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11,未来からやってきます。


「まぁ、私なら五年もあればタイムマシンくらい作っているでしょうね」

「ええ、だって私だもの。必要なら時空の壁だって越えてみせるわ」

「やるわね、さすが私」

「フフッ、自画自賛は脳細胞に良いわね」


 宇宙開拓機構NUME(ヌメ)カンパニーの地球外性脅威対策室。

 オフィスとは防弾ガラスで仕切られた会議用ブースにて二人のアーリエンデが乾杯を交わす。マグカップの中身は当然のようにカボチャのポタージュスープ。


 ……前々から奇行蛮行の目立つ室長様が二人に増えた。

 オフィスの面々はせっせと働きながらも、チラチラと会議ブースの方へ視線を送っている。


「……当然の様に世の理をぶっ壊してくる」


 会議ブースに同席する事になったコンロイ補佐官が、溜息まじりにつぶやいた。

 そのつぶやきを聞いて、アーリエンデは「ふむ」と頷きをひとつ。


「過去への干渉、歴史改竄を平然とやって退ける……我ながら、上層部の言う【天災と紙一重】って評価が笑えなくなってきたわね」

「いや現在の方の室長、あんた普通に楽しそうな顔してますよ。絶対『やっぱ私すげーわー』くらいの感想しかないでしょ今」

「あらやだ、素直な子だから顔に出てしまうのかしら」

「あんたねぇ……出世の通り道で一時的な在籍とは言え、一応地球を守る部署の室長なんですから、もうちょい秩序とか規範とか考えてくださいよ」


 アーリエンデのぶっ飛んだ行動に、コンロイ補佐官が呆れ果てる。

 割といつもの事、毎度のやり取り……なのだが、それを眺めていた未来アーリエンデが「フフフ……」と静かに笑い始めた。


「未来室長? 今の笑う所ありました……?」

「……面白くて笑った訳ではないわ。懐かしくてね」


 未来アーリエンデはマグカップを揺らし、カボチャポタージュスープの水面を眺めている。その目には懐古の色合いが滲んでいた。まるで、当時はないがしろにしてしまった、もう決して戻れはしない尊い日常を見ているような……そんな、慈しみと哀愁の混ざり合った目だ。


「そう言えば、あなたが補佐官だった頃はよくこういうやり取りをしていたなぁ、って」

「その言い方だと、五年後そっちじゃあこのロリコンは補佐官じゃあない訳?」

「いや、そりゃあそうでしょ。つぅかあんたの下で五年も働けるか」

「何だかんだで未だに私は地外対ここの室長だから、そこそこ長い付き合いになるけどね」

「げっ……マジかよ。さっさと昇格してくださいよ……」

「でもまさか……あんな事になるなんてね……」

「「?」」


 未来アーリエンデは何かを悔やむように、意味深げに溜息を吐いた。

 そして意を決したようにコンロイ補佐官の方を真っ直ぐに見て――


「ごめんね……あなたの性癖について、揶揄ばかりして。本当に後悔しているわ。ネタにして良い範疇じゃなかったとは思っていなかったの。まさかあんなにガチだったなんて……」

「え、ちょっと待って未来室長。何かその言い方は色々と嫌な予感がする」

「ああ、なるほど。何で私がこんなんの名前を憶えてんのかと不思議だったのよね」


 現在アーリエンデは納得して頷いた。


「つまりこのロリコン、何か盛大にやらかした訳ね。笑えないレベルの事を」

「いやいや、そんなはずは……」

「……連日、あれだけ各種メディアで名前と顔が出てきたら嫌でも憶えるわよ……」

「ちょぉぉぉおおおお!? 未来の僕なにやっちゃったの!?」

「『タイムパラドックスが起きるとマズい』から、具体的には言えないけど……法律が変わりかねない事をしているわ」

「法律が変わるレベル!? ってか未来で現在進行形なの!?」

「………………」

「ああ!? 現在室長がまるで汚物を見るような目で僕を見ている!?」


 そんな馬鹿なァァァァ!! と膝から崩れ落ちるロリコン野郎を見下しながら、現在アーリエンデはマグカップを卓上に置いた。


「ところで、未来の私。そろそろ本題に入っても?」

「ええ。過去の自分とカボチャブレイク、中々楽しい時間だったわ。懐かしいものも見れて、謝らなきゃいけない人にもきちんと謝る事ができた。そろそろ本来の目的の遂行に移りましょう」

「未来室長の本来の目的……?」

「決まってんでしょ、ロリコ…………コンロイ補佐官」

「現在室長お願い待って、その言い直しはキッツい。イジって良い。今に関してはロリコン関係でイジってお願い。室長が僕にガチ謝罪してイジりをやめるような未来の自分マジでこわいヤだもう」


 僕は光のロリコンのはずなんだァァァ……と地を這うコンロイ補佐官。

 これはもうまともに会話できる状態じゃないわね……と判断し、現在アーリエンデは彼を置き去りに話を進める。


「私がタイムマシンなんて大仰なものを発明するなんて――【あの馬鹿】関係に決まっているわ」

「ご明察。まぁ当然よね。あなたは私なのだから」


 アーリエンデがブレイクスルー級の発明をするのは、過去現在未来いつだってジョウのためだ。

 つまり――未来でジョウが何かやらかして、そのリカバリーのために未来アーリエンデはこの時代へやってきた。そう言う事だろう。


「端的に言うわね。この時代のジョーをもらいに来たわ」

「……は?」


 ウワサをすれば何とやら、か。

 会議ブースの一画に、黒い光が迸り、空間が縦に裂けた。


「おお、すごいぞピィちゃん! 本当にアーちゃんの所に繋がった! これが空間移動の魔法か!」


 空間の裂け目からひょこっと出てきたのは、楽し気なジョウ・ジョレークと、彼に肩車をされてドヤ顔をキメている魔女っ子ピィちゃん。裂け目の奥は森――巨大イノシシ・ワボさんのためにビバリウム化された特設謹慎部屋(スペシャル☆プリズン)に繋がっているようだ。


「ん? ねぇねぇジョー、アーねぇちゃん、ふえてない?」

「おや、確かに……不思議だ、何故にアーちゃんが二人……いや、微妙に違うな! そっちの左手に手袋を嵌めたアーちゃんは見た目こそまったく以てアーちゃんだが、滲み出ている雰囲気がいつものアーちゃんより五年分くらい大人っぽい!! ははーん……さては未来のアーちゃんがタイムマシンを作って遊びにきた感じだな!?」

「あんた本当に無駄な所だけ勘が良いわね!? って言うか未来の私! さっきの発言はどういう意味よ!?」

「そのままの意味よ」


 そう言うと、未来アーリエンデは左手をパチンと鳴らした。手袋を嵌めているのに素手のようなフィンガースナップ音! その音に応えるように、ジョウの周囲に六つの黒い光が出現! 黒い光は三角形の板状に変形し、一斉にジョウに突き刺さった!!


「ぬぐぁ……て、痛くはないな? だがまったく動けない! この黒い光はあれだな、新手の拘束魔法か!」

「ピィのしらない魔法! アーねぇちゃんすごい!」

「ええ、この手袋は新発明【指パッチンひとつで魔法を自由自在に操れる手袋】よ」

「現在アーちゃんが何やら厳つい装置で操る魔法を手袋ひとつで! さすがは未来……! しかし未来アーちゃん! 俺はまだ何もしていないぞ!? 拘束される理由がわからない!!」

「理由は簡単。あなたを私の未来へ連れていくため」

「初耳なんだが!? え? 俺これから未来に行くのか!?」

「させるか!!」


 現在アーリエンデは会議デスクに手を突いて跳び、未来アーリエンデへ跳び膝蹴り!

 デスクワーカーとは言え、その体はスーパーヒーローJOKERから得た各種データを元に改造済み! 彼女の蹴りは、プロのテーブルテニス選手でも肉眼では捉えられない速度で放たれる!!

 しかし、相手もまた彼女自身! しかも五年ほど熟練した上位互換!! 「その攻撃は知っているわ」とでも言わんばかり、未来アーリエンデは先んじて身を躱していた!!

 そして未来アーリエンデはその回避行動から流れるようにジョウの元へ。


「科学は日進月歩、科学者もまた同じ。あなたが私と勝負になるとでも?」

「ッ……!」

「でも私だって鬼ではないし、何より過去の自分への情もある。ここはひとつ、あなたにチャンスをあげましょう」


 未来アーリエンデは拘束したジョウの額を軽く指で押して、空間の裂け目の向こう――特設謹慎部屋(スペシャル☆プリズン)へと押し込んだ。続くように、未来アーリエンデ自身も裂け目の向こうへ歩いてゆく。


「ついて来なさい。ジョーを滅茶苦茶にする権利を賭けて――私同士の決闘といきましょう」



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