たぬきのつりざお
むかしむかしある山に、一匹のタヌキが暮らしていました。
とてものんびりで、何をするにも遅く、同じ山に住む動物たちからは
『のろま』『ぐず』と言われてばかりです。
しかしタヌキは何も言い返しません。
タヌキは、他の動物と同じ速さですることが得意ではありません。
それで周りに迷惑になると思い、ひとりのんびり暮らす方が性に合う
といつも自分を諭しました。
ある晴れた日。
タヌキは天気がいいので、寝床の洞穴から出て
お昼寝にちょうどいい川沿いの木陰へ出かけました。
タヌキが川へ着くと
いつもなら誰かいるはずも今日は周りに誰も居ません。
「気持ちよく寝られそうだ」と
タヌキは木陰に寝転がって目をつぶりました。
――タヌキがウトウト眠っていると
どこからか声が聞こえてきます。
タヌキが起き上がってみると
すぐ側でキツネやサルたちが集まっています。
タヌキは隠れて盗み見ました。
すると一匹のサルが、細長く真っすぐで頑丈そうな枝と
木の蔓を使って、何かを作り上げています。
出来上がったものは枝の先に蔓が巻き付いており
もう片方の枝先を手に持ち、後ろから前へ振る様な動作をしています。
それを見ていたキツネがサルをはやし立てます。
気をよくしたサルは、他のサルたちに指示して
同じものをせっせと作っていきます。
それを見ていた他の動物たちが
興味津々にやってきて、サルたちが作ったものを眺めます。
各々がそれを触れて、その場はとても賑わいました。
タヌキは面白そうだ、と木陰から降りてその場へ入ります。
そしてキツネに、これはなんだい、と問いかけます。
キツネは自慢げにタヌキへ話し始めます。
「聞いて驚け。これは魚を捕まえる道具だ」
キツネはそういって使い方をタヌキに説明します。
キツネの速すぎる説明にタヌキは困惑してしまいます。
そして言い終えたのか、キツネは早速その道具をタヌキに押しつけ
道具を使ってみるように促します。
タヌキは道具を持って近くを流れる川へと歩き出します。
川にはちょうど魚が数匹泳いでいるが見えます。
周りでは先に道具を手にした動物たちが、見よう見まねで道具を操ります。
タヌキもそれに続きます。キツネの説明通りにしてみますと
道具の先に着いた蔓は、川の魚の群れの付近へとうまく投げ入れられました。
しかしタヌキの道具には魚は寄り付きません。
道具を使う動物たちの元へ、キツネが道具の調子を探りに来ます。
動物たちは、面白いだの、難しいだの、と様々に答えます。
そしてタヌキの元へ近寄った時
道具の調子を問わず、声高に周りの動物へ聞こえるように話します。
「やぁやぁタヌキよ。
俺が教えてやったのに、魚が捕まえてないじゃないか。
そうか、のろまは捕まえるのでさえ、のろまだなぁ、ハッハッハ」
これを聞いた動物たちはタヌキを見て笑いました。
道具を作っていたサルの何匹かやって来て
これじゃ道具が可哀そうだな、とキツネと同じく大声で話しました。
――そうしてちょうど日が傾き始めたので、動物たちは帰っていきました。
タヌキも帰ろうとした時、キツネに呼び止められます。
「道具を返しな」
キツネの目は鋭く、先ほどまで笑っていたのが嘘のようです。
タヌキはそう言われ、名残惜しくなりましたが
のろまな自分が持っていては道具が可哀そうだ、と
本気で思い、何も言い返さず、キツネに渡します。
道具を持って帰るキツネの背を見送ったのち
タヌキはトボトボとねぐらへ帰っていきます。
するとその途中で、サルとキツネの話し声が聞こえてきました。
「なぁサルの親方さんよ。コレ、もっと作れないか」
「冗談だろ、キツネ。今で精いっぱいだ」
「そこを何とか。できるだろう?」
「本当に無理だ。俺たちだって休みたいんだ」
「まぁそういうな。そうだ、たしか山向こうに仲間が居たな。
話をすれば、賛同するぞ?
お前たちは、この道具で、必ず有名になるぞ?」
「そうは言ってもなぁ……」
どうやら道具を作ることについて話し合っているようでした。
タヌキはふと思います。
自分はのろまで、サルたちが作った道具で魚一匹すら捕まえられなかった。
道具が必要なら、自分が道具作りを手伝った方がいいのではないか。
「……ダメだなァ。俺ァのろまで、あんな難しいの……」
タヌキは諦めます。きっと作るのが遅く、下手なはずです。
だからこんなことを考えるのはやめよう。
タヌキはねぐらへと着くと、すぐさま眠りにつきました。
――ぐぅぐぅとタヌキが眠っていると
夢の中で誰かがタヌキの名を呼んでいます。
タヌキが声の主を探すと、目の前に朝のように
キラキラした光の中から見知らぬ誰かがやってきました。
タヌキは、どちら様でしょうか、と問います。
光の主は何も言わず、タヌキへ語り掛けます。
「タヌキや。昼間、サルたちの道具を
うまく使えなくて、ガッカリしたそうじゃないか」
「おっしゃる通りで。しかし俺ァは、のろまでぐずだからです」
「でもその後、サルたちが忙しいことを気にかけていたな」
「はい。でも、俺ァ……」
「ふぅむ。そうじゃ。この道具を使ってみよ。
それを持って、川へ出かけるのだ」
光の主の手から、サルたちが作った道具と
そっくりなものが手渡されます。
光の主は一言だけ
「決して誰かに貰ったものとは言わないこと」を
約束とし、静かに光の中へと消えていきました。
朝方になり、タヌキが目を覚まします。
ちょうど日の出で雲ひとつない空でした。
光の主から頂いた道具は、タヌキの枕元にありました。
タヌキは手に取ってみると、確かにサルたちが作った物と
とてもよく似ています。
早速タヌキは道具を持って川へと出かけました。
朝なので誰も居ません。
タヌキは昨日キツネから言われた通りの方法で
道具を振りかぶって川へと蔓を投げ入れます。
昨日と同じく魚の群れの近くに落ちました。
するとどうでしょう、タヌキの道具の蔓に魚が一匹食いつきました。
タヌキは驚いて引っ張り上げます。
その勢いに、魚はタヌキの近くに打ち上げられました。
タヌキは初めて魚を釣り上げたのです。
タヌキは自分が釣り上げた魚を眺めます。
タヌキは早速食べようかと思いましたが
急いで食べることもないだろう、と思い
魚を逃がしてやりました。
その後、タヌキが何匹か捕まえては逃がしていると
ちょうど昨日と同じくキツネとサルたちがやってきます。
タヌキが川に先に居ることに彼らは目を疑います。
キツネは見逃していません。タヌキの手元には
サルたちの道具に似たものがあるではありませんか。
それを使って、昨日と違い、魚をうまく捕まえているのです。
サルたちは困惑しますが、キツネは何かあると思い
ニタニタと笑みを浮かべながら、タヌキに近づきます。
「やぁやぁタヌキよ。
昨日とはえらく魚を捕まえているじゃないか。
……ややや! その道具、どうしたんだい?」
「あぁキツネ。これはァ……、その……。
そ、そう! 昨日近くにあった物を集めて
まねて作ったんだ」
サルたちはその言葉に耳を疑います。
群れの若いサルたちが、タヌキから道具を奪い、眺めます。
確かに自分たちが作ったのと見間違うほどの代物です。
同じような木を使い、そこら辺にありそうな蔓を使っています。
サルたちは怪しみました。
確かに作り方は簡単な物ですが、木の長さや硬さ、蔓の結び方は
一度見ただけで真似できるとは思えません。
何度も作っては、丈夫で使いやすくするため
サルたちは工夫を怠りません。
昨日、一度見て触れただけのタヌキに作れるとは
到底思えなかったのです。
そう思った若いサルたちは一計を案じ
親方のサルに事情を話します。
親方はすぐさまタヌキの元へ歩み寄ります。
「タヌキよ。我らサルは代々自分たちの
手先の器用さだけで、この山を生きている。
無論、道具を作るだけではなく、
これを使うことだって負けやしない。
どうだ、ひとつ我らの道具と、お前の道具で
魚を捕まえる勝負しようじゃないか」
若いサルたちはそうだそうだと後押しします。
タヌキは争いたくないので断ろうとします。
しかしこれにキツネが、うまい話だと考えたのか
タヌキの口をふさぎ、こういいます。
「それなら他の動物たちにも見て貰おう」
キツネはそう提案し、すぐにどこかへと走っていきます。
すると帰ってくる頃には、様々な動物たちを
後ろに引き連れてきたのです。
キツネは高らかに集まった動物たちに宣言します。
「今日集まってもらったのは他でもない。
ただいまより、サルとタヌキの魚とり合戦をする!
さぁさこれは珍しい珍しい! さぁさご覧あれ!」
キツネは日没まで捕まえた魚の数で決める、と話し
早速始めさせようと二匹を急がせます。
サルたちは一番道具の扱いに長けたサルを送り出しました。
キツネは各々に耳打ちをします。
「いいかサル。これで勝てば一層
サルとしての山の地位が上がるだろう」
これを聞いたサルは奮起しました。
そしてキツネは、タヌキには違うことを耳打ちします。
「いいかタヌキ。一匹捕まえるたびに
その道具を地に置くんだ。
いいな、そうしろよ?」
タヌキは疑問に思いましたが
キツネの言う通りにすれば早く終わると思い
分かったと答えます。
キツネの合図で、二匹は川へ道具の蔓を投げ入れます。
最初にサルが魚を捕まえると、今度はタヌキが一匹捕まえました。
昨日まで一匹も捕まえられなかったタヌキを知る動物は、目を疑いました。
これは面白くなると周りで見ていた動物たちは面白がります。
タヌキはキツネの言う通り
一匹捕まえたので道具を地に置きます。
そして再び蔓を川へと投げ入れます。
その間にもサルは魚をたくさん捕まえて行きます。
ーーそうして日没が迫る中
タヌキとサルの捕まえた数が並んだ時です。
タヌキが言われた通りに道具を地に置きます。
それもタヌキの背中で道具がすっぽり他の動物に見えなくなりました。
するとそれを見逃さなかったキツネが
突然大声で、山の向こうの頂上を指さします。
「みんな見てくれ! 向こうの山が!」
それに驚いた動物たちは一斉にその方を見ます。
しかしタヌキは一歩遅く、振り向こうとした時
誰かに後ろからドンと押されてしまいます。
タヌキは崩れるように倒れ込みます。
“バキッ!”
タヌキの大きなお腹あたりで、何かが壊れる音がします。
動物たちは大きな音に驚いて、音の方に目を向け直します。
そこには、タヌキがうつぶせになりながら倒れていました。
突然の事にタヌキはゆっくりと起き上がると
なんと道具がバラバラに壊れてしまったのです。
キツネはタヌキの道具が壊れたのを確認し
ククク……と一人笑います。
「よぉしそこまでだ!」
キツネは合戦終了を叫びます。
タヌキが困惑するも、キツネは見向きもせず
二匹が捕まえた魚を数えます。
「まず、サルが捕まえたのは……、32匹。
対するタヌキは……、残念、29匹。よって
この勝負は、サルの勝ちだ!」
キツネの言葉に、動物たちは湧き上がります。
相手のサルも無邪気に喜んでいます。
「さぁさ、勝利したサルたちの道具を使って
明日はみんなで魚を取ろうじゃないか!」
キツネはサルたちが作った道具で勝ったことを
強調しながら閉幕します。
動物たちは面白かったと帰っていきます。
タヌキだけが、折れた道具を手に眺めます。
光の主からの頂き物だから、きっと怒ってしまうだろう。
なんて謝ろうかと考えていました。
するとタヌキの後ろから一匹がやってきます。
ゆっくりとタヌキが振り向くと
そこには、サルの親方でした。
「タヌキよ。ワシは見ていたぞ。
キツネにぶつかられて、その拍子で
道具が壊れたんだろう」
「え、あ、いや、俺ァ……」
言い当てられたタヌキは、しどろもどろになります。
親方のサルは、気にせず話を続けます。
「キツネの考えそうなことだ。
ワシらを使って自分の名を上げようとしたんだ。
それに乗せられた若い奴ァみーんな……」
親方のサルはため息をつき、再度タヌキへ目を向けます。
「お前さんが手にしているそれは
山の神様からの授かり物だろう?」
「山の神様……? 光輝いてて……」
「……それが神様だ。ワシも昔、夢で逢ったことがある
手渡されたんだろう? 悪いことは言わない。
正直に話すんだ。折ってしまい申し訳ない、と」
そういって親方のサルは立ち去ります。
タヌキはその言葉を信じて
道具の欠片をひとつひとつ大事に持って帰ります。
そうして夢の中で、同じように光の主
もとい、山の神様が現れました。
山の神様は早速、道具はどうだったか、とタヌキに問います。
恐る恐るタヌキは壊れた道具を差し出します。
「か、神様。申し訳ないです。俺ァのろまで……」
タヌキはこれまでの経緯を話します。
そして聞き届けた神様は、にっこりと笑います。
「タヌキよ。お前は正直者じゃ。道具はええ。
……なら、道具は返してもらおう。
その代わり、ワシの言うことを守るのだ。
朝早く、サルの頭の元へ行くのじゃ。
そして、本当にしたいことをしなさい」
「え? そ、それはどういう……」
タヌキが問おうとする間もなく
神様はすぅーと上へと消えてしまいました。
――タヌキはハッと目を覚まします。
ちょうど夜が明ける頃でした。
近くに置いてあった頂いた道具は
きれいさっぱり消えていました。
「こうしちゃいられない」
タヌキはすぐさまねぐらを飛び出していきます。
朝日が昇るころ。
親方のサルは他のサルたちよりも
早く起きていました。
彼の元に、息を切らしながら声をかける者が居ました。
なんだなんだ、と親方のサルは思いましたが
その動物の姿を見て、一度こそ驚きますが
次には優しい笑顔を見せました。
――それから数年後。
親方のサルの厳しい指導を受けながら
必死になってサルたちと混じって
様々な道具を作る一匹の動物の姿がありました。
サルたちは最初こそ、その動物を笑っていましたが
今では同じ仲間、同じ師を持ち、互いに道具を作りあう兄弟として
ゆっくりで、半分は下手ですが、それでも一生懸命に
道具を作るのに向き合っていました。
その動物は毎日楽しくのんびり、自分の速さで道具を作り続けました。
~fin~
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