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08,人間不信の魔女っ子をお持ち帰りします。


「ぬおおおおおおおおおあああああああああ!?」


 黒い光の荒縄に絡め取られたジョウが、まるで見えない腕に引っ張られるように森の中を飛んでいく。


「くぅ……ダメだ、引き千切れない……! 一体なんなんだこの荒縄は!? すごいぞ!」


 かくなる上は変身してしまおうか!! とジョウが血迷いかけたその時――頭から巨木に激突してその思考は中断された。


「づぉう!?」


 砲撃が直撃したってジョウにはダメージなど入らない。

 でも痛くなくたって普通にビックリしたら声が出ちゃう。


「ぬぅ……止まった。が……かなり奥地まで運ばれてしまった……」


 巨木の根本に転がり、辺りをきょろきょろ。

 まぁ、奥に入っても山林は山林、あまり変わり映えは――


「ちゅちゅ?」

「ちゅーちゅーちゅちゅ?」

「ちゅちゅちゅ!」

「な、なんだ……? 山の動物たちが……?」


 野ネズミ、リス、ウサギ、山ネコ、サル、イノシシ、シカ、何やらレッドリストで見た事のあるオオカミまで。

 ぞろぞろとジョウの周りに群がり始めた。どうやら食おうと言う訳では無さそうだし、好奇心に駆られてと言う風でもない。動物たちは「うわ……どうしようこれ」と言わんばかりに仲間同士で互いの顔を見合ってはジョウを見て見合ってはジョウを見てを繰り返している。


 やがて、一羽の黒ウサギが意を決したように一歩前に出た。


「ぴょん。ぴょぴょんぴょん。ぴょっぴょん」

「ぬ……すまない、ウサギ語は履修していないのだが……なんとなくはわかったぞ。なるほど『この山にはピルゲストル・イリアムズという、三〇〇年ほど前に起きた【魔女狩り】を生き延びた女性が隠れ住んでいて、君たちはその女性を家族のように慕っている。そしてその女性はここで君たちと暮らす事に満足しているようだが……君たちとしては彼女は人間として人間の群れで暮らす方が幸せなのではないか? と考えている。でも彼女は魔女として人間に追いやられた過去があるから軽率に人里へ出してみるのも不安……どうしたら良いか悩んでいるところに丁度よく身動き取れない人間が運ばれてきたので、いっそ相談してみよう』……と言う事だな?」

「ぴょ……ぴょん」


 え、いや、その通りだけどそこまで説明したつもりは……え、この人間こわっ。とドン引きしながら、黒ウサギはぴょんと頷いた。


「ふむ、魔女か。つまりあの巨大イノシシを生み出した未知のテクノロジーや俺を拘束しているこれはいわゆる【魔法】……魔女なんて存在が実在するとは驚き――いや、正直いてもおかしくはない感覚はあるな……」


 宇宙怪獣に始まり異星人地底人海底人妖怪帝国異世界軍隊マジで何なのかよくわからん謎巨大生物――今までに経験した未知との遭遇を踏まえると……魔女とかもう「ちょっと珍しい人」くらいに思える。


「ぴょんぴょん……?」


 それで、ピィちゃんを人間の群れに加える事はできそうなの……? と黒ウサギが小首を傾げながら問う。


「そうだな……ここまで多くの野生動物に慕われている女性ならば、悪い人ではないだろう。ならば、問題は無いはずだ」


 時代は変わっている。今では異星人と混ざり合ったジョウも普通に暮らせる社会があるのだ。

 そのピィちゃんとやらが世界征服か人類虐殺でも企んでいない限り、魔女だからという理由だけで拒絶される事は無いだろう。


「まずはそのピィちゃんと話をさせてくれ。彼女自身が人里で暮らす事を望むのなら、俺は全力でそれを実現する手伝いをしよう! 人助けは俺の仕事であり趣味だ!!」

「ぴょん! ぴょっぴょん!」


 ありがとう人間! と黒ウサギさんは耳をパタパタさせながらお辞儀し、周囲の動物たちに身振り手振りで指示を出した。すると厳ついオオカミが頷き、ジョウを拘束している黒光の荒縄を咥えて引きずる形で走り出す。


「ぬおおおおおお!? あれか!? ピィちゃんの所に連れて行ってくれるつもりなんだろうが運び方が酷くないか!? 擦れる擦れる擦れてる痛くはないが気分的に辛いなこれ!?」



   ◆



 一方、涙目の幼女・ピルゲストルと対峙するアーリエンデ。

 ピルゲストルの掌からはジョウを拘束したのと同じ黒い光が溢れ出している。


(よくわからないけれど、とりあえず動きを封じた方が良さそうね)


 何もできなくしてしまえば、どんな謎存在だろうと恐れるに足らない。

 好戦的なロジックで結論を出し、アーリエンデは発明品を二つ取り出した。


 一つはストップウォッチ【時間ごとJOKERを止めるくんウォッチ】。

 もう一つはカボチャ色のリップクリーム【逆スノウホワイト方式でJOKERを眠らせるリップtoリップ麻酔薬(カボチャのフレーバー)】。


 時間ごとピルゲストルの動きを止め、停止時間内にその口の中にリップクリームをねじ込む。

 対JOKERを想定し、実際に制圧を成功させた実績もあるデスコンボ。これに耐えられるのは、既に耐性を獲得しやがったJOKERと、かつて全力全開のJOKERをも圧倒し地球征服に王手をかけた【白亜の龍】くらいなものだろう。


(ただ時間停止これ、あんまり使い過ぎると理論上『私だけ常人より早く加齢が進行していく』から……JOKER制圧レベルの重要作戦以外ではあんまり使いたくないのよね……)


 さすがのアーリエンデも完全な若返りや加齢を完全に止める発明品はまだ作れていないし、いつか作れると言う保証も無い……乱用は推奨されない。


 しかし――状況が状況。


(あの子はどう見ても精神的にもろい。下手に拘束したら自害や心中狙いの自爆に出る可能性もある……今の手持ちですぐに意識を奪えるのはこのリップクリームだけ。でもあんな子供に対JOKER想定の麻酔薬を雑に投与する訳にはいかない)


 おそらく、薄く唇に塗るくらいが致死量ギリギリだろう。

 訳のわからない法則を参照して攻撃してくる相手の唇に、適量の麻酔を塗布する? 時間でも止めなければそんな事は不可能だ。


 ……仕方無い。

 アーリエンデが断腸の思いでストップウォッチの時間停止ボタンに指をかけた、その時。


「………………ん?」


 ボトボトと黒い光を垂れ流しながら――ピルゲストルがじいっと一点を見つめている事に気付いた。

 視線の先にあるのは……アーリエンデが構えた麻酔薬リップクリーム


「……それ、カラーリップ?」

「……まぁ、そうと言えばそうね」


 正確にはリップクリームを模した麻酔薬だが、カボチャフレーバーにする過程で鮮やかな色になっている。なので考え方によっては「麻酔効果のあるカラーリップ」とも言えるだろう。


「………………」


 ピルゲストルは物欲し気に唇に指を当てて、なおもじいっと麻酔薬リップクリームを眺める。


「もしかして……お化粧に興味があるの?」

「………………」


 アーリエンデの問いかけに、ピルゲストルは小さく頷いた。


「……むかし、ママがおしえてくれるって約束してたんだけど……けっきょく、おしえてもらえなかったから…………あ! ちがう! ピィはそんなのキョーミないもん! 魔女のマツエーはそんな人間みたいなことはしな――」

「塗ってみる?」

「いいの!?」


 涙目はどこへやら。元々星空のような煌めきがあった不思議な黒瞳を更に輝かせて、ピルゲストルは満面の笑み。


 ああ、これチャンスだわ。

 そう判断したアーリエンデは一瞬だけ悪人面でにやりと笑った後、ニッコリと聖母のような微笑を浮かべる。


「ええ、良いわよ~。ほ~らこっちにおいで? 優しいお姉さんがぬりぬりしてあげましょう」

「わーい!」


 ピルゲストルは手に溢れていた黒い光を適当に放り投げて、アーリエンデの元へぱたぱたと駆け寄る。


「ぶもぉぉん! ぶもあああああ!」


 イノシシ怪獣が「騙されちゃダメでやんす! そいつ今一瞬だけすごい悪い顔をしていたでやんす!」と警告するが、ピルゲストルはカラーリップに夢中で聞いていない。


「じゃあ唇の力を抜いて楽にしてね。大丈夫よ~この優しい笑顔がトレードマークのいかにも誠実そうで絶対に子供を騙したりなんてしなさそうなお姉さんを全面的に信頼して任せてね~」

「うん! よろしく!」


 無邪気に笑って、ピルゲストルはにゅっと唇を差し出した。


「……………………」


 実に無防備――いや、誰かを疑う事を知らない無垢な幼女に、さすがのアーリエンデも手が止まる。

 逡巡、そして――


「……あー……ちょっと待っててね。あんたには麻酔薬こっちのカボチャ色より、私が使ってるのと同じリップの方が合いそうだわ」

「? よくわかんないけど、かわいくなるのがいい!!」

「はいはい……」


 はぁ……とアーリエンデは自分に呆れた溜息を吐いた。


(……どっかの馬鹿のせいで、こういう性善説前提で生きているタイプには弱いわね、私……)


 まぁ、これだけチョロい子なのだ。

 このまま適当に仲良くなってしまうのが平和的だろう。


「……平和的だけど、非効率的ね」

「なにか言った?」

「独り言よ。どうすればあんたをとびきり可愛くできるかしら、ってね」


 アーリエンデは自嘲……にしては柔らかな笑みを浮かべながら、化粧ポーチから普通のメイク道具を取り出したのだった。



   ◆



 茜色の空が藍色にグラデーションし始める頃。

 アーリエンデが所有している高級マンションの一室にて、リビングソファにごろんと転がって薄いコミックを読み耽る女性が一人。

 よれよれダボダボのスウェットをだらっと着こなす白髪に青メッシュの残念美人だ。


 彼女の名はバレット・ブースト。

 JOKERのサポートを目的としてアーリエンデが開発したアンドロイドである。


「うへへ……ジョーニィ・ドイップ×ジョイスン・ステッサンムは良いですねぇ……」

「……そういうのはせめて自分の部屋で読もうよ」


 と、そこへ帰宅したのはバレットのお兄ちゃんにして同じくアンドロイドのナックル・ブースト。

 白髪に赤メッシュ、妹とは正反対とも言って良い正統派の小綺麗系イケメンで、そこそこ売れっ子の俳優である。


「あ、お兄ちゃんおかえり。お仕事お疲れ様です。読みますか? オススメの一作なのですが」

「健全な奴なら一読くらいはするけど?」

「……良いんですか? いつまでも扉の前で足踏みしているだけで」

「お兄ちゃんね、世の中には開けない方が良い扉もあると思う」


 この子は本当にこのままで良いのだろうか……と複雑そうな表情を浮かべるナックル

 一方、バレットは「その扉の向こうは素敵な世界だのにー」と不満そうに口をとがらせてブーブー言っている。


 と、ここでインターホンが鳴った。


「ん? バレット、何か注文したのかい?」

「いえ? 今日はお兄ちゃんがいなかったので朝も昼も独りでピザパーティでしたから、夜までピザはさすがに」

「本当にお兄ちゃんがいないとダメだなこの子……」


 生身の人間だったら今頃すごい体型だろう。

 それで良いのか人智の結晶(アンドロイド)……と呆れ果てつつ、ナックルは玄関へと向かった。


「はーいどちらさま……って、マスター・アーリエンデ?」


 ドアの向こうに立っていたのは、ブースト兄妹の生みの親、アーリエンデ女史。

 そして、


「……と、そのお嬢さんは一体……?」


 アーリエンデの陰に隠れてびくびくしながら様子を伺う幼気な黒髪黒瞳の少女。

 アーリエンデが選んだのか、カボチャがプリントされたTシャツにカボチャ色のリボンがふんだんに飾り付けられたスカート、ヘアピンやノンホールピアスまでカボチャモチーフのデザインという徹底ぶりだ。加えてアーリエンデと同じナチュラル系のメイクまでしている様子。


「……カボチャの星のお姫様……?」

「え、ピィお姫様みたい!?」


 ナックルの言葉に反応し、少女の態度は一変。「えへへ」と自分で自分の髪の毛をわしわししながら嬉しそうに照れている。


「おーおー、さすがイケメン。女をたらしこむのが上手いわね」

「は、はぁ……その、えー……とりあえず、日曜だのにJOKERくんが一緒ではないんだね? 珍しい」

「あいつは今、会社に巨大イノシシを運搬中よ。そしてあんたたちは今日からこの子と一緒に暮らすのよ」

「何から何まで意味がわからない」

「高性能AI搭載機が情けない……」

「えぇ……? これ僕のスペックの問題かなぁ?」


 ナックルがそこはかとない理不尽を感じ苦笑する中、アーリエンデはやれやれと首を振った。


「要するにこの子は魔女で、私の管理下で生活してもらう事になったのよ」

「魔女……へぇ、実在したんだね……」

「あんま驚かないのね?」

「そりゃあ異星人やら地底人やら海底人やら訳のわからない怪獣やらが出てくる時代だし……今さら魔女に出て来られても……」

「やっぱそうなるわよね……まぁ、この子にとっちゃ都合の良い時代って事だわ」

「ちなみに巨大イノシシと言うのは?」

「この子の魔法で大きくなったイノシシ。でもこの子、【大きくする魔法】は習ったけど【小さくする魔法】は習ってなくて、私が元に戻す方法を研究する事になったのよ……」


 と言う訳で、とアーリエンデは未だにはにかみ続けている魔女っ子ピィちゃんの頭にぽん、と手をおいた。


「私は日常業務とジョウの管理に加えて、魔法とか言う完全未知数領域ブラックボックスと格闘しなきゃいけなくなったの。この子に人間社会の常識を教えながら世話する余裕なんてないわ。だからイノシシ問題が解決するまでこの子の事は任せる。ピィも問題無いわね?」

「アーねぇちゃんが信用してる人ならだいじょうぶ! それにこの人、ピィのことほめてくれたし!」

「あはは、チョロそうだなこの子……でもマスター、僕で良いのかい?」


 ナックルは生後三年程度のアンドロイドだ。確かに高性能AIでモリモリ学習してきた結果、現在は普通に人間社会に溶け込み、タレント活動でそれなりに成功しているが……「人間社会の常識を教える教師」に適任かと問われれば若干の疑問がある。やはり普通の人間に預けるのが最適解なのではないだろうか? と。


「安心しなさい。私と交友がある中で最も常識があるのはあんたよ」

「マスターの交友関係どうなってんのさ」


 別の意味で安心できないよ? とナックルは溜息。


「ってのは事実だけど、それ以上の理由があるわ。惰性で人間やってる奴より『人間社会に馴染もうとして実際に成功したアンドロイド』の方がコーチとして適切と判断したの。その辺の女よりニューハーフの方がよっぽど女子感の演出に詳しいのと一緒よ」

「ああ、なるほど……つまり、アレだね。『僕が』、面倒をみるんだね?」

「ええ、『あんたに』任せるわ」


 とアーリエンデとナックルが頷きあっていると、ナックルの後ろからひょこっと妹・バレットが顔を出した。


「あ、マスターじゃないですか。それと……幼女!? かわゆ! ちょっと撫でても良いですか?」

「「おまえ(あんた)は近寄るな。社会不適合アンドロイド」」

「二人そろって酷くないですか!?」


 何でぇー!? とショックを受けたバレットの手からR指定まっしぐらのコミックが滑り落ちる。客がいるだろう玄関先にそういうのを持ってきちゃう所である。


「ねぇねぇ、アーねぇちゃん。ようじょって何? ピィの事?」

「ん? あー、まぁそれくらいなら教えても良いか……ええ、あんたみたいな可愛い子供の事よ」

「……?」


 ピィが不思議そうな顔で小首を傾げる。


「ピィ、こどもじゃないよ?」

「あーはいはい、そうね。化粧もしてるし大人大人」

「ふふ、そうだね。子供扱いは失礼だったかな? ちなみに今、何歳だい?」


 こういう小さい子は大人ぶりたがるものだ。

 ナックルとアーリエンデは微笑ましくピィを見守る。

 そしてピィが右手の指を三本、左手の指を五本立てたのを見て「ああ、八歳か。妥当だなぁ」と――


「おとといで、ちょうど三五〇さいだった」

「「……………………は?」」

「ピィ、ちゃんと日付をかぞえて、まい年じぶんの誕生日とママとさよならした日はおいのりしてるの。だからまちがわないよ?」


 ピィは真面目な顔をしている。冗談では無さそうだ。


「び、美魔女ってレベルじゃないねぇ……こりゃあまたドえらい事で……って、マスター?」


 魔女ってすごいなぁ程度の反応だったナックルに対して、アーリエンデは眼を剥いて完全に固まっていた。


「…………マスター?」

「――ッ、ああ、うん。魔女だものね。まぁそれくらい長生きしててもおかしくはないわね、うん。とにかく、この子の事はよろしくね、ナックル」

「……?」


 少し様子がおかしいアーリエンデをナックルが訝しんでいると、バレットがその袖をくいくいと引っ張った。


「よろしくって、その幼女をうちで預かるんですか? バレット流の英才教育は可ですか? マスターに至急確認を」

「マスター。ピィちゃんを預かっている間、妹は一時機能停止して格納庫に保管しておきたいんだけど」

「許可するわ」

「そんな許可は取らないでぇーーーー!?」

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