24.笑顔で丸く、収まるか
イナサーク辺境伯領。
王都から遠く離れた田舎であり、魔族に一度は滅ぼされ荒野と化した地であり、そして今は、異世界から降り立ち魔王を倒した勇者トールが領主となっている土地だ。
そこには現在、二百人ほどの民がいた。
経歴はさまざま。
もっとも多いのは、魔王軍の侵攻で住む場所を失った者だ。
他にも戦の不景気のあおりを受け、仕事がなくなった者。
軍人や傭兵として魔王軍と戦ったが、戦が終わって引退した者もいる。
彼等のほとんどは、勇者というものをよく知らない。
トールの故郷と違って映像というものが一般的ではなく、絵姿や手書きの新聞のようなものしか出回らないからだ。
彼が派遣された戦地にいた者なら、顔を見たことくらいはあるだろうが。
勇者の為人は、意外なほど知られていない。
そもそもトールは辺境伯、つまり貴族だ。
名ばかりのものだが、領民にそんなことは伝わっていない。
伯爵以上の貴族は農業どころか、下々の民と親しく触れ合うことさえ稀である。
その勇者にして辺境伯、民草にしてみれば生ける伝説とも言える存在が、開拓途上の町に来る。
しかも開拓作業の手伝いをしてくれるらしい。
領民にしてみれば、二重、三重に意味の分からない事態であった。
だから彼等が町にやってきた時も、遠巻きに見詰めるだけで、声を掛けようとする者はいなかった。
噂だけが駆け巡った。
勇者の姿を見た者は、訊かれて答えた。
ーー普通だった、と。
筋骨隆々とした大男でもなく、勇猛果敢な威圧感のある戦士でもなく、かと言って絶世の美男子でもなく、貴族らしい偉ぶったところもなく。
異世界から来ただけに、異国風の顔立ちをしていることを除けば、どこにでもいそうな平凡な青年だったと。
恐ろしい人物ではなさそうだ、となり、その翌日は少なからぬ民が、勇者のやることを見物しに行った。
別の噂が広まった。
やっぱり普通じゃなかった。
全員が全員、口をそろえて言ったのである。
✳︎✳︎✳︎
クレイスは、スピノエス神殿から派遣された神官の一人だ。
男性は彼のみ。残る二人、サディとソーラは年若い女性神官である。もっとも年長という理由で、クレイスがまとめ役になっている。
三人が選抜されたのは、魔力の多さと農業魔法の腕を買われてのことだ。
スピノエス神殿にも多くの務めがある。人手が足りているとは言えない。その中で、少数精鋭として送り出したのが彼等であった。
クレイスは、自分の技量にはそれなりの自信を持っていた。もちろん、聖女と呼ばれるセレストほどの天才とは思っていないが、スピノエス神殿では一、二を争う。
彼の好敵手が、女性神官では随一と言われるサディで、魔力はやや劣るものの、粘り強く温厚な性格で慕われているのがソーラ、ということになる。
その三人をもってしても、この土地に歯が立たない。
「困りましたわねえ……」
頬に手を当てて、ソーラが言った。
あまり困っているように聞こえないが、口調がのんびりしているだけで、彼女なりに悩んでいる。
「だー! どうすんのよコレぇ! ぜーんぜん! ちっとも! とっかかりが見えないんだけどー!」
喚いているのがサディ。
「もう何ともできないだろうね。正直に、セレスト様に申し上げるしかないと思う」
クレイスは溜息をつく。
補佐官ジョー・キラップから「聖女殿が近々、視察に来てくださるそうですよ」と言われたのがつい先日。虫も殺さぬような笑顔で、実にえげつない発言であった。
ジョーは親切心で言ったのかもしれないが、三人にとっては恥晒しそのものだったのだ。
しかし魔力が枯れてしまった土地の厄介さは、彼等の予想を超えていた。
「クレイス、恥ずかしいと思わないの! あたいら何にも進んでないんだよ?! セレスト様に申し開きのしようがないじゃん!」
「思ってるさ……だけど、どう頑張っても無理なんだ。謝って教えを乞う以外、俺達に何ができる?」
「そうですわね。セレスト様、優しい方ですもの。素直にごめんなさいしましょう、サディ」
「ううう……!」
負けん気の強いサディは、こぼれてきた悔し涙をぬぐう。
そんな訳で。
三人の神官は暗い表情をして、フロウに案内されてきたセレストとフェンを出迎えたのである。
「単純に魔力不足ですね」
セレストの結論はすぐに出た。
「いえ、皆さんの魔力が低い、というのではありません。一度に農業魔法を掛けようとする範囲が大き過ぎるのです」
三人の顔色を見て、セレストが言い足す。
「そ、そうなんですか?」
「でも、いつもこのくらいで……」
「普通の土地と違って、こういう場合はごく狭い面積で構いませんから、とにかく回復させてしまう方が良いのです。始めに、自然の魔力を吸い上げる通路を作るのだと思っていただければ」
「なるほど」
「最初は、三人で力を合わせて行うのも手ですね」
「クレイス、ソーラ、やってみようよ! できそうな気がしてきた!」
元気を取り戻したサディが、二人を引っ張る。
「わたくしがついていますから。やってみてください」
セレストの手解きで三人が協力し、少しずつ大地に魔力を注ぐ。
「手応えは、出てきたかな……?」
「さっきよりはイイよ! さっきよりは!」
「もう少しですわ、きっと!」
額に汗を浮かべながら、農業魔法を使う三人。
彼等はもともと、やる気も力量もある。ただ、ここまで魔力の無い土地を相手にしたことがなく、こつが分からなかったと言える。
セレストはその傍らに立ち、自らも農業魔法を行使しながら、三人に指示も出していた。
その間、フェンはーー。
「よろしいのですか?」
「神官は神官同士でやってもらう方が良いだろうよ」
フロウを連れて周辺を回っていた。
三人の指導は同じ神官であるセレストに任せ、フェンは屋敷の周りでもやっている、基礎的な地ならしを進めるつもりなのだ。
「で、この区画はどこまでやればいい?」
当たり前だが、農業魔法を使うべき範囲は決まっている。道路や建物を造る場所には必要ない。
「あちらの紐が張ってある地点に沿って、農道と水路が造られることになっています。本格的な工事はまだ先でして、今は誰もおりませんが。その手前までが畑になる予定です」
フロウは地図を確認しながら答える。
「面積がデカいな。仕方ねえ、半分ぐらいに分けて順番にやっていくか。セレストなら一度にできるだろうがな」
フェンは魔術師であり、農業魔法の専門家ではない。セレストに及ばないのは本人も承知の上で、あくまで手伝いと割り切っている。
しばらく後ーー。
「こっちは終わったぞ」
一回りしてフェンとフロウが戻ってくると、景色は一変していた。
「見事なものですね」
フロウが感心するのも道理で、岩盤のようになっていた土は、今すぐに種まきができそうなほど、ふかふかと柔らかになっている。
「皆さん、物覚えは早かったですよ」
セレストは涼しい表情である。
横にいるクレイス、サディ、ソーラは疲労困憊の様相だが、何とかやり遂げたようだ。
「あとは植える作物の種類によって、最終的な調節の仕方が変わります。今日は、フェンがやってくれた土地の手入れが先ですね」
「その前に一度、休憩されてはいかがですか?」
フロウが声を掛けた。
「そうですね。三人とも疲れたでしょうし」
「あ、あたいは、まだやれます!」
言い張るサディだが、やや顔色が良くない。
「サディ、無理はダメだ」
「うっさいよクレイス!」
「まあまあ。サディやクレイスは平気でも、私はもう限界ですわ。魔力が一番低いんだもの。一休みさせて?」
ソーラがおっとりとサディの袖を引く。
「むー……」
不満そうな彼女に、セレストが微笑んだ。
「わたくしも喉が渇いてしまいました。一緒にお茶を飲んでくれませんか?」
「はい喜んで! 飲みます何杯でも!」
「宴会の酒じゃないんだから。何、その手の平返し」
「ちょっとクレイス! セレスト様のお茶のお誘いだよ?! まさか断る気なの?!」
「大袈裟な……」
「もう、二人とも落ち着いてくださいな」
神官三人が騒いでいるうちに、フロウが従者を呼んで大きな敷物を広げてくれた。
セレストもフェンも旅暮らしが長く、貴族出身でもないので、地べたに座るのもまるで気にしない。
クレイス達は、セレストが手招きして座らせる。
輪になって腰を下ろすと、フロウが水筒から茶を注いでくれた。
茶は少しぬるくなっていたが、全員が魔法使いであるから問題はない。自分で好きな熱さにして一服する。
「それにしても、半日でここまで進展すると思いませんでした」
フロウが周囲を見回して言う。
「クレイスも、サディ、ソーラも、力のある神官ですから。やり方を知らなかっただけで、もう概ね覚えましたし、今後は大丈夫だと思いますよ」
セレストの言葉に、三人はピシリと背筋を伸ばした。
「大変恐縮です」
「セレスト様の! ご指導の賜物です!」
「セレスト様と比べるべくもない非才の身ですけれど、精進いたしますわ」
「あんたら真面目だな……」
少々呆れるフェン。
「……サディもソーラも、言ってみればセレスト様の信奉者なんですよ」
フェンの隣に座っていたクレイスが、ぼそりと言う。
「あー、マーシェが言ってたアレな。あいつが女好きの神殿長をクビにしたせいで、讃える会とかいうのができたんだっけか」
「よくご存知で。もともと聖女と呼ばれるほどの方ですから、雲の上の存在ですけどね」
クレイスは、お喋りを始めた女性陣を横目で見る。
「今回の件で俺も実感しました。あの方はやっぱり凄いんだって。まあ、魔術師なのに農業魔法ができるあなたも大概ですが」
「オレは魔力が多いからな。魔法のレベルが低くても、強引に押せるだけだ。本職の神官と張り合う気はねえよ」
「いや、そういう問題ではないというか。今からでも神官になれますよ……」
「馬鹿言え、柄でもねえ」
フェンは肩をすくめた。
「だいたい農業って言えばな。オレなんかとは桁の違う、理不尽なやつがいるんだぞ?」
「何です、それは……?」
クレイスは不審げな表情を見せたが、ふと日が翳ったことに気付いて空を仰ぎ見た。
セレスト達も、茶飲み話をやめて視線を上げる。
フェンは口の端で笑った。
「マーシェのやつ、今回は手加減しないらしいからな。トールの自称農業も、出し惜しみは無しってことだ。覚悟しといた方がいいぜ」
✳︎✳︎✳︎
晴れていた空に、薄く雲がかかる。
魔力を含んだ風が渦を巻いて吹き始める。
トールはその中心に立っていた。
右手にはイクスカリバー。
左手にはイージィス。
彼女等の本体がいないのも慣れてきた。
人間形態を並行して顕現させている分、トールが使える魔力は減っているが、むしろそのくらいでちょうどいい。
トールも努力の甲斐あって、以前よりは力を制御できるようになっている。
広範囲に、必要とされるだけの魔力を送るーーそれも今なら、難しくないはずだ。
「何だか不思議だな……」
トールは独り言を言った。
混じり気なしに、自分のために農業を始めたはずなのに。
なぜか他人の前で披露する羽目になっている。
マーシェのことは信頼している。だから、彼女が『勇者』をどう使おうが構わないのだが、妙な気分だ。
「まあ良いけどね」
いつもの口癖をつぶやいて、トールはイクスカリバーを振り下ろした。
青白い雷光が、一斉に天から地へ降り注いだ。
人や建物を傷付けないようにはしたが、トールは基本的に遠慮をしなかった。
ゆえにセレストやフェンが赴いた区間から、城館を挟んで反対側の広い範囲ーー町の半分ほどが、勇者の「少しだけ本気」に巻き込まれた。
稲妻が舞い、大地は削られて吹き飛ばされ。
不可能を可能にする力によって、豊かな黒土に生まれ変わった。
トールと、彼に近しい一部の者には、既に馴染んだ光景である。
だが、町の人々にとってはーー。
「ーーな、な、何よ今の?!」
サディが、セレストに抱き付かんばかりに震えている。
少し離れたこの区画でも、はっきりと閃光が見えた。
特に彼等は魔法を知る神官であり、見た目以上に恐ろしい何かが起きた、ということが理解できてしまった。
「目の錯覚であってほしいですわ……」
ソーラは茫然自失。
「うわあ……」
クレイスはうめいた後、二の句が継げない。
「前に比べりゃマシか」
「トール様、あれで草取りもなさってましたから」
「修行の仕方が、完全に間違ってるな」
平常運転のフェンとセレストが、対照的であった。
✳︎✳︎✳︎
「ただいま」
距離を取っていたマーシェとジョー達の元へ、トールは身体能力を駆使して戻る。
「お疲れさん」
マーシェは手を振って迎えてくれた。
「想像以上にやってくださいましたね……!」
ジョーは珍しく、笑顔が引きつっているようだ。
トールは両者の様子を見比べてから、あえてイクスカリバーを持ち上げてみせた。
「もう三回くらい行けるけど、やっとく?」
常日頃から、お人好しだの何だのと言われるトールも、このくらいの悪ふざけはできる。
「魔力は全然問題ないんだ。でも行って戻ってくるのに時間がかかるから、日が落ちるまでに三回かな」
さしもの勇者も、空を飛んだり長距離転移したりする能力は無い。常人よりは高速で動けるが。
ジョーは大袈裟に溜息をついた。
「勇者殿ー、僕のか弱い心臓が保ちませんから! 意地悪はおやめください」
「じゃ、また今度」
「次があるんですか。全く、あなた方と来たら」
「俺、普通の領主の仕事は無理そうだからジョーにやってもらうけど、できることはやるよ」
「ふふん、領主サマの自覚が出てきたみたいじゃないか」
「うわあ……! 何ともありがたくて涙が止まらなくなりそうですよ?!」
わざとらしい身振りで、悲嘆に暮れてみせるジョーであった。
そんな彼等の十歩ほど後ろに、野次馬をしにきた領民達がいる。
軽い気持ちで見物していたら、世界の終わりかと思うような光景を見せつけられ、固まっている人々である。
「な……何だったんだ今の……」
ようやく絞り出された言葉がこれだ。
「勇者様が開拓を……手伝って……手伝って? くれた……はず?」
「せ、世界を救ってくれた勇者様は、やることが違うなあ!」
「そそそ、そうだなあ! ハハハ、俺達、ものすごーく助かっちまった! な! そうだよな! な!」
「ああ、何年掛かるか分からんかったのが一瞬でな! うわははは、勇者様バンザーイ!」
半ば自棄になって、彼等は笑い声を上げた。
勇者は、領民からの忠誠……らしきものを手に入れたのである。
「えー。やっぱり、ドン引きされてる気がする」
ただし、本人は相変わらずだった。
その後。
勇者の所業と同時に、本当はあと三回、開拓をやる気だったという噂も広まった。
それを阻止したのがジョーであったことも伝わり、彼もまた勇者を止められる補佐官として、ちゃっかりと領民からの信頼を獲得していたのだが。
「ええー、計算なんかしてませんし、できませんよ、こんなの! ひとえに、小鳥のように繊細な僕の神経を守るためです! 嘘じゃありません、僕は正直なのが取り柄なんですからね!」
当人はいつもの笑顔で煙にまいていたので、真相は定かではない。
✳︎✳︎✳︎
城館へ帰ってきたトールは、一番高い屋根の上にいた。
建設中の町が見える。
働く人々の姿も。
トールが開拓を手伝った土地も見える。
後ろを振り返れば、セレストとフェンが回ってきた場所も見えるはずだ。
さらにその向こうにあるものが気になって、トールはこっそりと屋根伝いに、ここへ来た。
「なんか視線を感じるような……うーん」
勇者スキルを使い、開拓を終えた後ぐらいから、誰かに見られているように思えた。
だがマーシェさえ気付いていない。勇者として鋭敏な感覚を持つトールでも見落としそうな、本当に微かなものだった。
「気のせいか」
あるいは、特殊なスキル持ちか、トールの探知範囲ぎりぎりにいるのか。
捕捉は難しいようであった。
「勇者殿!」
声が聞こえた方を見下ろすと、地上でジョーが手を振っていた。
「何をなさってるんですかー! そんなところで!」
トールは手を振り返し、屋根を軽く蹴って、ふわりと飛び降りた。
「ちょっと遠くを見てみたかったんだ」
とりあえず、そう言っておく。
「そうでしたか! お邪魔をして申し訳ないですね。ですが、勇者殿にお尋ねしたいことがありまして」
「ああ、町の名前?」
「はい。そろそろお願いできますか」
「忘れてた訳じゃないけど。悪かったよ」
「あのですね勇者殿。謝っていただく必要はないんですよ?」
「そうだった……」
身分制度の厳しいラクサ王国では、特に貴族たる者は簡単に謝ってはいけないのだが。
トールは偉そうに振る舞うのが苦手で、油断すると地が出てしまう。
「マーシェにも言われてるんだけど、つい」
「でしょうねえ。勇者殿が、人前であまり喋らない理由が分かりました」
「まあね。それで、町の名前だけど」
「ええ」
「イナサの町……で、どうかな」
提案すると、ジョーはうなずいた。
「分かりやすくて大変良いと思います! ちなみに、何か由来があればお聞きしても?」
「うん。俺の名字」
知らない相手に下の名前で呼ばれるのは気恥ずかしいが、名字なら許せる。そんな日本人によくある理由での命名だが、ラクサ人には多分理解できまい。トールは表面的な部分だけ口にした。
「勇者殿には家名があったのですか?」
「俺の故郷は身分制度が無くて、庶民でも名字があっただけだよ」
正確に言えば昔は身分制度があり、庶民は名字を持たなかったのだが……説明が長くなるので言わない。
「むしろ王様みたいな人は名字、というか名前もか、無かったな。小さい島国で王様は一人しかいないから、区別する必要がないって感じ」
「古代文明の名が知られていないようなものですか」
「多分ね。でも、こっちじゃ馴染みがないだろ、名字のことは言わなかったんだ。伊奈佐の名字も、もう誰も呼ばないし、町の名前にちょうどいいかなって」
「ふむ、承知しました! ではそのように。それにしても、身分制度を持たない、なんて国があるのですねえ。詳しく伺いたいくらいですが、マーシェ殿に叱られそうなので止めておきます」
「ん? 何で?」
思わずトールが聞き返す。
瞬間、ジョーははっきりと「しまった」という顔をした。
「……僕としたことが失言でしたね。勇者殿の故郷については、こちらから尋ねてはならないという不文律があるんですが。ご存知なかったんですね?」
「ああ、うん。そうか、それでみんな訊いてこないのか……」
トールはトールで、故郷の話をすると相手が少々、身構えることがあるのは知っている。仲間達も、国王や宰相も然り。好奇心の旺盛なロジオンすら、根掘り葉掘り訊くようなことはなかった。
勇者の肩書きに群がってくるような者の中には、遠慮なくトールから情報を引き出そうとする手合いもいたが。今考えれば、そういう者はさりげなく遠ざけられていたように思う。
それで、故郷のことはあまり言わない方がいいらしい、と判断していたのだが。
「別に、話をするくらいは構わないよ」
帰れないことが確定しているだけに、もういいのではないか、というのがトールの本音だ。
「ではいずれ、話を聞かせていただきます! 僕も今は、仕事で手一杯ですけども!」
ジョーは笑顔を復活させ、すっと敬礼に似た仕草をした。
「余計なことを言ったお詫びも兼ねて、勇者殿に一つお話をしておきましょう。ユージェ様の件です」
「ああ、あの人ね」
「現在、ユージェ様はスピノ伯爵邸の一室で謹慎状態にあります。準備が整い次第、こちらの城館に移っていただきますが、御自分の居室から出ることはできません」
勇者相手に色々とやらかした結果、処罰が下されたようだ。
「加えて、護衛の魔術師を勝手に解雇してしまったとか。我が儘が過ぎるとなった訳です」
「ふぅん」
従者や侍女も全員が入れ替えられるという。
解雇された魔術師というのは恐らくイヴのことだろうが、トールは素知らぬふりをした。
「同情できる点もあるけど、仕方ないんだろうな」
「あの方も小さな子供ではありませんので、自分がしたことの責任は取っていただきます。まあ、ほとぼりが冷めたら王都へ戻られるのではないかと思いますが」
ユージェは二十歳になっており、貴族女性としては早急に結婚相手を探さなければならない。
彼女が独身だったのは、本人が我が儘な性格であるという以上に、ヨーバル伯爵家の複雑な内部事情が絡んでいるという。
「勇者殿にそんな裏話をしてもご迷惑でしょうから、そこは省きますけど。ヨーバル伯爵閣下は用心深く慎重な方なのですが、今回は後手に回ってしまったと言えます」
ヨーバル伯爵家はしばらく、立て直しに時間がかかる。こちらに手出しをする余裕はないだろう、とジョーは言うのだった。
「ということで、勇者殿が今後こちらへいらした際も、顔を合わせる心配はないですよ。ご迷惑を掛けることは二度とありません、ご安心ください」
「そっか。ユージェさんがいなくなったら、ジョーが代官に昇格するのかな?」
「どうでしょうかねー、そうなれば、僕としては一番ではあります」
「……ユージェさんがいきなり俺のところに来たのってさ、ジョーが何かしたような気がしてきた」
「えええー! 嫌だなあ勇者殿、僕がそんなことする訳ないでしょう! おじょーさまがやらかしてくれたアレコレを丸く収めるのに、僕はとっても苦労してるんですよー?」
「…………」
「あっ、何ですかその目つき! だいたいですね、リディア王女を袖にした勇者殿がですよ、ユージェ様なんかを相手にするはずがないでしょう。男女の仲なんて分からないものですから、可能性が皆無とまでは言いませんけども」
「んー……まあね。すごく正論」
これにはトールも苦笑いするしかない。
「でしょー? 若いご令嬢の好きな恋物語じゃあるまいし。ユージェ様の企みは失敗するに決まってます。じゃあどうやってフロウと生き残るか、僕が考えたのはそれだけです」
「随分ぶっちゃけるなあ……」
「僕は勇者殿と違ってキラップ最弱の男ですから。手段を選んでいる余裕は無いんですよ」
「言うほど弱くもなさそうだけど」
「おや、それは勇者殿の勘違いですよ。僕、武芸は全く駄目です。あっはっは!」
ジョー・キラップ。
お調子者を装って笑う彼は、やはり油断のならない男であった。
それはともかく。
イナサーク辺境伯領に、小さな領都イナサが生まれた。
勇者と仲間達による非常識な後押しを受けながら、町は少しずつ発展していくことになる。
米の名は…「えみまる」(北海道)
直播栽培に適する早生品種。低温に強く品質の良い米が収穫できる。




