本心とこれから
「あれ、詠は戻らないのか?」
他のみんながリビングに戻ってしまってからも尚、詠は戻る素振りを見せない。
「翔吾にちゃんとお礼言わないとって思ったから……」
「こんなとこで突然こんな話する馬鹿に礼なんて必要ない。俺みたいな偽善者の話に耳貸してくれてこっちが感謝したいくらいだよ」
「翔吾は偽善者なんかじゃないよ!」
「そうか?所詮口だけで本当に困った時に何も出来ないような奴は本当のいい奴にはなれない」
詠の励ましに対し、嘲笑の笑みを浮かべ自虐する事で自我を保つ。
なんてめんどくさい人間なんだろうか、昔の出来事に囚われていつまでも進めないまま。馬鹿らしいにも程がある。
いつも誰かを助けようとする事で、自分の気持ちを紛らわし、自己嫌悪に浸らないようにする。
「……翔吾はちゃんと皆を助けた、救われた人は沢山いるよ。美夜さんだってまた学校に行けるようになった、有栖さんだってお兄ちゃんだって翔吾のおかげで上手くいった、私だって翔吾が私を肯定してくれた、友達になってくれたから救われた、川でお兄ちゃんを助けてくれた、さっきだって双葉さんの下敷きになってまで助けた、なにより皆を引き合わせてくれた……なのになんでそんな事言うの、私達は確かに翔吾に救われたのに……そんな言い方ってないよ!」
「……悪い、そう言うつもりじゃなくて……」
「たとえ偽善者だろうと、困ってる人の前で手を差し伸べようともしない人や、それを嘲笑うような人達より何百倍もマシだよ!なんでいつも自分を責めたりするのかわかんないよ……くそメンヘラ!」
「くそメンヘラか……なかなか心にクる一言だなぁ……」
「ほら、またそうやって誤魔化す。人に橋の渡り方を教えても翔吾自信が渡った事ない橋なんて信用出来ない……だから、過去に何があったかなんて知らないけど翔吾も……翔吾も一緒に進もうよ、みんな待ってるんだから……!」
その通りだ、俺はいつだって人の道を正した気になるだけで昔からずっと止まったまま、いつも劣等感に苛まれてそれが嫌で偉そうな事ばっか言って、皆んなを不快にさせて。
(自分の事もままならないような奴が人に手を差し伸べるな)
(おこがましいんだよ)
(人を助けた気になって悦に浸るな)
(所詮口だけだよ、お前は)
(美夜はとっくに歩み始めてるのにお前と来たら……)
(このまま他人を助け続けて誰も居なくなって、そしたらお前は何を思うんだろうな)
(詠にここまで言わせといてお前はそのままなのか?)
(美夜にお前と一緒に進みたいとか言っといて止まってんのはお前じゃねぇか)
心の中の俺達が俺に語り掛けてくる。
うるせえ!お前ら全員耳障りなんだよ!
そんな事は俺だってよく分かってんだよ、
そろそろ変わんないと行けない事ぐらいちゃんと分かってんだよ!そうしないと、進んでくあいつらとどうしようもないくらいに差がついちまうから!
でもみんな俺を待ってくれてるって詠は言った、それならいつまでも待たせて置けるわけないだろうが!
「ああ、もう!やってやろうじゃねぇか!偽善でもなんでも自信を持って助けられるくらいに強くなってやるよ!!」
「……やっと今翔吾と同じ場所に立てた気がする、一緒に頑張ろうね翔吾っ!」
詠の瞳には大粒の涙が伝い、気付くと俺も視界が歪む程大量の涙がぽとぽとと零れ落ちていた。
「詠……ありがとう」
涙を拭い、昂った感情に身を任せて詠を抱き締めるも、詠が俺の体重に耐えきれるはずもなく押し倒すように倒れ込んでしまう。
「詠、俺はどうしたらいいと思う?」
「自分で考えなよ」
「そりゃそうだよな」
そう言って重くなった空気を笑い飛ばす。
「詠、翔吾、いつまでも何話してんだ?」
まずい……!
これ、どっからどう見ても俺が詠を襲ってるようにしか見えないだろ!?
もう詠を心のどこかで男だと割り切るのはやめたんだ、詠は男だぞなどといった言い訳はしない。
「詠に何してんだクズ外道がぁっ!」
あぁっ殴られる!
「ぐふぁっ!」
殴られた右頬が激しく痛む。
うぅ……おれのおかおになんてことするんだー!
「ちょっとお兄ちゃん……!?」
「有栖の誕生日パーティーなうにも関わらず詠を連れ出して、あろう事か詠を襲うなんて見損なったぞ!」
「は、話を聞け!」
「あと数発殴ったら聞いてやる。今のは有栖の分、今度は詠の分だ」
「せめて話を聞いてから殴れ!」
「お兄ちゃんいい加減にしてよ……翔吾とはただ抱き合って話してただけで、途中で倒れちゃってさっきみたいな体勢になっただけなんだから!話も聞かないで手を出すなんて最低だよ!」
言いたい事は全部詠が言ってくれたが、詠の口からそのセリフを聞かされるのは壮馬には厳し過ぎるんじゃないか……?
「オレは詠の為に……でも、はやとちりだったみたいだ。悪かった、さあオレの事も好きなだけ殴れ!」
「殴らねえよ……以後気をつけるように……はぁ、解散解散」
理由はなんであれ壮馬に殴られて少し目が覚めた気がする。