2.王女の朝
ここから本格スタートとなります。王女の本性がどんどん暴かれる……。
……そんなことを朝から考えていたからか、今は普段より少しだけ前世の感覚が強い気がする。
ちょうどいい、前世の感覚をもっと前面に出して色々と整理していこう。いつもと違う感想が出てくるかもしれないし。
ここはアズレイア王宮別館にある王族居館の一角、第一王女アメリアの寝室。天蓋つきの大きくふかふかベッドの中で、とりあえず今は一人きり。
本当に今更だけど、凄いね王女様。まさしく御伽噺のお姫様って感じだ。部屋からしてきらきらである。
起き上がってみる。……特に体に不調とかはなさそう。むしろ好調なくらいだ。まだ12歳なんだけど、前世で大人だった時よりも動けるかも。
そう、アメリアってけっこう動けるんだよね。どのシーンかは覚えていないんだけど、『セイクリッド・サーガ』内でも戦闘に参加していた画面がうっすら思い出せる。
部屋の姿見に映る姿は王宮から出たこともなさそうな箱入りお姫様そのものだけど、すでに4年後の片鱗はあるようだ。
……自分が将来そういう場面に遭遇する可能性については、まだ考えないでおこう。うん。
体内に意識を向けると───血流とは別に、何かが体を巡っている感覚。これ、魔力だ。この世界には魔力と魔術がある。
むしろ前世にはなかったんだよね。今の私にはあるのが当たり前だから、あるかないかという捉え方そのものが新鮮ですらある。
中でもアメリアは非常に強い魔力を持つ人物で、その力は勇者パーティ顔負け。魔術師セレスティーネが途方に暮れるほどだった。
アメリアは自己鍛錬にも熱心な人物で、執務を行いながらも体内での魔力循環を欠かさないという描写があった。実際にやってみると……魔力がより一層循環する感覚。心地いいんだ、これ。ずっとやっていたくなる。鍛錬という感覚はないけど。
布団から出て、ベッドの縁に腰掛ける。正面に見えるのが、私の私室に繋がる扉。寝室と別に部屋があって、しかもスイートルームもかくやの広さを誇っているのだ。私も家族もあまり華美な装飾は好まないから飾りは控えめだけど、その分のびのびと過ごせるお気に入りの場所のひとつである。
私は伸びをして立ち上がり、室内靴を履いてそちらへ。広い部屋を横切って洗面室へ向かい、顔を洗ってしっかり目を覚ました。水が潤沢な国なので、節水が切羽詰まっているということもなく。毎日お風呂にも入れるのは嬉しいところだね。
ただし、自分でする身支度はここまで。質のいいタオルで顔を拭いて戻る途中、部屋の扉がノックされた。
「はい」
「お目覚めですか、殿下」
「ええ。おはよう」
中から音がしたことに気づいた、護衛騎士の声だった。一晩中部屋の前で見張りをしてくれる彼らには頭が上がりません。下げてはいけないんだけど。
王宮の中なのだから、夜にまで警戒をする必要はないのでは……なんてお気楽なことを言える立場ではない。立場上何かと周囲が騒がしくなりがちな私の平穏は、彼らや従者たちの献身で成り立っているのだ。
「少々お待ちください、すぐにメイドをお呼びします」
「いいえ、大丈夫よ。彼女が休んだのは私が眠ってからなのだから、支度くらいゆっくりさせてあげて」
「ですが……」
「私は魔力の鍛錬をします。今から30分は声を掛けないで頂戴」
「……承知致しました」
それきり声はかからなくなる。ちょっと搦手だけど、嘘は言っていないから許してほしい。
こうでも言わないと、私が寝ている間しか気を休められないメイドたちが急かされてしまうのだ。私の目が早く覚めたせいで誰かが疲れるなんて、嫌ではないか。
時間の潰し方はいくつかあるけど、ああ言った手前だ。宣言通り贅沢に時間を取って、しばらく魔力を練っていることにしよう。
魔力を回し、密度を上げて、思い通りの形にして具現化。ついでに室内の観葉植物に水やり。掌の上に旋風を作り、火を作り、次々に属性を変換する練習。
実のところ、この国で女の貴族に魔術は不要だ。なくても生きていけるし、あって明確に重宝するということも特にない。
が、あるものは育てようと考えるものは私だけではなかったりもする。ないよりはある方がいいからね。
体内時計で30分。切り上げて精神集中を解くと、数秒と間を置かず外から護衛騎士とメイドが会話する声が聞こえてきた。
「殿下」
「どうぞ」
「失礼致します」
慣れたやり取りで入ってきたのが私の専属メイド。私の担当として身の回りの世話をしてくれるメイドは数人いるのだけど、その中でもずっとそばにいてくれるのが彼女だ。他の子達は暇な時は王宮の掃除など、他の仕事も受け持っている。
彼女はソニア。「私と常に一緒にいること」が仕事である、ちょっと特殊な立場のクラシカルメイドである。私と同い年の12歳で、濡れ羽色の綺麗な髪と眼を持つ美少女……まだ美幼女か。
同僚からの嫉妬とか、この手の話ではありがちじゃものだけど……そのあたりどうなのか、と彼女たちにこっそり聞いたことがあった。返ってきた答えは「ものすごく緊張しそうだし、完璧にこなしているソニアは羨ましいけど尊敬する」。平和な職場だった。
……ここまではいいんだけど、彼女たちが退室した直後に「専属になんてなったら姫様が可愛らしすぎて卒倒しそう」だとか「ソニア様はよく平気だよね」とか聞こえてきて微妙な気持ちになってしまった。
あなたたち、そういう話はもう少し遠くでしましょうね?
ちなみにこのソニア、現王宮メイド長を務めている貴族夫人の愛娘だったりする。彼女は母親から徹底的に仕込まれているのだ。
そんな私担当のメイドたちが、ソニアの後ろにぞろぞろ。身支度だからね、朝とお風呂だけは数人総出だ。王女なんてそんなものです。私はメイドの着せ替え人形。
とはいえ、選りすぐりの美少女たちで編成された王女付きメイド隊はなかなかの眼福。そんなもので鼻の下を緩めるような質でもないけど、可愛い方がいいのは事実である。
という感じの趣旨で彼女たちの容姿を褒めてみたところ、全員揃って打ちひしがれてしまったので以降は控えている。あの頃の私は無垢すぎたというか、自覚がなかったんだ。どうか許してほしい。
ネグリジェから普段着のドレスに着替えて、最低限のアクセサリーをつけて、髪を結って少しだけお化粧。「姫様は何もしない方が綺麗なのに」と口を揃えるメイドたちだけど、マナーは大事である。
……ただ、これは本当で、自分で見ても化粧なんてないほうがよく見えるんだよね。恐るべし、ゲームキャラ。
前世の頃の努力はなんだったのだろうか。
いろいろ終わるとメイドたちが退室して、室内にいるのは私とソニアだけ。これがデフォルトだ。
私は一人がけのソファに腰を下ろしていて、ソニアは手持ち無沙汰だからと何故か私の手を揉んでいた。……いちいち絵面がロイヤルなんだよ。
「今日の予定は?」
「午前中はダンスレッスン、お昼には“ビビッド・ガール”との会食が入っております。午後は何もございませんが……」
「ええ。兄様とシャルと、城下に出る日だったわね」
「はい。……あとは、両陛下から伝言がありました。今夜は予定が空きそうだ、と」
「本当? それなら、久々にご一緒できそうね」
“ビビッド・ガール”というのは、王都の貴族から庶民にまで近ごろ大人気のブティックである。開き直って私に打算マシマシの献上をしてきたのを気に入って、得意先の公言を許しているのだ。
彼らは極端な例だけど、そのような形で身分の差を飛び越えるものが存在するのは喜ばしいことだと私は思っている。何事もメリハリと実利ですよ、やっぱり。
そして午後は、週に一度のお楽しみ。しかも今日はもうひとつ幸運が繋がったようだ。
多忙な両親と顔を合わせられることは、実のところあまり多くない。楽しみが増えて何よりだ。
アメリア「王都は私の庭ですから」
ソニア「(当たり前では……?)」
大体こんな感じで進んでいきます。アメリアがシリアスを維持できるのはモノローグだけじゃけえ。
明日からは18時に毎日更新です。お待ちください。