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13.咲き誇る華の名前は、知らない方がいいこともある

 セレストが神殿を訪れた理由は、いくつかある。


 大きいのは宗教的なものだ。

 彼女は神官として、辺境伯領でも朝夕のお祈りを欠かさず行っているが、実はあれでも簡略化したもの。時折は神殿で正式な手順を踏み、きちんとした祈祷を行わないと、落ち着かない気持ちになるという。


 また、家が建ってセレストの居室ができたので、内装を整えるための家具なども入手したいらしい。

 これは単におしゃれな部屋に、というのではない。屋敷でもセレスト基準の「もう少しちゃんとしたお祈り」を行う祭壇をしつらえたり、神官が重視する風水的な習慣に則って壁掛けや小物を置いたりしたいのだとか。

 スピノエスの神殿にはあらかじめ、彼女の私物もいくらか預けてある。それも引き取る予定なのだ。


 杖を調整するという用事もある。

 魔法使いの杖は、魔法を使う際にさまざまな補助をする機能を持っている。

 今までセレストは勇者パーティーの一員として、杖も戦闘に特化した回復・支援魔法用の機能をメインに据えていた。だが、今後は農業魔法の出番が増えそうなので、構成を変える。これも、神殿お抱えの職人に依頼する必要がある。


 後は……セレストも女性なので、男のトールやフェンには言いにくい買い物もあるようだ。そういう細々とした品物も、女性神官同士の伝手を使って融通してもらうつもりらしい。



「……っていう話だったよな、確か」


「まあ、何を買うのかは深く聞かん方がいいだろう。トール、お前も余計なことを言うなよ?」


「分かってるよ、そのぐらい」


 露店の串焼きを買い食いしながら、そんな会話を交わすトールとフェン。

 セレストはスピノ伯爵領の出身ではないが、幼い頃から神殿で育った彼女にとっては、どこであっても神殿そのものが実家同然と言えるだろう。たまには、ゆっくり羽を伸ばしてほしいものだ。


 同じことはトール達にも言える。


 屋敷でセレストが作ってくれる食事に文句など無いが、街に来れば味の濃い肉を食べたくなる。ちょっと健康に悪そうなものほど旨い、これは異世界でも共通の感覚だ。


「しかし、杖の調整か……オレもどこかでやった方がいいかもな」


 フェンも魔術師であるから杖を使っている。

 やはり、討伐の旅では大規模な攻撃魔術を重点的に使いやすいよう、調整を施していたそうだ。

 ただし神官とは異なり、魔術師の杖は調整できる職人が少なく、王都や大都市に集中しているという。


「スピノエスだと難しいってことか」


「無くもねえんだが……」


 珍しくフェンの歯切れが悪い。


「昔、世話になった所があったんだが。小せえ店だったし、まだやってるか分からん。店主がまた口の悪い婆さんで」


 あまり気が進まないらしい。


「腕は良いんだがな」


「気難しい人なのか」


「お前も多分、会えば分かるぜ」


 結局、フェンも今後のことを考えて、顔を出すことに決めたようだ。

 宿屋街とも、さほど離れていないというので、先にそちらへ向かう。


 魔法使いにとって杖とは何か。

 トールの日本人感覚だと、それは「魔法使い専用スマートフォン」だ。

 神秘性が薄れてしまう言い方だが、実際に話を聞けば聞くほど、そんな感じがしてならない。

 魔法の行使をサポートする多様なアプリケーションを搭載可能だが、容量制限のようなものがあって何でも入れられる訳ではない。

 限られた中で最大の効率を出せるよう、魔法使いがそれぞれ調整(カスタマイズ)を施してもらうので、見た目は同じようでも中身は別物……という辺りもよく似ている。

 スマホ二台持ちのように複数の杖を使い分ける人もいるが、少数派なのだとか。


「あとメッセージ機能みたいなやつもあるし」


「〈伝書〉のことか?」


 〈伝書〉はあらかじめ登録した相手と、短いメモのようなものをやりとりできる魔法である。

 セレストが今回、スピノエスの神殿と連絡を取り合ったのも、これによるものだ。

 昔は特定の魔法使いしかできない特殊技能だったそうだが、魔法技術の発展で、杖を持つ魔法使いなら誰でも扱えるようになった。

 しかし短いメモでも結構魔力を消費するので、あくまで公用、(ビジネス)用だそうだ。「今日の晩ご飯、何食べる?」みたいな、気軽な感じで使えるものではないらしい。


「トールの故郷だと魔法がねえのに、そこら中にいるやつらがみんな、杖みたいなもんを普通に使ってるってのか……正直言って想像できんな」


「まあ、こっちの常識で言うと、そうだとは思う」


 そんな話をしながら、数分歩く。


 フェンが言っていた杖の店は、大通りから一本路地を入った場所にあった。

 こじんまりした建物で、木製のドアに可愛らしいベルと小さな看板が下がっている。

 看板には流麗な筆遣いで「カリン工房」と書いてあった。


「カリン婆さん、まだくたばってなかったか。殺しても死なねえだろうとは思ってたけどよ」


「杖っていうより、女の子が好きな雑貨とか売ってそうな店構えだな」


「見た目はな……だが、この店は一定以上の魔力を持ってるやつにしか、姿が見えねえ仕組みになってる。婆さんは性格が悪いんだ」


 魔法使い専門の店、ということだ。

 トールは魔法使いではないが、保有魔力は桁違いに多いという勇者(イレギュラー)なので、視認することができている。

 フェンは渋い顔をしながら、ベルに付いた紐を引っ張った。


 ――ちりん。


 涼しい音がして、ややあってドアが内側から開く。


「あらあら、懐かしい子が居るわね。生きてて嬉しいわ、フェニックス坊や」


「坊やはやめてくれ……」


 フェンは「口が悪い婆さん」などと言っていたが、現れたのは上品な老婦人であった。

 小柄だが背筋はぴんと伸びており、白髪をきっちりと結い上げている。


「お久しぶりねえ。どうぞ、いらっしゃい」


 柔らかく微笑みながら、彼女――工房主カリンは、フェンとトールを招き入れた。


「――あれ?」


 扉をくぐった時、わずかに空気が揺れた気がした。

 そして、思ったより室内が広い。

 壁際には造り付けの棚。恐らくは杖だろう、細長い布の包みがいくつも置かれている。

 天井までずっと、それが続く。


「あー、ここは外から見た通りの場所じゃねえからな。気を付けろ」


 魔法か何かが使われているらしい。

 老婦人はコツコツと靴音を立てながら歩き、カウンターの向こうに座る。

 それから、ちょこんと首を傾けた。


「乙女の秘密だから、そこは聞かないでちょうだいね。それで坊や、今日のご用は? また壊したのかしら」


「何が乙女だ、歳を考えたらどうなんだよ。あと坊やはやめろ」


「あらあら」


 ふわふわにこにこ、とした表情は変わらない。だがトールは、フェンがこの老婦人を苦手にしている理由が分かった気がした。

 戦場で「業火の魔術師」と呼ばれ、恐れられていたフェンをつかまえて小さな子供のように扱うのだから、相当な癖のある人であろう。

 それでいてカリン自身に全く嫌味がなく、本当に孫でも構っているような雰囲気なのが、またすごい。

 案の定、フェンは舌打ちの一つも出そうな目つきをしたが、黙って杖をカウンターに置いた。


「あら、調整するの? 今度は何をぶっ倒すのか楽しみねえ」


「あのなあ婆さん。魔王が倒されたんだから、これ以上はねえよ」


「あらまあ。それもそうね、貴方も勇者さんと一緒に頑張ったと聞いているわ。じゃあどうするの、魔術師さん」


「そうだな――」


 そこから二人は専門的な話を始めた。

 調整で触れるのは、杖に書き込まれた術式であるらしい。だから杖そのものを取り換えたり改造したりするのではなく、カリンとフェンが魔力を流して、色々と試しているようだ。

 正直トールには、まるで分からない世界である。

 理解するのは早々に諦めて、彼は周囲を見回した。

 工房は、外観の可愛らしさとは裏腹に、内側は魔女の隠れ家という言葉がぴったりだ。

 広さもそうだし、天井も高いように感じる。魔力の気配も濃い。


(魔法か……いや、そういうスキルかな)


 魔法はある程度、誰にでも使える技術。

 魔術は、魔法の中でも特殊な専門技能。

 スキルは魔力を消費して発動するけれど、使い手を選ぶものを表す。

 トールの勇者固有スキルもそうであるし、シャダルムが持つ「ゼータの恩恵」もゼータ家の血筋でないと発現しないため、魔法ではなくスキルに分類されるのだ。


 トールが見るところ、この工房は彼が持つような完全な異空間ではなく「空間を折り畳む」もしくは「別々の空間をつなぎ合わせる」といった手法が使われている。

 空間収納のような魔法は無い、だから勇者の能力は貴重なのだと聞いた覚えがあるので、多分これも魔法ではなく、カリン個人のスキルだと思われた。

 スキル持ち自体、数が少ないが、その中でもかなり珍しいスキルだと言えるだろう。


「あら、そう言えば、勇者さんには椅子もお出ししてなかったわ。ごめんなさいねえ、忘れっぽくなっちゃって」


 カリンがふと顔を上げ、そう言った。


「杖のことだったら忘れないんだけど。歳は取りたくないわねえ」


「大丈夫かよ、婆さん」


「あらまあ、心配してくれるの? 平気よ、フェニックス坊やの杖だって最初の調整から覚えてるもの」


「んなもんは別にいいんだよ。あと坊やはやめろ」


 フェンはげんなりした様子だった。



 そんな一幕がありつつも、杖の調整は無事終了した。

 杖を取り戻したフェンは、もう用は無いと言わんばかりにすたすたとドアへ歩いていく。


「じゃあな、婆さん。行くぞトール」


「え? ああ、うん。カリンさん、お邪魔しました」


 フェンがあまりに淡白な物言いなので、代わりでもないが、つい頭を下げてしまうトール。


「ふふ、またね――それから勇者さん、ちょっとだけいいかしら?」


「何ですか?」


 トールが振り返った瞬間、奇妙なことが起きた。

 フェンに続いて扉をくぐろうとしていたはずが、気付いたらカウンターの前――先程までフェンが調整で立っていた、その場所に移動していたのである。


「うわ、すごい。これスキル効果ですか?」


「そうよ。びっくりさせちゃったかしら、ごめんなさいね」


 クスクスと笑ってから、カリンは表情を改めた。


「坊やが怒るでしょうから手短に言うわね。私は若い頃から杖が好きで、この仕事を選んだわ。でもね、杖って持ち主が居ないと意味が無いものなのよ」


「はい」


「それでね、勇者さんの領地になっているあの場所だけれど、ラクサでも一番の激戦地だったの。魔術師も、まだ若い子達までたくさん派遣されていたわ。杖だけになって帰って来た子も、そうね、数え切れないくらい」


「……はい」


「だから、フェニックス坊やが杖と一緒に来てくれて嬉しかった。しばらく調整は必要ないでしょうけど、次はお茶でも飲みにいらしてね。私もいつ、女神様から素敵な杖の注文が入るか分からないお婆さんだけれど、楽しみに待ってるわ」


「分かりました。フェンにも伝えときます」


「あら、言わなくていいのよ。恥ずかしがって来なくなっちゃうでしょ、きっと」


 カリンはそう言って、いたずらっぽく笑った。


「またね、勇者さん。ありがとう」



 ――ちりりん、とベルの音がして、トールは(まばた)きをする。


 いつの間にか、再び工房の外の路地に立っていた。

 そして目の前に、不機嫌極まりないフェンがいる。


「トール。婆さんは何の用事だったんだ?」


「えー、怒るなよ。大した話じゃなかったぞ」


「嘘つけ、杖にしか興味がねえ婆さんだぞ」


「そんなことないって」


「どうだかな……まあいい、とっとと行くぜ」


 二人は今度こそ、宿屋街へ向かって歩き出した。

 トールはちらりと後ろを振り返ったが。

 これもカリンのスキル効果によるものなのか、杖工房はもう、街並みのどこにも見当たらなかった。



✳︎✳︎✳︎



「――どうしてこうなったかな」


「やめとけ、深く考えるだけ無駄だ。呑むか?」


「俺が酒なんて好きじゃないの知ってるだろ。日本だと飲酒は二十歳になってからだし」


「ラクサは十六で成人だぞ」


「勇者の体質だと呑んでも酔えないし、別にいいよ。フェンも酔っ払うと後でセレストにばれるんじゃないか?」


「こんぐらいで酔うかよ。だいたい呑まずにやってられるか」


 怒号が飛び交う安酒場の片隅で、勇者と魔術師はやけ食いと、やけ酒をしていた。


 他にどうしようもなかったからだ。

 騒ぐと勇者(と、その仲間)だと露見しかねない。

 かといって、厄介な連れがいるので店を出ることもできない。


「フフフフ……! そらそら、もう終わりか?!」


「弱い、弱過ぎるぞ! 肩慣らしにもならぬ!」


 聞き覚えのある高笑いが響く。

 聖剣イクスカリバーと聖鎧装イージィス、美しき暴力である二人が酔客に囲まれて、呑んだり絡んだり絡まれたりしているのだ。


 非常に楽しそうであった。本人達は。



✳︎✳︎✳︎



 カリンの工房を出た後に、話は遡る。

 宿屋街へ到着したトールとフェンは、そのうち一軒へ入ることにした。部屋は空いていたので一人ずつ取り、荷物を置く。

 それから――。


「――イクスとイースがさぁ。久しぶりだから外に出てみたいって言うんだよ。人型で。どう思う?」


 無茶振りを受けたトールは、フェンに相談しに行ったのである。


「そりゃマズいだろう。どう考えても」


「やっぱりそうなるよな?」


 二人して頭に思い浮かべるのは、聖剣イクスカリバーと聖鎧装イージィスの人間形態だったろう。

 つまり女好きで知られた先代勇者、ラヴァエロの性癖全開であるアレだ。


「絶対にやめとけ。オレはあの、おっかない警備隊長を敵に回したくねえぞ」


「確かに。見るからにすごそうだったもんな、あの人」


「だろう? 言っちゃなんだが、どうしてまたこんな田舎領地の警備隊長に、あんなのがいるんだか分からねえよ。とにかくマズい」


「だよなー……うん?」


 トールが手を上げて、しばらく沈黙する。

 どうやら思念で、聖なる武具達に何か言われているようだ。


「なんか……露出の少ない格好に変えるから、それなら良いだろうって言ってきた」


「あったのかよ、そんな格好」


「俺も知らなかったけど、あったらしい」


 トールは複雑な表情を見せた。

 最初から露出を抑えてくれれば面倒がなかったのではないか、と思う一方。

 それはそれで非常にもったいない、とも思ってしまう哀しき二律背反(アンビバレント)である。


「だがな……そいつを考えたのも、あの先代勇者っていうのが」


「そう。マジで不安しかない」


「……ちなみに、どういう格好なんだ」


 フェンが訊くと、トールは再び、しばらく沈黙し……


「王城なんかにいるメイドさんの服とか」


「あれか」


「動物みたいな耳や尻尾があるやつとか」


「ほう」


「女騎士の鎧姿もあるらしい」


「……多彩だな」


「妙な方向で充実し過ぎてるだろ? ラヴァエロさん、本当に二百年以上前の人だよな。実は現代日本から時空を超えて召喚されたんじゃないよな?」


「あの魔術装置にそんな機能は……いや、どうよ……?」


「で、他にも種類があるけど、イチオシは女性神官の服だって」


「セレストがブチ切れるぞ……異空間にしまっとけ、そんな危険物」


 フェンが言うことはもっともだったが。


 トールの表情が晴れることはなく、逆に額に手を当てて深々と溜息をつき、そしてフェンの肩をがしっと掴んだ。


「残念だけど手遅れだ。こういう時、イクスが手段を選ぶ訳ないだろ?」


「……嫌な予感がしやがる」


「大当たりだ。イクスに今、こう言われたよ。もし協力しなかったら俺とフェンが一晩中、ラヴァエロさん並みに遊び回ってたっていう嘘話をセレストに吹き込むって」


「悪魔か、あの姐さん……!」


 トールとフェンは否応なく巻き込まれたのである。


「考えるしかないな……でも何を着てもらったら一番無難なんだろうな? 俺、女の人の服って全然分からないんだけど」


 まるで思いつかないトール。


「知らん」


 フェンも同様。


 聖なる武具達にも訊いてみるが、彼女達の手持ちには、いわゆる「普通の服」が一着も無かった。本質が武器防具で、服は必需品ではないとは言え、偏りが過ぎる状態だ。


「……やむを得ねえな。誰かに訊いてくる」


「大丈夫か……?」


 フェンがドアを開けて出て行く。

 さほど時間をかけずに戻ってきた。


「ちょうど宿のかみさんがいたぜ。で、一着借りてきた」


 フェンはこういう交渉事も割と得意だ。相手が貴族や上流階級でなければだが。

 今回は宿屋のおかみさんに聞き込みをし――田舎から出てきたのだが、スピノエスの女性がよく着るような服を土産に買いたいという話をでっち上げたらしい――サンプルとして襟付きのブラウスと、くるぶし丈のロングスカートを借り受けた。おかみさんの娘さんが、結婚して家を出る前に着ていたものだそうだ。


「これを見本にすればいいだろうよ」


「了解」


 聖なる武具達が着ている服は、実は人間形態の身体もそうだが、魔力で造られた仮想体(アバター)に過ぎない。衣服も彼女達が見本からデータを取り、具現化する形で身につけている。

 そこでトールが一旦、服を異空間に収納する。


『ほほう、これが当代勇者の好みか。見かけは清楚、中身は「えちえち」というのが良いのかのぅ?』


 トールの脳裏で、容赦ないイクスカリバーの声が響く。


『違うって! 何でそういう発想しかないんだよ?!』


『ふむ、貴公も男、あまり説得力は無いように思うが。とにかく、コレさえ身につければ外出させてくれるのだな?』


 念押ししてくるイージィス。


『……前向きに検討して善処するよ』


『その言葉、忘れるでないぞ。――ふむ、こんなものかのぅ。一度確認してみるがよい』


『見たいような見たくないような……』


『そうそう、聖女に話そうかと思うておる内容だが、ラヴァエロの武勇伝から割増し程度でどうかのぅ。なんと一晩で三十人もの女を』


『分かった! 分かったからストップ!』


 最初から勝ち目の無い戦いである。

 トールは人間形態の二人を顕現させた。


 だが――。


「どこがどうとは言えないけど……やっぱりヤバいような気がしないか?」


 並び立つ二大美女の前で、トールは目を泳がせた。


「だな……。こいつはもう『何を』じゃなくて『誰が』着るかが問題っつーことなのか。女は分からん」


 フェンがぼやく。


 スピノエス標準仕様になったはずのイクスカリバーとイージィス。

 街娘風で、イクスカリバーは赤、イージィスは青系統の色合いでまとめられ、襟元にさりげなく花模様の刺繍があったり、スカートの裾にひらりとレースがついていたりと、可愛らしいデザインである。


 ところが人間形態のすさまじい肉体美は隠し切れず、服装が平凡であるがゆえか、色々な部分がかえって際立ってしまっている。


 しかし。


「我はもう我慢できぬぞ……身体が疼いて仕方ない、酒が我等を待っておる!」


「応とも。イースよ、今宵は宴であるぞ!」


「あっ、ちょっと二人とも?! まだ駄目だって――」


 相変わらず危険過ぎる発言と共に、二人は部屋を飛び出してしまった。


「よっぽど呑みたかったのか。止められなかった……」


「あんなに揺れるのがいけねえんだよ。なんだアレ」


「……ここ、一階は酒場だよな?」


「そういう安宿だからな」


「俺とフェンだけだと思ってたから、ここにしたけど、セレストがいたら来ないような所だよな」


「裏目に出たな。完全に」


 品が良いとはお世辞にも言えない酒場へ、超弩級の美女が降臨すれば――。


 大騒ぎに決まっている。


「どうしよう?」


「様子は見に行くが、他人のふりをするしかねえだろうな。畜生め」



 ――そして現在に至る。


「飲み比べで我等に勝った男なら、一晩付き合ってやろうではないか!」


 イクスカリバーがそう宣言したので、酒場は今、仁義なき飲み比べで最高に盛り上がっていた。

 次から次へ挑戦者が湧いて出る状態だ。


 だがイクスカリバーとイージィスは、人間ではない。なぜか酒は呑めるらしいが、強い酒をいくら呑んでも、全く酔う気配がない。

 大ジョッキになみなみ注がれたものをぐいぐいと空にしていくのに、顔色も言動も、水を飲んでいるのかと思うくらい変化がないのだ。押し寄せる男どもを次々に酔い潰しながら、なおも杯を重ねていく。


「ふう。呑んだ呑んだ」


「骨のあるやつは、もう居らぬのか?」


 余裕たっぷりに、色っぽい吐息をつく二大美女。

 一方の男二人は――。


「あんだけ呑みまくって、ちっとも酔わねえのはどういう理屈なんだ? 訳が分からねえ」


「まあ武器防具だし? 俺もよく知らないけど。あ、またいちゃもん付けてる人がいるな。やめとけばいいのに」


「そろそろ手が出る頃合いだな。こっちも撤収準備するぞ、トールも早く食え」


「何でこんな、悪役みたいにコソコソしてるんだろうな俺達……」


「だから、そこはもう考えるなと言ってるだろうが」


 既に諦めの境地であった。


 飲み比べが殴り合いに発展するのは、そのすぐ後のことだ。

 繰り返すが、あまり客層の良い店ではない。さらに言えば、イクスカリバーもイージィスも、明らかに男どもをからかって遊んでいる。

 そんな中で、一人の酔客がイージィスにしつこく絡んでいた。

 肩に手を置こうとして、跳ね除けられ、大袈裟に痛がってみせている。

 どう責任取ってくれるんだ、と言いながら掴みかかろうとし――。


「――ふん、たわけめ!」


 しなやかな腕の一振りで投げ飛ばされた。

 派手な音を立てて男が転がり、一瞬だけ店内を静寂が支配する。


「何人でも相手になってやろう! 逝きたいやつから掛かってくるがいい!」


 イージィスの啖呵と共に、都の華とも言うべき大乱闘が始まった。


「やっぱりこうなった」


「あーあ。オレは連中が可哀想になってきたぜ。見ろ、姐さん達の目つき」


「罠に掛かった獲物を見る目……だな」


「全くだ」


 聖剣と聖鎧装、両者は人間形態でも普通に強かった。少なくとも、武術の心得も無い酔っ払いに遅れを取ることはなく、アルコールの次は拳と蹴りによる無双が続く。


「女二人によってたかって、しかも何もできぬとは。恥を知れぃ!」


 イクスカリバーも生き生きと暴れ回り、さらに喧嘩が飛び火し、狭い店内のあちこちへ拡大していった。


「うわ?!」


「おっと、派手になってきやがった」


 離れていたトールとフェンの元にも皿や酒杯、椅子、さらにはテーブルまで飛んでくる。

 フェンは小さな魔力の塊を作って器用に叩き落としたが、トールはそうも行かず数発被弾した。


「何やってんだ勇者の癖に。避けろよ」


「店を壊したくないんだよ!」


「確かにお前が本気出すと、街が瓦礫の山になるか。しゃあねえ、耐えろ」


「フェンだけずるいぞ?!」



 長い夜は、まだ終わらない。



✳︎✳︎✳︎



「――で、警備隊が来る前に姐さんらを空間収納に押し込んで、こっそり脱出した。ちなみに代金は色付けて置いてきた、踏み倒してねぇぞ。借りた服もちゃんと返してある。んで見つからねえように歩き回ってから、神殿に来たって訳だ」


 フェンはそう言って、出された茶を飲んだ。

 まだ日が昇ったばかりの時刻である。

 逃げ出したトールとフェンは警備兵の目を掻いくぐって移動し、神殿へ行った。そしてセレストを呼び出し、中に通してもらったのだ。


 こんな時間にやっている店など、宿屋にしろ酒場にしろ普通は無い。日本の二十四時間営業とは違う。

 だが神官達の朝は早く、夜明け前に起床して各種の務めが始まる。警備兵も神殿へは簡単に入って来られないし、聖なる武具達も多少は大人しくするだろうと踏んで、避難先に選んだのである。


 残る問題は、朝帰りした理由についてセレストから疑いの目で見られていることだ。

 それでも一応、応接室に入れてお茶も出してくれた――最初は女神に罪を告白する告解室に連れていかれるところだった――ので、首の皮一枚でつながっていると思いたい。


「何と言いますか……イクスさんとイースさんはどうして、そのようなことを?」


 セレストも、想定外の事態に困惑しているようだ。


「理由までは知らん。ど――しても外が見たい、って言うんで、本ッ当に仕方なく協力したんだがな。そいつが間違いのもとだったとは思うぜ」


「それは、まあ……フェンはともかく、トール様は大変でしたね」


「オレは無視かよ」


「あなたは自分で、どうとでもできるでしょう」


「は、信頼されてんのかね?」


 言いながら、フェンは欠伸をした。結局、彼等は強行軍明けなのに、ろくに寝ていない。


「…………」


 トールは黙って茶を飲み、茶菓子も食べた。

 勇者である彼は、一日の徹夜くらい平気だ。だが喋るとぼろが出そうなので、何も言うなとフェンから念を押されている。

 実際にやましいことをした訳ではないのだが……

 言わない方がいい内容が多過ぎるため、大人しく口をつぐんでいる。


「とにかく、そういうことだ。言っとくが、女神サマに懴悔しなきゃならんようなことは一切してねえからな」


「……はあ、仕方ありませんね。部屋を手配しますので仮眠をとってください。トール様も」


 どうやら、聖女様のお許しをもらえたようだ。



✳︎✳︎✳︎



(トール。オレがうまく話をまとめたんだからな。実際、暴れたのは姐さん達でオレ達は関係ねえんだ。セレストに余計なこと言うんじゃねえぞ?)


(フェンは詐欺師の才能あるよ。でもさ、あれだけ暴れまくって騒ぎにならないか? 被害者多数だろ)


(『犯人』は二人ともお前の異空間だ、調べたって証拠は出ねえよ。叩きのめされたやつらも精々、二日酔いとタンコブできたぐらいだろうが。いい夢見せてやったと思え)


(まあね……まさかイクスもイースも、下に何も着てなかったとは思わなかった)


(主張が激しいのも道理だったな……)


(後半は破れたり透けたりしてたし。セレストには秘密だけど)


(それも言うな、何も知らなかったことにしろ。絶対にだ!)



✳︎✳︎✳︎



「――美女の幽霊だと?」


「宿屋街の一軒で乱闘騒ぎが起き、居合わせた者に事情を聞きましたところ、全員がそのように述べております。大変に見目の良い女二人にやられた、と。ですが女が二人とも幻のように消えてしまったため、幽霊だったのではないかと噂されております」


「その女性は我が領の民ではないのですね?」


「は、誰も見たことが無い女だったそうです。宿屋を出てどこに行ったのかも不明。領門の出入り記録にも該当者がおりません」


「ううむ。どう思う、ヴィルマリーよ?」


「隊長さん、確認のためお尋ねしますが、その宿屋には勇者様がたが逗留されていたのですね?」

「私の配下の者が、当該の宿屋へ入られるところを見届けております」


「むむ、しかしだ。勇者殿のご一行は三人で、うち女性は聖女殿一人だけ。その聖女殿も昨夜はルリヤ神殿におられたというではないか。全く理屈が合わんが……」


「ですが、無関係とも思えませんわ。そうですわね、この件、怪我人は居ても死者はおりませんでしたわね?」


「は、さようです」


「怪我人と、宿の主人へ伯爵家から見舞金を出して様子見といたしましょう。勇者様に何かしらゆかりの女性ならば、あえて知らぬふりをするのも方便かと存じますわ」


「だ、大丈夫なのか……いや、我が妻に間違いは無いとは思うが」


「あなた?」


「う、うむ! そのように取りはからうとしよう! 警備隊長、これからもよしなに頼むぞ。そなたは得難い人材だ」


「身に余るお言葉です、ストゥーム閣下」



✳︎✳︎✳︎



『よき宴であったな、イースよ』


『うむ、百年か二百年か。忘れたが、久方ぶりに呑んで暴れて爽快であったな、イクスよ』


『くっくっく。しかし、男というのは妙な生き物よ。こんな胸の脂肪の塊一つ……いや二つか、かようなモノで右往左往するのだからのぅ。面白くて堪らぬわ』


『前から思っていたが、貴公は趣味が下衆だぞ』


『くふふ。「あの男」とも、こうやってよく悪巧みをしたものよ。懐かしいのぅ』


『ラヴァエロか。うむ、アレもそういう「男」であった。ところで当代勇者だが、我等を男性体……というか任意の姿で出せることに気付いておらんのか?』


『あの様子では、そうであろうな。まあ言うておらぬからではあるが』


『良いのか? 人型をとる機能は元々、我等が勇者を助け、或いは勇者の「影」となるためのものであるぞ』


『あやつは、そんなものを使わずに魔王を討ち取った。実力だけ取ればラヴァエロよりも、いや歴代勇者の中でも群を抜いておる。今更もう、必要あるまい』


『ほう、随分と耳触りの良いことだ。だが騙されんぞ。本音で語ってみるがいい』


『ふむ。それはもう、言うてしもうたら面白味が減るではないか』


『下衆の極みを目指すつもりか』


『あやつが脂肪の塊ごときに気を取られて、確認を怠るのが悪い。我等を秘蔵の猥褻本のように扱いおって。意趣返しに少々遊んでおるだけのこと』


『勇者を弄ぶ聖剣なぞ聞いた試しが無いぞ』


『良いではないか。ニホンゴで言えば「知らぬが花」というやつよ』


『それは「言わぬが花」の間違いであろうが』


『細かいことは捨て置け。イースよ、勇者に要らぬことを漏らすでないぞ?』


『やれやれ。こんなのでも我が半身、付き合ってはやるが、いずれ勇者にも話してやれよ』


『ふふふ、まあ、そのうちにな……』



 スピノエスのあちこちと、この世ならぬ異空のどこかで、ひそひそと話す声が響いては消えていった。


米の名は…「サキホコレ」(秋田県)

 食味を極めた秋田米の最上位品種として開発され、2022年にデビュー。コンセプトは「コシヒカリを超える味の米」。

 「ハナエチゼン」(福井県)

 コシヒカリ(越光)よりも前に花が咲くことから「華越前」の名前がある。「コシ」と比べて一足早く収穫が可能。

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