3.兄妹で城下を歩く
まだ始まったばかりにもかかわらず、さっそく多くの方にお読みいただけているようでとても嬉しいです。
どんどん続いていきますので、今後ともよろしくお願い致します。
そして昼過ぎ。退屈ではないものの真新しさもないダンスレッスンを済ませ、この世界では珍しく有意義な『ビビッド・ガール』との会食を終えて、今日の必須の予定は終わり。
つまり心置きなく遊べるというわけですね。
「姉様っ!」
「シャル! 二日ぶりね、会いたかったわ」
「私もです。姉妹なんだから、毎日会いたいのに……うぅ」
「仕方ないわ。私たちは王族だもの、今のうちにできるお勉強はしておかないと」
庭の花壇で待っていた私に声をかけてきたのは、第二王女のシャルロッテ。私のひとつ下の義妹で、まあとにかく可愛いんだこれが。
凛々しいだとか美しい系だとか前世でファンからの評価が分かれたアメリアと違って、シャルは満場一致で「かわいいオブザイヤー」。ヒロインたちのように強さと弱さという描かれ方をしなかったこともあって、ただとにかく可愛い。
「実は昨日、アップルパイの焼き方を教わったんです。姉様にも今度食べていただきたくて……」
「ふふ、楽しみにしているわ」
「はいっ!」
ただ見かけ通りの箱入りの儚いお姫様かと思いきや、これで行動力のある子でもあった。渋る従者に無理を言って、本来なら王族はあまりやらせてもらえない料理や裁縫なんかを教えてもらっていたりもする。
そんな健気なところも可愛いから、結局みんな彼女が望むように動いてしまうのだ。生まれる時代や環境が違えば傾国姫だったかもしれない。
ちなみに私も時々一緒にいろいろさせてもらっている。普段いい子にしている分、ちょっとした悪戯だ。
ただ、彼女は私の実の妹ではない。正確に間柄を示すのであれば、父方の従妹となる。
私たちがまだ本当に小さかった頃、シャルの両親だった王弟と王弟妃が事故で亡くなったのだ。一人残されたシャルは後見人を立てられて育つはずだったところを母様に引き取られて、王の養女ということになって王室で暮らしている。
物心ついた頃から姉妹として接しているから、私とシャルはほとんど実の姉妹のようなもの。お互いの機微もわかっているし、喧嘩もほとんどしない仲良し姉妹だ。
そして、もう一人。
「すまない、遅くなった」
「いいえ、兄様。私もシャルも、たった今来たところですよ」
「そうですよ、兄様。どうかお気になさらず」
「ありがとう。アメリア、シャル」
数分遅れて歩いてきたのは、第一王子のベネディクト兄様。私のふたつ上で、今年で15歳になった。この国では15で成人となり、王位継承権第一位は王太子に叙せられる。つまり兄様、王太子だ。
乙女ゲームに出てきそうなまさしく王子様というイケメンで、ゲームで国王となる私を超える万能貴公子である。別に面食いのつもりはないけど、実兄ではなく手の届く身分だったら惚れていたと思う。間違いない。
「今週はなかなか二人と会えなくて辛かったんだ。元気な顔を見られて嬉しいよ」
「兄様ったら、姉様と同じようなことをおっしゃるんだから」
「そうなのかい?」
「お恥ずかしながら。血は争えないのかもしれませんね」
話しながら、腕を広げてきた兄様の胸元へダイブ。一週間ぶりの兄様だぁ……。
兄様は仕事もできてかっこよくて、早くも王国安泰と囁かれる自慢の兄なんだけど、妹離れができないという可愛らしい欠点を抱えていたりもする。私的な場では会う度にハグを要求してくるんだよね。
まあ、求めてくれるのをいいことに躊躇なく応じる私も私。兄離れできていないのは私の方かもしれない。
「ほら、シャルも」
「え、わ、私はっ……」
「……アメリア。俺はシャルに避けられているのかな」
ただ、シャルは少しだけ違う思いを持っているようで。
この反応、あの表情、やっぱり間違いないよね。面白いくらい真っ赤で本当に可愛い。
だから兄様、どうかお気づきになられて? 間違いなく杞憂ですから、そんな悲しそうな顔はしないでくださいまし。
兄様は王位を継ぐ者として、業務の実務訓練を行っている。三年前から領地を持って運営を行っている(王都から離れることは中々できないから、代官に指示を出す形だけど)し、成人してからは国政にも意見を言っている。
ただ、このアズレイア王国は今は平和で安定した国ということもあって、国王でも少なくとも週に一度は休日を取れるんだよね。それは兄様も同じで、今日の午後のように空く日もあったりする。
で。私たち兄妹の仲の良さを見てか、私とシャルの休日は兄様に合わせて作ってもらえているのだ。
そうなると週に一度のペースで三人が揃うから、いつも集まって遊ぶことになる。ある時は王城の中で、ある時は城下の街へ繰り出して。
つまり今は、三人でお出かけ。後方にメイドや護衛騎士が、四方に気配を消した隠密が控えているけど、三人ったら三人なのだ。
そして、政治体制が安定していて、国民の生活も豊かな国で王族が街に出るとどうなるかというと。
「王太子殿下、ばんざーい!」
「アメリア殿下、どうかこちらをお向きに!」
「シャルロッテ殿下! 当店の宝石をご覧になって行かれませんか!?」
「殿下方! どうかうちの串焼きを食べていってくだせぇ!」
「馬鹿野郎、高貴なる方々にそんな低俗な物を食わそうとすんじゃねえよ! そんなものより是非、うちのカップケーキを!」
こうなります。
聡明で責任感の強い兄様は賢王間違いなしとされてたまに道端で平伏されるほど大人気。私やシャルもどうやら評判はいいようで、国民にきつい態度を見せられたことは一度もない。
しかも自分で言うのは恥ずかしいけど、うちの王家はみんな顔がいい。皆さん一目でも見ようと必死である。後ろにいる護衛たちに睨まれない最大限を攻めつつ、道の端ではたまに押し合いにまでなっている。
なぜかこの国の若手画家は街に降りてきた王族を描いて名をあげるのが伝統となっているから、若い男女がキャンパスを抱いて必死にスケッチしてもいる。さすがに慣れてきたけど、最初は気恥ずかしいのなんの。
王女のお墨付きを得たい装飾品店も必死だし、「殿下方御来店!」の看板を掲げたい屋台や食堂も目が血走っている。歓迎されているのは間違いないんだけど、されすぎて妙な緊張感があるんだよね。
「……さて、いつも通りゆっくりしようか」
「ええ。シャル、どこから行く?」
「ええと……あそこのお店と……」
もっとも、私たちは慣れているからそんなことはお構いなし。今さらこの程度で緊張なんてしませんとも。
シャルが示した武具屋を覗き(シャル、意外なことに武器とか好きなタイプなんだよね。騎士団の訓練とか、格好いいと言ってたまに見に行っている)、宝石店を眺めて母様への結婚記念日プレゼントを選び(王族はプライベートで経済を回すのも責務のうちだ。慣れないうちは控えめにしすぎて叱られさえした)、わざわざ紙袋に詰めてくれたカップケーキを持ち帰りでメイドに持ってもらい。
意外と体力のある三人は疲れもせずに次々と回っていく。本気で声を掛けられた場所にはできるだけ回るようにしているのだ。喜んでくれるのは嬉しいんですよ。
「ほらな、お姫様相手に串焼きなんぞ出すのがてめぇの失敗だ!」
「なんだとぉ!?」
「店主さん、串焼きを三本」
「ほら、もう向こうに……あれぇ!?」
「わあぁっ!? お、お見苦しいところを……!」
「ふふ、楽にしてください。民のよき日常を見ることは、王族の喜びですから」
感激して平伏する周辺の市民と、慌てて取り落としそうになりながら串焼きを手渡してくれる店主。……おっと、少しだけ指先が触れてしまいましたね。まあ、いいか。
万一の可能性を考えて、見えないように背を向けてから小規模の浄化の聖術。市民のことも護衛たちのことも信じてはいるけど、信頼と怠慢は別物だ。
「お、俺もう一生手を洗わねえ……!」
「ばっかアンタ、食いもん売っといて手を洗わねえはねえだろ!」
……うん、ちゃんと衛生には気をつけてくださいね。
シャル「むり……兄様とハグなんて、心臓がもちません……」
アメリア「11歳の義妹が兄に惚れている件について……と」
まずはきょうだいの登場から。ちょっとシスコンだけどほぼ完璧超人な王太子と、辛い過去を持ちながらも健気に従兄へご執心な第二王女でした。
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