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45.もぐもぐするまで、どれくらいあれば(前編)

稲作を再開します。

「ゆーしゃだ」

「ゆーしゃだー」

「みつけたーー!」

「つかまえたーーーー!!」


「ちょっと待って?! 誰?! ていうか何?!」


「ゆーしゃ、あそんでー」

「あそぼー」


「いや、そうじゃなくてさ?! 何で君ら俺の田んぼにいるの? どこの子だよ! おかしいだろ?!」



✳︎✳︎✳︎



 騒がしかった夏が過ぎ、暦の上では秋が来た。


 トールは稲刈りに悩まされていた。


 刈るのは別に良い。

 トールの得意な農作業だ。

 勇者の能力ーーつまり聖剣イクスカリバーの斬れ味を活かして収穫しまくった。


『確かに我は何でも斬れるがのぅ……このようなモノを斬らせた勇者なぞ、汝の他にはおるまいぞ』


 イクスカリバーの呆れ顔は見ないふりをして、トールはひたすら作業した。

 ゆえに、すぐ終わるはずだった。


 ところが、問題はその先にあった。


「また戻ってる……?!」


 重たそうに穂を揺らす、黄金色の田んぼの前で。

 トールは「うわぁ」とうめきながら額に手を当てた。



「ここって四、五日前に稲刈りしたよな……何で巻き戻ってるんだ……」



 田んぼ限定で。

 謎のループ現象が発生していた。



 トールの記憶によれば、この区画は既に稲刈りを済ませている。

 根元近くで刈り取ったはずだった。

 切り株から再び葉が伸びてくる、それだけなら、あり得ないことではない。

 だがトールの稲は、さらなる不思議な成長を見せつけた。

 この半年くらいを早回ししたかのように分けつして増え、穂を出して花を咲かせ、実をつけてしまったのである。


 その間、わずか数日。


「さすがにおかしい。ひこばえとかそういうレベルじゃない」


 が、何もしない訳にはいかない。

 トールは、もう一度刈り取ってみた。

 数日でまた元に戻った。


「……どうしろって言うんだ……」


 フェンに頼み、風魔術による稲刈りも試してもらったがーー結果は同じであった。


「トール、やらかしたな……何度目だ?」

「心当たりないよ! 今回は!」

「魔力をブっ込み過ぎたんじゃねえのか」

「普通だって! 多分……」

「結果がどう見ても普通と違うだろうが! 反省しやがれ。オレはもうやらん」


 匙をぶん投げられてしまった。


「友達甲斐がないやつだなー、手伝ってくれても良いじゃん」


 ぶつぶつ言いながらもトールは仕方なく、終わらない収穫作業を一人で続けることになったのである。


「雑草より手強いとは思わなかった……」


 それでも一通り刈り取ってから、トールは屋敷へ戻った。


 食堂から賑やかな声が聞こえる。

 何だろうと首を傾げていると、廊下の掃除をしていたネイがやってきた。


「先程セレスト様が、開拓を終えて帰ってきまして。マーシェ様やイクスさん達とお茶会のようになってるんです」

「そっか。フェンは?」

「回れ右して部屋に入ってしまいました」


 トールを見捨てて戻ったフェンだが、女の園は面倒だと逃げ出したらしい。


「俺はちょっと、イクス達に聞きたいことがあるんだけど」

「大丈夫だと思いますよ」


 ネイは若いが使用人として鍛えられていただけあって、こういう空気を読むのがうまい。

 トールが聞かない方が良いような、女性同士の話をしている場合はきちんと教えてくれる。


「じゃあ行ってみるか……ただいまー」


 食堂に入るトール。


「トール様、お帰りなさい」

「お帰り。今日の農作業は終わったかい?」

「ああ。先が全然見えないけどね」


 セレストとマーシェは、茶と菓子をつまみつつお喋りをしていたようだ。


「刈り取っても、元通りに成長してしまうのであったかのぅ」

「此度も同じだったのか?」


 その横に、猫耳抜きの猫耳メイドを名乗り続けるイクスカリバーとイージィスが座っている。

 よく考えると、メイドが同席しているのはおかしいのだがーー聖なる武具がメイドに化けている時点で色々と異常であり、最早誰も気にしていない。


「そのことなんだけどさ、イクス、イース。前に言ってたよな、手遅れとかなんとか。これのこと?」


 トールはようやく思い出したのだ。

 イナサの開拓から帰ってきた後に、そんな会話を交わしたはずだった。

 その直後に白の女王群騒ぎが起こったため、すっかり忘れていたが。

 尋ねると、イクスカリバーはイージィスと共に溜息を吐いた。


「有体に言えば、その通りではあるが」

「我等も異世界の作物なぞ、初めて目にしたのでな。どう転ぶか予測がつかなかったのだ」

「てっきり、もっと大騒ぎになるかと思うておった。取れ過ぎる程度であろう? 良しとせよ」

「うむ、穏当と言えよう」

「こ、これで穏当なのか……」

「安心せい。次からは止めてやろう」

「次じゃ遅いんだけど」


 巻き戻りの原因が判明する。

 やはり田んぼに撒いた魔力が過剰(やりすぎ)だったーーそういうことになるようだ。


「……かつての聖人や聖女には、一夜にして作物を育てたり、冬に一面の花を咲かせたりしたという逸話がありますね」


 卓越した農業魔法の使い手ならば、その手の伝説もあるらしい。セレストが教えてくれた。


「へー。セレストもできるんだっけ?」

「わたくしですか? 他のことを一切しなくても良ければ、ある程度は可能ですが……」


 セレストは農業魔法に限らず、回復魔法や支援魔法なども最高水準で扱える、言ってみれば万能型の神官だ。

 しかし魔法使いには、特定の魔法に限って才能を発揮する人材も存在する。


「じーさんばーさんの世代になるかねえ。『花の聖女』って呼ばれたお人がいたらしいね」


 マーシェが言う。


 既に故人であるが、五十年ほど前、農業魔法に長けた女性神官がいた。

 そこに居るだけで周囲の草木が花を咲かせるほど、優れた力の持ち主だったことから、その二つ名が付いた。彼女の存命中、ラクサ王国は一度も不作を経験しなかったと言われている。

 今も民に慕われる聖女であり、セレストの大先輩でもある。


「素で少女マンガに出られそうだな、いつも背景に花が咲いてるって」


 日本的な感想を言ってしまうトール。

 セレスト達はマンガを知らないが、絵巻物のようなものだと説明しておく。


「トール様の国には本当に色々な娯楽がありますね……話を戻しますが、そんな方にはとても敵いません。わたくしも年配の神官に聞いたことがありますが、戦闘には向かないものの本当に優秀な方だったとか」

「ほう、大層な者がおったようであるのぅ」

「常に花に囲まれる、か。豊穣の加護に特化しておったのだな。意識せずとも力を振るえるとなると……ふむ」

「魔法には適性ってもんがあるからねえ。セレストみたいに何でもできる、ってのも一つの才能だけど」


 つまり農業魔法を極めれば、作物の成長を早回しすることは可能だ。

 ただし、無理が過ぎると大地の魔力を奪ってしまったり、作物の質が落ちたりするので一般的ではない。

 一部の、ごく優れた魔法使いだけが為せる技とでも言うべきか。

 トールが使ったのはスキルの方だが、勇者の力で似たような結果が出たのではないか。


「屁理屈に近いけどね。勇者のスキルって歴代勇者の間でも、ちょっとずつ違いがあるみたいだから。前例は有ってないようなもんさ」

「奇跡という以外に、説明のしようがありませんね」


「……止める方法、ないかな?」


 トールは少々情けない顔で訊いた。

 セレストが不思議そうにする。


「止める……トール様は豊作が嫌なのですか?」

「限度があるだろ」


 異世界的に有りでも、トールには違和感がある。

 自分でやらかしておいて、ではあるが。


「魔力や気候が落ち着くまで、収穫し続ければよろしいかと思っていました」

「保管する場所がね……空間収納もいっぱいになりそうなんだ。あと食べ切れないかも」


 トールはあくまで自分が食べる分の米を作ろうとしていたのであって、大量生産する予定はなかった。

 また、米は実のところ生鮮食品だ。保存を続けると古米、古々米と味が落ちていく。


「もう十分なんだよ」

「でしたら、普通に止めれば良いのでは」


 セレストの口から、またしても衝撃的なアドバイスが飛び出した。


「どうやって?」

「え? 魔法的に見ても、あの田んぼと稲の主人はトール様でしょう。もうお終いだと指示なさったら止まるのではありませんか?」

「ーーマジで?!」


 まさかの解決法であった。

 だが、目を丸くするトールの肩をマーシェが叩く。


「セレスト、あのね。トールの故郷にゃ魔法が無いのを忘れてるよ。あとね、言い聞かせるだけで作物を操作するのって割と高等技術だよ? 普通の神官さんでも無理なのに、この馬鹿勇者にできると思うのかい」


 異世界の農業常識……と思ったが、セレスト限定であったようだ。

 当人は偉大な先達だった「花の聖女」ほどではないと言っているがーーセレストが気付かないだけで、遜色ない腕前なのではなかろうか。


「トール様は農業魔法の使い手ではありませんものね。次善の方法は……土地の魔力を抜いて再配分することもできますが、少々手間がかかります」


 考え込むセレスト。

 マーシェが眉間にしわを寄せてトールを見た。


「……トール。安易にセレストの真似しちゃ駄目だよ? ただでさえアレがアレでアレ過ぎるのに、あんたがやるとさらに百倍くらい不味いことになっちまう」

「あー。うん。何となく分かった」


 混ぜるな危険。

 常識人のマーシェがいて良かったという事例であった。



 数日後。



「……またか!」


 きれいに実っている田んぼが、トールの前に広がっていた。

 稲刈りをしたにもかかわらず、再々々……再度の成長と収穫を迎えてしまったのだった。


「……こんなことは……もう終わりにすべきだな……」


 田んぼに向かって、そんな台詞を吐く羽目になっている。


「……言い聞かせる、もしくは分からせる、か。できるか?」


 セレストやマーシェ達と話し合ったものの、これという解決策はなかった。ラクサ王国は長く戦時下にあって食料は不足気味であったため、豊作は歓迎される。日本では作物が取れ過ぎると値崩れし、農家が逆に苦境に陥ることも多いが……ラクサではほぼなかったらしい。農業魔法を用いて増産に励んでいたくらいなのだ。

 困っているトールが例外である。


 結局、セレストが提案した「もう十分だと宣言する」という方法が、最もリスクが少ないと思われた。

 ただし。

 セレストは「普通に言う」と表現していたが、それは彼女もまた規格外の聖女だからであってーー本来は魔法の一種なのだ。


『魔力を使ってるってことだよな』

『そう、そいつが正解さ。セレストくらいだと無意識でも行けるんだろうけど』

『俺がやろうとするとスキルになるなぁ……シャダルムの威圧みたいな』


 再び王都へ戻っていった仲間の一人、シャダルム。

 彼は敵を威圧したり、挑発したりするスキルを所持している。


『トール、殺気を出し過ぎて根こそぎ枯らしそうだよねえ』

『失礼な……あ、でも次の雑草防除はそっちでも良いかも?』

『発想が農家そのものだねェ』

『そりゃ、農家だし』

『やれやれ。ぶれが無くて結構なことさ』



 そう。

 トールはようやく農家として、一つの区切りを迎えようとしている。


「よし、もうちょっと頑張ろ」


 気合を入れ直し、イクスカリバーを出した。


 ざっ、と風が走る。


「これでーー最後にしよう」


 魔力を込めて、端から端まで丁寧に刈り取った。


 刈った後は天日干しにするので、空き地にロープを張ってせっせと掛けていく。

 手作業の重労働だが、もう慣れたものだった。

 日が落ちるまでそれを繰り返しーー。


「よいしょ。あとは明日だな」


 ぱんぱんと手をはたき、服についた藁くずも払い落としてから、トールは屋敷へ向かうことにする。


 背後で、さらさらと風が鳴ったのは気付かなかった。



✳︎✳︎✳︎



 事件は翌日に起こった。



 稲ではなく幼児が生えた。



 何を言っているのか自分でも分からないが、事実としてそうだ。


 トールが田んぼを見に行ってみると、どこからともなく幼稚園児くらいの子供達がわらわらと現れて、一斉にトールに飛びついたのだ。

 あそぼーあそぼー、と無邪気な歓声を上げながら。


「うわーーーーっ?!」


 世にも珍しい、勇者の裏返った悲鳴が上がる。

 全方位から突撃されて、トールはバランスを崩して倒れた。

 魔物や悪人相手なら、こんな不覚は取らなかったが。

 なまじ小さな子供の姿をしていて敵意も感じないので、迎撃の仕方が思いつかず、そのまま押し潰されたのである。


「ゆーしゃ、あそんでー」

「あしょぼー!」


 うつ伏せに倒れ込んだ最強勇者の背中へ馬乗りになって、ぽいんぽいんと跳ねる子供達。

 恐らく十人近く居る。


「ちょっ。待って。ほんと何これ」


 不思議なことに、重さをあまり感じない。

 勇者の頑丈な身体にダメージは一切無いが、振り落とすと怪我をさせてしまいそうで、迂闊なことができない。お人好しの弱点が思い切り露呈してしまっている。


 それでもどうにか頭を上げて、辺りを見回した。


「「「あーそんでーー!」」」


 途端にぶつかる、キラキラした幼い目、目、目。

 純粋な眼差しであった。

 一見すると可愛いらしい子供だ。

 みんな同じ年頃に見え、顔立ちは似通っているが髪色や目の色はとりどり。髪は肩につくくらいの長さで、もともと小さな子供に縁がないトールには、男女差もはっきりしない。服装も、ラクサでよく見る平民用の貫頭衣に短いズボンだ。

 多分、悪いものではない。勇者の直感がそう言ってはいるのだがーー。


「トール様ーー?!」

「おいっ、トール! 何があっ……た……」


 異常を察知して駆け付けたセレストとフェンが、そろって絶句している。


「……二人ともゴメン……助けてくれ。コレどうしたら良いと思う?」


 幼児まみれになったトールは、恥も外聞もなく救助を要請した。


「どうしろと……つーか何なんだ、このガキども」

「ほのぼのした光景に見えなくもないのですが……これは……」


 二人とも物凄く困惑している。


「そのー、君達、とりあえず俺の上からどいてくれる? 動けないんだけど」


 トールは首を曲げて、背中に乗っかっている子供の一人に頼んでみた。


「んー。やだ!」


 子供は素直に即答した。


「あー……えーとね……そう、このままだと遊べないから。ね? 一旦のけてくれ。頼むよ」

「ええー。しょーがないゆーしゃだー。じゃあ、はい!」


 ぽんぽんと子供達が背中から降りたので、トールはようやく起き上がって地面に座り直した。


「わーい!」


 再び子供達がわちゃっと集まってきて、団子状態になる。

 

「とっても懐かれていますね……」

「おい、隠し子かよ。随分いるな、いつの間に」

「違うって!」

「吠えるな、冗談だ。そもそも人族じゃねえだろう、気配が違う」

「あ、やっぱりそう? 全然重くないんだ」


 そういうトールは、謎の子供達からもみくちゃにされている。

 髪や服を引っ張る子もいれば、腕にぶら下がる子、肩の上によじ登る子も居てカオスである。

 いかに幼児でも、こんなにくっつかれれば暑苦しいはずだが。

 ふわふわしたクッションのような感じである。


「じゃあ何なんだって言われても困るんだがな……」


 フェンも微妙な顔をしていた。

 見た目は面白いが、子供の正体が分からないうちは笑うに笑えないというところか。


「まとう魔力が人族と異なりますが、もちろん魔物でも魔族でもないですし……」


 セレストも眉を下げて、子供達を見詰めている。


「……見たことがないですね。何なのか全く分かりません」

「まあ確定なのはトールがまたしても、何かやりやがったってことだろうな」

「濡れ衣だぞ?! さっき田んぼに来たらこの子達がいたんだ」

「お前の田んぼで起こった謎現象が、お前と一切関係ねえとか抜かす気か?」

「理不尽な……」


 フェンににらまれ、トールが憮然とする。

 その頬を、子供の一人がぺちぺちと叩いた。


「ゆーしゃ、あそんでよー!」

「あ、はい……何するんだ? 遊びって」


 仕方なくトールは尋ねてみた。

 子供はにぱっと笑う。


「あのねー、わかんない!」

「さらに理不尽!!」


 子供の論理に完全敗北する勇者。

 セレストとフェンがそれぞれ吹き出した。さすがに我慢できなかったらしい。


「ゆーしゃが、もうあそばないっていうからだよ?」


「……ん? どういうこと?」


「でも、ゆーしゃまだあそんでー」

「あそびたいよー」

「ゆーしゃ、あしょぼーよー」


「……もしかして……」


 荒唐無稽な思いつきが、トールの中に浮かんできた。

 昨日、自分がここで何をしたか。

 稲刈りだ。

 もうこれでお終いだと念じながら収穫した結果として……


「いやいや、まさか……?」


 魔法のある異世界は何でも有り。

 トールも当初はそんなイメージを持っていたものの、今では違うと分かっている。

 魔法も魔術もルールがあり、できないことも結構あるのだ。


 その法則に沿って言えば。

 精霊や妖精はいない、というのがラグリス各国の定説らしい。

 奇跡を起こせるのは唯一にして至高の女神だけという考え方が主流なのだという。

 おとぎ話には精霊が登場することもあるが、女神のしもべとして描かれる。

 あくまで女神の代わりに、魔法のルールを超えた不思議な力を使える。そういう便利なお約束というべき存在なのだ。


「でもなあ……」


 トールは、周囲でぐるぐると追い掛けっこを始めた子供達を見た。


「人族じゃない、魔族じゃない、魔物でもない……他に考えようがないというか」


 エルフやドワーフ族のような亜人族も古代には居たというが、姿を消して久しい。そもそも、前触れなく突然現れた時点で普通の生き物ではあり得ない。

 ラクサ人で、魔法使いでもあるセレストとフェンさえ知らないこの子達はやはりーー。


「ーーほう、珍しいものがおるのぅ」

「久しぶりに見掛けたな」


 どうやら、答えを知る者が来たようだ。


 イクスカリバーとイージィス。

 お騒がせ美女の二人が、興味深そうにトールと子供達を眺めていた。

 


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