04,サポートメカを動員して妨害します。
次に変身したら死ぬ男、ジョウ・ジョレークことJOKERが戦いに出るのを全力で阻止するプロジェクト。
その名も、JOKER制圧作戦。
今までに一四回、この作戦は決行された。
結果は一二回連続失敗からの、ここに来て二回連続成功。
「完全に風向きは変わったと言える……けれど、油断はできないわ」
某日。薄暗い会議室の円卓にて。
アーリエンデは机に両肘をつき、その手で口元を隠すポーズで佇んでいた。
「ハッキリ言う。あの馬鹿はスーパーヒーローであり、漫画やアニメで言う主人公よ。どれだけ完膚無きまでに叩き潰されても、更なる力を得て立ち上がる不屈の英雄」
アーリエンデが指を鳴らすと、彼女の背後のスクリーンに映像が投射される。
映像の内容は、件のJOKERことジョウ・ジョレークが興味深そうにコップの水を眺めている映像。
ジョウがコップを持ち上げて逆さにしても、水はまるで固体のようにコップからこぼれない。
「先日、実験してみた所。既に【時間ごとJOKERを止めるくんウォッチ】は既に無効化され、ご覧の通り。時の止まった世界で『何かこれ面白いな!』とエンジョイしている有様……せっかく量産に成功したってのに。次に【逆スノウホワイト方式でJOKERを眠らせるリップtoリップ麻酔薬(カボチャフレーバー)】と同じ成分の特製スポーツドリンクを飲ませてみても『美味い! さすがアーちゃん特製だ! もう一杯!』とおかわりを要求された。そして【自分の事を好きな人にしか効かない誘惑フェロモン分泌薬】は微かにでも匂いを検知した途端、本能的に息を止めて対処しやがるわ」
スクリーンいっぱいに、ジョウの無邪気な笑顔が映し出される。
「……さすがは、JOKERさん。我らがスーパーヒーローと言った所ですか」
円卓に座した影のひとつが頷く。
落ち着きがあると言うか、どこか力無い女性の声。シルエットはやや猫背。
「いやぁ、まったくだねぇ。さすがはJOKERくんだ」
これまた円卓に座した影のひとつが言う。
その口調は軽薄。チャラチャラした若い男の声。すらりとしたモデル体型のシルエット。
「JOKERくんが優れているおかげで、僕たち兄妹は御役が回って来ずに楽ができた訳だけれど……その優秀さが今度はネックになるとはね」
「世の中、ままならないものです」
二つの影がそろって溜息を吐いた。
「察するに、このタイミングでアタシたち二機を招集したと言う事は……そう言う事ですね? マスター・アーリエンデ」
「ええ。今後、あんたたちにも協力してもらう可能性がある……って事よ」
「僕たちがJOKERくんの邪魔をする……か。因果な話だねぇ」
やれやれと皮肉な運命に呆れながら、二つの影は息ぴったりで立ち上がった。
万分の一秒のズレすらない、機械めいた精密な同時動作。
「まぁ、オーダーには従うよ。マスター。世のため人のため、そして何よりJOKERくんのために働く」
「アタシたちはそのため、あなたの手によって生み出されたのですから」
◆
「古の海底帝国・ウミランティスが浮上し地上人類に侵略戦争をしかけてきただって……!?」
特設謹慎部屋を出てスマホの電源を入れたジョウは、さっそく緊急災害速報を確認して走り出した!
(未知の勢力による襲撃……! もしも五年前に戦ったあの【白亜の龍】クラスの敵がいたら、地球の兵器では歯が立たない!)
いつも通り、恐怖を踏み潰して駆け出す俺が行かねばダッシュ!
誰かを轢いてしまわないように細心の注意を払いながら、亜音速を越えて廊下を走る!
だがしかし、
「誰かァァァ! 僕の妹を助けてくれませんかァァァ!!」
「助けを求める声が聞こえる!?」
ふとどこからか聞こえた悲痛な叫び!
ジョウは即座に方向転換! 声が聞こえた方向の壁をグーパンチで殴り貫く!
壁をブチ抜いて、大胆なショートカット!
(修繕する人たちに申し訳ないが……! 緊急時だ!)
悲劇に大小も優劣も無い!
すべてこの拳で打ち壊さなければならない!
故にジョウは迅速を貴ぶ! ひとつの悲劇に時間を取られて別の悲劇を看過するなどナンセンス!
今の悲痛な叫びの主をスパッと救出し、ウミランティスとやらの侵略を止めに行くために……ショートカット!
「とうッ! そこかァァァ!」
いくつかの壁と部屋をブチ抜けて、ジョウが辿り着いた一室。
そこは何も設置されていない、完全な空室。しかも妙に広い。まるで体育館だ。新築でもないNUMEカンパニー本社内において、こんなただ広い部屋がどうして何にも使われていないのか、不自然でしかない。
だが、ジョウはこの部屋の不自然さなど気にも留めない!
何故ならば目の前に困っている人が――
「ぬ!? どこだ!? 妹を助けてくれと叫んだお兄さんはどこにいるんだァーーー!?」
「目の前にいるじゃあないか」
ジョウの目の前に立っている二人組。
片や、ファッション誌の表紙を飾っていても違和感の無いモデル体型のイケメン男子!
白い髪にワンポイントの赤メッシュ。オシャレタートルネックを着こなす様……オシャレ人類!
片や、喪っさりした雰囲気を纏ってはいるがスタイル抜群の残念美女!
白い長髪にワンポイントの青メッシュ。染み着いた眼の下の隈に、よれよれのジャージ姿を一切恥じぬ風格……見るからにダメ人間!
「あなたがさっきの……いや、おかしいぞ!」
ジョウは指差すのは失礼と判断し、よれよれジャージの青メッシュ残念美女の方へスッと手を差し向ける。
「推定される妹さん……生気は薄弱だし睡眠時間が不足している気配はあるが、特に助けが必要そうには見えない!」
「うちの妹を侮らないでもらいたいね」
赤メッシュお兄さんは軽薄に笑うと、青メッシュ残念美女の頭をポンと叩いた。
「この子はもう既に取り返しが付かない所までイっちゃっているよ。なにせ実の兄とJOKERがくんずほぐれつ合体するナマモノ同人シリーズを累計七巻も刊行している生粋の――」
「お兄ちゃん死んでください」
「げぼぁ」
「!?」
その時、ジョウは信じ難い光景を見た。
「妹さんらしき人の手首から先が拳銃に変形して、お兄さんらしき人の脾臓あたりを撃ち抜いた……だと!?」
そう、青メッシュ残念美女の右手首から先がリバルバー式の拳銃へと変貌し――傍らの赤メッシュお兄さんの腹部を撃ち抜いたのである!
「げふッ、フフフ、驚いたかな……JOKERくん……!」
腹部から尋常じゃない流血を垂れ流しながらも、赤メッシュお兄さんは軽薄そうな笑みを絶やさない。。
「普通の人間の手が……げふッ……拳銃に変形するはずがない……がはッご……ッ、僕たちがタダ者ではない事はわかってもらオヴェッ」
「喋るなお兄さんらしき人! その負傷箇所はものすごく痛いけど中々死ねない最悪な奴だ!」
ジョウは慌てて赤メッシュお兄さんに駆け寄り、その肩を抱き起こすと、
「ッ!?」
既に、赤メッシュお兄さんの腹部からの出血は止まっていた……否!
元々、出血などしていない!
シャツの裾から、スイッチひとつで弾ける細工が施された血糊袋がごろりと転がり落ちた!
「フェイク血糊……!?」
「――かかったな、この人助け大好き野郎め」
赤メッシュお兄さんが不敵に笑い、自らの肩に添えられたジョウの右腕を掴む。
そして、
「ユニゾンコマンド【ナックル・ブースト】――エンゲージ!」
「ぬ……!? うぉおお!?」
赤メッシュお兄さんが謎のワードを叫ぶと同時、その体が凄まじく発光!
赤い閃光を放ちながら変形、ジョウの右腕に絡みつき、肥大化!
「な、なんだこれは――!?」
顕現したのは、赤く輝く巨大な腕!
ジョウの右肩から先を完全に取り込んでしまっている!
「な、なんて巨大な鋼の腕なんだ!? 俺が変身した時の腕よりも大きいぞ!?」
「それもそのはずさ! 何せ、僕はキミが変身状態で装着する事を想定して造られているのだからね!」
「腕が喋った!?」
ジョウの右肩から先を取り込んで離さない巨大な赤鋼の腕から、赤メッシュお兄さんの声が響く。
「自己紹介が遅れたね。初めましてだミスター・JOKER! 僕の名はナックル・ブースト!」
「アタシはバレット・ブーストです」
赤メッシュお兄さん……あらため、ナックル。
青メッシュ残念美女……あらため、バレット。
「僕たちブースト兄妹は、キミをサポートするためにマスター・アーリエンデによって造り出されたサポート・オプション・アンドロイド!」
「その名も【JOKERが苦手な遠距離攻撃手段を補いつつ必殺パンチも強化してしまう自律稼働式サポートメカ兄妹(双子仕様)】です」
「【JOKERが苦手な遠距離攻撃手段を補いつつ必殺パンチも強化してしまう自律稼働式サポートメカ兄妹(双子仕様)】……!?」
即ち、ジョウが変身して戦う際に使用できる支援武装。
超高性能自律稼働式AIを搭載し、高度な戦況分析が可能。
戦況に応じて、ちょっと頭の悪いジョウに適切な助言もできる仕様である!
「……もっとも、アタシたちが完成した三年前の丁度その日――JOKERさんは変身禁止令が出てしまったので……」
変身後、巨人形態のジョウをサポートする設計だった兄妹は、めでたくお蔵入りした。
「禁止令が出た後も何故かキミが変身する機会はあったけど……キミがピンチの時は僕たちが大体メンテ中で、僕たちが動ける時はキミがまったく苦戦しないと言う間の悪さ!」
おかげさまで今日の今日までこの二機は、アーリエンデに用意してもらったマンションを拠点とし、ナックルはそこそ人気を博すタレントとしての活動。バレットは大手と言っても差し支えない腐海の同人作家としての活動に勤しんでいた次第である。
「要するに、先ほどの悲痛な叫びも演技……! すごく迫真の叫びだったのに!」
「高性能AIに高性能ボディ、演技が下手な訳が無いさ! 結構ドラマにも出ているんだよ僕は! キミはあまりテレビを見ないらしいから知らないだろうけどね!」
「くッ……まんまと騙された! 名役者め!」
どうにかナックルに取り込まれた腕を引き抜こうとするジョウだが……ビクともしない!
「これはまいったぞ……がっちりホールドされてしまっている!」
「当然だね! 僕は変身後のキミが装着して全力で振り回す事を前提に設計されているんだ! ホールド性能は重視されているよ! しかも今回は人間サイズのJOKERくんをきっちりホールドできるように調整もしてきた!」
ボクサーがグローブの紐を緩く結ぶ道理は無し。
ナックルはジョウの腕をギッチギチのガッチガチに取り込んで決して離さない!
「ハハハハ! キミをサポートするために造られた僕たちの蔵出し初仕事が君の妨害! 因果な話だよまったく! だが形はどうあれ、これも君やマスターのためになる仕事だ!」
「ッ……!」
――ブースト兄妹の巧妙な罠にはまってしまったジョウ!
このまま制圧されてしまうのか……!?
次回、「三つのバストが一つになります。」に続く!