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部屋にはノーラに送ってもらい、そのままお風呂の準備方法を教えてもらった。これまでは週に何回か川の水で洗い流したり、聖水を生み出せるので聖水で身体を清めたりもしていた。そのためかお風呂にはそんなに馴染みはなかったヤスミンは、ヤウズのこの屋敷のお風呂に、石鹸やお風呂に香油と香りの高い花が入れられているのを見て、驚くしかなかった。


「ノーラさん、私もう死んでしまうかもしれません」

「何言ってんだい?まだまだ長生きしないと、ヤウズが後を追ってしまうさ」

「よくわかりませんが、とても幸せで一生分の幸せを使い切ってしまったと思います」

「………じゃあ、これまでの幸せの分がまだまだ残ってるだろうから、それも使い切ってからにしなよ」

「!」


 暖かくて真新しい夜着に着替え、ノーラとともにヤウズの部屋に向かう。本来ならば、ヤスミンの自室から直接ヤウズの部屋へいけるが、そこにはノーラが直接封印を物理的、魔術的に施してしまい通り抜けが出来なくなってしまっていた。

 

 ヤウズの部屋をノックすると、部屋から声が聞こえてヤウズの部屋へ入る。


 そこにはノーラの夫のボラもおり、二人で酒を嗜んでいた。


「よく来たな。座ってくれ」

「ノーラは僕の隣ね」


 ボラに手を引かれノーラはボラの隣へ、ヤスミンは空いている一人掛けソファへと腰かけた。


「ヤスミンも俺の隣に来ても良いんだぜ」


 ヤウズは二人掛けのソファに座っており、その隣を指し示した。ヤスミンはやんわりとその誘いを断った。

 

「まあ、今日は来たばかりだしな。しょうがない。で、守護者についてだったな?」

「はい」

「……ヤスミンがいた国、というよりもこの大陸そのものが昔は一面岩石砂漠だったんだ。人は僅かにしか住んでいなくて、何も実らないし、収穫もほとんど期待できない。ここはそんな大陸なんだ。俺たち魔族はあまりそういうことは気にしないでどこでも暮らせる。変な話、火山にだって住めるし湖の底にも住める。俺は人が少ないこの地だからこそ、ここへ住んでいた。悪くない場所だし、うるさくないしな。人間達が困っていれば気が向いた時に助けていたりもした。………だがな、俺じゃあどうすることもできないこともある。ここの土地に僅かに生きていた人間達が俺に乞うたんだ。だめでも良い。女神に頼んでこの土地に雨を降らせることはできないか、と」


 この土地に昔から住んでいた人間達は、土地からの細々とした実りで何とか暮らしていた。しかしそれも限界に近づいていた。彼らは女神に助けを求めることを決めた。助力が得られない場合、この地を去り、新たな地を求めようとしていた。


「彼らは元々、女神への祈りや供物を定期的に捧げていて、女神の覚えも良かったんだ。だからな、女神は俺の言葉がなくとも、彼らの助けに応えた。そして雨の子どもが彼らの元へやってきたんだ」


 最初は神の贈り物として丁重に扱われていた雨の子ども。それが長い豊かさと引き換えに歪なものへと変化していった。


「俺はまた今までと同じような生活に戻るものと思っていたが、女神から雨の子ども達に何かあった場合には、国の存亡に関わらず助けてやってくれって言われていたんだ。口約束だけどな。約束してから100年位はそれなりに真面目に見ていたんだけど、大丈夫そうに見えてちょっとだけ目離したらあっという間に……って感じだったな」

「そうそう。あまりにも扱い方が様変わりしていて、あの時のヤウズは人間について真剣に調べていたよね、ふふ」

「扱いが180度変わってんだぜ?驚くだろう?呪いか何かと思ったから色々調べて…………迎えに行くのが遅くなったんだ……」

「そうそう、結構ピリピリしてて、いつ暴発するかわからなかったからヤスミンが来てくれて助かったよ。ヤウズ暴れると止められないんだよねー」


 ボラは片手で嫌がるノーラの腰を抱きながら幸せそうに語る。


「じゃあ守護者は雨のこどもを守ってくれる人のことですか?」

「そ、そうだな。そうだぜ!俺がお前を守ってやるんだ」


 先ほどまでは少し所在なさげな表情をしていたヤウズではあったが、ヤスミンの『守ってくれる』という言葉一つで途端に得意げな顔となり、見た目相応に見えてしまった。


「ありがとうございます。私も頑張りますね」


 可愛い弟ができたような気持ちのヤスミンは、この可愛い弟に守られるばかりではなく、自分も守らなくてはいけないと心を新たにしたのだった。


 だから久しく笑ったことのない表情筋を最大限に動かして、ヤウズの頭を撫でた。それがうまくいったかどうかはわからなかった。ただヤウズは、何か間違えたんじゃないかという直感がその時働いたと、後々ボラにぼやくことになった。



***



 ヤスミンが教会から離れて数ヶ月が経った。


 雨の恵みと実りと雨は、雨のこどもを中心にもたらされる。


 ヤスミンが教会から離れた今、国の端々ではこれまでに起こったことのない災害に見舞われていた。それは旱害であった。


 旱害により、まず国の端々に雨が降らなくなり、恵みと実りがなくなり、水が干上がり木々が枯れて、害虫により僅かな収穫さえも根こそぎ奪われた。人々は国へ嘆願にあがった。どうにかしてくれ、と。何故旱害が起こるのか、雨の恵みと実りはどうしたのか、教会は何をしているのかと。


 国は急ぎ、実地調査へ当たった。しかし、このようなことは初めてであり、文官達は何をどうしていいのかわからず、手探り状態であったため、時間がかかった。その時間が民の生活をさらに苦しいものへと追いやっていることに誰しも気付きながら、何も打つ手がなかった。


 国は調査と同時に教会へこのような事態へと至った経緯の説明を求めた。


 教会は国に対し、この豊穣な恵みと実りは自分達の祈りの成果であると潤沢な寄付を要求していたのだった。


 教会は慌てた。


 何故このような事態になったのか、誰も何もわかっていなかったから。


 ただ一人、助祭はこう言った。


「先日ここを追われた雨の聖女はどうなんでしょうか?彼女を連れ戻しては……」


 だが、たった一人の小さな声はそれ以外の大きな声に掻き消えてしまった。


「何故、このようなことになってしまったのか」

「聖女候補達は何をしているんだ」

「無能どもが」

「調査隊はどうなっているんだ」


 司教達が集まる緊急会議にて話し合いが行われているものの、話し合いにはならずに紛糾している状態であった。


 聖女候補として集められた貴族の娘達も、このような教会の状況に恐れをなし、親に頼み実家へと逃げ帰っている有様であった。


 司教達の話し合いという責任の押し付け合いが数十分続いた頃、大司教が声を上げた。


「雨乞いを行う」


 それは数年に一度行われる雨の聖女が中心となって執り行われる儀式である。その意味はよくわかっていないで執り行われているが、その内実は女神との契約の更新である。これを行わないと契約不履行、もしくはもう雨の祝福は必要はないということで、この祝福が返されてしまう。


「今この状況で教会は何をしなくてはならないのか。民の不安を取り除き、国の安寧の一助にならなくてはならない」


 国からはこの状態が続くようであれば寄附金を減額、またはなしにするといわれている。それだけは何としても阻止しなくてはならない。これまでその寄附金で良い思いをしてきた。なんとしてもそれを維持しなくてはいけない。


「どんなことをしてでも、教会の威信にかけて雨乞いを成功させる」


 その時の大司教の表情は、凍りつくような顔つきで誰もが恐れを抱かずにはいられなかった。



***



「ノーラさん、できました」

「おや、早いね、ありがとよ。じゃあ次は庭の草むしりを頼むよ」

「はい!」


 ヤウズの館に来てから数ヶ月も経ち、ヤスミンはここの暮らしにも慣れてきた。怒る人もいないし、嫌味を言う人もいない、食事は三食出て、皆は優しい。言うことがなく、幸せ一杯であった。


 教会暮らしのときに抱えていた重だるさもいつの間にかなくなっており、心も身体も全てが満たされていた。がりがりだった身体も、三食バランスよく食べ、皆からおやつもたくさんもらっているためか肉付きも血色も良くなってきた。


 ノーラを筆頭に何かをすると皆が、ヤスミンにお礼を言う。たった一言の「ありがとう」でヤスミンは生き返るような思いを抱いた。


 庭に出ると花壇から花のいい香りが鼻をくすぐり、柔らかい風が肌を撫で、髪を舞い上げる。


「気持ちいいー!」


 ヤスミンは、以前の暗さが鳴りを潜め、持ち前の明るさが出て来始めていた。


 ノーラから頼まれた庭の草むしりは、もう少し後からにしてこの風を今は堪能したい気持ちだった。庭の開けたところに仰向けに転がり、両手を上に上げると自然に祈りが口から出てきた。


「女神様、女神様。私はとても幸せです。私の幸せを雨に、この地に恵みと実りを。世界に感謝を。女神様に愛を。祈りを捧げます」

 

 すると、雲一つない晴天の空から優しくて暖かい雨が落ちてきた。雨はヤスミンを中心に降り注ぎ、魔法陣を描いた。魔法陣は直ちに発動し、ヤウズの館に住む人々に小さな祝福をもたらした。


 それは小さな願いが叶う祝福。


 思いが叶いますように、失せ物が見つかりますように、良いことがありますように。日常の小さな願いが叶う祝福。


 その日その時、ヤウズの館の人々は小さな願いが成就し、その内の何人かはヤスミンの祝福とわかりお礼を言いにきた。ヤスミンはそれだけで満たされていった。


 少し濡れてしまった庭の草むしりをして、ノーラから今日はもう仕事は終わったから、自由に過ごして欲しいと言われた。ヤスミンは草むしりが終わったその庭で、服が汚れるのも構わずに、その場でまた仰向けになった。陽の光がぽかぽかと暖かく、昼寝にはもってこいだった。


「おい、余計な魔法使ったな?」

「え?」


 寝ようとうとうとしていたところに、隣にヤウズがやってきた。


「魔法ではなくてお祈りをしました」

「…………それが魔法だぜ。全く」


 ヤウズはそう言うと手紙を渡してきた。


「お前宛だ」


 白い封筒には月の型の封蝋が押されていた。ヤスミンが受け取るとその封筒の封が開き、封筒の上に映像が浮かび上がってきた。

 

『……可愛い可愛い私の雨の子ども。ヤウズから話は聞きました。大変な思いをしたのね。………守りきれずにごめんなさい。私は人間の願いを叶えるために、貴女のように捨てられている子どもに雨の祝福をあげていました』


 それは人々に雨の子どもをもたらした女神だった。地面まで届くほどに長い銀の髪に前髪は目が隠れてその表情は見えないが、口元や手の動きだけでその表情の豊かさがわかりそうではあった。だがヤスミンは女神のことは知らなかった。ヤスミンは、女神により雨の祝福を身に宿すこととなったが、物心着く前の話であり、さらに教会からはろくな教育を受けてこなかった。ようやく最近になり、読み書きもヤウズに教えてもらいできるようになってきた程度であった。


『ヤウズは守護者として役目を果たしたかしら。ああ、返事はしなくてもいいのよ。二人とも、これまでよく役目を果たしてくれました。特に貴方はヤスミンと名前をもらったのね。いい名前ね。……これからは貴方の好きなように生きなさい。ヤウズにもそのようにいってあります。貴方の意思を尊重するようにと。事を急に運ばないようにと。色々とやりすぎないように。わかってますね?』


 途中から小言のようになり、ヤウズはそっぽを向いてしまった。


『まあ、ようは貴方が幸せになればよいのです。ですから、貴方に祝福を贈りましょう』


 手紙から光が湧き出てきて、それがヤスミンを飲み込む。


『これからの人生、愛する者と幸せになれる祝福です。勿論、貴方に愛する者が居なくてもこの祝福は効果があります。ヤスミン、幸せな人生を送りなさい。それからヤウズ。人の気持ちを操作はできませんよ。ここが最低ラインです。わかりましたか?』


 それが魔法の手紙の最後だった。封筒からは映像は消えて、ただの封筒へ戻っていた。ヤウズは封筒を胸ポケットへと戻し、ヤスミンへ手を伸ばした。


「ヤスミン、昼寝するなら部屋へ戻ろうぜ。風邪をひくぞ」

「……わかりました」


 ヤウズの手を取り部屋へと戻る。戻るとヤウズが紅茶と焼菓子を用意してくれた。仕事先で買ってきた物のようだ。


「フィナンシェだ。食うだろ?」

「はい、食べます。ありがとうございます」


 ヤスミンはヤウズの頭をいい子いい子と撫でて、あわせてお礼を伝えた。


 最近は時間があえば、このように二人でお茶をすることが多かった。よくヤウズがお茶を淹れてくれて、茶菓子を何かしら準備してくれることが多い。それらはヤスミンの好みであることが多く、密かな楽しみとなっていた。


「最近は出かけていることが多いようですが忙しいのですか?」

「んー。寂しかったか?」

「お茶が一緒にできないのは寂しかったですね」

「そうかそうか。そうだろう」


 ヤスミンは最近ヤウズの扱い方がわかってきた。何かと構ってあげたり、頼られたりするとこの魔族は喜ぶのだ。ノーラに一度相談したことがあった。あまり構ったり頼りすぎると迷惑になるんではないかと。だがノーラは、ヤウズは恐らくヤスミンにそういう事を強請られることが堪らなく嬉しいのではないか、と言う。ヤスミンはヤウズが多少被虐趣味があるのではないかと多少心配したが、ノーラに言わせると、被虐趣味ではないようだ。一安心である。


「まあ、忙しかったのは後始末があったからな」

「後始末?」

「お前を良いように扱っていた奴らに落とし前をつけてきていたんだ」

「落とし前?」

「俺はお前の守護者だから、お前に危害を加えた奴らを許すことはできないし、敵は俺の権限で排除することができる」

「排除?」


 よくわからないが、ヤスミンの知らないところで何かがあり、既に終わってしまったことのようだった。それなら気にすることはないと思い、この話のことは忘れることにした。ヤウズもこれ以上は話すつもりは無いようで他の話へと移っていった。


次で終わり

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