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02,だから彼を拘束する事にします。


 まるで怪獣が暴れ回ったかのように荒れ果てた街で、【黒鉄くろがねの巨人】が立ち上がる。

 鎧のような黒い皮膚は亀裂だらけで、赤黒い体液の流出が止まらない。


 今にも粉々に崩れ落ちて消え去ってしまいそうな黒鉄の巨人。

 それでも、両眼を紅く輝かせ、堅く拳を握りしめた。


『何故だ』


 黒鉄の巨人と対峙する【白亜の龍】が問う。

 それは声を用いた言語的対話ではなく、意思を直接他者の脳へと伝える念話テレパス

 眼を持たないそののっぺりとした顔を黒鉄の巨人に真っ直ぐに向けて、白亜の龍は首を傾げた。


『致命傷を与えた。何度もだ。どうしてまだ立てるのだ?』

「決まっている」


 黒鉄の巨人が不敵に笑う。口角を上げると頬の皮膚が崩れ落ちるのも気にせず。


「みんなを、救うためだ」


 白亜の龍と戦う。その意志を示すように、黒鉄の巨人が拳を構えた。


『……ハロニアの戦士。いや、ハロニアの戦士と混ざった地球人種よ。何故、我々がこの星の武力支配に乗り出したと思う? 地球人種はどうしようもなく低劣で拙悪だからだ。異なる星の者を尊ぶ心を持たない。こんなにも度し難い無能生命体は、資源として活用するのが宇宙全体の利益だ』

「お前たちみたいに勝手な理屈で一方的に攻撃するのが、異星人を尊ぶという事なのか?」

『高度文明が劣等文明を支配し活用する。宇宙の常識だろう?』


 愚問極まる、白亜の龍は嗤った。


『地球人種に対する武力支配の是非? ヴァハハハハ!! 無論、是だ! 文明水準を考慮し、適切な配慮と尊重を以て導き出された最善の対応だと自負している』

「話にならないな」

『フン、堅くなだな』


 決裂。それでもなお、白亜の龍は念話を止めない。

 ここまでしぶといのなら、殺すよりも隷属させて有効活用したいと言う魂胆か。

 どうにか黒鉄の巨人の戦意を削ごうと目論んでいるらしい。


『では訊こう。貴様もこの星で、ろくな目に遭っていないのではないか?』

「ああ」


 黒鉄の巨人はあっさりと頷いた。


「怪物と罵られ、実験体サンプルとして扱われ、物のように消費される……そんな生活だ」

『その上で、そこまでして立ちはだかるか。よくやる』

「もちろんだとも」


 黒鉄の巨人は一歩、前へと踏み出した。

 立っているだけでも限界だろうに、前へ。


「良い事を教えてやる……俺の細胞から取れたデータで、癌の特効薬ができたんだ」


 嬉しそうに、黒鉄の巨人は笑っている。


「俺の血液から採取した細胞を培養して、すべての型に適合する人工血液が開発された」


 誇るように胸を張りながら、白亜の龍へと向かっていく。


「俺の皮膚を参考に作られた防護用作業服が普及して、労災事故による死亡事例が激減した。俺の臓器機能を解析して、従来の数倍の効率で稼働する発電システムが生まれた……俺の髪が、俺の爪が、俺の歯が、俺の筋繊維が、俺のすべてが、たくさんの人を救っているんだ」


 ……それは、ガラスケースの中で拘束されている彼に、せめてもの救いをと。

 彼の幼馴染が毎日毎日、語り聞かせてきた彼の功績。


「そしてこれから、俺の拳がお前を倒す。そしたらもっとたくさんの人たちを救える。ワクワクするだろう?」

『ああ――眩暈がするほどに度し難いな。所詮、辺境宇宙の劣等種同士が混ざっただけの分際か』


 白亜の龍は一蹴。

 さすがにここまでの馬鹿だと奴隷にしても使い物にならんな、と溜息を吐いた。

 そして、その口腔にまばゆい光の乱流を出現させる。


『劣等種の寝言を聞かされるのもうんざりだ。貴様はここで消す。もう黙っていろ』

「黙らないぞ、俺は! 幼馴染によく褒められるんだ。俺は良くも悪くも有言実行してしまう、どうしようもない馬鹿だと! だから叫ぶんだ!!」

『それはおそらく褒められていないぞ』

「そんな事はないさ! さぁ、いくぞ!」


 黒鉄の巨人が、勢いよく地を蹴った。

 赤黒い体液と崩れていく皮膚片を撒き散らしながら、拳に紅蓮の光を纏わせる。


「俺はお前を倒す! 地球を、みんなを救う! そして――アーちゃんが暮らすこの星を、俺が! 守るんだァァァ!!」

『うんざりだと言った。残りの寝言はあの世に持っていけ』


 白亜の龍が、光の乱流を解放した。

 暴力的なまでに煌めいて、すべてを蹂躙し、破壊し、無へと還す白光のブレス。


 その破壊の光に、黒鉄の巨人は紅蓮の光を纏った拳を突き立てた!


『馬鹿が。背を向けて逃げれば一瞬程度は長生きできたものを。呑まれて消え果てるが良――なに……!?』


 紅蓮の光が、明るさを増していく。

 白光に呑み込まれるどころか、食い裂いていく。


『有り得ない! 辺境宇宙の騎士気取り……ハロニアの戦士ごときが! この我のブレスに対抗し得る力など持っているはずがない! しかも貴様は貧弱な地球人種と融合し、更には主導権を地球人種に譲り渡している劣化の極みではないか! 有り得ない有り得ない有り得ない! こんな現象……理が破綻している!』

「当然! 理屈じゃあ、ないんだァァァアアアア!!」


 猛る。吠える。

 黒鉄の巨人の目から、口から、関節部から、体中の亀裂から、紅い光が漏れ出す。

 全身の細胞を燃やしてエネルギーを精製しているのだ。

 まさに、全身全霊!


『こんな、馬鹿な……!?』


 紅蓮の光が強まる。白光を食い裂き、引き千切り、塗り潰していく。


『馬鹿なァァァァァァアアアアアアアアアアアッッッ!?』


 一閃。


 紅蓮の光を纏った拳が、白光のブレスを両断・四散させて、白亜の龍の顔面に突き刺さった!


「これが、俺のォォォ……必殺切札ジョーカーパンチだァァァァァァ!!」

『が、は……技名がダサぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!??!?』



   ◆



 ――黒鉄の巨人と白亜の龍の決戦から、二年後。


 ある病院の屋上にて。


「うん。今日も良い天気だ! 良い事だ! きっと世界は平和になるぞ!」


 快晴の空に両手を伸ばし、満面の笑みを浮かべる入院衣の青年。


 彼の名はジョウ・ジョレーク。二二歳。

 どこにでもいる宇宙飛行士見習いの青年――だったのだが。

 火星での実習中に、ハロニア星人と言う異星人と事故を起こしてしまい融合した。

 それ以来、ハロニア星人の戦闘形態である【黒鉄の巨人】へと変身する事ができるようになったスーパー青年である。


「ここにいたのね、ジョー」


 背後から呆れ果てるような女性の声が聞こえ、ジョウが振り返る。

 そこには白衣を纏った美女がいた。


 金色の長髪は太陽のように輝き、細いフレームの眼鏡は仕事がデキる感に満ちている。

 タブレット端末を脇に挟んで持ち歩くのに慣れた様も、バリキャリ感がある。


 彼女はジョウの幼馴染、アーリエンデ・カラミス。

 弱冠二二歳にして国際的な宇宙開拓機構にスカウトされた優秀な研究者でもある。

 カボチャは完全栄養食と宣い、三食なにかしらカボチャ要素を取り入れているのがチャームポイント。


「アーちゃん! おはよう! 快晴の朝だぞ!」

「はいはい。ったく、あんたは天気が良いと外に出ないと死ぬわけ? 何度も言うけど、勝手に病室から出ないで。あんた一応、超・有名人なんだからね。【JOKERジョーカー】さん」


 JOKER――ジョウのコードネームと言うか、ヒーローネームだ。

 二年前、宇宙の彼方より来訪した白亜の龍から地球を救ったジョウは世界的に英雄視され、スーパーヒーロー・JOKERと呼ばれるようになったのだ。


「フフフ、JOKERか……いつ呼ばれてもカッコイイなぁ、俺の異名!」

「……都合の良い話よね。どいつもこいつも、二年前まではあんたを実験動物扱いしていたくせに……」


 気に入らない。そんな様子でアーリエンデは舌打ち。


「まぁまぁ。俺は嬉しく思っているぞ! 二年前の戦いをきっかけに、俺の想いが世界に正しく伝わったと言う事だからな!」

「……はぁ……お人好しって言うか、アガペーの領域に片足を突っ込んでるって言うか……もう良いわ」


 こいつはこう言う奴だ、と諦めたのだろう。

 アーリエンデはダルそうに首を振って、溜息ひとつ。


「ところで、アーちゃん。俺を探していたみたいだけど何か用か?」

「ええ、まぁね……」


 頷くと、アーリエンデは脇に挟んでいたタブレット端末を手に取った。

 ディスプレイを何度か軽く指で撫でると、


「……………………」

「?」


 アーリエンデは非常に気まずそうに沈黙。

 ジョウはその様子から少し考え、


「ははぁーん。ピンと来たぞアーちゃん。何か厄介事だな?」

「……ええ、まぁ。厄介な事になっているわね」

「それに関して、俺に頼みたい事があるんだな?」

「…………ええ、そうね。是が非でも聞いてもらわなくちゃあいけないお願いがあるわ」

「しかし、ちょっと頼み辛い事だったりして躊躇っているんだな!?」

「………………ええ、すごく言い辛い事よ。今日は妙に勘が良いわね」

「幼馴染だからな!」


 ジョウはふふんとドヤ顔で鼻を鳴らし、どんと来いと言わんばかりに自身の胸を叩く。


「安心して頼ってくれ! なにせ俺はスーパーヒーロー・JOKERだからな! どんな厄介事だって解決してみせるさ! 例え恐怖の大魔王が近所で騒音を起こしていて困っていますとかでも、この俺が変身してパパっと――」

「変身すんな」


 …………………………。


「はい?」

「変身すんな」


 ……………………………………。


「アーちゃん。その……パードゥン?」

「もう二度と変身すんな。頼み事って言うか、もうこれは幼馴染としての命令よ」

「ちょっと待ってくれ。意味がわからない」

「あら、知らなかったの? 男女の幼馴染の場合、男側は女側に一生の隷属を誓う義務がどっかの星にあるはずよ」

「確かにそれは知らなかったが! そうではなくて!」

「じゃあ何よ?」

「どうして変身しちゃあダメなんだ!?」

「………………」


 アーリエンデは頭を掻きながら、ジョウの方へタブレット端末を差し出した。

 受け取って確認してみると、そこにはよくわからない図面や細胞拡大図やグラフや文字の羅列が。


「あんた、自分が今、何で入院しているかわかっている?」

「うむ。最近は何だか調子が悪くて……変身して戦うと体調が崩れやすくなるんだ」


 つい先日も異星人の大軍隊が地球に侵略してきたため、JOKERが大立ち回り。

 その後、変身を解いた途端にジョウは顔中の穴と言う穴から血を噴いて倒れ、現在入院中なのだ。


「おかしいと思わない? あんたが体調不良だなんて」


 ジョウはハロニア星人と融合した事で、変身せずとも超人的な肉体になっている。

 銃弾を弾けるくらいの皮膚・筋肉硬度。全力疾走すれば音速の壁をブチ破る。

 免疫力も圧倒的、地球ごときにある細菌やウイルス程度では手も足も出ないので、疾病とは無縁。


「考えられる事はひとつ。巨人形態への変身には、あんたの超人的肉体ですら耐えられないほどの負荷がかかる」

「まぁ、そう言う事だろうな……だから変身するなと? いやいやいや、確かに変身後は体調的に辛いが、一日休めば、ほらこの通りの元気満々JOKERマンだぞ!?」


 ジョウがアピールするように力こぶを作ると、入院衣腕部の布がプパァンと快音を立てて弾け飛んだ。


「重要なのは、最近になってそう言う症状が出始めたって事。それを踏まえて、あんたの変身前と変身後の細胞を解析していった結果……」


 アーリエンデがパチンと指を鳴らす。

 タブレット端末内蔵のAIがその音に反応し、よくわからないグラフが画面に全体表示された。

 明らかに右肩下がり傾向の折れ線グラフ。

 一度下がるとしばらくは横ばい、そしてまた急に折れて降下、またしばらく横ばい……と言う変動を繰り返して、上昇する事は無く落ち続けている。


「一回変身するごとに、あんたの細胞は著しく劣化してんのよ。それも、その劣化はどれだけ間を置いても全く回復していない。あんた馬鹿だから自分では気付いていないみたいだけど、確実に能力値も落ちているわ」

「……つ、つまり……」

「あんたはどんだけ休んでも元気になんてなっていない。ただ、どんどん劣化する自分の肉体に感覚を適応させて、平気だと錯覚している」


 もう一度アーリエンデが指を鳴らすと、画面いっぱいに赤文字で、ある四文字が表示された。

 それは――


「端的に言いましょう。あと何回かは断定できないけれど、このまま変身し続けていると――あんたは死ぬ」


 ――DEAD。


「…………うっそ~ん」

「ほんと」


 容赦の無い肯定。


「……そうか……そうなのか……そう言う事ならば、仕方ない……か」


 信じ難い気持ちはあるが、アーリエンデがこんな悪趣味な嘘を吐くはずがない。

 ジョウはアーリエンデの言葉を決して疑わない。


「確かに、変身するなと言う君の命令はもっともだ。わかったよ」

「あら、意外ね。あんたの事だから『それでも俺はみんなのために戦い続ける』とかふざけた事を言うかと思っていたわ」

「さすがの俺も、命は惜しいさ。俺が死んだら悲しむ人もいる」

「今まで命懸けで戦い倒してきたヒーロー様がよく言うわ……」


 二年前の白亜の龍との戦いも、それ以後も、ジョウは何度か死にかけながらギリギリで勝利を掴む事があった。

 その度に、アーリエンデがどれだけ阿鼻叫喚してきたかは語るまでもない。


「俺が命を懸けるのは、『命を懸ければすべて上手くいって生きて帰れる可能性がある』と言う場面だけだ。馬鹿でもそれくらいは判断できる」


 死のリスクを背負う事はあっても、確実に死へ向かって突き進むような真似はしない。と言う事だろう。


「そ。……まぁ、わかってもらえて嬉――」


 アーリエンデが安堵の心地で頬をゆるめた、その時。


『緊急警報! 緊急警報!』

「「!?」」


 街中に響き渡る剣呑とした警報音声。


「ッ、これは……地底人の侵略だって!?」


 タブレット端末に表示された警報の詳細によると、地底帝国を名乗る謎の人型生物が大量の機動兵器を用いて街を攻撃し始めたのだと言う!


「ついこの間、異星人の侵略があったばっかだってのに……ジョー! とりあえずここは軍隊に任せて避難を……」

「俺は、みんなを、アーちゃんの暮らすこの星を守るんだァァァ!」

「え」


 アーリエンデが何を言う間もなく、ジョウがその手を天高く突き上げた。


「変・身! とうッ!」


 紅蓮の雷光が迸り、直後、黒鉄の輝きが顕現する。

 一瞬の間に変身を完了した黒鉄の巨人・JOKERが空へと舞い上がった!


「ちょ、は――あんた馬鹿なのォォォォォォォォォォォォォ!?」

「すまないアーちゃん! わかってはいる……だが……機動兵器の大軍が相手だ! ほんの数秒の躊躇いで何人の犠牲が出るか計り知れない!」

「そりゃあそうだけど……そりゃあああああそうだけどぉぉぉぉぉおおおおおお!!」

「わかってくれてありがとう! 行ってくる!」


 倒壊するビルへ飛んでいくJOKERを見ながら、アーリエンデはわなわなと震える。


「あ、あの馬鹿……今の話の後で、普通ノータイムで変身する……!?」


 アーリエンデは確信した。

 今までかろうじて「そこまでではないだろう」と思いたかったが、もう確信した。


 ジョウは、本物の馬鹿だ。


「あんの馬鹿は……拘束しないと駄目だ……!」


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