少女の嘆き
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視点が変わります。
回りくどいのは御免だ。故に結論から述べよう。
アンジュ教は今や、烏合の衆だ。
何があったのか、如何してそうなったのか、私はあまり多くは知り得ていない。然程興味もない。
だが、アンジュ教の支柱、つまり法王家は滅んだことにより、アンジュ教は大きなダメージを受けた。さらに天使……自分で言うのも妙だが、天使をも失ったアンジュ教は、教徒こそ多けれど、まともに機能しているとは言い難いそうな。
問題は誰によってそうなったかだが、その犯人の一味は現在、私に食事を食べさせていた。
「おいしい? ……そう。良かった。一杯食べるんだよ天ちゃん。おかわりもあるからね。」
教会の食事程豪華なわけでもなく、あの隠れ家の食事程美味しいわけでもないが、可もなく不可もない味が口に広がった。
食べさせているのは甘ったるくて胸やけしそうな雰囲気がする女であった。垂れ目で口元には常に笑みが浮かんでいる。声は見た目に反してハスキーだが、柔らかい音をしていた。
この女が若法王や法王に何かをしたのかは知らない。
だが少なくとも今回の事件に関わっているのは確かなようだ・
こう言ったのだ。「あの子はやりすぎたんだよ。アンジュ教を盾にして……好き勝手して。だから殺した。」
殺された、じゃなくて殺したなのだから、きっとそういう事なのだろう。
しかし今までの話を聞くに、殺されたのは若法王や法王ではないらしい。一体だれを殺したのか、私には皆目見当がつかない。
「反対する人も多くいたよ。歴史に介入すべきではない、と言う意見には賛成だけどね。でも勇者が好き勝手やるべきじゃないんだよ。例えまだ一周もしていない勇者だとしても……うん。殺した人は殺されてもしょうがない。神様が裁いてくれないんだから、私達で裁くしかないでしょう?」
子どもが言い訳するようにそう嘯く。
「……なんて、酷いこと言っているね私。神様が作った世界を巻き戻し続けているのは私たちなのに。全部、全部、私の我儘だ。」
そう言いながら彼女は再びスープを私の口に運ぶ。兄弟ほどではないにしても、あまり器用とは言い難い食事のさせ方だ。そういう意味では教会や隠れ家にいた頃は良かった。器用な女がいて……。
そういえば教会ではだれが食べさせていたんだか。忘れてしまった。
突然、ころんころん、と玄関のドアについている鈴が鳴った。誰かが来たようだ。ノックもせず入ってくる人なんて限られている。
そしてこの、軽くて落ち着きのない足音はあの子のものに相違ないはずだ。
「おつかい行ってきたよママー! 今日はね、今日はね、八百屋のおじちゃんがおまけしてくれて……ほら! 苺もらっちゃった!」
部屋のドアが開けられるとともに、満面の笑みを浮かべた子どもが入ってくる。
頭にはカラフルな髪飾りが光っているが、それ以上に笑顔が眩しい。一時期落ち込んでいたようだが、元気になったようだ。騒がしくていけない。
「おつかいありがとう。苺良かったね。ちゃんとお礼は言ったかな?」
「もちろん!」
「うん。それじゃあ、あとでケーキにして食べようか。冷蔵庫に入れておいて欲しい。」
「うん! 嬉しい!」
ぱたぱたと忙しない足音が遠ざかっていった。
「元気になって良かったよ……おちびちゃん。」
物を咀嚼しながら、ここに来た時のことを思い出す。
といっても大した思い出はない。寝て起きたらここにいた、それだけだ。
『何も心配しなくていいよ。ここにいればいいからね。』
当初は何の説明もなく、甘いマスクの人があぁいうので不審にも思ったものだが、蓋を開けてみればここでの生活もそう悪いものではない。
「君も、ゆっくりでいいから治療していこうね。」
はてさて、何を治療するのやら!
これだから思い込みの激しい偽善者は困るね。
こんこん、と今度はノック音が鳴った。今度は来客のようだ。しばらく何らかのやり取りをした後、こちらの部屋に入ってくる。
「相変わらず能面みたいな顔してますね。本当に生きてるんですかこれ。」
長い前髪で顔を覆った、中性的な容姿の男は私を指さしてそう言った。
生きているに決まっている。死んでいるように見えるなら、その目の代わりに苺でも埋め込んだほうが良いだろう。
「こら! そんな事言わない!」
「はっ。まるで幼稚園児を叱るような言い方ですね。ジジィどうしのやり取りだと思うと気持ち悪いです。」
「幼稚園児みたいなこと言うからでしょ。……まったく。そんな事言いに来たなら帰って。今から晩御飯の下ごしらえするから。」
「まだ昼過ぎなのに早いですね。」
「今日はケーキ作るって言っちゃったからね。」
「わざわざ作るんですか? ケーキならあそこの喫茶店行けばすぐ食べられるじゃないですか。余計な手間を増やすのは馬鹿のやる事だと思いますけど。」
「……まぁあそこのケーキは確かに天下一品だけどね。でも手作りケーキって、なんか……ホッとして、美味しいから。おちびと天ちゃんにはそれも食べてほしくて、ね。」
「出た、世話好き。おせっかい。」
男はそう言いながら、私の隣のソファに腰を掛けた。
「それで……。」と、何やらソワソワしている女。
「法王家の方々とアンジュ教徒の方々はどう? アンジュ教は現在落ち着いているのは知っているけど、詳しくは分からなくて。」
「……なんで、自分で見に行かないんですか?」
「……えへ。」
「はぁ。まぁなんでもいいですけど。まずアンジュ教徒については、色んな人の勇者の能力で何とか収めたようですよ。」
「え、ちょ、何とかってそんなざっくりな。」
「いちいち説明するのも面倒なので。知りたければ自分でどうぞ。」
「……わかった。」
「多分知っていると思いますけど、暴動も何も起きていないです。」
「そう。良かった。」
「あっけないものですねぇ。カルトなんてこんなもんでしょうが。でもあちこちで、小さな集団に分かれて信仰は細々と続いているようですけどね。縋らなきゃ生きていけないだなんて可哀想な人たちです。」
「…………。……でも、アンジュ教徒の人って優しいよね。この前も野菜とか貰っちゃってさ。今日も苺貰ったし。この前炊き出しやっていた時は……なんか、みんな暗い顔で、それでも困っている人たちのために何とかしようって奮起していて…………それを見ると、自分の行いを後悔してしまいそう。」
「弱いから周りに優しくして保険かけてるいだけでしょう。それに後悔する権利は人殺しにはないと思いますけど。」
「そうね。」
それより、と男が言う。
「一部のこわーいオッサン達が怒っていましたよ。一人で先走りやがってこの野郎もっと様子を見て慎重にうんたらかんたらって。アンジュ教の残党よりこっちの方を気にした方が良いんじゃないですか?」
「うん分かってる。もうちょっと頭整理したら、ちゃんと謝りに行かなきゃ。」
「別に集団でも何でもないんだから良いと思いますけどね。ただ超長生きしているだけの勇者たちが、勝手に仲間意識持っているのも恥ずかしー。」
この国にいた勇者は2人だった気がするのだが、実際は何人いるのやら。
この二人だけでももう既に定員オーバー。その上あの若い勇者と先輩勇者がいて、さらに他にもいるような口ぶりなのだから、国の仕事もいい加減だ。
「あとは法王家についてでしたっけ。」
「そっちは全く知らないの。あの糞女……あの勇者を殺してから数日間記憶が無くて。教えてくれる?」
「うわぁ……。まぁ、はい、いいですよ。法王とその妻については、今後は地方の貴族として暮らしていけるように手配したそうです。」
「息子さんと娘さんは?」
「あれ知らないんですか。娘はあの勇者の手によってもうとっくに殺されていたようですよ。」
「えっ。」
「ついでに記憶も無くなっていました。息子は生きていますけど、まぁ、死んでいるみたいなもんですね。」
「? それはどういう……。」
「現在は部屋にこもりっきりですよ。能力使ってこそっと見に行きましたけど、あれはもう駄目ですね。まぁ元々無能だったみたいですし社会的損はないんじゃないですか。ちなみに元法王は養子を考えているみたいですよ。」
何を話しているのかさっぱりだ。
二人が話していると、再び勢いよくドアが開けられて、コップ4つがのった盆を片手に持ったおちびが入ってきた。二人に「どーぞ!」と言って配り、私にも飲ませる。どこか懐かしくて良い香りだ。
「おちびちゃんありがとう。本当に気が利く良い子。紅茶もとっても美味しい。」
「そこの置物と違ってまともに育ったみたいですね。」
と言う言葉に対して、「こら!」と女、「天ちゃんは置物じゃないもん!」とおちび。
何処をどう見たら私が無機物に見えると言うのか不可思議に耐えない。
「はぁ、よくもまぁこんなのに……あーはいはい分かりましたって。もう何も言わないです。でも本当に美味しいですねこの紅茶。」
「ええ本当ね。どこかで淹れ方教えて貰ったの?」
「うん! お姉ちゃんにね、教えて貰ったの。」
「お姉ちゃん? ……そのお姉ちゃんは今どこに?」
「わかんない。」
彼女の言うお姉ちゃんは、恐らく、あの勇者と一緒にいた女のことだろう。あの女と勇者は一体どこに行ったのだろうか。
「そっかぁ……分からないか。おちびちゃんはお姉ちゃんに会いたい?」
「うん! あとね、お兄ちゃんと、それからセンパイにも会いたいなぁ。」
「先輩?」
「センパイだよ! そういう風に呼ばれていたの。」
「……もしかして、お姉ちゃんとお兄ちゃんと先輩って…………。」
何かに気が付いたらしい女が黙り込む。
「ちび。」と沈黙を破るように男がおちびを呼んだ。
「時間は流れているんですよ、ちび。」
「う? どういうこと?」
「過去は過去としてその小さい胸の中にでもしまっといて、現在を生きるべきってことです。」
「……うん。そうだね。」
「おちびちゃん……。そうだね。そして私と、あなたも、もういい加減前に進むべきなのかもしれないね。」
「そうですね。時間が巻き戻されることも、もうないですし?」
「……。」
何が前に進むべきだ馬鹿々々しい。
そも人生に停滞などあり得ない。死ですら停滞と決まったわけでもあるまいに。
「天ちゃんも一緒に進もうね。」
女がそんなことをほざいた。御免被る。
あぁやはり教会にいたほうが楽だったように思う。最低の事態でこそないものの、最高でもない。睡眠もよく妨げられるし。
あぁ何故世界に不幸があるのか。嘆かわしい。
私が今、見て、聞いて、嗅いで、触って、味わっている、この世界は私のものだ。全ては私がいるから作られている。
だってそうだろう? 私がいなかったら、私の感覚がなかったら、この世界は存在しない。私だけのものだ。むしろ私が世界を作っている、私が世界だと言っても過言ではない。
だというのに、私の都合よくは作られていない。これ如何に。
おぉ神よ! いと高きところにおわします神よ! どうか私を幸せにしてください。
……いるならね。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。




