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天使は今日も動かない  作者: たいちゃん
先輩勇者の中毒
29/30

五本指で縋りつく


まだあの娘がうんと幼く、手足がぷよぷよしていた頃。

彼女は一人公園にいた。

日が沈み始めた時間帯で、他の子どもたちは夕日に照らされつつ、別れを惜しみながら家へ帰る。彼女には別れを告げる友達はいないようだった。ただ同世代の子どもをぼんやり見つめている。

彼女の綺麗な黒髪が夕日に染まり、映画のワンシーンのようだ。


「よう。」


声をかけると、彼女はゆるゆると大儀そうにこちらを向いた。そして挨拶もせずに言葉を吐いた。


「何を吸っているの?」


彼女の母親と同じように、凍り付いた表情はえくぼすら浮かばない。可愛げがない、とでも表現できたのならまだ良かっただろう。子どもらしい生意気さで無表情を貫いているのなら、理解も納得もできたし、なんなら逆に可愛く思えたに違いねぇ。

だけど彼女の表情は生まれつきだった。

親の表情を子は真似ると言うので或いは母親のせいかもしれないが、兄二人の朗らかな笑顔を見るに、ただの遺伝だろう。


それでも彼女は動かない表情の代わりに、表所豊かな瞳を持っていた。


白目に比べて一回り大きな瞳は、瞳孔の境目もないほど真っ黒で、一見どこを見ているのか分からない。気味が悪い、と言う人の気持ちも分からなくはない。だがそれは、彼女の長ったらしい言葉と同じように、本質ではない。

少し観察すればわかる。彼女の黒いプラスチックのように目にこそ、楽しい、つまらない、眠い、悲しい、面白い、それらがすべて表れるのだ。


例えば物を食べている時。彼女の瞳は酷く幸せそうに、少しだけ瑞々しくなる。特に甘いものを食べている時はそれが顕著だった。

例えば父親が説教している時、彼女の目は少しだけ遠くを見る。それはつまらないのサインだ。不機嫌のサイン、と言ってもいいかもしれない。

例えば兄たちが彼女を可愛がって、世話をしている時。彼女は兄の顔を、少しだけ目元を緩ませて見つめる。


例えば見知ったおっさんが、見知らぬ何かを吸っていた時。


「良い匂いがするのだが、それが何か、教えてくれる気はない?」


俺をのぞきこんでくる彼女の目には、好奇心の灯火が爛々と浮かび上がった。


「お嬢ちゃん。これは麻薬だ。」

「麻薬……ふむ。確かそれは禁止されたはずでは。」

「まぁな。だがどこの世界でも、密売人ってのはいるもんだ。」

「なるほど。私に少し分けてもらうことは?」

「いいぞ。つーか全部やるよ。」


どうしても薬の快感が忘れられなくてこの世界でも探したが、あるのは麻薬と言う名の紛い物でしかなかった。貿易の関係か何かで何故か禁止されているが、効果も副作用も大したものではなく、正直ここまで肩透かしを食らうなら、やらないほうがマシだ。


しかし娘はそれでも楽しかったようで、「これは素晴らしいね。」と目を少しだけ開いて言った。お気に召したようで何より。


確かに彼女は無表情だが、彼女の目はこんなにバリエーションに富んでいる。

周りに少しでも、相手の感情の機微に敏い人がいたならば、彼女はまた違った人生を歩んでいただろうよ。

だって、この娘はちょっと賢いだけの普通の少女だ。

ただ継いだ遺伝子の一部、要は表情筋と喋り方のせいで、誤解されやすいだけで……。


あの母はまぁどう考えてもそれを期待できる女ではなかったが、父もまた、あまり相手の感情が読める人ではなかった。

いや、きっと何となくわかってはいるのだろう。だがあの男は、相手を尊重しすぎた。人の考えを尊重する彼は、娘に対しても娘なりの考えがあることを確信して、まるで一人の大人と接するように接した。彼女を大人と同じように言葉で理解し合えると考えた。そこが彼の長所でもあると思うのだが、なんつーか、ちょいと、この子の生まれ持った性格との相性が良くなかったんだろうなぁ。


その尊重が彼女を孤独たらしめ、そして彼女は異端となった。


もし、この娘の子供らしい感情に寄り添って、彼女と心を分かち合う人がいたのならば……。

考えても仕方がない事だ。IFの世界なんて虚しくなるだけ。それに俺は何もしなかったのだ。何かに気づいたって、それは寄り添えることとイコールにはならない。

俺以外のだかかが気づいていたら。

そう思うが、きっと彼女は運が悪かったのだろう。それに結局のところ、そんな人がいたからって幸せになれるとは限らない。


だが俺がこんなつまらねぇことを考えちまうのは、彼女が昔もそして————今も、どことなく寂しそうだからに違いない。


「そんな目すんなよ。」


彼女と公園で話したころから果たして何年たっただろうか。

俺も、恐らく彼女も覚えちゃいないが、屹度だいぶ昔の話だろう。だってあの子はかなり大きくなった。

顔もまだまだ少女の域ではあるが少し大人びて、髪は艶を増しながらさらに伸びた。変わらないのは、相変わらず仮面でもつけてんじゃねぇのかと思うほどの無表情と、表情豊かで少し寂しそうな目のみ。


彼女と俺は、迷いの森の中にある隠れ家にいた。


この娘は、あのパーティで若法王に目をつけられたせいか、アンジュ教の天使として神輿に乗っけられていた。もちろん彼女に奇跡を起こすなどと特殊な力はなく、オレンジ髪の女が上手い事やっていたのだろう。

だが、その天使は、時の能力を持った勇者に攫われた。

そうして彼と天使と、もう一人の女の子、それから幼馴染がこの家に逃げ込んだ。


「あの偽善者が怒ることも、奴隷を連れて迷いの森に入るのも予想通りだし、そういう風にあたしが仕込んだのよ。」


彼女は真っ赤で分厚い唇を笑み歪ませて、そう言った。


「ちょっと回りくどいけど、なんだかあいつの周りがごちゃごちゃしているみたいだから、イレギュラーが発生しにくいようにね。」


ごちゃごちゃしてるっていうやつらは、時の能力のせいで、何周かした勇者達だろう。彼女がどこまで知っているか定かではないが。


「けれど、あの天使役を攫っていったのは予想外ね。別に問題はないけど、上手いことやらなきゃ信徒が暴走するのは間違いなしよ。その時はまた、あんたの力を借りてもいいかしら? 代わりに、あんたの言っていた通り、例の勇者にはもうチェックメイトをかけておいたから。」

「チェックメイト……?」

「あんたがあの女……あの偽善者の幼馴染に、一言、こういえばいいのよ。『悪魔を見逃して良いのか?』って。そうしたらそのうち、彼女はあの男を無力化する。」

「どうやったか聞いても良いか?」

「ええ。」


詳細に全て教えて貰った俺は、あまりのえげつなさに、うえぇと顔をしかめるしかなかった。


「それでも、一時的に無力化できたとしても、殺すのはあんただからね。勇者は勇者にしか殺せないんだから。」


彼女はそう言い残して去った。


俺はその言葉を聞いてすぐに、迷いの森へ向かった。隠れ家を探し出すのに時間がかかったが何とか見つけ出し、いい加減に理由をつけて一緒に住むことにしたってわけだ。

そして挨拶もそこそこに、今は泣き勇者の忘れ形見の娘と、久しぶりに相対した。


「手足も無くなっちまって……。」


天使と言う言葉から半ば予想していたことではあるが、こうして目の当たりにすると、酷く恐ろしい事に感じる。


「どうしてお前さんらは……お前たち親子は、誰よりも幸せを望んでいたのによ、こうも、不幸なのか。皮肉だなぁ。」


言ってもしょーがねぇと分かっていながら、つい言葉にせざるを得なかった。


「可哀想に。」


相変わらず薄っぺらくて、滑稽な言葉だったが、彼女の黒い瞳は確かにこちらを見た。


「でもお嬢ちゃんは、それを不幸だと思っていないのかもしれねぇな。だって、縋る手も縋らないなら必要ねぇし、歩く足も歩かないなら必要ねぇ。」


最初、両手足がもがれた彼女の目に、絶望が全く浮かんでいないことに驚いたが、彼女の性格を思い出して少し納得した。表情豊かで、そして少し寂し気な目は昔と変わらず、こちらをじっと見ている。


「お前はそのままで、誰かと関わることなく、一人で呼吸しているだけ。」


もしこいつを世話する人がいなくなったら、その胴体と頭だけの身体で、どうするつもりだろうか。それを考えられない程馬鹿じゃないのに、彼女の目に、その不安はない。それがどういう意味か。

社会を舐めているのか、死んでも良いと思っているのか、みんなが自分を必ず世話してくれると思っているのか。

————多分、違う。


「お前は……手を取り合って生きるような、そういう安易な逃げ道が塞がれたことに、内心ホッとしてんじゃねぇか。だって、お前の望む幸せを、妥協しなくていいもんな。もしくは、これは、俺の自己投影かもしれねぇけどよ。不幸の中の安心……な。」


なぁなぁな人生じゃなく、幸せな人生。

俺だって、結果最悪の報復を受けてしまったが、望んでいたものはそれなんだ。


「でも俺は、お前は一人じゃ幸せになれねぇと思うぞ?」


見間違いか、絶対に笑わない娘が少し嗤ったように見えた。





元奴隷のお嬢ちゃんは、アンジュ教の胡散臭い儀式で両足を無くしたらしい。だから彼女の両足は義足だ。

義足と言っても肌に馴染む色にデザインされていて、よく見ないと分からない。それは逆によく見れば分かるということだが……。元の世界でも、この世界でも、こういうものの技術レベルは同程度のようだ。


「う!」


くるくる、回ったり、少し跳ねたり、走ったり、歩いたり。

子どもだからか適応も早く、まだ義足になってから年数も刻んでいないというのに、もう自由自在に動けるようになっていた。


「うううー!」


ただ奴隷時代のトラウマからか、まともに喋ることが出来ない。

俺が来た時にはもう傷は治っていたが、酷く痩せていて、どんな扱いを受けていたかは想像に難くない。


「大変だったなぁ。」

「?」


嫌なものが何もない笑顔と、真っすぐで澄んだ瞳。一見ただの子どものように見えるが、彼女の心の底の闇は計り知れない。

だがそれも、あの勇者や幼馴染のおかげか、随分と表情が和らいだように見える。悪意が全くない二人のもとにしばらくいれば、彼女は屹度足が無くても、いずれ自分で立って自分で歩き出せるはずだ。

その希望が見えるくらい、彼女は心も体も順調に元気になってきていた。

あのエルフの医者は、まだ完全じゃないと言っていたが、それももう時間の問題だろう。不幸な人生のスタートになってしまったかもしれないが、きっと幸せになれる。他人事ではあるが、是非とも幸せになってほしい。


それにしたって、アンジュ教は一体何を目指しているのやら。……いや、あのオレンジ髪の女と、若法王は何を目指しているのか、と言うべきか。

オグル教徒なんてもんに仕立てられて死んだ罪のない人々に、良く分かんねぇ儀式でこうやって一度は心まで壊されてしまった少女、そして両足をもがれた娘。

その犠牲の先に、一体、何が……?


「うー?」

「おっと、すまんすまん。考えごとをしてたんだ。」

「う!」

「あ~、ちびも疲れただろ。変わるよ。」


最近ちびと呼ばれている彼女が、一生懸命動かしていたのは車椅子だ。いくら子ども用とはいえ、それなりに重く、まだちびじゃ長い間動かせない。

車椅子の上には、義手と義足をつけたあの少女がいた。いつのまにか天ちゃんと呼ばれていた彼女は、縋る足も歩く足もつけられたのに、一向に動く気配がなかった。まぁそれも、彼女の性格を考えるなら当然か。


しかしそれを知らない2人は、彼女が絶望しているからだ、と決めつけているようだ。

まぁ別に、誤解を解くつもりは無い。なんなら、あいつらのほうが正しいかもしれねぇし。それでも喋りも動きもしない相手にあれほど愛情と慈しみを持てるのは、純粋にすごいと思う。


ちびもそんなあいつらに倣ってか、お姉さんぶりたいのか、暇を見つけては天ちゃんの世話をしている。こうして車椅子を引いて、ちびと天ちゃんと一緒に散歩しているのだって週2くらいの頻度でやっているが、初めはちびの誘いからだ。

今日は事情があって俺が誘ったがな。


「良い天気だなぁ。」

「う!」

「こんな日にゃ、あの嬢ちゃんが作ったココアとサンドイッチが食いたくなるなぁ。」

「う~!」


ちびは全面的肯定を示してくれた。


平和な時間と、平和な空間。それでも俺はこれがつかの間のことだと知っている。別にそれに感慨を抱いたりはしない。

ここじゃ酒も煙草も好きなように飲めないし、風俗だって行けないから、実はちと飽きてきていた。子どもの面倒だって大変だしな。

この環境を、少なくとも一番気に入っているであろう、ちびには気の毒だが。


「ちび……。」

「う?」

「あーちび。俺ぁできれば穏便に解決したかったんだぜ? これでも平和主義でな。 でもありゃ駄目だ。」

「…………?」

「ちびも、天ちゃんも、まだまだここにいたほうが良いと思うんだよ。そんでも……、まぁ、自分の存在が無くなるよりマシだろ?」

「???」

「だけど、あぁ、こんなこと言ってもしょうがねぇよな。すまん。色々と。」


何度も、あの善人で頑固な勇者に、話をした。

その結果彼は、恐らく神の書やこれまでの勇者と同じように、時を戻すだろうと結論付けた。


「……あぁいうの、善潔癖症って言うんだろうなぁ。」


どうにもやり切れない思いを込めて、適当な病名をつけてみる。


「さぁ、ちび。お前さんはここで天ちゃんを見ていてくれ。俺はよ、少しやる事があるんだ。」

「う?」

「野暮用ってやつだよ。ほれ、これ舐めて待っててくれや。」


ちびの小さな手に、透明の包み紙に入った苺色の飴玉をコロンッと落とし、天ちゃんには檸檬色のそれを口の中に放り込む。

包み紙は太陽の光を受けて、ちろちろと光っていた。それを丁寧に剥がして口の中に入れた瞬間、ちびの顔がほころんだ。同じように飴を舐めている天ちゃんもご満悦のようだ。


そんな二人を後にして、もはや見慣れた、隠れ家へ向かう。


そこには真っ青な顔をして倒れている例の勇者と、それを泣きながら見下ろしている例の女がいた。地面には魔法陣が浮かんでいて、片手には趣味の悪いとしか言いようがない釘が刺さった人形を持っている。


「……。」


彼女は無言だった。いつも騒がしい女だったので、別人のように見えてしまう。いや、別人か。

記憶が人を作るなら、彼女は別人だ。だってその記憶は、法王の娘の記憶に他ならない。しかし、彼女は法王の娘でもない。

気の毒な事にも、彼女は彼女自身の記憶だってあるのだから。


正直なところ、よくもまぁ長い間、平気な顔をして過ごせていたものだと思う。とっくに狂っていたっておかしくないのに。

しかしまぁ平気だったという事ではないだろう。こんなにも悲痛な表情を浮かべているのだから。


「彼を殺して、ください。」


涙を流しながら、彼女は震える声でそう言った。


「慈悲深き神のもとへ……。悪魔に救いを。どうか、どうか……安らかに。」


その言葉を聞いて、すぐにキッチンからナイフを持ってきた。首筋にあてる。

人を殺すのは初めてだ。

そもそも動物すら直接殺したことがない俺が、誰かを殺せるのか。俺が、誰かの命を終わらすのか。そう考えると今まで何とも思っていなかったのに、急に動機がして、手が震え始める。


後ろの方で、女が「ごめんなさい、ごめん……ごめんなさい……っ!!」と、言っている声が聞こえる。


「……くそ。」


あぁだめだ。どうにもこうにも、力が入らない。頭がどうにかなりそうだ。もう何もかも捨てて逃げ出そうか。それならそれで良いかもしれない。

人を殺すより逃げ出した方が、罪は軽いはずだ。

……いや罪なんてナンセンスか。だって結局こんなもの、絶対的な不正解も正解もあったまんじゃねぇ。正解は自分の中にある? そんな馬鹿な。だったら何をしてもいいじゃないか。正解は神のみぞ知る? じゃあ正しい選択何て出来るものか。俺は人間だ。


ふと、俺の震える手を、女の震える手が握った。


「っ!?」


思わず顔を上げると、青い唇に痛ましいほどの悲懐を滲ませながら、女の目が真っすぐこちらを見ていた。

その涙にぬれた表情に心臓が跳ねた。


「救わなくては。」


そう言った彼女は手に力を込めて、俺の手ごとナイフを動かした。


そしてそれは、少年の首筋を裂く。


肉を裂く感触が直に伝わってきて、背筋がゾワゾワした。ナイフを放しそうになるが、それを彼女は両手で押さえて、さらに首の奥までナイフを入れた。


「……聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、清らか、なる神の、……子よ。あなたの、手は、わたしたちのために、葬られた。………どうぞ、お次は、私たちの、っ、手を、お使い……ください。」


頭が真っ白になった瞬間、女の涙にぬれた祈りだけが耳を打った。


「―――――この悪魔に憑りつかれてしまっただけの、無垢な、……心優しき少年に、救いを。願わくば、慈悲深き神の手に……抱かれ、幸せな、っ、幸せな最期を! どうか、どうか、どうか…………。」


一人の優しい少年を、確かに今、俺が殺した。




「冴えない、っていうか、もう死にそうな顔ね。」


河原で夕日を眺めていると、オレンジ髪をさらに夕日で染めた女が、化粧ときつい香水の臭いを漂わせながらやってきた。


「あー……そんなひでぇ顔してるか。」

「まぁ一服したら?」


渡された煙草を呑む。想像以上に甘ったるい香りで胸やけしそうになったのを、何とか急いで吐き出した。

他にも吐き出したいものは沢山あったが、それは諦める。

彼女は座っている俺を見下しながら、事の顛末を話始めた。


天使が攫われ一時期はざわついていたけど、勇者の首を見せたら落ち着いたこと。

アンジュ教があまりにも急速に力を付けたため、他国が警戒していたが、それも何とかしたこと。

……ちなみにこれらの騒動には、俺も力を貸した。一応そういう約束だったからな。

また天使誘拐の一件の影響を受けて、一時期どこの国も新しく勇者を連れてくるようなことはしなかったが、また再開されたこと。これについてはどうしようもない。俺は知らなかったが、どうやら勇者と言うのは10年に一度くらいは勝手に来ちゃうものらしいしな。


「勇者への不信感と警戒心は増したみたいだけど、これも元からね。」

「確かに。でもそこいらを歩いているだけで、なんつーか、爆弾のように扱われるのは正直鬱陶しいな。」

「気に入らないやつがいたら消しちゃえばいいのに。」

「そんな簡単にいうなよ。俺はお前さんじゃねぇんだから。そう易々と人なんて殺せねぇんだよ。」

「あの偽善者は殺したのに?」

「あぁ。」

「その勢いで他のやつも殺しちゃえばいいじゃない。オグル教徒みたいに。」

「……俺は、しねぇよ。」


彼女は嘲笑う様にこちらに目線を向けた。

こういう時、俺は弱い人間だとつくづく思い知らされる。相手の言っていることが間違っていると分かっても、弱い俺には、それを糾弾する勇気も、資格もない。


「……どうもあんたは、オグル教徒の処刑を快く思ってないようね。」

「お前をどうのこうのいう資格はないことはわぁーってるよ。」

「別に何も言ってないじゃない。」


「それに」、と、彼女は続けた。


「勘違いしないで欲しいの。確かにオグル教なんてものは勝手に作ったフィクションだけど、こういう風に人を殺すのは昔から行われてみたことなのよ。」


予想外の言葉に顔を上げた。

彼女の特に何も思っていなさそうな不細工な顔が、目に入る。


「神に愛されなかった子、それから異教徒。大きな処刑時には、こうしてお祭りが開催されるのは、もともとの風習にあったって言ってんの。あたしはその踏襲をしたような形ってわけ。」

「えぇ……。」

「自分たちの下に誰かがいると言う優越感、それから共通の敵。それがあるからアンジュ教は元々大きな勢力を持っていたし、幸せでいられた。あたしを単純で明快な悪役にしたいならそれでもいいけど、所詮事実はこんなものよ?」

「はー……なるほどな。」


どうやら、俺だけじゃなく、多くの人は弱い人間だったようだ。


それなりに年食って、二つの世界に跨りそれなりに色んな奴を見たが、強い人間として思い当るのは……、身近なとこでは、俺が殺したあの少年くらいなもんだ。それだって、実際のとこどうだか。

他にも、カリスマ性を持ったリーダーや、周りに持て囃された天才、トップをいく冒険者、色んな強そうな人間が思い当るが、実態がどうかまでは分からない。きっと周りに持ち上げられているほど強くないんだろうな、とか勝手に想像してみたりよ。


案外、弱い人間なんて形容矛盾なのかもしれない。人間は弱いものなのかもしれない。


だから人間は何かに縋りつかなくては生きていけない? 

なにも宗教だけじゃない。薬、おまじないに呪い、権力、金、愛情、人、欲望の充実に、他者の承認、優越感……。

平和な国で、恵まれた家庭に育った俺が、あんな風になったのは、縋るものが何も無かったからかもしれない。いや責任転嫁をしてはいけないか。


「なーに黙りこくって考えてんの?」

「あぁいや……。」


ふと、あの少年の幼馴染が……いや、法王の娘が最後に言った言葉を思い出した。



『———人類をあわれみたまえ。』


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