41.こぼれ話 独白する女、真理と深淵を極める者とは(前編)
魔法関連の設定まとめ。前後編となります。1/2
名乗る必要もないでしょう。
私はごく平凡な、魔法使いの女です。
魔術大国として知られるラクサ王国に生まれました。
一応は初級魔術師の登録があるけれど、正直、大した能力はございません。
かろうじて魔術師、と言うのが正解でしょう。
自虐ではありませんよ?
魔術とひと口に言っても、簡単なものから複雑なものまで色々です。
私はその中でも初歩の初歩、単純な構造のものを二つ使えるだけ。残念ながら適性が無かったのです。
魔術を構成する術式は、魔法よりも複雑です。
例えれば、模様を描くのに似ております。
魔法が丸や三角、四角、ネコちゃんといった単純な形をしているようなものだとしたら、魔術はさまざまな図形を組み合わせた幾何学紋様を描くようなものです。
でも一から描くのは大変だから、だいたいの基本的な魔術は、描き方のパターンが決まっております。
既に組み上がっているパターン、これを術式と呼びますが、ここに自分の魔力を素早くギュッと凝縮して流し込むことによって魔術を発動させていきます。
この「素早くギュッと凝縮」が、実は魔術の根幹とも言える部分でして、魔力を速やかにかつ、精密に操作しなければならないので、かなり難しい。
私も簡単な魔術だけに絞って繰り返し練習して、ようやくできるようになりました。
初級魔術師は一つでも魔術が使えれば登録できるので、滑り込みで合格したんです。
……ああ、魔法を馬鹿にしている訳じゃありません。
魔法と魔術に違いはありますが、優劣はありません。
魔法は構造こそ単純ですが、やはり奥が深いものです。時間を掛けてゆっくり効果を出すなら、魔術より魔法が向いています。
特に回復魔法や農業魔法。
支援魔法や結界魔法は、魔術にも似たような術式があります。ある程度は代替が可能ですけど、先に挙げたこの二つは例外として、魔術で扱うのに向いていません。
かたや人の身体。かたや大地と作物。
対象が複雑過ぎて、手に負えないのだと思われます。
農業はともかく、魔術師が回復もできれば便利は便利でしょうね。最強かもしれません。
回復魔術が研究された時代もあったと聞きます。
ですが……机上の空論ですね、現状では。
神官と魔術師を組ませた方が早いという結論になっております。
違いは他にもあります。
魔術は同じ術式ならば、誰がやってもだいたい同じ効果が得られます。もちろん必要な魔力を込めて、きちんと扱うことができれば――という前提ありきですけどね。
難しい術式でも正確に、過不足なく操れる否か。それが、魔術師の実力をはかる物差しとなるのです。
一方の魔法は、魔力の込め方によって個人差が出やすいという特徴を持っております。
同じ回復魔法でも、一般人がやれば初級の威力しかありませんし、それなりの神官がやれば中級と言われ、才能ある人がやれば瀕死の者さえ癒やす上級魔法となります。
そこが、大いに魔術と違う点です。
……今のルリヤ神殿ですと、やっぱり「聖女」と呼ばれる女性神官が有名ですね。そう、勇者パーティーの。
彼女が行使するならば、回復にせよ支援にせよ農業魔法にせよ、何でも最上級魔法になることでしょう。
ラグリス文明で誕生した魔術は、二つの側面を持っております。
一つは世界を成り立たせる真理を追究すること。
女神が創世せしこの世界は、さまざまな恩恵に満ちあふれております。この不可思議な仕組みを明らかにしてゆくこと、これを真理の追究と呼びます。
魔術師は女神への信仰が薄いと言われていますが、正確には違う。
女神が坐すことを疑いはしません。
目の前に在る不可思議を、女神が起こした奇跡で終わらせる気が無いだけです。
神官は言います。偉大なる女神のみわざと御心を、人の身で推し量るべきではないと。
魔術師はそのように思わない。
また、女神が優しく慈悲深き存在だとも思わない。
でも敬意を払ってはおりますよ。真理を司る上位者として。
いま一つは得られた真理の欠片を、人の世に役立てていくこと。つまり知識を知識だけにとどめておくのではなく、魔術として使えるように再構成していくことです。
これを深淵とも呼びます。
真理と深淵は表裏の関係にあり、一般には真理とだけ表現することも多いです。同一視されがちですが、実はこのように違うものです。理論と実践、と言っても良いでしょう。
真理を知らぬ者に、深淵を極めることはできない。
それが定説です。
……例外はありますけれど。
そのようにして生まれた魔術ですが……ラグリス文明の滅亡後は戦乱の中で、主に魔物と戦う術として発展してきました。
攻撃的な魔術の発想はシンプルで、一撃必殺、速度が一番という術式が大半です。
大規模な魔法は、時間や魔力が掛かり過ぎる欠点を持ちます。そこを短縮して節約して、短い時間で数多くの敵を殲滅せしめるのが攻撃魔術の真髄というものです。
同じ威力の魔法と比べた場合、魔術は二割から三割、魔力の節約が可能とされていますね。
……だから魔術師は合理性を重んじる一方で、短気な性格の人が多いとも言われております。
仕方がありません。もたもた迷っていると死にます。魔物は待ってくれない。
まあ? 私だって、あんまり偉そうなことは言えませんか。
ええ、私は事実上、魔術師というよりもただの魔法使いなので。
何とか習得した魔術もあまり戦闘向きではなくて……魔物狩りに行ったこともない。
こう見えて一応は貴族令嬢の端くれですし……誰です? 令嬢って年齢なのかと言った唾棄すべき正直者。
父母にとっては、こんな三十路に入った年増でも可愛い娘。危険なことは許してくれなかったのです。
なんだかんだ護衛の仕事などで、戦闘経験も無くはありませんけど。
形だけでも初級魔術師の登録を持っていれば、いざという時その身分が私を守ってくれます。
そういう魔術師は私だけではなく、他にもたくさん居る……というか初級魔術師というのは、元からそういうお情け枠でもあるんです。
ごく一握りの超越した人だけではなく、幅広く魔力を持つ者を守る。そのために設けられた階級です。
やっぱり魔術師団の庇護を受けられるか、というのは重要なのです。俗な話ですが、お給料や社会的信用度もだいぶ違いますし。
女一人で生きていくには大事なことです。
はい?
……私が短気で可愛げがなくて女らしくないのは、とっくに存じております。余計なお世話。ちゃんと食いっぱぐれのない仕事に就いているから良いでしょう。放っておいてください。
――ですから中級以上が、本当の魔術師と言っても良いかもしれません。
複雑な魔術を実用レベルで使いこなし、一部アレンジしたり自力で魔術の術式を創ったりもできます。
濃淡はありますよ。上級まであと一歩という人もいれば、初級は脱出したけれど、ここで頭打ちという人もおります。
初級でやっとの私には、まるで手が届かないレベルの話ですけれど。
上級魔術師になりますと、はっきり言って私などには全く想像もつかない領域――すなわち真理と深淵に達している方々です。
凄いのは分かります。
ところが突き抜け過ぎて現実味が無いと言いますか。実感が湧きません。
何をやってるのかは理解できるけど……できるけれど……いや、やっぱりないわー、理解できないわー。そんな感じ。
こう、アレです。普通に水面を走って移動している人を見てしまった気分とでも申しますか……右足が沈む前に、左足を前に出せば問題ないって言われるようなもので。
理論上はそうかもしれないけど!
無理でしょ!!
そういうとこだよ!!!
つい、そんな風に思ってしまうのと一緒です。
詠唱を省略したり。
複数の魔術を同時に使ったり。
長時間の発動を続けたり。
同じ人族とはとても……どういう頭の構造をしてるんでしょうか。
褒めています、もちろん。
桁外れの変態だなんて思っておりません。
詠唱の省略は難しいですよ?
魔力の操作って大変なんです。精神集中を切らすとそこで終了ですから。
お腹すいたなーとか、あそこに好みの殿方がいるなーとか、通り掛かったネコちゃんメッチャ可愛いとか、腕に変な虫がとまったギャアアアとか……。
そうやって、ちょっとでも気が逸れると駄目。
人間、自分で思ってるほど簡単に煩悩とは無縁になれない。もしできたら、この世は聖職者だらけになっていることでしょう。
それで魔術師に限らず魔法使いも、魔力の操作に集中するために呪文の詠唱を声に出したり、身振り手振りをつけたりします。
一応、古来から最も効率が良い呪文や挙動が研究されて現在に至っています。型が決まっていると、教える方も教わる方もやりやすいですし。先人の工夫です。
古臭いと言って馬鹿にする人もおりますが、それ相応の理由があって今日まで残ってるんです。上から目線、良くない。
そんな愚か者はハゲてしまえ。
……詠唱省略しちゃう人、上級魔術師とか、そこに近い実力者にはおりますけど……。
そこまで魔力の操作に没入できる気が、私はしません。記憶力や集中力が並外れているんでしょうけど。
天才はこれだから……。
そうそう、魔法にも魔術にも、属性という考え方がございます。
世界にあふれる多種多様な力の分類方法です。
現在の主流は火、水、氷、風、土、光、闇の七属性を基本としております。
ただし、絶対的なものではありません。
例えば水属性と氷属性は、古の時代には同じものと考えられておりましたが、現在はそれぞれ独立しています。
氷属性の本質は水を凍らせるのではなく、ものの温度を下げることにある、と分かってきたからです。
逆に火属性は温度を上げることが本質と言えます。燃焼という現象は、その一面に過ぎないという訳ですね。
ですから正確には、加熱魔法や冷却魔法という呼び方が適当かもしれません。
ですが、我々に馴染み深い表現が使われ続けております。
この他にも、神官の使う回復・支援魔法は光属性とされておりますが、神聖属性として独立させるべきだという説も唱えられています。攻撃系の魔法と同列に扱うのは、そぐわないという論法ですね。
さらに農業魔法などは何属性であるのか、長年にわたって百家争鳴の議論がありまして……全く決着がついておりません。
あれは本当に謎めいた魔法なのですよ。
最も身近に使われている魔法の一つなのに、不思議なものです。
杖の話もします?
魔法使いなら持っています。
逆に、杖を持っている者が魔法使いである、と言ってもいい。
杖があるとないとでは、魔法の行使のしやすさに天地ほどの違いがあります。やってみれば分かります。
初級魔法ならともかく中級以上の魔法使いか、魔術師であれば初級から上級まで必需品です。
ただ……またしても俗な話をしますが、良い杖は本当に良いお値段がする。
あと片手が塞がってしまうのが大きな欠点です。
そういう欠点を甘受してでも高度な魔法や魔術を使う、または繰り返し何回も使うなら、杖を持つことになる訳です。
冒険者、または魔法騎士や魔法戦士と呼ばれる人達は、短い杖を使うこともあるようです。
杖持ちとも言いますね。
短杖は、長杖に比べれば機能は限られていますので、主となる武器が他にあって、魔法も併用するタイプ。
でも、利き手に武器、反対の手で短杖とするか、利き手の武器を持ち替える必要があり、なかなか使い分けが難しいと聞きます。頭が良くないと無理です。
なので、魔力はそこそこあるけれど、杖は持たずに身体強化の魔法一辺倒! という脳筋型も結構おります。これはこれで脅威です。
普通の魔法なんて、いくら撃ち込んでも弾き返してくるんです。
身体強化魔法って、消費する魔力が小さい割に効果が大きいので……だから長い時間、強化状態で戦い続けることが可能です。あれこれ小細工するより、力こそ力! ということです。何気に厄介なパターンです。
高威力の魔法や魔術でぶちのめすしかないので、へなちょこ魔法使いである私としては一番、戦り合いたくない相手だったりします。
ムキムキに寄って来られても嬉しくありません。全然好みじゃないので。
脳筋なんて滅びるがいい。
……ああ、はい、誤解しないでくださいね。
勇者パーティーの話はしておりませんよ。
盾役のお方は悪夢ならぬ熊騎士の異名を持っておりますが。
王国騎士団が誇る精鋭でしょう、私とは立場が違い過ぎます。接点もありません。
弓使いの女性もです。
飛竜を一撃で落としたとも言われる実力者、魔力弓の使い手ですね。今の若い冒険者は、あまり知らないかもしれませんが。
魔法使いとは異なりますけれど、多くはない魔力でも扱いさえ間違えなければ、十分に強くなれるのです。
彼女には勝手に親近感を抱いておりますよ。似たような世代の女性ですから……あちらの方が少し年下だったと思いますが。そう、目に見えない苦労があったのではないか、とね。
お二方とは全く別種の勘違いした脳筋というのは、どこにでもいるのですよ。困ったことに。




