4.聖王女アメリア
その後は買った串焼き(羊肉のタレ焼きだった。臭みもなく香ばしく、大変美味しゅうございました)を頬張りながら、広場の噴水に腰掛けて街の様子を眺めたり。この間ばかりは私たちの動きが止まるから、好機とばかりに画家の卵たちがこぞって筆を取る。
こういう時にはできるだけ絵になる構図を意識したりとか、あまり動かないようにしたりとか。変な慣れがありすぎて、三人ともそういうよくわからない気配りが癖になっているのだ。
そして日も傾いてきて、そろそろ帰ろうかという頃。
「悪いがアメリア、少しだけ待っていてくれないか。諜報から少し情報が入った」
「わかりました。ここでお待ちしておりますね」
また嘘ばっかり。隠密はさっきからほとんど動いていない。これは兄様が私から離れるための方便だ。
シャルもついさっき『ビビッド・ガール』の競合店でもあるブティックに行くと言って私から離れているから、今は一人きりだ。
全く、わかりやすいんですから。
手持ち無沙汰になったからとそのまま一人で佇んでいたのだけど、しばらくすると視界に動きがあった。何やら護衛騎士が動いている。
「何かあったのですか」
「いえ。子供が一人、不用意に近寄ろうとしておりましたので」
見れば確かに。私よりも少し下くらいだろうか、あまり裕福ではなさそうな男の子が組み伏せられていた。武装らしきものもなく、護衛騎士を相手に何かできるような体つきでもない。
この骨ばって栄養失調じみた体では、どうせ騎士たちを出し抜くことはできないだろう。念のために最低限の距離をとったまま、手振りで拘束を解かせる。
「君、どうかしたの?」
「頼む、母ちゃんを助けてくれっ!」
「不敬だぞ!」
至極真っ当な怒りを見せた騎士を手で制する。上の身分を敬うのは、それができるくらい成長してからで充分なのだ。
まして切羽詰まっているようだからね。まずは話を聞いてやるのが先決だろう。
男の子は叱責にびくりと震えたけれど、目で続きを促せば口を開いてくれた。
「母ちゃんが、死にそうなんだ。王女サマって、聖術が使えるんだろ? 母ちゃんを助けてくれ……!」
「……殿下、お分かりかとは思いますが」
困り顔ながらも牽制の視線を向けてきたソニアに頷く。
この世界では、魔力は誰もが持っている。ですがその量は人それぞれで、その魔力を魔術として使えるかどうかもまちまちだ。たくさんの魔力を魔術として扱えるのは本当にひと握りで、そんな才能を持つ人物は大半が魔術師として職についている。
ただこの魔力や魔術の才能、ある程度遺伝するみたいなんだよね。だから優秀な才能を持った魔術師は多くが貴族に取り込まれ、貴族の血は優秀な魔術師を輩出しやすくなっているのだ。
……まあ、ありがちだ。前世にはこういう設定の作品は多くあった。こういう世界に生まれて分かることなんだけど、合理的なんですよこれ。
もちろんそれは王族とて例外ではなく……というか、王族は特に顕著。母様も高位貴族で有数の魔術師だったし、シャルの本来の母親も同様だった。その繰り返しもあって、王族は多くが強力な魔術の才能を持っている。
もちろん、私も例外ではなく。
だけど。
「……落ち着いて聞いてね」
「…………うん」
「私は、あなたのお母さんだけを助けるわけにはいかないの」
「そんな……」
「もしそうしてしまったら、同じように病に冒されている民がこぞって私を頼るでしょう。そうなってしまえば、国の秩序が乱れてしまう」
ソニアが制してきたのはまさにこれが理由。城に押し掛ける民も制御しきれなくなって、一気に治安が悪化するのが目に見えているのだ。
だから、この男の子のお母さんを優遇することはできない。勇気を出して頼みに来てくれたといえば聞こえはいいけど、前例を許してしまえばそれはただの強請になってしまうのだ。
……ただ、この件。主な問題は城下の治安にあるんだよね。
絶望したような表情で立ち尽くす男の子を、そのまま放置するというのも外聞が悪い。何しろ私、できないとは言っていないし。
「ソニア」
「はい」
「私、しばらく魔力を使っていなくてむず痒いの」
「では、普段通りに?」
「ええ。魔力を捨てたいのだけど、用意できるかしら?」
「かしこまりました。すぐにご用意致します」
「諸君、第一王女殿下からのお達しだ! 近隣の診療所に傷病人をかき集めろ!」
従者たちは知っている。私がこと魔術に限れば兄様よりも長けていて、特に聖術を得意としていることを。
国民たちは知っている。規格外の魔力を余らせている私は時々、王都各地で傷病人を集めては持て余した魔力を押しつけていることを。
私は知っていた。アメリア・フォン・アズレイアという少女は、『セイクリッド・サーガ』作中で《聖女王》とも称された人物であることを。
ひとまずの支度が済んだとの報を受け、私は男の子を連れて診療所へ向かった。
用事を終えた兄様とシャルも一緒。もはやこれも恒例行事のようなものだから、今更驚いたりもしていない。
「こちらへ」
「集まっているようですね」
「地区内で治療が必要な患者はほぼ全てを集められました」
さすがは王宮配属の従者や護衛騎士たち、仕事が早くて何よりだ。この突発イベントはいつものこととはいえ、もしも日が沈んでも帰らないとなれば心配させてしまうからね。
ここまでついてきていた男の子は、中でも特に重病そうな女性のもとへ駆けていった……のだけど。
「母ちゃん! これで、これでもう大丈夫……」
「この大馬鹿者が!!」
「っ!?」
そのお母さんに一喝されてしまっていた。まあ、こればかりは当然というか。
お母さんにとっては死ぬよりも怖いくらいの思いだろうけど、子供は失敗して学ぶものだ。一度の失敗によるダメージが大きい王侯貴族の子女ならともかく、庶民の子の一度の過ちくらいは許してやってくださいな。
もっとも、この国の王族が不寛容な人物だったらもう首が飛んでいるだろうけど。私がそのあたり緩いからこそ言えることではあるけど、それもまた巡り合わせである。
「あんた、自分が王女様になんて態度を取ったかわかって……ごほ、ごほッ……!」
「どうかそのあたりで。少しでも体力を温存しておいてください」
「あ、アメリア殿下……」
この世界には聖術、つまり治癒魔術が存在しているものの、その実態は万能ではない。悪いもの(怪我や呪い、毒やおそらく病原菌なども)を取り除く代わりに、患者の体力をある程度奪ってしまうのだ。
仮にそれで命を落としたとしても、苦しみを和らげて安らかにすることはできるけれど……助けたいのは当然のこと。
「皆さんも、どうか楽になさって」
兄様は何も言わず、ただ肩をすくめて下がった。自分の妹をなんだと思っているのやら。
私専属の護衛騎士ひとりを残して、健康な人間を範囲外へ。そのほうが患者の症状が和らぎやすいのだ。
準備が整ったので、早速。
魔力を膨らませ、練り上げて指向性を持たせる。術陣を組み、意味を与えて展開。
その力は「聖」。遍く病魔を打ち払い、あらゆる傷を癒す天使の御業。
その一端を、ここに。
「───《聖癒領域》」
その魔術は「聖」の魔術でも上位。自分を中心として円形に、内部の者を癒す領域を生成する大型魔術だ。
効果は目に見えて現れた。数人を蝕んでいた感染症の病状はぴたりと収まり、苦しそうな寝たきりの老婆も表情が和らぎ、骨折の痛みに啜り泣いていた少女はきょとんとして泣きやみ、元冒険者の男の肘からは欠損していた腕が生えてきて。
私のやたらと膨大な魔力を何割か吸い上げて発動した大型魔術は、阿鼻叫喚も同然だった診療所をあっさり沈黙させてみせた。
「お、おおお、なんてこった……」
「すごい、苦しくない……!」
「あれ……痛く、ない?」
「腕が、腕がある!!」
沸く空間。患者たちは驚愕混じりの喜びに溢れ、わけもわからずに周囲の人とハグしているような人たちさえいる。諦めていた命や傷が、瞬く間に元に戻ったのだ。無理もないだろう。
何度見ても飽きないその光景を見届けて、私は兄妹と従者たちを連れて踵を返した。……が、背中に声がかかる。
「王女サマっ」
さっきの男の子だ。母親を隣に連れて、数分前までとは真逆の表情を向けてくる。さっきは少し暴走しただけで、本来はまっすぐな良い子なのだろう。
そのまま何かを言いかけたようだけど、私はそれを聞かずに言葉を被せた。
「母ちゃんを助けてくれて、」
「これは独り言なのだけど」
自分でもなかなか白々しいと思うんだけど、これは父様に言いつけられた防衛手段だ。
私はなるべく冷たい声色を心がけながら、何度も口にしたせいで丸暗記しつつある文言を紡ぐ。
「私は生まれつき魔力を持ちすぎていて、魔術を使わずにいるとむず痒くなってしまうの」
「……ぇ」
「だから今は、溜まりすぎた魔力を捨てただけ。そこに庶民が居ようが、それで何が起ころうが、私の知ったことではないわ」
「でもっ」
「さて、帰りましょうか。暗くなるまでには城に着きたいですから」
背中に突き刺さる視線と気配を全力で無視して、そこからまっすぐ城へ。ただの魔力発散で近くにいた民がどうなろうと、私には知ったことではないのだ。
……とはいうけれど。
やっぱりこれ、無理があるんじゃないかなあ。
アメリア「どうせ捨てるなら有効活用したいじゃないですか」
転生しても聖女は聖女。
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