エルフの戦いと疑問
卑族の物語と言うべき残酷で悲惨な話しを聞いた三南はきちんと理解しながらも思った事は
まあ人間でもやるだろうな
という感想だった。
(才能と環境と材料があれば確実にやるのが人間で、それを止めて罰して反省して二度と起こさせない教訓に出来るのも人間だからな)
両親に兄と姉、小中学校の人間の悪性。
祖父と祖父の周りに居た村の人間の善性。
三南は2つのうち9.9割は前者に囲まれていたが、たった数日の賑やかで喧しいぐらいの眩しい光景を見た事で三南の人間観は諦めにも似た形に固定された。
人間って善と悪が居て時々裏返ったり、あり得ないぐらい片方に突き進む事もあるんだな。という単純明快な思考放棄。
「話しを続けてもよろしいですか?」
シュエンが伺う様に問いかけるのを聞いて、三南は自分が天井を見たまま固まっていたのに気づいた。
申し訳無さそうにして気を遣うシュエンに、同じく申し訳無さそうに軽く頭を下げる。
「すみませんでした。少し情報量が多くて整理していました。 もう大丈夫です、続きをお願いします。」
意図的に真剣な表情をするとシュエンも問題は無いと察して再び話始める。
「先程までの話しまでで卑族の暴虐は種族絶滅をもって終わり、次は異人の問題が立ち上がります。 この時点では異人も被害者であり殺し尽くすのは躊躇われたのです。」
「残った2割は食べて寝て繁殖するしかできない、言うなれば虫に近かったんですか?」
「いいえ。感情の残響のようなものがあり、虫と言えない程度に動物に近かった。 故に殺すのは各種族で意見が別れました。卑族は感情を代償にしましたが、消したのではなく雑に削ったというのが正しかった。」
「赤子程度の自意識はあったと……何年で他の種族並の自我を獲得したんですか?」
「およそ50年で会話しても他種族と変わらない印象になったと伝えられています。 そこから更に450年弱の期間、異人は交流こそ少なく閉鎖的だが隣人であるという認識でした。 1ヶ月前までは」
空気が張り詰める。
1ヶ月前まではという言葉は低く重く深く、籠める感情が次元違いと思える程に他とは違った。
それ程に重要な事の始まりがあったという事だ。
「1ヶ月前、神樹の森と呼ばれる私達の住処に何の前触れも無く異人が侵攻して来ました。 当時の私達は偽神を知らない状態でしたから、一瞬で包囲された現状に対して全てに遅れを取りました。」
ギリギリと拳を握りながら感情的になり大声を出さないように抑えた声は震える。
「兵士が駆けつけるまでに半数以上の集落が、敵兵を止める部隊と民を避難させる部隊を最速で向かわせた時には、もう無事な集落は数える程しかなかった。 神樹の生み出す絶対安全領域は狭い、首都の領域外の民以外は全滅と言っていい程の惨状でした。」
後ろのエルフ達も拳を握り、声を出さないように泣いている者も居る。
「私達は異人を殺し尽くすと決意し、ある方法を使い民の保護を終えて直ぐに大陸の異人の首都に向かって侵攻を始めました。 ですが侵攻は進み初めた直後に膠着状態に陥りました。」
「膠着状態? 異人は弱い筈、守る者がいないなら兵士は鎧袖一触で進めませんか?」
三南は人間と異人をおおよそ同じ戦闘力と考えて、エルフの自分をブッ飛ばした攻撃を少なくとも数千人が一斉に打ち放つ光景を容易に思い浮かべられたので、普通に疑問として発言して後悔した。
当時の光景を幻視しているのか、エルフ達全員の光が消えたように淀んだ目を一斉に向けられたから
「異人は捕虜にしていたエルフの子供を大盾に括り付けて最前線に並べて防衛線としました。他に攻撃しようとすれば大盾兵が子供を痛めつけるので我らは完全に進退極まりました。」
絶句である。
どういうリアクションをすればいいのか本気でわからない三南は口を閉じては開けてを繰り返し、最後にはどうしようもなく目を伏せて黙るしか無かった。
「ふぅー…………三南さんに伝えたいのはこの後の事です。龍神が首都を焼き尽くし、その混乱を利用して盾に括り付けられていた子供の一部は助けられました。 他の子供は既に殺されていて生きていたのは最前列の子供だけでした。」
「………つまり龍神が、星の側の存在が異人を外敵と認識した。と言う事ですね?」
シュエンは気持ちを落ち着けても話しを戻しても度々暗黒面が顔をのぞかせるので、三南が無理矢理に悲惨な事柄をあえて無視して重要な部分に着目して軌道修正を図る。
「そう……そうですね、そういう事です。龍神は粗方都市部を焼き尽くしたあとに【オレの大陸は片づけた。次は魔王の大陸に征く、偉そうな奴らが西に逃げた。 出来れば追って殺しておいてくれ】と言い残し飛び去って行きました。」
「大陸は3つあり、魔王と龍神がそれぞれ住んでいたか治めていた。龍神は大陸1つの異人を皆殺しにして2つ目の詰めを貴女達に任せて3つ目の大陸に………龍神は1つの種族を滅ぼすのに命をかけた筈、矛盾しませんか?」
途轍もなく重要な新情報が龍神の言い残しで大量に発生した。
シュエンは冷静ではない事とは関係なく、言葉から感情を切り離せない上に単純に口下手なのだろう。
一気に話しが進む事で自覚して落ち込みそうになっていたが、質問には答えなければと気合いを入れ直す。
「遺憾ながら卑族は星の子だったので龍神が無理をする必要がありましたが、異人は星の子の創造物であり外敵ではないですが身内でもない中途半端な存在なので、星権の数割程度なら使えたのだと思います。」
異人は人造人間であるが素体は卑族、星の祝福である存在力を受け取れない為に星の上に居る絶滅した種族の親戚ぐらいの立ち位置である。
龍神からすれば非常に面倒で鬱陶しい立ち位置で、ある程度のリバウンドは覚悟しておかなければならない。
(数割で大陸3つを焼き尽くすのか……いや、現状は2つで3つ目は予定だ……ん? 龍神が自分の住む大陸の異人を皆殺しにしたって事は同時に2つの大陸で異人が一斉蜂起したのか、おそらく高い確率で3つ全ての大陸での奇襲じみた侵攻があった? 何の為にだ? 真っ当に存在力とやらを溜め込み続ければ本当に神みたいな存在になれるだろうに、増やした異人を地球の人間を攫ってまで補充しなけりゃ立ち行かなくなる程に減らしてまで欲しい何かがある?)
質問に答えたのに黙り込んだままの三南にシュエンが不安になっている事に気付かない程に熟考し、偽神が操る異人の行動の不可解さに疑問を覚える。