06,休日は二人で一緒に過ごします。
変身したら死ぬ男、ジョウ・ジョレークはよく特製の謹慎部屋に放り込まれている。
だが三六五日四六時中そうである訳ではない。
謹慎解除後に緊急事態が発生しなければ、彼にも平穏な日々が訪れる。
平日は基本、宇宙開拓機構NUMEカンパニーの地球外性脅威対策室職員として事務作業。
もしくは救星の英雄JOKERとして、学校などを始めとした公共施設への訪問や講演を行う。
講演で語る内容は真摯で、愚直なほどに真っ直ぐで。
彼の講演をきっかけに、NUME直轄の防衛軍に入る事を志したと語る者は数えきれない。
なにせ幾度となく命を懸けて誰かを救い、守り続けた本物のスーパーヒーローだ。
常人の分際で綺麗事だ詭弁だと嗤い下せるほど、彼の言葉は軽くない。
そんな彼の週末。
休暇の過ごし方はと言うと――
「平和だわ……」
日曜日。休日を満喫する者たちで賑わうオシャレなカフェテラスにて。
NUMEが世界に誇る天才女史、アーリエンデ・カラミスはパンプキン・ケーキを頬張りながら満足げに頷いた。
「全宇宙の知的生命体から思考能力を剥奪する装置でも作ってしまえば、こんな穏やかな日々が一生続くのかしら」
「幼馴染の発言が不穏過ぎる」
アーリエンデと対面する形で座り、彼女と同じくパンプキン・ケーキとカボチャのスムージーを楽しむ男――ジョウが「おいおい……」と呆れたような表情を浮かべる。
「物事を複雑に考えられるから損益の観念が発生する。欲が生まれる。すると必要性を越えた生活圏の拡充・生活資源の充実を求めるようになる。だったら、宇宙人も地底人も海底人もみんなミジンコ並の短絡脳にしてしまえば? 侵略戦争なんて起きようが無いわ」
「確かに、ここ最近は異種からの侵略系事件が多かったからな。気持ちはわかるが……」
極端だなぁ……とジョウはフォークを咥えながら肩をすくめた。
争いを根絶するために、人として重要な部分を削り落とそうとする。まるでコミックやアニメに登場する心優しいが故に魔道へ落ちた魔王のような発想だ。
「あら? イヤね。本気にしないでよ? 可愛い幼馴染の可愛い冗談ってやつじゃない」
「可愛い幼馴染と言う部分に異論は無いが……アーちゃんは天才だから、いつか本当に作れてしまいそうなのが……」
ジョウからすると、可愛い冗談とは言い難い危機感を覚える発言だったようだ。
二人はひとしきり談笑にふけり、カボチャまみれのケーキとスムージーをゆっくり完食。
そろそろ行こうかと合図して、揃って席を立つ。
「しかし、すっかりいつもの事になってしまっているが……悪いな」
「急に何よ?」
「休日の度に付き合わせてしまって。正直、助かってはいるのだが……」
二人は今、近隣の老人会が合同主催するゴミ拾いのボランティア活動に参加するべく、市民広場へと向かっている所だ。ちなみにカフェで休憩に入る前は、五年前の【白亜の龍】襲来事件で被災した街の復興資金を募る募金活動に参加していた。
「別に、構いやしないわよ」
ジョウの休日の過ごし方(非謹慎時)。それは、平日は就労(または謹慎)のため参加できない地域ボランティア活動に勤しむ事である!
もう少し自分のために時間を使って欲しい……とアーリエンデは思うし、伝えた事もあるのだが。
ジョウに取って社会貢献・誰かの助けになる事は何事にも代え難い幸福らしい。
あまりにも理解できない感性なので、アーリエンデは何の反論もできずに現在へ至る。
こう言う奴だからもう仕方ない、と言う諦観の境地である。
「どうせ休日ったって、物を造るくらいしかやる事無いし。アイデアを練っている間、体はフリーだもの。あんたに付き合ってやるのもやぶさかではないわ」
「有り難い話だ……しかし、体を動かしながら発明のアイデアを練れるものなのか?」
「並列思考ってやつよ。私は(ジョウの事で興奮していなければ)同時に四つまで別々の事を思考できるわ」
「当然のようにすごい事をしているな。さすがだ……」
「ま、できる人間は限られるわね。天才的幼馴染がいるとみんなに自慢して良いわよ」
「アーちゃんはいつだって俺の自慢だぞ!」
「あっそ。それはドーモ」
……ちなみに、アーリエンデが今言ったのは、理由の二割程度だったりする。
残り八割中の三割は――監視目的。
(休日、私の見ていない所でこいつが変身しようとしたら確実にアウトだし……)
そして、残りの五割は――私利私欲。
(デート。これは紛れもなくデェェェトでしかない!)
垂涎必至、週末の特大御褒美である。
職場でも大体は一緒にいるか(盗撮カメラで)一方的に見ている訳だが、プライベートでこうして一緒にいるのはまた別腹。他愛無い話で談笑し、ジョウの無自覚な褒め殺しを一身に浴びるフィィィバァァァタイムッッッ!!
アーリエンデは素っ気なく返しているようで、きっちりジョウの言葉に上も下もキュンキュンしているのだ!!
……しかし、アーリエンデは超天才であっても、万事万能の完全究極生命体ではない。
ジョウとの接触時間が一定を越えると、時々スケベ心が表情に出てしまう事もある。
「むふふ……ふへへ……」
「ん? どうしたんだ? 軽食休憩を済ませたばかりだのにもう涎を垂らして……まったく。しっかりしているんだか、お茶目なんだか。ギャップの可愛い幼馴染だな」
「むぎゅふ………………ちょっと、口くらい自分で拭けるわよ。子供扱いしないで」
口では生意気に応え、更に心中では「こう言うのは私があんたにやる方が私的には昂るのよ!」などと叫びつつ。
アーリエンデはジョウが口周りを吹いてくれる感触を無抵抗で堪能していた。
◆
「ゴミ拾い……とは言うが」
掻き集めた落ち葉や小枝の山を見下ろし、ジョウは嬉しそうにニッコリと笑う。
「この街はさほど路上ゴミが無いから、街路樹の落ち葉集め大会にしかならないな。うん。良い事だ!」
「そりゃあ、どっかのスーパーヒーローに当てられたチビッ子や御老輩方が毎週毎週イキイキと清掃してりゃあ、どんだけドライな人でなしでもポイ捨てを躊躇う街になるわよ」
アーリエンデは自身特製【落ち葉や小枝を自動的にゴミ袋に叩き込んでしかもゴミ袋の口をしっかり縛ってくれる小型ロボットアーム】を使い、ジョウが集めた落ち葉や小枝の山をゴミ袋にパッケージしていた。
毎週日曜のゴミ拾いボランティアは、もはや街の風物詩となりつつあった。
なにせ(謹慎のせいで毎週と言う訳にはいかないが)救星の英雄さまが熱を入れて取り組む活動のひとつだ。子供たちや老人方を筆頭に、純粋な心根の者たちは当然のように協力してくれる。集団心理によって中間層も好意的な方向へシフトする。そうして同調圧力と言う物が生じ、協力派ではなくともあえて邪魔する立場に回ろうとする者はいなくなる。
賛同する者は日ましに増え、それを遮る者は無し。
ホウキやゴミはさみやゴミ袋を持った人々が途絶える事無く通りを行ったり来たりする様は、一種のお祭りのようにも見える。
「ほんと、JOKER様様ね」
「アーちゃん、それは違うぞ」
「?」
「みんなからヒーローと讃えられる身分で、己を無力だと貶めるような事はしないが……やはりどう贔屓目に考えても、俺の影響力などタカが知れているさ。俺の行動や言動をどう受け止めるかは人それぞれなのだから」
そう言って、ジョウは両手を大きく広げた。
まるでこの街を、この場に集まってくれた人たちを抱きよせるように。
「俺に影響されて来てくれたのだと言うのなら、元々そう言う意思があったはずだ。つまり、ここにいる人たちは遅かれ早かれ絶対にここに来てくれた。俺の影響なんて、その時期を早めたくらいだろう。ここにある善意は、俺の手柄なんかじゃあないよ。みんなの心だ」
謙遜でも何でもなく、ジョウは本気で言っている。
人間と言う存在の美しさを、どこまでも信じている。
……かつては実験動物として、嫌と言うほど人間の悪意に晒された事もあったろうに。
「……もしも神様が選んで力を与えたんだとしたら、あんたは大正解よね」
ここまで極まったお人好しの馬鹿が、力を悪用なんてできるはずもないだろう。
「おーい、JOKER!」
ふと響いた声。それは元気よくこちらへ駆け寄ってくる少年のものだった。
「ん? 君は確か、ヨハネスくんだな。二週間ぶりだ!」
「うおッ、おれの名前おぼえててくれたの!?」
「一度名乗られた相手は二度と忘れない主義だ! で、何か俺に用か?」
「あ、うん。実はやべーのがいたんだ!」
「やべーのがいた……具体的に何の事かはわからんが、ヤバそうな雰囲気だな!?」
「具体的に何の事か聞いてから判断しなさいよ」
「あ、JOKERの嫁もいたのか!」
「まだ違うわよ」
だがよく言った、とアーリエンデはヨハネスくんの頭をわしゃわしゃ撫でる。
「で、ヨハネスくんだっけ? やべーのって具体的になに?」
「実はさ、おれゴミ拾いであっちの公園の山ン中に入ったんだけど……」
「……もしもセーラム市民公園の事なら、確かあの山は立ち入り禁止区域よね?」
「…………………………」
アーリエンデの言葉に、ヨハネスくんは汗をだらだらと流しながら目を逸らして沈黙。
アーリエンデはすべてを察し、彼の頭を撫でていた指に力を込めた。
「あだだだだだだ!? ごべ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!? JOKER嫁のアイアンクローは痛いんだってばマジでいだだだだだだだだだだだ!?」
「どーせまたガキんちょどもで『ゴミ集め勝負しようぜー!』とか言い出して、街中じゃあ思ったより集まらなかったから誰も立ち入らないあそこなら……とか思ったんでしょ、あんた」
「げぇー!? ついに心を読む眼鏡とか開発したのかよ嫁ェー!?」
「それはまだ開発中よ。完成次第ジョーに使いまくるわ」
「アーちゃんが何か聞き捨てならない事を言った!!」
それはともかく。
「で、結局やべーのって何よ? イノシシでも出た訳?」
「そう! まさにそれ!」
なんだそんな事か、とアーリエンデは溜息。
あの山の害獣問題は有名だ。当然、市政側だって幾重に対処している。
まずは立ち入り禁止措置、各所に地中深くまで埋め込んだフェンスの設置など。
この手の馬鹿ガキがわざわざフェンスを乗り越えない限り、大した問題にはならない。
むしろ、生態系保護の観点から過剰な駆除は悪手とも言える。
「でもただのイノシシじゃねーんだよう! すっげぇデッカかったんだ! ズドーンって感じ! そんでもって真っ黒!」
「大イノシシか……それも黒いとは、奇妙だな」
「あそこは区分的には小規模とは言え、それなりの山よ。大イノシシくらい出てもおかしくはないわ」
毛色についても、山の薄暗さで黒く見えただけかも知れない。
レアケースではあるが、ただの黒色変異個体だと言う可能性もあるだろう。
「いやほんと、ズドーンなんだって! 人によってはズドドーンって感じるよあれは!」
「ズドドーンと大きなイノシシ……完全にイレギュラーじゃあないか!?」
「あんたねぇ……」
子供は何事も大袈裟に言うものだ。
「しかしアーちゃん。もしも、万が一にでも。フェンス設置時に想定されていた最大個体を大幅に上回る大型個体が誕生していた場合、危険ではないだろうか?」
「……うーん……まぁ、可能性は確かにゼロではないけれど……」
もしもそんな事態が起きていれば、フェンスを破った件の大イノシシが公園の有人区域――最悪、街中に進出しかねない。
「よし! ヨハネスくん。任せろ。俺が――このJOKERが、そのズドドーンイノシシを調査し、場合によっては捕獲して来よう!」
「おお、さっすがJOKER!」
「いや、普通に警察へ連絡して終わりよ。管轄外だっての」
地球外性脅威対策室の担当は文字通り地球外・または地球上の常識の範囲外に存在する者たちがもたらす脅威への対策だ。野山にはびこる害獣の相手は、警察なりハンター組合の管轄である。
「人助けは俺の管轄だぞ!? それにもしも大イノシシが想定を遥かに越えて規格外だった場合、調査にあたる警察官やハンターが危険だし、俺ならばどんな大イノシシだろうと殺処分ではなく生け捕りにして最寄りのサファリパークへ連れていく事ができる。俺たち人間側の都合で理不尽に命を奪う必要が無い。効率的にも倫理的にも、ここは俺が先行して調査に入るべきだと思う!」
「……ったく、馬鹿のくせにまともな事を……」
なまじ理屈に筋が通っている分、説き伏せるのも面倒ね……とアーリエンデは顎に手をやって諸々の要素を整理。
一瞬だけ思案し、
「……ま、良いでしょう」
「わかってくれたか。さすがアーちゃん」
「その代わり、私もついて行くわよ」
「おお、それは心強いな! 俺とアーちゃんが組めば敵などいない……無敵が完成するぞ!」
「はいはい、無敵で素敵で良かったわね……」
ジョウの発言を聞き、アーリエンデは少し安心した。
もし、ジョウがこの案件をマジで危険な話だと捉えていたならば、冗談でもアーリエンデの同行を歓迎しないだろう。今の反応は、ジョウも「まぁ子供の言う事だ、そこまで危険な事件ではないだろう」と冷静な判別ができていると言う事。
それはつまり「さすがのジョウも今回は『隙あらば変身しよう』なんて発想にはならないだろう」と言う一応の保証である。
まぁ、それも当然だろう。
大騒ぎしているのは幼い子供で、騒ぎの発端も所詮は野山の害獣。
人類未踏の秘境ならばともかく、街の一画で隔離されている小規模山林地帯に生息する個体。
巨大変異を起こしていたとしても、環境的にタカが知れている。
ジョウどころか、ジョウのデータをベースに肉体を改造しているアーリエンデだって片手で捻じ伏せられるだろう。なんなら、アーリエンデ謹製発明品の数々だってある。
ジョウとアーリエンデが組めば、たかが山の獣相手に大事など起こり得ない。
だったら、ジョウの人助け願望を程よく満たしつつ、山デートと言うのも悪くないだろう。
◆
「……だれか、きた」
――こわい。こわい。こわい。
もしかして、人間? 人間が入ってきた?
ピィを、ママを、おばあちゃんを、ごせんぞさまを、みんなをイジメるこわいヤツらが?
火あぶりはいやだ。
みずうみにしずめられるのもいやだ。
おもい石でつぶされるのもいやだ。
首をつられるのもいやだ。
人間はここに入ってこれないって聞いたのに。
「いやだ、こわい……たすけて……!」
みんなが、おたけびをあげて、こたえてくれる。
みんなが、ピィをまもってくれる。
「人間なんて――死んじゃえ……!」