12,自分同士で殺し合います。
広大な山林を再現した特設謹慎部屋にて。
ジョウとピィちゃんとワボさんが見守る中、二人のアーリエンデが睨み合う。
「アーちゃん同士の決闘……一体どれほど知的な争いになるのか……俺程度では想像もできない!」
「わくわくだね!!」
「ぶもぉ(いやあの姉さんら二人とも拳をバッキバキ鳴らしているし、普通に殴り合い始めるつもりっぽいでやんすよ)」
片や現在アーリエンデ代表、アーリエンデ・カラミス。
片や未来アーリエンデ代表、アーリエンデ。
マジカル細胞を応用した技術か、未来アーリエンデと現在アーリエンデの容姿に加齢による差異は皆無。
二人を見分けられるのは、未来アーリエンデの左手に嵌められた魔法発動用の手袋型装置のみ。
「……殴り殺す前に詳しい事情を聞いておくわ、未来の私」
「ふふ、ジョーが絡むと自分相手でも容赦無し。それでこそ私……そして、わざわざ訊かなくても大方の予想はついているんでしょう?」
「…………ええ、大方はね」
あくまでも仮説だが……。
おそらく今日以降のどこかのタイミングで、ジョウの身に【何か】が起きた。
考えたくはない事だが……ジョウはその【何か】で、取り返しの付かない状態になったのだろう。
そこで未来アーリエンデがどうするか?
現在アーリエンデは自分に当て嵌めて考える。
まずは、タイムマシンを作ってジョウの身に起きた【何か】を取り除こうとする。
……しかし、それは叶わなかったと推測される。
未来で【何か】の詳細を知った上で、アーリエンデがしくじるはずはない。おそらく、タイムパラドックス……過去改変による矛盾で、世界線の分岐が発生した。「ジョウの身に【何か】があった未来アーリエンデの世界」と「未来アーリエンデが過去に戻り【何か】を回避できた別のアーリエンデの世界」に分かれてしまった。
つまり、未来アーリエンデが元の時代に戻っても……ジョウに【何か】が起きた後のまま。
常人ならば、そこで「過去は変えられないのだ」と諦めるだろう。
だが現在アーリエンデは断言できる、「私ならその程度では諦めない」と。
では、未来アーリエンデが次に講じる策は?
現在アーリエンデが未来アーリエンデの思考をトレースした結果は――もう一度、過去に戻ってジョウを拉致する事。
即ち、過去にあった【何か】を取り除くのではなく……【何か】が起きる前のジョウを、【何か】が起きた後の時間、つまり未来アーリエンデ自身の時代へ連れて行く。
これはあくまで仮説でしかないが――現在アーリエンデが現状からどんな仮説を組み立てるか、未来アーリエンデなら簡単に推測できるはず。その上で先ほどの発言なのだから、正解と判断して良いだろう。
「……殺し合いは、避けられないわね」
現在アーリエンデには痛いほど理解できる。
ジョウがいない生活なんて、自分に耐えられるはずがない……過去の自分から奪い取る事になってでも、ジョウを求める未来アーリエンデの気持ちが、よくわかる。
……でも、その同情に流されれば、今度は自分がジョウのいない生活を送る事になる。
いくら自分のためとは言え、許容できるはずがない。
五年後、自分もタイムマシンを作って過去の自分からジョウを奪えば良いのだとしても――五年もジョウがいない生活なんて!!
「ッ……!? 待ってくれ現在アーちゃん!? 殺し合いだって!? クイズ大会とかではなく!? 俺をめぐってそんな事、させる訳がないだろう!?」
ジョウが吠え、自身を拘束する黒い光の拘束を解こうと踏ん張るが……微動だにしない!
「くぅ……魔法強い! ピィちゃん! どうにか解除できないだろうか!?」
「が、がんばってみる!」
「ふっ……せいぜい足掻く事ね」
未来アーリエンデが左手をもたげた。
指パッチンひとつで魔法を行使する事ができる便利な手袋を嵌めた左手。指をパチンと鳴らす寸前――親指と中指を擦り合わせた状態で、それをまるで銃口のように現在アーリエンデへと向ける。
「ルールは単純明快、先に死んだ方の負け」
「ええ、異論は無いわ。お互い、ジョウがいない生活を送るくらいなら死んだ方がマシでしょうし」
「異論ありありだぞアーちゃんズ!! 審議だ!! 審議を要求する!!」
「「却下」」
魔法の拘束により動けないジョウの抗議を斬り捨てた後、現在アーリエンデは白衣のポケットから化粧ポーチを取り出した。それは、身も蓋もない言い方をすると四次元ポーチ。質量保存の法則を捻じ曲げる便利収納アイテム。そこには現在アーリエンデが今までに発明した兵器が山ほど詰め込まれている。
「私が私に勝てる訳がないのだから、無駄な抵抗はやめて降参しない?」
「そんな交渉に応じるはずがないのは、分かり切っているでしょう?」
「ええ」
未来アーリエンデの頷きが、開戦の合図だった。
パッチィン!! と軽快なフィンガースナップが鳴り響く!
未来アーリエンデの指パッチン――即ち魔法発動!!
黒閃が瞬き、黒い光の渦が発射される!!
山林ビバリウムを形成する木々を粉々に食い散らしながら、黒い光の渦は現在アーリエンデ目掛けて突進!!
「……ふぅん。こんなもの、避けられないはずがない……ってのは重々承知よね」
黒い光の渦の進行速度はせいぜいテニスのサーブ程度だった。
常人ですら見切れるような速度、スーパーヒーローJOKERから取ったデータを元に肉体改造済みの現在アーリエンデに見切れないはずがない。
さっさと回避して反撃――と言う訳にはいかなかった。
「やっぱり」
現在アーリエンデが余裕を以て回避行動を取った途端、黒い光の渦が合わせるように進行方向を変えた!! 完全に、現在アーリエンデをホーミングしている!!
渦の勢いは衰える事なく、現在アーリエンデの足跡に導かれるように唸りを上げて突き進む!!
「さぁ、私はいくつまでさばけるかしら?」
パチン、パチン、と連続してスナップ音が響き――渦が増える!! スナップ音の数だけ、現在アーリエンデをどこまでも追尾する黒い光の渦が!!
「どれだけ物理的破壊を起こしても、含有エネルギーを一切消耗せず破壊を続ける……本当、魔法ってのは厄介ね。そしてその魔法を指パッチンひとつで自由自在に操るとか」
未来の自分ながら、トんだチート野郎だと思う。
だが、現在アーリエンデの表情に焦りは皆無。
「でも、知っているわよ。魔法の制御にはどれほど煩雑な操作が必要か」
科学で魔法を再現する難しさは、その第一人者である現在アーリエンデもよく知る所。つまり、魔法を封じる術もよく御存知。魔法の制御という高等作業を行えないほどに、集中力を乱してしまえば良い。
回避行動を続けながら現在アーリエンデがポーチから取り出したのは、レディース用の小さな拳銃。そのリボルバー式弾倉に詰められているのはただの弾丸ではない。ある薬品が詰まったアンプルだ。その銃口を――魔法拘束を解こうと頑張るピィちゃんを応援しているジョウの方へ向ける。
「ジョー! こっちを見なさい!!」
「俺はアーちゃん同士が傷つけ合う所なんて見たくないが、アーちゃんの頼みならば断らなうおぉっぷ!?」
「アーねぇちゃんがジョーのかおをうった!?」
ジョウの顔面に直撃したアンプル弾が弾け、中の薬液がジョウの顔面にぶちまけられる。無論、その液は彼の眼にも侵入した。
現在アーリエンデがジョウの顔面に打ち込んだ薬液――その正体は!!
「さぁ、未来の私! 私が今ジョウに何を投薬したかなんて、私ならよぉく御存知なんでしょ!?」
「ッッッッッ!!」
「大人しくジョウの方を見て刮目しなさい! そして死ね!!」
未来アーリエンデは当然、現在アーリエンデがジョウに何を撃ち込んだのかを知っている。
だが、未来アーリエンデは現在アーリエンデに言われるがままにジョウの方を見た!!
当然だ! ジョウに何が撃ち込まれたかを知っているからこそ、見ざるを得なかった!!
仮説通り未来アーリエンデが「ジョウに【何か】あって、ジョウ不足に陥り、過去のジョウを奪いに来たアーリエンデ」であるならば、この誘惑には絶対に逆らえない――現在アーリエンデは確信していた!!
「おおぉ、おおおおおおおおおおおおおおおおおっぷあああ!!」
ジョウの方を見た途端に、未来アーリエンデは勢いよく鼻血を噴いて卒倒した!!
それに合わせて、制御者を喪った黒い光の渦が次々と霧散していく!!
ジョウを拘束していた魔法も一緒に解けた!!
「ぬぅ!? 何だ、解放されて……それに未来アーちゃんがいきなり鼻血を噴いて倒れた!? 一体どういう……」
「あんたは知らなくて良いのよ」
「む? 現在アーちゃん? 何故そんな不自然に俺から目を逸らしているんだ!?」
「二の舞にならないようによ!! 割といっぱいいっぱいだから今は話しかけないで!!」
「ええ!? 現在アーちゃんが何だか怒っている!?」
――【自分の事を好きな人にしか効かない誘惑フェロモン分泌薬】。
それが、現在アーリエンデがジョウに撃ち込んだ薬液の名。
点眼タイプの薬品であり、端的に言うと「服用者に対して恋愛感情を抱く者に、服用者が全裸になって誘惑してきている幻覚をみせる催淫系フェロモン」と言った所だ。
つまり、ジョウがそれを服用した場合――アーリエンデには、ジョウが全裸に見える。
ジョウの全裸なんて見てしまったら、アーリエンデが鼻血を噴いて卒倒するのは当然。コーラを振ってから開栓したらポンッと弾けてしまうくらい当たり前の事!!
未来アーリエンデだってそれは承知していたはずだ。しかし、未来アーリエンデは深刻なジョウ不足に陥っていたがために――卒倒してしまうと分かっていても、見たいという衝動に勝てなかったのだ!!
現在アーリエンデはその辺りでギリギリ、ジョウの方を見ないよう自分を制御できている!! 気を抜いたら全力でガン見してしまうので、首に筋がビキビキと浮き出るくらい踏ん張っているが!!
「さて……それにしても、思っていたより噴いたわね。完全に気絶して痙攣しているじゃない」
魔法を制御できないくらい興奮させてやろう……くらいの策だったのだが。
未来アーリエンデのジョウ不足は、現在アーリエンデの予想を上回っていたらしい。
鼻血で池を作って白衣を紅く染め上げてしまっている。
「……まぁ、これで勝ちってほど、甘くはないでしょう」
現在アーリエンデの予測を肯定するように、未来アーリエンデの体が起き上がった。まるで見えない糸に吊り上げられるような……明らかに自分の意思で動いている挙動ではない。証拠に、立ち上がってなお未来アーリエンデは鼻からだくだくと血を流しながら白眼を剥いている――気絶中だ!! それでも立ち上がった理由はひとつ!
――予測されていた!!
現在アーリエンデがジョウの裸体を利用して自分を殺しにくると、未来アーリエンデはあらかじめ対策していたのだろう!! 自身が意識を失った時に発動する発明品を仕込んでいた――と言う所か。
「私だものね。私が私の考えをトレースできるって事は当然、そっちもできるって事だわ」
さて、意識が無い今、魔法の制御は不可能……ここからは何らかの発明品による自動攻撃が始まるだろう。
現在アーリエンデのディスアドバンテージ――未来アーリエンデが一体どの程度まで技術革新を遂げているかが、未知数! タイムマシンは実現できる程度というおおよそしか分からない!!
さぁ、何がくるか――と現在アーリエンデが瞳に殺意を漲らせながら身構えた、その時。
「……ちょっと、ジョー。どういうつもり?」
現在アーリエンデの視界に、ジョウの一糸まとわぬ背中(実際はちゃんと着ている)が割り込んできた。「こっちを向いた状態で割り込まれたらヤバかったわね……」と心中で冷や汗をかいていると、今度はピィちゃんが心配そうな上目遣いで白衣の裾を引っ張った。
「この決闘はここまでだ。これ以上は俺が、絶対に止める」
「……ピィも、おもってたよりアーねえちゃんたちがほんきでこわい……もうやめよ?」
頭の良いお姉ちゃん同士の対決――ジョウと同じくクイズ大会でも始まると思っていたのだろう。それだのに蓋を開けてみれば地形を変えるような魔法の行使と、鮮血が噴き上がる惨状。
白衣の裾を掴む小さな指は、カタカタと震えていた。
「…………はぁ……ったく。毒気が抜かれるわね」
やれやれ、と現在アーリエンデは溜息と共に殺意を吐き出して、穏やかな顔でピィちゃんの頭を撫でる。
その表情と手つきに安堵したのだろう、ピィちゃんはぱあっと笑顔を咲かせた。
「で、ミスタ・スーパーヒーロー。どう収集を付けてくれるってのよ? 断言するけど、その私はそう簡単には止まらないわよ」
「みんなで話し合おう! 何せ今はアーちゃんが二人もいて、俺とピーちゃん、ワボさんだっているんだ!! 銀河規模の問題だって解決できるさ!!」
「ピィもがんばる!」
「ありがとう!! ……だがその前に――」
ジョウは静かに一糸まとわぬ腰(実際はちゃんと着ている!!)を落とした。
「未来アーちゃんは意識が無さそうだ。言葉では止められないだろう。アーちゃんとピィちゃんは下がっていろ」
「あんたの事だから殴って止めるって事は無いんでしょうけど、どうするつもり?」
「意識が戻るまで、力づくで抱き締めて動きを封じる!! 絶対に離さないように強くはするが、絶対に痛くはしないぞ!!」
「それやったら多分、永遠に意識なんて戻らないわよ」
現在アーリエンデは裾を掴むピィちゃんの指を優しく解き、「下がっていなさい」と指示した後、全裸(いやマジで実際は着ているぞ!!)なジョウの隣に並び立った。
「意識が戻るまで拘束すりゃあ良いんでしょ? はいはい、わかったわよ……二人でちゃちゃっとやっちゃいましょう。どっかの馬鹿のおかげで、ヤベェ奴を拘束する事に関して私はプロフェッショナルなんだから」
「むぅ……しかし、未来アーちゃんの発明がどれほど凄まじいか想像もできない以上、俺としてはあまり……」
「安心しなさい。そもそも、私はそんなに馬鹿じゃあないわよ」
アーリエンデにも最低限の常識や良識はある。それを尊重する気があまり無いだけだ。それでも、さすがにと言う所。自走式の発明品を使うなら、何が起きてもシャレで済む程度の安全機構は付けているはず。
よっぽど正気を失っていない限り、アーリエンデとジョウが組んでかかっても手に負えないような馬鹿げた代物は――
「……正気……」
ふと、現在アーリエンデは疑問を覚えた。
――果たして、ジョーに【何か】あった時……私は正気でいられるの?
その疑問への回答は、未来アーリエンデの全身から放たれた。
「……は?」
未来アーリエンデの全身から噴き出したのは、まばゆい光。
暴力的なまでに煌めく白光――その輝きを、現在アーリエンデは知っている。ジョウも知っている。
現在アーリエンデがそれを目にしたのは、五年前。
ジョウがスーパーヒーローとしてそれを打ち砕いたのも、五年前。
『ヴァハハハハハ……おやおや、まさか本当に解放されるとはな』
その声は、空気振動を介さない。意思を直接他者の脳へと伝える、念話の類。
『地球人種はつくづく愚か、低劣で拙悪だ。冷静沈着が売りの我も、さすがに笑いが止まらんぞ! ヴァハハハハハハハハハハハ!!』
「……なぁ、アーちゃん? これは何かの冗談だろうか?」
「……冗談にしても、最悪ね。これ」
白光は爆発的に膨れ上がり、そして、見上げるほどに巨大な【龍】の形になった。
光が霧散して、現れたのは――
「【天災と紙一重】、かぁ……」
……どうやら、未来アーリエンデはその一重をぶち抜いてしまったようだ。
現在アーリエンデは引きつった顔で笑うしかなかった。
彼女の脳内でリフレインするのは、いつかの自分の叫び。
――『あんたがいないなら、こんな星がいくつあろうと意味ないんじゃァァァーーーーッ!!』
「ジョーが手に入らないなら地球もろとも……って事? そのために【こいつ】を再生させて兵器化していたと? ……ああ、うん。本当にもう……今回ばかりはさすがに、反省せざるを得ない気がするわ」
現在アーリエンデが苦笑の極みめいた表情で見上げた先にいるのは――五年前、ジョウがスーパーヒーローとして認められるきっかけになった、遥か宇宙の向こうからの侵略者。そして、全盛期のスペックを誇っていたジョウの全力をあしらい、地球を最も窮地に追い詰めた存在。
――【白亜の龍】。




