幻(まほろ)
少年「ねぇ、ゆきちゃん、おおきくなったらぼくのお嫁さんになって!」
少女はいたずらするような顔で
「えぇー!りっくんとー!どうしよっかなー!りっくん、泣き虫さんだしなー」
少年はここでも泣きそうな顔になったがぐっと涙をこらえて
「もう、泣かない!ゆきちゃんに嫌われないように泣くのやめる!」
少女は少しはにかんで
「うん、泣き虫りっくんじゃないならお嫁さんになってあげてもいいよ!」
少年は満面の笑みで
「やった!約束だからね!ゆきちゃん!ぼく泣き虫やめるからね、お嫁さんになってね」
「夢か。。。」
僕は目覚めがよい。
いつも決まった時間に起きる。
目覚め時計のお世話になったことはない。
ふと本棚に目をやるといつも立ててある写真立てが倒れていた。
「あれ?なんで倒れてんだろう?」
なぜか昨日はちゃんと立ててあった写真立てが倒れていた。
そこで僕は気づく。
「そっか、明日はゆきちゃんの誕生日だもんね。大丈夫。忘れてないよ。」
そこには年中さんと思しき少年と少女の進級の記念に撮った写真。
僕は写真立てを立て直してつぶやいた。
そう、明日はゆきちゃんの誕生日。
そして。。。
命日でもある。
この写真を撮った1ヶ月後の事だった。
この日はゆきちゃんのお誕生会をするべく足早に幼稚園からの帰路についていた。
ゆきちゃんは嬉しそうに早く帰りたくて仕方ない様子。
早く帰りたくて帰りたくて。。。
ゆきちゃんはお母さんの手を離し横断歩道を駆けていった。
信号のない交差点。
車の運転手も不意に飛び出してきた少女を避けることは難しかったのであろう。
ゆきちゃんはこの日帰らぬ人となった。
お誕生会の陽気なムードから一転して皆が悲しみのどん底に落ちた。
ゆきちゃんが居なくなってから僕はどう生きてきたのかわからないような感じがする。
もうすぐ、高校受験なんて話も出ているが僕には現実味がなかった。
ゆきちゃんを失ってからの僕は人と話すことができない。
同級生たちも皆、同じ顔にしか見えないし話しかけてもこない。
今日も登校するため制服に着替え部屋を出る。
誰もいない家。
どうやら、父と母は離婚したらしい。
どうしてそうなったのかすら知らない。
僕は父に引き取られたのだが父は僕が起きる前に出社し僕が寝た頃帰宅しているようだ。
食事も済ませてきているのか分からないが家に生活感が全くなく、もしかしたら帰ってきてないのもしれない。
お金だけは置いてくれてるようだが。
僕は家を後にして学校に向かう。
この通学路にはあの事故の交差点も通らなければいけない。
あの事故以降、この交差点には信号が設置されたようだ。
信号機の柱に花やお菓子等が手向けらていている。
きっと、ゆきちゃんのご両親だろう。
いろんな花やお菓子やおもちゃも。
僕が好きだったヒーローのお人形は僕がゆきちゃんにあげたもの。
もう、すっかりくたびれた様子だ。
年月というものを感じさせられる。
足早に横断歩道を抜け学校へと向かう。
この場所には長居したくない。
学校の教室の席に座る。
誰も僕の事を見ない。
まるで居ないものとして扱われてるようだ。
でも、それでいい。
僕もその方が気楽だから。
先生が授業で話してることすら僕の耳には入らない。
運良く僕は窓ぎわの席。
僕はぼんやりと外を眺めながら時間が過ぎる。
ぼんやりとしているだけでも時間は過ぎていく。
授業終了のチャイムが鳴り僕は早々に学校を後にする。
帰宅途中にまたあの交差点を悲しい気持ちのまま足早に通り過ぎ誰も居ない家に着く。
僕は部屋に入り制服を脱ぎ捨てるとベッドに横たわる。
明日は休日だ。
ゆきちゃんの好きだったチューリップを買ってゆきちゃんに会いに行こう。
黄色いチューリップがいいかな?
ゆきちゃんは黄色が好きだったもんな。
そんな事を考えていると睡魔が襲ってきた。
僕は寝付きもいい。
あっという間に僕は眠りに落ちた。
深い深い眠りに。
朝、いつもの時間に目が覚める。
しかし、なんか変だ。
目覚めた時に見たものはいつもと違う光景。
知らない天井、知らない壁になぜかセミダブルのベッド。
しかも、まだ温もりがある。
さっきまでここに誰かがいたような。
混乱する頭をフル回転させるもここは昨日までの部屋ではない。
そこにあるはずの机や本棚もない。
僕は訳がわからないまま考えこんでいると人の気配がする。
それといい匂いも。
僕は部屋を飛び出した。
そこで見た光景は信じられないものだった。
キッチンで料理をする女性。
大人びて顔も雰囲気も少し違うがゆきちゃんにそっくり。
というか、ゆきちゃんが大人になったらきっとこんな感じだろうな?って想像していた女性がキッチンで手際よく料理をしている。
僕は思わず
「どうしたの!どうなってるの?」
そう叫んでいた。
その声にびっくりするように振り返った女性は紛れもなくゆきちゃんだ。
間違いない。
彼女はびっくりしながら
「どうしたの?なんかあったの?」
なんて聞いてくる。
僕は混乱する頭から声を絞り出す。
「どうして、ここに居るの?というかここはどこ?」
ゆきちゃんはきょとんとした顔で僕に話す。
「どうしてって、ここが私たちの住まいじゃない」
僕が呆然としているとゆきちゃんは少し笑っているような、困ったような顔で僕には言う。
「昨日、新婚旅行から帰ってきて疲れちゃった?」
へ?新婚旅行?なにそれ?
僕は今、自分に起きていることがわからない。
そんな僕にゆきちゃんは言う。
「朝ごはんもうすぐできるから顔洗ってらっしゃいな、ダンナさま」
僕は言われるがまま洗面所と思しきところに行き鏡を見てまたびっくりした。
中学生の僕じゃない。背も高くなり顔も違う。
「どうなってんだ?なにこれ?」
僕は未だに状況を理解できていない。
でも、待てよ。
これ、夢だよな。
ほっぺを軽く叩いてみる。
痛い。ような気がする。
状況をどう考えても夢としか思えない。
しかし、事実、ゆきちゃんは居て僕も大人になっている。
そうこうしてるとゆきちゃんが洗面所に来た。
「いつまで、顔洗ってるの?ご飯できたから食べよ!」
そういう彼女に僕はうなずくだけだった。
テーブルの向こうにゆきちゃん。
大人になってキレイになったゆきちゃん。
僕が彼女のことをじっと見ているとゆきちゃんは恥ずかしそうに言った。
「そんなにジロジロ見てどうしたの?なんかついてる?」
僕は思わず
「いや、ゆきちゃんがキレイだから」
そう言うと彼女は照れながら言う。
「りっくんもかっこいいよ。さすがは我がダンナさまだねー、あの泣き虫くんとは思えない」
そう笑って答える。
僕はもう考えるが追いつかくなっていた。
夢なのか現実なのかわからないけどせっかくゆきちゃんとの結婚生活を楽しみたくなった。
ゆきちゃんの料理を食べながら感動した。
美味しい!
「ゆきちゃん、料理上手だね、美味しいよ」
そう言うと彼女はまたまた照れながら言う。
「なにそれ?褒め殺し?料理なんて前から作ってあげてたでしょ?」
前から?
僕は不自然をぬぐい去るように言う
「えと、前から美味しかったけど今日はまた格別と言うか。あはは」
そんな言葉を聞きながらゆきちゃんは僕には言う。
「幼稚園の時からの約束、ちゃんと守ったでしょ?りっくん、泣き虫どころか強くなったもんね」
続けてゆきちゃんが話す。
「泣き虫どころかいつの間に私のこともどんどん追い越して行って小中高も同じでいつも私の事守ってくれたもんね」
懐かしそうな顔をしながら彼女は続ける。
「大学は違ったけどそれでもずっと側に居てくれたよね。ほんと、喧嘩らしいこともなかったし優しくてずっと良い彼氏だった」
正直、覚えがない。
覚えはないが僕はこの時間を幸せに感じていた。
ゆきちゃんがお嫁さん。
夢でもなんでもいい!この時間を楽しもう。
そうしていると自分の中から記憶みたいなものがだんだん芽生えくる。
そうか、僕はゆきちゃんとずっと一緒に居たくて高校も成績のよかったゆきちゃんの側に居るために猛勉強して受かったんだった。
大学はさすがに無理だった。
ゆきちゃんの選んだの女子大だから。
ゆきちゃんには夢があるって言ってた。
綺麗なお洋服を作りたいって。
僕は違う大学ながらも頑張ってそれなりの会社に入社できた。
まだまだ未熟だったけど早くゆきちゃんと結婚したくて入社して3年くらいでそれなりに収入も得られてきたので思い切ってゆきちゃんにプロポーズしたんだ。
ちょっと早いかなって言われるかと思ったけどゆきちゃんは泣きながらOKしてくれた。
そして、身内だけの質素な式だったけど2人で永遠の愛を誓ったんだ。
ウェディングドレス姿のゆきちゃんはキレイだった。
僕は彼女に言った。
「僕、ゆきちゃん幸せにするために頑張ってきた。それはゆきちゃんが側に居てくれて励ましてくれたからあんな会社にも入れてこうしてゆきちゃんと結婚できたことはほんと嬉しい」
彼女は少し泣きそうなでも嬉しそうな顔で聞いてくれた。
幸せを絵に書いたような光景だった。
そして、彼女が言う。
「今日、まだお休みだからデートしたいな。でも、新婚旅行で疲れてる?」
僕は嬉嬉として答える。
「大丈夫だよ。疲れてないしどっか行こっか」
彼女もまた嬉しそうに言う。
「じゃあ、ショッピングしましょう。生活に足りないものもあるし晩ご飯の買い出しも」
僕もその言葉に賛成して2人でショッピングデートを楽しむ事にした。
それなりに規模のあるショッピングモールに向かい彼女とあれこれと話して買い物をする。
楽しい!こんなに楽しいのいつもながらゆきちゃんとのデートは楽しい!
僕は感動に震えていた。
彼女も終始笑顔で2人でニコニコしながらショッピングを楽しんだ。
ゆっくり必要な物とか話して探したりちょっとモール内のカフェでお茶したりいっぱい話していっぱい笑って買い物をした。
帰宅して買ったものを部屋に飾り付けたり家の片付けなんかしてるうちに夜になる。
彼女は晩ご飯の支度を始める。
トントンと気持ちのいい包丁の音。
手際よく出されたのはオムライス。
僕の大好物だ。
あーん、なんて恋人気分で食べさせ合いっこもした。
幸せだった。
そして、夜も更け。
先にお風呂に入った僕はベッドで彼女を待っていた。
恋人のうちはお預けされてて新婚旅行中も忙しく動き回ったのでお互い疲れ出来なかった新婚初夜。
彼女がお風呂から出るのをひたすら待っていた。
初めて、身体を重ねる事に期待を抱きながらも僕の中の睡魔が襲ってくる。
今日もいっぱい動いたし疲れてるんかな?
でも、これで先に寝てしまったら彼女はガッカリだよね。
頑張って起きてよう。
そう、考えるも睡魔はその強さを増していく。
やっぱり、僕は寝付きがいい。
僕は眠ってしまったのだ。
僕が眠った。
それを自覚した時に僕に異変が起きる。
僕の身体は光を放ち宙に舞う。
そして、身体は小さく子供になっていた。
僕は不思議な気持ちで宙にいるとどこからか声がした。
「どうですか?あなたの希望の未来は見えましたか?」
僕はその時全て理解した。
そうだ。そうだったのだ。
あの日。
ゆきちゃんのお誕生日。
横断歩道で車にはねられたのは僕だ。
ゆきちゃんは横断歩道を渡り僕を待っていてくれた。
僕はゆきちゃんのそばに早く行きたくて横断歩道を駆けたのだ。
ゆきちゃんは待っていてくれたのに。
僕はその時からこの横断歩道に居る。
僕は僕が死んだことすら分からず、
ずっとさまよっていたのだ。
子供の僕にまたどこからか声がする。
「あなたがずっとこの場所に居ることによってあなたと同じような気持ちの人達が集まりだしたの。その中には邪悪な気持ちを持った物も。それに呼応してしてしまうとこの場所は生きている人達を呼んでしまう。それを止めるにはあなたを浄化させることしかなかったの」
そうか。そうだったんだ。
僕が日常を日常と思わなかったのは全部、僕が作り出した幻だったんだ。
ゆきちゃんとの結婚生活のまでの道のりは僕を次のステップに導くための幻。
でも、なぜか知っていた。
見ていた。
両親が離婚したのも僕の手を離した母を父が責めたから。
母は心に傷を負い病気になってしまった。
全ては僕のせいで。
そして、また声が聞こえる。
「あなたのせいではありません。あなたは選ばれてしまった人だから」
僕はその言葉に聞き返す。
「選ばれたって誰に?」
声は言う。
「運命からです。あなたにとっては理不尽なのかもしれない。でも、運命はあなたの命を奪う決断をしたのです。あなたの思いが強すぎると予想できず運命はあなたを断ち切りそしてあなたはそこから動けずにいました。それは誰のせいでもありません」
気づくと子供の僕はあの横断歩道に居た。
あのヒーローはゆきちゃんにあげたものだけどきっとゆきちゃんが返してくれたのだ。
花はずっと手向けらていた。
誰がそうしていたのかも知っている。
ゆきちゃんだよ。
ゆきちゃんはずっとあの日を後悔してるのかな?
ゆきちゃんは待っていてくれたのに。
そう思うと僕の身体はまた光を帯びて違う場所に居た。
そこにはお墓の前で手を合わせるあの時見たゆきちゃんとその横には知らない男性。
そうか、ここが僕が本当いるべき場所なんだな。
そう感じているとゆきちゃんが僕に言う。
「りっくん、今日は報告したいことがあるの。私ね、この人と結婚することなったの。りっくんのことずっと考えて立ち止まったままだったけどこの人がね、私に前に進む勇気をくれたの。だから」
そこまで言うと彼女は顔を手で覆い泣いていた。
それを見た男性はその背を優しくさすりこう言った。
「はじめまして、りっくん。ゆきちゃんは君の事故を目の当たりにしてからずっと悲しんでいたんだ。でもね、りっくん、もう彼女を解放してあげて欲しい。後は俺に任せてくれないかな?彼女は必ず俺が幸せにするから」
そう言って僕のお墓に手を合わせてくれた。
誠実そうな人だ。
ゆきちゃんはその言葉にまた涙をためて
「ごめんね、りっくん」
そう呟くと男性はゆきちゃん背中をぎゅった抱き
「大丈夫!大丈夫だよ。君の好きだったりっくんはわかっくれてるさ」
優しくゆきちゃんに話しかける。
うん、そうだね。
僕はもうあそこに居ちゃダメだね。
ゆきちゃん、幸せになってね。
僕の分までいっぱい長生きしてね。
その男性といつまでも幸せに。
そう思い僕はやるべきことを決めた。
また、声が聞こえる。
「もう、旅立つ準備はできましたか?」
僕はその声にはっきり答える。
「うん!もう僕は行くよ。僕はもう泣き虫りっくんじゃないからゆきちゃんの笑顔のために前に進むよ」
少し安堵したような声が聞こえる。
「では、行きましょう」
僕は大きくうなずき心を決めた。
その瞬間、僕の身体は光の渦に巻き込まれ少しずつ薄くなっていく。
でも、怖くない。
泣かない。
僕は先に行くからゆきちゃん。
ゆっくり来てね。
ゆきちゃんの幸せだった話聞くの楽しみにしてるから。
ゆっくりで、ゆきちゃん、ゆっくりでいいから。
次は追いかけたりしない。
待てるから。
じゃあ、僕は行くね。
そして、光に包まれたまま僕の魂は帰る場所に帰った。
数年後。。。
おぎゃー!おぎゃー!
「おめでとうございます。
3200gの元気な男の子ですよ!」
助産師さんが言う。
ゆきちゃんも言う。
「生まれて来てくれてありがとう。
きっとまた会える、そう信じてた。
陸人。
私、信じてたよ。」
end