01,初めてのキスでスーパーヒーローを昏倒させます。
ハロー、ママ。お元気ですか?
金星の天気はどう?
そっちに研究基盤が移ったアポロ計画はもう一二〇号だそうね。
次はいよいよ水星に有人着陸だっけ? 心が躍るわね。
このままの速度で世界が回り続けたら、アポロ一〇〇〇号が打ち上がる頃にはきっと冥王星やエリスからメールを打てる時代になっているのかしら?
もしかしたらメールじゃあなくてテレパスだったり?
どちらでも素敵ね。
あ、私は元気よ。
そして地球の天気は晴れ時々、超巨大隕石。
うん。もしかしたらこのメールは遺書的なアレになるかもだから。
できればロックをかけて保存していて欲しいかなって思います。
なんちゃって。
送信者:アーリエンデ・カラミス
◆
けたたましいサイレンと部下たちの怒号が飛び交うオフィスにて。
その女史はカボチャのポタージュスープが入ったマグカップを片手に、極薄スマホでメールを作成していた。
彼女の名はアーリエンデ・カラミス。
宇宙開拓機構NUMEカンパニーの地球外性脅威対策室に所属。
弱冠二五歳にして、同室の室長に抜擢された才女である。
実にデキる女性感に満ちた細いフレームの眼鏡をくいっと直し、太陽のような金髪をかきあげて、アーリエンデは「ふむ」と顎に手をやった。
「遺書かぁ……我ながら、縁起でもないわね」
「室長ォォーッ!!」
室長補佐を務める白衣系男子の怒号が響き渡る。
「のんびりスマホこねくり回してる場合じゃあないってわかりますよねェー!? あんた頭良いでしょォォォ!?」
アーリエンデは「やかましい補佐官ね」と言いたげに手で耳を押さえながら、呆れたように首を振った。
「どうせ甲論乙駁するだけでしょう?」
アーリエンデはマグカップを置き、デスクのパネルを軽くタッチ。
デスク上にホログラムのディスプレイが展開され、現在地球に接近中の超巨大隕石に関する情報が表示される。
「お手軽なミサイルで破壊できるような規模じゃあないわ。方法としては……月面のアレくらいね」
月面のアレとは、NUMEが――と言うか主にアーリエンデが開発した【地球外生命体による侵略に備えた迎撃専用巨大ビーム砲】の事である。まあ、一応『過去の事件』から有用とされて開発許可は下りたが……時期の都合で年度予算の使い切りも兼ねた施工になり、資金がドバドバつぎ込まれたせいで、明らかなオーバースペックのモンスターマシンに仕上がった代物だ。
「計算上、火力はまったく問題無い。どころか相変わらずの過剰破壊力ね。粉々の消し炭にできるから残骸落下対策も不要。過去の試射データでは着弾誤差が一桁メートル程度と破壊規模から考えれば超超超高精度。あの超巨大隕石を破壊する分には問題に成りえない。……唯一と言って良い問題は――」
「月面都市側が絶対に使用許可を出さない事ですね」
割と膨大めに余った予算を使い切るため、実は四捨五入すると机上の空論寄りなスーパー設計図を基に建設されたロマン砲台。
先にも言ったが、何をするにもオーバースペックなモンスターマシンだ。
いざ完成して試し撃ちをした結果、あまりの超出力に耐えきれず……。
一発撃っただけで、月面都市全域の送電設備が壊滅。
半月ほど、月面から文明の明かりが消えた。
普通に考えて、月面都市側は拒否る。ってか拒否ってる。
地球が消し飛んだら、その衛星である月が宇宙のどこに飛んでいくかもわからないと言うのに。
それは理解しているだろうが、限界まで渋って「奇跡的に自分たちの損壊なく事を解決できる未来が発生する事」を祈っているのだろう。人間は実に愚かしい。
「現状、アレを使わずにこの事態を解決するなんて不可能よ。首から上がカボチャでもわかる事じゃない。議論するだけ無駄。月面都市の権力者どもが苦渋の決断をするくらい追い詰められるのを静かに待つのが効率的でしょ」
よってアーリエンデは、金星開拓をエンジョイしている母へのメール作成に頭を傾けていたのだ。
「もしも月面の連中が血迷って、手遅れになるまで渋ったらどうするつもりですか!?」
「そんな愚劣な人類を輩出するような星なんて、滅びた方がエコロジーじゃあないかしら?」
「あんた何で脅威対策室の室長やってんです!?」
「前回の人事編成、他に管理職の空席が無かったってさ」
要するに、キャリア積み上げ期間として一時在籍しているだけ。
「と言うかぶっちゃけ私って、地球発祥人類の存続がどうのとかあんま興味無い系の科学者なのよね……そんな奴がよりにもよってって感じすごくない? うけるわ」
「笑い事じゃねぇぶっちゃけですね!? そんなんだから上層部に【天災と紙一重の天才】とか言われるんですよ!!」
ほとほと心外な風評よねそれ、とアーリエンデは溜息。
まぁ「こいつは公的機関で飼っていないと危険だ、それなりに優遇して大人しくしてもらおう」と思われる程度には、トンデモない事件を引き起こしかけた実績があるにはあるのだが……それを悪びれるような性格なら、そんなヤバい奴認定をされるはずもない。
「ま、大丈夫大丈夫。私は何だかんだ、人類はそこまで馬鹿じゃあないって信じて――」
ピロン♪とスマホが鳴った。
アーリエンデは画面をタップし、送られてきたメッセージを見て――絶句。
「…………馬鹿が、いたわ」
「はい?」
「頭がカボチャどころか、ハロウィン装飾のジャック・オー・ランタンみたいな頭の奴が」
「頭の中身が空っぽって事ですか?」
一体、誰の話を……と言いかけて、室長補佐男子は察した。
「まさか――」
『――全館各位! 【JOKER】が脱走! 繰り返す! 【JOKER】が脱走した! 目的は言わずもがなだ! 総力を以て止めろォォォ!!』
響き渡った館内放送。
キーキー騒ぎながら奔走していた者たちが皆一斉に止まる。
「……あー……」
室長補佐男子は自身の予測が正しかった事を理解したのと同時に、頭を抱えた。
プルプルと震えるアーリエンデのスマホ画面には、とある男からのメッセージが表示されている。
そこに綴られているのは、今までの感謝を告げる言葉と「いってきます。さようなら」の文字。
アーリエンデは液晶画面が砕け散るほどの勢いでスマホを机に叩き付け、顔中に青筋を浮かべながら立ち上がった。
「総員全開武装! とっととあの馬鹿ボチャ野郎を特設謹慎部屋にぶち込みなさい!!」
◆
何かの冗談かと思われるかも知れないが――NUMEカンパニーには、【スーパーヒーロー】が在籍している。
その名をジョウ・ジョレーク。見た目はいたって普通の二五歳児。
七年前。当時ジョウ・ジョレークは宇宙飛行士見習いの学徒としてNUMEに所属していたが、火星宙域にて研修中に地球外生命体――【ハロニア星人】との遭遇事故に遭った。
その際に件のハロニア星人と融合を果たし、地球人類を遥かに超越した存在になったのである!
無論、最初はモンスター……いや、モルモット扱いだった。
彼の幼馴染のとある女史がその実情を知り、優れた知性を以て世界最悪のテロリズムに走りかける程度には酷い扱いだったと言う。
だが、転換期は唐突に訪れた。
またしても何かの冗談かと思われるかも知れないが――異星人が攻めてきたのだ。
その撃退戦線に立ったのが、ジョウ・ジョレーク。
地球人類では到底太刀打ちできない兵器を振るう異星人の軍隊と、その総大将である【白亜の龍】を、ジョウはハロニア星人と融合した事で得たスーパーパワーで蹴散らした!!
そこからは一転、ジョウ・ジョレークは英雄扱い。
JOKERだなんてヒーローネームまでついて持て囃された……のだが。
スーパーヒーロー・JOKERの誕生から二年後。
第二次異星人襲来事件にて、ジョウ・ジョレークのスーパーパワーには代償がある事が判明した。
スーパーパワー行使のために変身する度、ジョウの肉体は崩壊していく。
二度目の侵略を退ける事には成功したが……ジョウはもう、あと数回の変身で死ぬと宣告されてしまったのだ!
……だが、そもそもが「自分をモルモット扱いした地球人たちを恨むどころか、己の死をも厭わず地球人を救う善性のヒーロー気質」。宣告の後も、地球に危機が迫る度にジョウは変身を繰り返した。
救星の英雄が、このままでは死んでしまう。
地球人を恨む道理を持っていてもおかしくない、それでも地球人のために命を燃やす。
そんなヒーローが、地球人を守るために燃え尽きてしまう。
NUMEを中心に、人々は更なる転換期を迎えた。
JOKERに頼らない地球・および地球発祥人類生存圏の守護を為す――!
だから、今回の超巨大隕石の件はジョウには秘匿されていた。
念には念を、NUMEは社全体が団結し、この件が解決するまで何かと理由を付けてジョウを外界から隔離までした。
だのに!! どこから情報を聞きつけたのか!!
「みんな退いてくれ! 時間が無い! 俺は宇宙に行かなきゃあならないんだァァァ!!」
「聞く耳持つな! 総員、撃ェェェーーーッ!!」
廊下に響き渡るマシンガンの雄叫び。
横殴りの雨と化した銃弾を、神速の連続正拳突きですべて弾き飛ばしながらジョウが廊下を突き進む!!
「くっそ! こんのスーパーヒーローが!!」
「わかっちゃあいたが、変身前でも銃火器が通用しねぇぇぇ!!」
「でもあんにゃろう、皮膚に穴をあけねぇと麻酔弾なんざ刺さらねぇぞ!!」
「俺たちが使ってる武器、カラミス室長が開発した対地球外性機動兵器想定の極限破砕仕様なんだが!?」
「それでも傷ひとつ無理なんだが!?」
「諦めるな! JOKERなら諦めない!!」
「そうだ! 俺たちはJOKERの雄姿に習い、地球防衛を志しここに集まった!!」
「だからJOKERのように諦めない!!」
「俺たちは、JOKERを諦めさせる事を諦めなーー」
「すまない! みんな少し眠っていてくれ!!」
「「「「「「ぐわあああああああああああああ!!??」」」」」」
ジョウが走り抜けた衝撃波だけで、JOKER拘束のために集まった精鋭部隊が紙吹雪のように吹き飛んでいく!!
「……ああ、みんなが俺を止めてくれるのは、嬉しい事だ」
――もう、あと一度。次に変身したら死ぬと思いなさい。
ジョウが先日、受けた告知。
それはNUME内では公然周知の事。
今回のJOKER制圧作戦は、今までにも増して熱量がある。
ジョウだって、みんなの心意気に何も感じないほど鈍感ではない。
「……だが、俺は決めたんだ……!」
亜音速で走りながら、ジョウは首から下げたロケットの写真に目を落とす。
知的な眼鏡が実によく似合う、幼馴染の女史とジョウのツーショット写真。
「アーちゃん……俺が死ぬ事になったとしても、キミが生きるこの星を絶対に守って――」
「あんたがいないなら、こんな星がいくつあろうと意味ないんじゃァァァーーーーッ!!」
突然、ジョウの横合いの壁が轟音と共に爆裂した!!
「J・O・K・E・Rァ、くぅ~ん……大人しくお縄につけってのよコラァ……」
粉塵を裂いて現れたのは、ビキビキと青筋を立てながらパキポキと拳を鳴らす女史――マジギレ状態のアーリエンデだ!! 瞳孔の開き具合が完全に殺戮モードに入った霊長類のそれである!!
「くっ……アーちゃん……! よりにもよってまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたしてもキミが立ち塞がるのか!!」
「毎度毎度あんたはさァァァ!! そんなに早死にしたいのかって何べん言わせんのよこの馬鹿野郎ォォォ!!」
吠えるアーリエンデの周囲に、カボチャ色のオーラが躍る。
少年漫画的表現ではない。実際に出ているオーラだ!!
アーリエンデはその圧倒的知性を以て、対JOKER制圧用の超兵器をいくつか私的に開発している。
彼女が纏うオーラはその兵器のひとつ、【JOKERを絶対に拘束する触手】。
平時はただのカボチャ色オーラだが、JOKERに触れると不必要なくらいねっとりした触手に変化するぞ!!
「ッ……前回に引き続き、その執拗に俺の下半身を狙ってくる触手か! エッチが過ぎるぞ!」
「古今東西、聞き分けの無い幼馴染への調育は多少のエッチが許されるのよぉ!! 特にジャパン辺りではねぇ!!」
「それは知らなかった!」
相変わらず物知りだな……! とジョウは感心する!
「キミにはいつも、教えられてばかりだ……だがそれはそれとして、俺は行かなきゃあいけないんだ!!」
「今回こそは絶対に止めてやる! 最悪、息の根を止めてでもあんたを死なせねェェェ!!」
「そちらも必死の覚悟……本当、俺は幸せ者だァァァ!!」
「わかってんなら私の隣で長生きしろやァァァ!!」
アーリエンデの怒号を合図に、彼女の激情を具現するように激烈なオーラがうねり逆巻く。
そして、ジョウへと襲い掛かる!!
「悪いが、その触手への対策はもう心得ているぞ!!」
ジョウは全力で、両手をパァン!! と叩き合わせた!! 生じる風圧はまさしく突風の中の突風!!
ジョウに触れるまでは大した質量を持たないオーラたちは、あっさりと吹き飛ばされてしまう!!
「承知の上だっつぅのォォォ!!」
「な、なに!?」
アーリエンデの叫びは、ジョウの背後から!
ぐわばッ、と、アーリエンデの腕が後ろからジョウの首に巻き付く!!
「ぬぐぅ、そんな……いつの間に背後に……!?」
変身前でも、ジョウは超人的な身体的スペックを誇る。
そんなジョウの眼力でも、今のアーリエンデの動きはまったく見えなかった!!
「超スピードとか、そんなちゃちなものじゃあなかったぞ……!?」
「前回もあんたを止められなかった私がァァァ新兵器を用意していないとでも思ったのかダボスケ馬鹿野郎! 今回用意した新兵器は名付けて【時間ごとJOKERを止めるくんウォッチ】じゃああああ!!」
「【時間ごとJOKERを止めるくんウォッチ】だってェェェー!?」
そう、このアーリエンデ。
ジョウを止めるためについに時間停止装置まで発明したのだ!!
さすがのジョウも、止まった時の中で動く相手は追えない!!
「止められるのはほんの五秒程度だけどねぇ!! あんたの背後に回り込んで抱き締めるには充分よ!!」
アーリエンデはジョウが実験動物扱いだった時代に蓄積されたデータを元に、自らを改造している!(ジョウの暴走を止めるためだけに)。故に、細腕でも変身前のジョウとなら互角のパワーがある!
アーリエンデの首絞めホールドから、ジョウは中々脱出できない!!
更に、
「ぬおおおおあああああ!? あ、アーちゃあん!? 何がとは言わないが、当たっているゥゥゥ!! 背中に素敵なお餅が当たっているんじゃあないかァァこの感触はァァァーーーーー!?」
「当ててんのよオラァァァーーー!! むにゅむにゅだぞオアアアーーーー!!」
「ぬああああ更に押し付けてくるだとォォォーーー!?」
悲しいかな男児の性質!
スーパーヒーローになってもなお変わらぬ生理!!
変な所に力がいってしまう摂理!!
なおの事、脱出が難しくなる!!
ジョウの男子性を利用した、鋼のロジックに基づく合理的拘束!!
「あんたが割と頻繁に私のおっぱいをチラチラ見てんのも承知の上じゃァァァ!!」
「ごめん俺も男なんだァァァァァーーーー!!」
「別に悪い気はしていないわよォォォ!!」
ちょっと嬉しそうに叫びながら、アーリエンデが最後に取り出したのはリップクリーム。
アーリエンデ謹製、【逆スノウホワイト方式でJOKERを眠らせるリップtoリップ麻酔薬(カボチャのフレーバー)】。
アーリエンデはもう食べるくらいの勢いでリップクリームを自らの唇に塗りたくり、
「さぁ、目ぇ瞑って口周りの力抜けオラァァァーーーー!!」
「うあああああこの乱暴も……んぐぅぅぅぅううううううう!?」
――「キスできるような状況なら、そのリップクリームを直接JOKERの口にねじ込んだ方が早くないですか?」
開発中に室長補佐が放った無粋な言葉が脳裏を過ぎったが、それはそれとしてアーリエンデは舌をねじ込んだ。
第一三次JOKER制圧作戦――アーリエンデの初勝利である!!
◆
「やれやれ……本当、手間をかけさせてくれるわよ……」
JOKER隔離用に作られた核爆発数億回にも耐えられる超巨大シェルターの中。
ジョウの頭を踏みつけながらアーリエンデは溜息。
「ぐぅ……まだ、まともに力が入らない……!」
念のためアーリエンデ謹製【弱ったJOKERなら何とか拘束しておける鎖】でぐるぐる巻きにされたジョウ。不出来な芋虫のようにもぞもぞともがくが……無駄な足掻き。
「あんた用に開発した超強烈な麻酔を、念入りに粘膜へ刷り込んでやったのよ? ろれつが回っているだけでも憎たらしいわ」
「……あの方法で何故、キミは平気なんだ……」
「あらかじめ中和剤を飲んでおいたに決まってんでしょ?」
「いや、そう言う意味ではなくて……」
「……? ああ、キスの事?」
「あ、ああ……」
「……そうね」
アーリエンデはジョウの頭を踏みつける足に力を込めてニッコリと笑った。なお、目は笑っていない。
「あんたがもう少し賢ければ、もっとロマンチックなファースト・キスにできたでしょうねぇぇぇ……本当に憎たらしいわこの頭が。馬車に轢かれたカボチャみたいになるまで踏み潰してやろうかしら?」
「ご、ごめん……痛だだだだだ」
アーリエンデが「本当に一回ぐちゃぐちゃにして、作り直した方が良いのかしら……」と脳再構築手術の仮想術式をシミュレートし始めた丁度その時。
アーリエンデのスマホにメッセージが入った。
「お、補佐から連絡……うん。月面都市の連中が降参したらしいわ。これで万事解決ね」
「……でも……しばらく、月の人たちの生活が……」
「主要電源が使えなくなるだけよ。ちょっと電力不足で不便になるだけ。どいつもこいつも大騒ぎし過ぎなのよ」
「しかし……電気が満足に使えないと、生死に関わる人だって出てくるかも知れないだろう……?」
確かに、医療施設の設備稼働に制限がかかってしまう事で、誰かに万が一が無いとも言い切れない。
まぁ実際は、予備電力はそう言った施設に最優先で回されるので、ほとんど心配する必要も無い事だが……。
「あんたはまーたそんな『もしも』で……あー……はいはい。どうにかするわよ。面倒くさいけど」
アーリエンデは「本当に面倒」と言った様子で首をボリボリと掻く。
「私が本気で頭を捻れば、地球から月への送電システムくらい一晩で何個だって作ってみせるから」
「……ど、どうして今までやらなかったんだ……?」
「あんたが絡まない研究って、身が入らないの」
「そうなのか?」
「そうなのよ。あんたのためなら時だって止められるんだけどね。不思議ね。どうしてだと思う?」
「随分と特殊な体質だな?」
「ええ、そうね。おかげさまでね」
「あ痛だだだだだだだ!? 本当にハロウィンの悪乗りで潰されたカボチャ頭になってしまう!?」
……これだから、この馬鹿野郎は。
そんな辟易とした感情を込めて、アーリエンデは再度、深く、深く、肺がまるごと零れだしそうなほどに深い溜息。
ジョウの頭から足を退けて、出入り口へと向かう。
「あんたは一週間くらい、ここで反省してなさい」
「うぎゅう……また謹慎か……今回は未遂だのに……」
「当たり前でしょ。あんたの事を愛している女を、泣かせようとしたんだから」
「むぅ……母や妹の事を出されると弱いな……」
「……バーカ」
まぁ、ここで今の言葉の真意を汲めるほど聡い男なら、こんな苦労はしていない。
「あとでカボチャのパイでも焼いて持ってきてあげるわ」
それだけ言い残して、アーリエンデはジョウ専用の謹慎部屋を後にした。
「……さて」
廊下を行きながら、指を折ってこれからやるべき事を整理する。
「まず月面都市への星間送電システム開発と……次は、コンスタントに運用できる超巨大隕石を破壊可能な兵器の開発……そしてあの馬鹿野郎が暴走した時のための新兵器開発……一つ目は急ぎだし、残りはいつ必要になってもおかしくないから……並列進行でやらなきゃね。やれやれ」
馬鹿野郎の幼馴染をやっていると、本当に苦労をする。
だが、アーリエンデは笑っていた。
……こんな苦労も「あの馬鹿野郎のためだ」と思うと、妙にやり甲斐を覚えてしまう。
そんな自分のわかりやすさが、どうにも笑えてくるのだ。