事故から助けたツンデレヒロインが今度は俺にツンデレし始めた件
「九重くんっ!九重くんっ!」
学校前の道路で俺こと九重湊は血塗れで倒れていた。
目の前で起きた交通事故に下校中の生徒たちは騒然としており、あまりの衝撃に涙を流している女子生徒もいる。
そんな中、目を潤ませながら俺の名前を呼んでいるのは同じクラスの女子───有栖川彩香だ。
彼女の恋の相談を受けるため学校から近くのファミレスに行こうとした時に事故は起きた。
学校前の信号を渡っている最中にトラックが猛スピードで突っ込んできたのだ。
咄嗟に動くことが出来なかった有栖川さんを突き飛ばした俺はトラックを回避することが間に合わずに吹っ飛ばされた。
幸い有栖川さんに怪我はなかったが、俺はピクリとも体を動かすことができなかった。
不思議と痛みを感じないのは不幸中の幸いというやつだろう。
視線を下の方に向けると俺の体からかなりの量の血が流れ出ていた。
このままじゃ失血死はまぬがれえないな。
死を覚悟した俺は最期に有栖川さんに遺言を託すことにした。
「………有栖川さん」
「九重くんっ!だめよ!喋らない方がいいわ!」
「……俺はもう……ダメだと思う…」
「っ!?そんなこと言わないで!」
彼女の顔が悲しそうに歪む。
今から俺は彼女に残酷なことを告げようとしている。でも、せめて最後くらいは許して欲しい。
「……俺は………有栖川さんのことが……好きだ…っ!」
「え…」
息も絶え絶えになりながらなんとかそう言い切ると、彼女は目を見開いて驚いていた。
それはそうだろう。
つい最近まで俺の親友である風見優斗への恋の相談をしていた相手は俺なのだから。
「……有栖川さんが……優斗のこと好きなのは……分かってる…」
「…」
「……でも…俺は……ずっと前から……有栖川さんのことが…好きだった……」
「…なんで!そんな素振り……っ!」
「……優斗は親友で……有栖川さんは好きな人……だから…」
親友である優斗にも俺の好きな人である有栖川さんにも幸せになってほしい。2人が付き合うことでどちらも幸せになれるのなら、俺は身を引くことにためらいはなかった。
「俺……有栖川さんのこと…応援してるから……っ!」
今にも泣き出しそうな表情をしている有栖川さんに俺は微笑みかける。
俺の最期の言葉が原因で彼女を苦しめたくない。
「…最期にひとつだけ…お願い……聞いてくれる?」
「…うん……うん!」
「……手を……握ってほしい…んだ……」
俺は震える手を彼女の方へと伸ばした。
あたたかい彼女の手が俺の手をそっと包み込む。
幸せな気持ちになりながら、意識が少しずつ遠ざかっていく。
「………両親と………優斗に……よろしく……伝えて……」
「──くん!───!」
ゆっくりと瞼を閉じると彼女が俺の名前を叫んでいるのが遠くで聞こえた。
(……さよなら…)
ぷつりと意識が途絶えた。
目を覚ますとそこは知らない天井だった。
ぼやけている視界が徐々に鮮明になり、周囲の様子から俺は病院のベッドの上にいることが分かった。
窓の外は真っ暗で時間帯はどうやら夜らしい。
(…………いや、死んでないんかーい)
喜ばしいことのはずなのに微妙な気持ちになった俺はふと、自分の体になにかがのっかっているのに気付いた。
赤い髪の毛にツインテールをした美少女が顔をこちらに向けて、俺の体にのしかかるように眠っている。
「……ん……んぅ…」
時折、声を出して寝ずらそうにしているその美少女は間違いなく有栖川さんだった。
俺は驚きでぴしりと体が固まる。
(……な、なんで有栖川さんが!?)
普通に考えれば見舞いだと分かるのだが、その状況と寝起きで俺の頭はうまく回っていなかった。
するとその気配を敏感に察知したのか、有栖川さんがむくりと体を起こして眠気まなこを擦りながらこちらを見た。
彼女は数秒ほどぱちぱちと目をしばたたかせると、次第にその目を涙で潤ませて顔を歪めた。
「…九重くんっ!」
「有栖川さんっ!?」
有栖川さんは俺の名前を強く呼ぶとガバッと抱きついてきた。
彼女は俺の胸に顔を埋めて泣いていた。
身動き取れなくなった俺はとりあえず彼女を落ち着かせるために背中を撫でた。
しばらくそうしていると落ち着いた様子の有栖川さんが顔を上げた。
「…ごめんなさい取り乱してしまって……」
「いや、大丈夫だけど…」
「…あなたが生きてて本当に良かった」
そう言ってふたたび目を潤ませると彼女は強く俺を抱きしめた。
どうやらかなりの不安を掛けてしまったらしい。
俺は何も言えずに彼女を抱き締め返した。
「あの…」
そんなことをしていると俺が目を覚ましたことに気付いたらしい看護師さんが申し訳なさそうにこちらを見ていた。
俺と有栖川さんは顔を真っ赤にすると慌てて離れた。
それから主治医の先生と看護師さんにいくつか問診されたりしたが、問題ないとわかったのか俺の家族に連絡を入れてくれたようだった。
家族が病院に着いてからは大変だった。
妹や弟には泣きつかれ、両親には心配をかけるなと叱られたかと思えば、女の子を守って偉かったと褒められた。
有栖川さんは両親に何度も頭を下げていたが、父さんは気にしなくて良いと言うとこちらを見てニヤリと笑った。
母さんも同調するように微笑んでいる。
いらぬ気をまわした両親に俺たちはまた2人きりにされてしまった。
「…ごめんな、うちの両親が……」
「ううん、気にしてないから…」
彼女はそう言うと、どこか俺の顔を窺うようにこちらを見つめていた。
「どうかしたのか?」
「…あのさ、九重くんがあの時言ってたことって本当なのかしら…」
「あの時言ってたこと……?」
「私に…『好き』って……」
彼女は頬を紅潮させるともじもじしながらそう尋ねてきた。
俺は返答に窮すると、考え込むように顔を俯かせた。
正直、あの告白は迂闊だったかもしれない。
気持ちを知ってしまった今、彼女は俺に気を遣って優斗に告白できなくなるかもしれないからだ。
「……忘れてくれないか?」
「ど、どうして…?」
「だって、有栖川さんは優斗のことが……」
「…っ!」
悩んだ末に俺が出した結論は無かったことにしてしまうことだった。有栖川さんは顔を俯かせて何かを耐えるようにスカートの端をギュッと握っている。
すると、ぼそぼそと彼女が何か呟いた。
「……………わよ…」
「え?」
「……あげても……わよ…」
「なんて?」
「付き合ってあげてもいいわよって言ってるの!!!」
彼女は顔を真っ赤にして俺をキッと睨みながら大声でそう言った。
「ちょ!ここ病院だから!」
「あ…」
そう言うとハッとした彼女は申し訳なさそうに体を竦めた。
俺は先程言われた言葉の意味を反芻すると、そう言わせてしまった自分が嫌になりそうだった。
「……俺が有栖川さんの身代わりに事故に遭ったからそう言ってんだろ?俺は本当に大丈夫だから…。好きでもない奴と無理に付き合おうとしなくていいんだって…。」
「……」
俺は胸が張り裂けそうな想いで諭すようにそう言うと彼女は顔を真っ赤にして拳をわなわなと震わせはじめた。
その表情は怒りと羞恥が混ざっているように見えた。
「同情でそんなこと言うわけないでしょ!」
「えぇ!?」
「私は湊が好きだって言ってんの!!私のことが本当に好きなら付き合いなさいよ!!バカ!!!」
「ちょ、だから声でかいって!」
「そんなことどうでもいいわよ!!」
「どうでもよくねぇよ!?だいたい有栖川さんは優斗のことが好きなんだろ?!」
「相談してるうちにアンタのことのほうが気になっちゃったのよ!!しまいにはあんな風に私のこと助けてくれて好きにならないわけないでしょ!!!?」
「うぇええ!?」
「あと私のことも名前で呼びなさいよ!!!」
おまけにそんな要求をしてきた有栖川さんはぜぇぜぇと息を切らすと耳まで真っ赤にして病室から走って逃げていった。
病院内で大声を出したり走ったりとタブーをやらかしまくりだが大丈夫……だろうか?
「なんだってんだよ…」
有栖川さん…いや、彩香から言われた言葉を思い出して熱を出した顔を布団に埋めすると俺は身悶えしてしまった。
それから数週間後、病院を退院した俺は今日から学校に登校できるようになった。
交通安全のお守りを山のように渡してくる母さんに朝から辟易していると、ピンポーンとチャイムが鳴る。
インターホンのモニターには制服を着た彩香が映っていた。
「あらあら、朝から来るなんて彼女さんに大切にされてるのねぇ〜?」
後ろからモニターを覗いてきた母さんが指でほぺったを突いてくる。
(……うぜぇ)
「彼女じゃねぇよ……まだ」
俺は母さんの手をはらいのけると、椅子においてあった鞄を取り玄関に向かった。
「行ってらっしゃい〜!」
にやにやしながら母さんが手を振ってきたが無視してやった。
「お、遅いわね!」
玄関の扉をあけると門の前で彩香が腕を組んで仁王立ちしていた。
俺は苦笑するとおはようと挨拶をして彼女と並んで歩く。
退院するまで彩香は病院に何度も来たが、その時からどこか様子がおかしい。
俺はちらりと横目で彩香を見ると、ちょうどこちらを見ていた彼女と目が合った。
「な、なによ!見てんじゃないわよ!」
彼女は頬を赤く染めるとぷいっと横を向いた。
おかしい……。
俺は結局、彩香と付き合うことは保留している。
彼女が本当に優斗ではなく俺のことが好きなのか、確信を持てなかったからだ。
据え膳食わぬはなんとやらと言うが、もし万が一彼女が無理して俺と付き合うと言っていたのなら、俺は後悔してしまうだろう。
だから、学校に登校して実際に優斗と彩香の様子を見ないことには付き合えない。
そういう決意だったのだが…
彩香はしきりにこちらをチラチラと見てくる。
「なぁ、彩香」
「な、なによ?」
「俺のこと、好き…?」
「な、な、な、な、アンタのことなんてっ、べ、別に、す、好きじゃないわよ!」
「…好きじゃないのか」
「っ!そんなこと言ってないでしょ!!」
「????」
彩香は優斗には良くこういうツンデレを見せていたのだが、俺にはそれほど見せたことはなかった。
思い出すのは事故前の最後の会話。
「有栖川さん、今度の休みに湊と沙耶ちゃんでカラオケに行くんだけど良かったら来る?」
「は、はぁ!?なんで私がアンタなんかと!」
「いや、俺だけじゃないんだけど…」
「まぁ、あんたが?どうしてもって言うなら?行ってあげなくもないけど?」
「……」
彩香と優斗のやりとりが脳裏をよぎる。
だけど俺が目を覚ましてからというもの、これでもかというほどツンデレを見せてつけてくる。
もしかしたら、本当に、彼女は俺のことが……
「……好きに決まってるじゃない」
『裏設定』
優斗くんに想いを寄せる少女は複数人います。
最後に名前だけ登場した沙耶ちゃんもその1人です。
この小説の時点ではどのヒロインにも特別な感情を抱いているわけではありません。
ですのでBSSやNTRではないですね。
こちらの作品は短編として執筆していましたが、もし万が一皆様の評価を得られたら長編として書き直すかもしれませんのでよろしければ評価よろしくお願いします。