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転聖王女のオーバーキル!  作者: 杜若スイセン
chapter1 転聖王女が暗殺を防ぎすぎたら
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8.リーシェ・ヴァッシュ

 ……そのままソニアと戯れていようかとも思ったんだけど、どこからともなく気配。


「入ってきていいわよ」


 胸元に埋もれていたソニアを起こして、ベランダに通じる窓を開けに行く。我に返ったソニアが慌てて立ち上がろうとしたが、至福の時間を中断させてしまったところ。ゆっくりしていてもらいましょう。

 というか、そのくらいは自分でやらないと体力がなくなりそうだ。普段から至れり尽くせりで、ずいぶん甘えて生きているもの。


 この部屋は3階なんだけど、どこから入ってきたのやら。ベランダには外套を纏った女の子が控えていて、大きなガラス窓を開けて誘うと一礼して入ってきた。




「お疲れ様、リーシェ。この部屋の中では気を抜いて大丈夫よ」

「恐れ入ります、殿下」

「……だから、警戒を解いて構わないわよ。ソニアがいるし、外にはイザールもいるわ。王宮そのものだって、ネズミ一匹通さない警備が敷かれているわ」


 リーシェ・ヴァッシュ。私よりも歳下にしか見えない愛らしい幼女は、こう見えてふたつ上の14歳。凄腕の諜報で、数年前から私に仕えている。

 彼女の一族もソニアの実家と同じく代々王家に忠誠を誓っている家で、ローベイル家が表だとするならヴァッシュ家は裏。父様がいうには王家の左腕であり、表舞台にはその名前すら出すことなく王国を支え続けているらしい。


 伝聞形にしたのは、お父様からリーシェを与えられるまで、本当にそんな話は聞いたことがなかったから。それが隠密として素晴らしいことなのはわかるのだけど、初対面の相手を「これまでもお前を守っていたんだよ」と紹介されても困るというか……。

 ただ、それはつまり隠密が隠密をしているということ。実力の証左だと捉えて、信じることにした。


「何か変わったことはあった?」

「いえ。直ちに殿下に影響がありそうな事項は、なにも」

「そう。ありがとう」

「また、貴族家や市井についての情報ですが……」


 リーシェは有能で、かつ親切だ。自分の示した情報が王女の手札になることがわかっていて、明らかに不要な情報は省いておいてくれる。それでいて欲しいものを省くことはなく、報告もわかりやすい。本当に重宝している。

 いち王女に至るまでこれほどの人材を秘密裏につけられる基盤は、貴族の力が比較的強いこの国の王家の権威安定に大きく貢献していることは間違いないだろう。諸侯のことはわからないけれど、これほどの諜報が子女それぞれに与えられてはいないだろうから。






「……どうか致しましたか、殿下?」

「いいえ。なんでもないわ」


 ただ……リーシェ、あまり私に打ち解けてくれないんだよね。あくまで仕事という雰囲気が見えるというか、意図的に近付きすぎないようにしているように見えるというか……。


 だから、つい聞いてしまった。


「……ねえ、リーシェ。ひとつ聞いてもいいかしら」

「はい。私に答えられることであれば、なんなりと」


「それなら……あなたたちヴァッシュ家の、もうひとつの役目はなに?」


 その質問を言い切るかどうかというところで、目の前に銀色が閃いた。








「…………何の真似かしら、リーシェ」

「王女殿下。迂闊な発言は慎んでくださいませ」

「なるほど。できれば私には知らせたくないことなのね」


 返答は、皮膚を薄く切る僅かな痛みだった。

 リーシェは今、私の首元に隠しナイフを突きつけていた。その瞳は氷よりも冷たく、戯れで動いたわけではないと雄弁に語っている。


 だけど、これでもわかることはある。


「でも、絶対に知らせてはならないことではない。あなたが私を信じてくれた時までお預け、かしら?」

「殿下、お戯れは」

「だって、殺す気はないのでしょう」

「殿下」

「あなたが知らないわけがないもの。無詠唱で聖術を使える私は、喉を裂いても死なない」


 リーシェが押し黙った。図星だったようで。


 ……ところで、傍に控えているソニアは動いていない。それどころか、動じてさえいなかった。

 きっとローベイルの子供は、生家でこのことを知っているのだろう。


 それに、何となく見当はついた。でないとこんな真似はできないはずだし、ほかの要素も噛み合っている。

 私が口を閉じると、迷いのある動作でナイフが引っ込められた。切り傷は聖術で治しておこうか。




 見ればリーシェは戸惑っているような、訝しげなような顔。視線で促すと、今度は話してくれた。


「……殿下は、このような扱いを受けても動揺なさらないのですね」

「言ったでしょう? 私は喉を切られても死なないわ。胸へ刃を当てられていたら、少しは焦っていたわよ」

「いえ、そういうことではなく」


 忠実なはずの従者に突然ナイフを向けられても動じないのはなぜか。しどろもどろになったリーシェの発言は、概ねそんな感じの意を示した。

 なるほど確かに真っ当な意見。だけど、それはもう考えたことがある。


「古今東西の歴史の中で、腹心が突然裏切った例もいくつか存在するわ。本気であなたたちがそうだとは思わないけれど、従者が相手だからといって万が一を無視していればそのうち気が抜けて、どこかで足元をすくわれるかもしれない」


 ブルータスだとか、明智光秀だとか。有り得ないことではないんだよね。彼らの教訓から学ぶに、全幅の信頼を寄せることと小さな可能性を見過ごすことは同義ではないのだ。

 それを念頭に歴史書を読んだところ、この世界でもいくつか例があった。世界が違っても人間ということだろうか。


「それに今のは、私が踏み外しそうになったら止めてくれるということでしょう?」

「…………」


 誤魔化すのは難しいと思ったのか、押し黙ってしまった。その反応は肯定も同然なのだけど……。

 ただ……なんとなく訝しげな目。これ、信じられていないね?


「……殿下のお年でそのようにお考えができる方は、私は他に知りません。普通の貴族令嬢であれば、まだご両親に甘え強請って、自由気ままに過ごしているところかと」

「そうかもしれないわね」

「不躾で申し訳ありませんが……殿下はどうして、そのように大人びていらっしゃるのでしょうか」


 ……うーん、困った。質問を返されてしまった。それについては、私自身でもまだ結論が出ていないのだけど……。

 だから、少し穿った答えでその裏を示すしかない。


「もし私が死んでも、国は揺らがないわ」

「っ!?」

「殿下っ」


 二人揃って絶句してしまった。別に、これは事実なのだけれど……。


「だって、そうでしょう? 王位継承者は私だけではない。兄様も、シャルもいるわ。聖人だって、探せば見つかる」

「ですがっ」


 先に取り乱してしまったのは、リーシェだった。

 全く想像していなかった上に、ひどく動揺を呼ぶ台詞だったのだろう。見たこともないような必死な表情でまくし立ててくる。


「ですが、そのくらいでは。少し我儘になられた程度では、殿()()()()()()()()ようなことは……」

「やっぱり」

「ぁっ」


 難しいことではない。ローベイルと違って、ヴァッシュが守っているのは王族ではない。彼らは王家を、ひいては王国を守っているのだ。現にお父様もそう言っていた。

 そのためには国の害となるほど愚かな子供は邪魔だから、()()する必要がある。

 それが歴史的にも異常なほど善政を崩さないアズレイア王家の、隠された真実。時代に比して夭逝率が高い王家の闇だ。


「私が初代国王だとしても、同じことをするでしょうね。背後を守る刃が自分に向けられる可能性を想像しない者に、人の上に立つ資格はないもの」

「……アメリア様、あなたは」

「兄様もシャルも大人びていると思っていたけれど、道理ね。これを無意識にでも認識していれば、嫌でも成長するわ」




 私が話を逸らしたのを理解して、二人は揃って深呼吸を挟んだ。

 でもソニアはともかく、リーシェの表情は晴れない。……当然かもしれない。もしかしたら自分が殺されるかもしれない話をしていたのに、当の本人がその仕組みを肯定したのだ。


 もしかしたら、このリーシェの反応すら初代の計算づくなのかもしれない。そんなことを思った。

 だとしたら空恐ろしいね。数百年後の子孫とその従者の会話すら予見するなんて、さすがに普通じゃない。だけど……ありそうなんだよね。伝記に残る限りでは、この国の始祖、ものすごい傑物だったから。


「ねえ、リーシェ」

「……はい」

「もしも私がこれから大きく道を踏み外したら、一度目は正して頂戴。あなたにしかできない仕事よ」

「勿論でございます。私は殿下のために……」

「───そして、もしも二度同じ過ちを犯したら。その時は私を殺して」




 息を呑む音がふたつ。一拍遅れて声が返る。




「できません」

「そう言うと思ったわ」

「えっ」


 なんというか、優しいなあ。こんな従者に恵まれて、やっぱり私は幸せ者だ。

 現にほら、リーシェは私に試されたばかりなのに、まっすぐ瞳を向けてくれている。


「ですが、何度でもお叱り致します。それが殿下のためとなるのでしたら」


 たぶん、これも予定通りなのだと思う。もしもその王族が自分から仕組みを言い当てたら、それ以上は隠さない。そして自分を罰する権限を与えてきたら、それまでと違うことを言う。

 道を違えた王族を処理するための存在が、何度でも正すと言ってくれる。ひねくれた忠誠の誓い方だ。だからこそ信用できるのだろうけど。


 リーシェは私を認めてくれたようだ。握ったままだった短剣を鞘に収め、鞘ごと外して私に手渡してきた。

 こうして最終的には有能で忠実な従者が手に入るのだから、よくできた茶番だとも思うけど。


「……誓わせて頂けますか。私は貴女様の隠し刀だと」

「もちろん。これからも私のことをよろしくね、リーシェ」

「お任せください。殿下は私の、生涯で唯一の主君ですから」


 たった二人の私だけの配下の片割れは、そう言って含羞んだ。

 とんだ急展開だったけど……彼女の愛想でない笑顔を見たのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。

リーシェ「これで心置きなく殿下に忠を誓えますね」

ソニア「…………(主人独り占め瓦解の危機に身構える仔猫)」


なお二人は幼馴染です。



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