうか……?」


 少々冷や汗を浮かべつつ、ディーリは木箱から瓶に入った試作品を四、五種類取り出してテーブルの上へ並べ、さらにそれぞれの中身を少量ずつ小皿に注ぐ。

 トールは下手をすると魔物退治の際よりも真剣な表情をして、順番に匂いを嗅いだり味見をしたりしていたがーーやがて一つを指差した。


「これ! 多分、一番近い!」

「よ、良かった……! はい、僕としてもこちらが自信作でした」

「ちょっと風味が薄いかな、とは思うけど。十分だよ」

「高速醸造で短縮したからですね。ちゃんと熟成させれば問題はないと思います」

「よし! これで勝てる!!」


 ぐっと拳を握るトールだった。


「えっ?! 勇者様、何と戦うんですか?!」

「今だったら魔王でも女神様でも何でも戦れると思う、感謝しかない!!」

「ええっ?!」


 困惑するディーリの手をトールが掴み、ぶんぶんと上下に振る。


「セレスト、どうやら出番だぜ」

「そのようですね。トール様、覚悟はよろしいですか」

「やれやれ。この状態のトールに魔法が効くかねえ?」

「全身全霊で挑みますので」

「ひええええっ?! ああああの、僕まで巻き込まれるのでは?! 勇者様、手をお離しくださいぃ?!」


 哀れなディーリが追い詰められる一幕はあったものの、勇者は醤油を手に入れるめどがついて嬉しそうだった。

 試作品はそのまま進呈された。そのため勇者がしばらくの間、食事のたびに何にでも醤油もどきを掛けるようになりーー全員から味覚異常を心配される事案まで発生するのだが。


「醤油でコレじゃ、先が思いやられるねェ……」


 念願の米を手に入れた時のことが、今から心配になるマーシェだった。



✳︎✳︎✳︎



 トールはイナサ城の料理長に精米を頼んでいるが、直後に魔物の襲撃が起こった。

 城の被害は少なかったものの皆無ではない。

 厨房も揺れの衝撃で物が倒れた他、食材や食器、酒の類いが一部こぼれて散乱した。料理人達は片付けや被災した者への炊き出しなどで忙しく、米まで手が回っていない。


「あと数日でひと段落つくものと思われます。勇者様には大変申し訳ございませんが、今しばらくお待ちいただきたく」


 料理長がマーシェに頭を下げていたものである。


「ちっとも構わないよ。トールの我が儘に付き合ってくれるだけで、十分ありがたい話さ」

「寛容なお言葉に感謝いたします」

「でも、本当に良いのかい? トールのやつが無理を言ったんじゃないよね?」

「いいえ、全く。むしろ遠慮なさいました。こちらからお願い申し上げたのです」

「ふぅん。料理長殿は以前、王都でも有名な料理店にいたそうだね?」

「生来、融通の効かぬ性分でして。総料理長とそりが合わず、この歳になって店を飛び出した粗忽者です」

「料理の世界のことは詳しくないけど、どこにでも意見の相違ってのがあるんだね」

「左様ですな。総料理長は私より一回り若く、料理人には珍しく魔法の才もある男でした。一方の儂は、手先の器用さしか取り柄がなかった。そういうことです」

「なるほど」


 ジョーは良い人材を見つけてくるものだ。

 勇者は人の魔力の多寡を気にしない。

 それを知っているから、魔力の低さゆえに冷遇されてきたこの老人を、料理長として引き抜いたのであろう。


(腕前そのものは申し分ないもんね。あたしにも分かるくらいさ)


 ジョー達との夕食会で出された料理は、どれも見事な出来栄えであった。


(んで、こーんな頑固そうなじーさんでも、トールはお構いなしってことか)


 トールなら「料理ができれば良いじゃん。おいしければ正義」と言うに違いない。いや、既に言った後かもしれない。


 礼を施して去っていく料理長を眺めて、マーシェは遠い目になったのである。



✳︎✳︎✳︎



 勇者トールは身分差を気にしない男だが、騎士シャダルム・ゼータはそうではない。


 由緒ある貴族家に生まれたが、次男であるから跡取りの兄とは違う育てられ方をした。

 不満に思ったことはない。

 図体ばかり大きくて気の小さい自分より、豪放磊落で部下に慕われる兄の方が、どう見ても後継にふさわしい。

 だが兄はよく言っていた。


「俺とて騎士だ、いつ戦死してもおかしくない。もしもの時はシャダルムが次のゼータ伯爵だ。それにお前ほどの腕があれば、武勲を立てて叙爵される可能性もあるのだぞ! 一家のあるじになる覚悟はしておけ、俺の寝首を掻く必要は無論ないがな!!」


 シャダルムは気楽な次男坊で十分だった。

 兄もシャダルムとほぼ互角の武人だ、死ぬなぞ想像もつかない。

 実際、兄はいくつもの修羅場を潜り抜けてピンピンしていた。

 現実になってしまったのは、もう一つの道である。


 つまりシャダルム自身が叙爵されてゼータ男爵家当主となり、貴族の女性を妻に迎え、トールことイナサーク辺境伯の家臣になる、という未来だ。


 自分で決めたことであり後悔はない。


 ないが、国王の御前で開かれる極秘の会合に、いきなり参加する羽目になるとは。

 即席の男爵には、この上なく荷が重い。

 しかしトールが引き起こしたあれこれが議題ならば、なりたてながら家臣のシャダルムが代理になるのは必然と言えた。

 仕方がない。主君と定めたトールのためだ。


 着慣れた鎧ではなく礼装に巨体を包み、シャダルムは王城へ赴いたのである。



 王城の中でも奥まった一角に、ラクサの重鎮達が集まっていた。


 国王ネマト。

 宰相オルトラ。

 魔術師団長ロジオン。

 大神官エミリア。


 シャダルムの父でもある騎士団長ゼクサロと、先だって副宰相に就任したバイエル侯爵フリードもいる。

 それぞれの腹心らしき男女の姿も見えるが、人数はごく少ない。


 いずれも錚々たる顔ぶれだ。

 シャダルムはゆっくりと室内を見渡し、


(場違いだな)


と思いながら軽く目礼し、自分の席へ腰を下ろす。

 この中ではシャダルムが最も若輩で爵位も低いが、今の彼は勇者トールの名代だ。必要以上に畏まってはいけない。


(まあ、トールでも緊張はしそうだが。こういう場を特に苦手にしているからな)


 表面は取り繕っても内心でかちこちになるであろうトールを思い浮かべ、シャダルムは髭面の奥で、少しだけ口許を緩める。


(私はこのいかつい顔が使える分、多少は有利かもしれん。トールはすぐ表情に出てしまうし)


 くだらないことを考えたお陰で、平常心を取り戻すことができた。


 シャダルムは申し付けられた時刻よりも早く到着したが、室内に入ったのは最後だった。他の貴顕達は、先に話し合いを持っていたのだろう。

 つまりシャダルムに何を質問し、どのような答えを言わせたいのか、ある程度筋書きはできているとみるべきだ。


「わざわざ済まなかったな、シャダルム。遅くなったが、結婚おめでとう」


 オルトラが口火を切った。


「は、恐縮です」

「忙しい其の方を呼んだのは他でもない。勇者殿の領地に現れたという魔族についてだ」

「は。もっともご存知の通り、私はこの目で見てはおりませんが」

「うむ。しかし其の方は勇者パーティーの一員であったゆえ、勇者殿の考え方もよく知っておるであろう?」


 かすかにオルトラが笑う。


(むぅ……)


 勇者が何を考えているか。

 仲間だからと言ってシャダルムに分かる訳がない。


 奇しくもマーシェと全く同じ感想を抱く熊騎士であった。


「……あまり自信はありません。単純なようで読めない男ですから」


 しかしながら相手は宰相である。シャダルムは穏便な表現を選んだ。


「ふ、まあ我等よりは分かっておるはずだ。有り体に言って我等は今、非常に戸惑っておる。勇者は魔族と戦う定めにあるもの、と思っていたのでな」

「ふむ……」

「その勇者殿が魔族を倒すどころか手を借りたという。寝返ったのかと疑う者もいる。そのようなことはないと信じているが、我等が言ってもあまり説得力がない。そこで其の方に、となった」

「そういうことでしたか」


 シャダルムは目を伏せて、しばし考えた。


 『勇者は魔族と戦う定めにある』


 その考え方がそもそも違うのだ。シャダルムも最近になって知ったことだが。

 勇者が使命とするのは魔王を討つことである。

 魔王は〈全属性魔法無効〉のスキルを有し、この世界の者には決して倒せないからだ。

 他の魔族は魔王の配下ではあるけれども、極論すれば、勇者の邪魔をしないなら別にどうでも良いーーこれは他ならぬ聖なる武具、イクスカリバーとイージィスの言葉であった。


 しかし、一般には。


 勇者は魔王も魔族も含めて、悪しき存在を滅ぼすために遣わされるもの。


 そう思われている。


 シャダルムは顔を上げ、口を開いた。


「私はトールと共にイナサーク辺境伯領へ赴いた際、魔狼に遭遇したことがあります。何匹かは討伐しましたが、全滅はさせませんでした」


 大型の肉食獣をあまりに狩ってしまうと、それらが餌としていた小型の魔物が増え過ぎるなどの問題が起こりやすい。

 自然界は女神が定めた精妙な均衡によって成り立っており、人族が安易にそれを乱してはならない。


「トールは魔族も同じようなものだと思っているようです。向こうが襲ってくるならば無論、戦うでしょう。ですが」


「ーー魔族は許されぬ悪しきモノです!!」


 甲高い女の声が響いた。

 大神官エミリアの傍らで、白髪の老婦人が立ち上がって喚き出したのだ。


「教義の基本ではございませんか! なぜ、勇者ともあろう御方が、そんなことも分からないのです!!」


 神官服の袖を振り回すような、大袈裟な身振りで老婦人はまくし立てている。


「控えなさい、グレーシア。シャダルム殿のお話が途中でしょう」


 エミリアがたしなめた。


(王都総神殿長グレーシアか。教義に忠実、神官の鑑という噂の)


 ラクサ王国にある全ての神殿を統括するのが大神官だ。

 王都総神殿長はそれに次ぐ地位にあり、広大な王都ラクサミレスの各地区にある大小の神殿を束ねる立場である。


 グレーシアは侯爵家の長女に生まれたにもかかわらず、若い頃に神殿へ入り、ここまで上り詰めた人物だ。傍系王族で魔力に優れたエミリアがいなければ、彼女が大神官になっていただろうとも言われている。

 エミリアより五歳ほど年長で、大神官に意見できる数少ない神殿関係者でもあった。

 ただし、性格はーー。


『とても厳しい方ですね。ご自分にも、他人にも。熱心に指導してくださるのは間違いないのですが』


 セレストからの評価でさえ、これなのだから推して知るべしと言えるだろう。

 今も、細かな皺の間に義憤を溜め込んだような顔をしている。

 秩序を重んじるがゆえに、トールの行動を許せない。そう考える者の一人が、このグレーシアなのであろう。


(魔族が悪の存在なのかどうかは、議論しても無意味だろうな)


 シャダルムもラクサの騎士であり、魔族を信用できるかと問われれば否、だ。

 彼以外の仲間達も同じ。

 あの決断ができるのは、きっとトールだけである。

 彼は言い方を変えることにした。


「……神殿の教義を蔑ろにしたのではありません。仲間の命と天秤に掛けた結果です。時間も情報も限られていた中で、トールはどちらか一つしか選べなかった。グレーシア総神殿長がおっしゃる通り、その判断は誤っていたかもしれませんが」


 息を一つ吐き、シャダルムは続けた。


「トールがそう言う勇者だからこそ、私も皆も最後まで着いて行った。これからも同様です」


 はっきりと彼は言い切ってみせた。


「ほう。シャダルム、其の方は案外に話が上手いな。小生は初めて聞いたやもしれん。どうだ、ゼクサロよ?」


 オルトラは感心したようであった。

 シャダルムがスキルに目覚めてから最近まで、極端に寡黙だったことをオルトラも知っている。

 騎士団長ゼクサロは、じろりと息子をにらんだ。


「さすがに私めは、せがれの声を聞いたことぐらいはございますぞ? 以前よりマシな顔つきになったのは認めますが」

「ふっ。それも勇者殿の領地へ行って帰ってきてからであったな。まことに不可思議な地だ」


 オルトラはシャダルムの方へ向き直る。


「その不可思議な地は今後、どのように動くであろうかな? 何か聞いておるか?」

「これまでと基本は同じでしょう。トールの考えは変わっていませんので」


 勇者は引退して農家になりたい。

 それがトールの望みである。

 そして辺境の領地に引っ込んで、土を耕して暮らしている。


 もっとも、目立たない静かな隠遁生活……とはお世辞にも言えない。

 騒動の方から押し掛けてきてしまい、非常識とにぎやかさにあふれ返った毎日なのだが。


「ーー魔族が現れたと言うのに、無かったことにすると?! とても認められませんわ!」


 グレーシアが再び怒りをあらわにする。

 しかし、シャダルムよりも先に別の人物が発言した。


「私はトール君が正しかったと思いますよ。未知の存在である魔族よりも、明らかな脅威である多頭蛇(ヒュドラ)の討伐を優先した、ということでしょう」


 魔術師団長ロジオンであった。


「魔王とよく似た能力を持つ特殊個体だったとか。私でも寒気がするような、おぞましい強敵と言えます。もし取り逃していたら、私達はこのように優雅な会合などしていられなかったはずです」


 ロジオンが政治的な場で意見を述べるのは珍しい。彼は長命ゆえ、必要以上に権力を持ち過ぎないようーー国王や他の貴族から危険視されないよう注意深く立ち回ってきたからだ。


「トール君以外には戦うすべの無い相手ですから、手段を選んでいる場合ではなかった。彼の決断によって多くの民と、国そのものが救われたと言っても良いでしょう」

「……確かにな」


 国王以下、列席者が一斉にうなずいた。


 仇敵たる魔族が現れた、という衝撃に隠れがちではあるものの、スキル持ちだった多頭蛇(ヒュドラ)の恐ろしさも相当なものだ。

 被害が出る前に、トールが人知れず倒してしまったため、あまり問題になっていないだけである。


「私個人としても弟子の命を助けてもらいましたから、文句の付けようはありません。グレーシア殿は違うのですか?」


 多頭蛇(ヒュドラ)との戦闘には魔術師団員のフェンと、神官でありエミリアの直属扱いであるセレストも巻き込まれ、危うく二人とも死に掛けた。ロジオンはそのことを指摘したのである。

 グレーシアはぐっと眉を寄せた。


「……セレストは己れの責務を知る神官です」

「既に魔王は居ないのですよ。いかに崇高な使命と言えど、殉じるには彼女は若過ぎると思いますが」

「王国の守護者たる貴方様でも、神官の在り方について口出しをなさる権利はございません」

「ふむ。エミリア殿も同じご意見ですか?」


 問われたエミリアは、王族らしい淡い微笑を浮かべてグレーシアの肩へ手を置く。


「私は大神官として、多くの民の安寧が守られたことに安堵しています」

「エミリア様!」

「グレーシアはセレストに目を掛けておりましたから、心配していない訳ではありません。もちろん私もです。魔族が現れたのは由々しき事態ですけれど、今はまだ何一つ悪いことは起こっていません。女神がお守りくださることを祈るのみですわ」


 「鋼鉄の淑女」の異名を取るエミリアだが、普段の物腰は高貴な女性として身に付けた、ごく品の良いものである。

 傍らのグレーシアは不満気に唇を引き結んだものの、エミリアの手前か、さらなる反論はしなかった。


「……結論はまとまってきたようだな。魔族については如何する?」


 ネマトがシャダルムを見て、口を開く。


「は、陛下。あえて申し上げますが、特に何も」

「様子を見るということだな?」

「はい。今のところ現れた魔族は一名だけ。多頭蛇(ヒュドラ)を倒した後は何もせず、魔族領へ去っていったそうです。この後、何が起こるかは見通せませんが、もしも変事があれば……トールと我々が全力を挙げて王国と民を守りましょう」

「得難き言葉だ。感謝を」


 ネマトは小さくだが顎を引いた。容易に頭を下げることがない国王として、最大限の敬意を払った仕草だった。


「勇者殿が我が国に留まり、力を貸してくれる……余はそれ以上の贅沢を求めようとは思わぬ。そなたのことも重ねて頼りにさせてもらうぞ、シャダルムよ」

「は。微力ながら」


 シャダルムは深く一礼した。


グレーシアはナチュラルなパワハラ体質なんですよねえ…悪い意味で可愛がってしまう人です。

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