表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使は今日も動かない  作者: たいちゃん
先輩勇者の中毒
27/30

三度目の正直


大学生のころ、薬に手を出した。


別に、そこまで人生に絶望したわけでも、気が狂うほど退屈だったわけでもねぇ。

そりゃあ人生だから時には苦労することもあったが、むしろ人よりは恵まれていたと思う。その自覚は自分にもあったんだ。


だからあれは、単なる好奇心? 多分少し違う。


俺は、ずっとずっと後ろにいる化け物から逃げる日常を過ごしていた。化け物の正体も知らぬまま、「あれは危ないよ。」という誰かの声に従う日々。

そのために興味もない勉強を必死こいてやって、友人と糞詰まらない話で笑いあって、可愛いだけが取り柄の彼女と猿みたいに交わる。


そんな日々の中俺は、ふと、化け物に喰われてみたくなったのだ。

そうして、案外大丈夫だと安心したかったのだ。そうすればこのあくせくしているのに退屈な日々から抜けて、心の奥底での不安も取っ払える。そして家族や友人や彼女という名の柔らかい鎖から抜け出して、もっと楽しく、もっと強く、もっと―――自由に生きられると思った。


それでも、そんな機会なんてなくただ徒然のままに日々を過ごしていた。今でこそ言えることだが、ずっとそれが続けばよかったのかもしれない。

それでも望んでいれば、案外チャンスなんてそこらへんに転がっているものだ。

ある日友達に誘われとあるクラブへ行った時に、注射器を渡された。中には液体が入っている。


「それ、やってみなよ。楽しくなるぜ。」


男と、その傍で男にしな垂れかかるオレンジ髪の女。


「そんなに警戒しなくても、そんな危険なものじゃないのよ。栄養剤みたいな感じ。なにも覚醒剤やらせようってわけじゃないんだから。」と、女は笑う。


流石にそれがどういうものであるかは何となく知っていたが、いや、知っていたからこそ俺は手を出した。

馬鹿な友人も、流れに逆らえずやらされた。


そうして化け物に、食われた。




あのオレンジ髪の女が何を考えているかは分かんねぇが、彼女の能力により、アンジュ教という宗教の一派が瞬く間に世界中に広がった。

そりゃあ、記憶を操ることが出来るなら、それも容易いだろう。


もっとも、勇者の能力というのは何らかの制限があるものだから、自由自在にとはいかないかもしれないけどよ。それでも相当有利だ。どれくらい有利かって言うと、相手が飛車角落ち且つ香・桂・銀も無い状態で、こっちにその手駒全部渡されているような状態で将棋を始めるようなもん。

ぶっちゃけ、勝ちレースで出来レースである。ずっる。


ともかくアンジュ教の成長は留まるところを知らない。


それによって、法王の地位も圧倒的なものになった。ほとんど白に近い、金色の髪だが、今じゃそれも権威の象徴だ。

ありゃまさに、冷やし中華そばに入ってる錦糸卵だな。単体じゃ大して美味いもんじゃねぇが、胡瓜ワカメ天かすハム、そして麺つゆとそばに合わさると、不思議と輝いて見える。あぁ食いてぇなぁ。


その威光は、白と金色のヒラヒラした服によくに合っている。


「最近羽振りがいいなぁアンジュ教。良かったじゃねぇか法王さんよ。」


何故か誘われた食事会で、法王と差し向いで話した。周りに人はいない。俺がそういうのを嫌がって以来、気を遣ってくれているようだ。いやまぁ周りに人がいても、ただ物置みたいに黙っていてくれるなら俺だって我慢するが、俺がちょっとでもぞんざいな口をきくとすぐに空気がピリッとするのは流石に鬱陶しい。

正直皆、ヒヤヒヤしているだろうが、どうせ俺の能力じゃ、警護なんていてもいなくても一緒だからなぁ。まぁ悪いとは思うけどよ。


「神様の御言葉がより多くの人に届くことについて、羽振りがいいということでありましたならば、これほど喜ばしいことはありませんとも。」と、法王が言う。


「模範解答どうも。でも、俺が気になってんのはよ、何で急にアンジュ教が広まったかってこった。」

「ふむ。先日、天使様がこの地上に舞い降りられたことはご存知ありませんか?」

「それでアンジュ教が広がったと? 俺ぁてっきり、息子のおかげかと思ったぜ。ほら、あの天才とか言われてる……。」


自分で言って、噴き出しそうになった。まさしく噴飯ものだ。

あの子どもと天才という言葉のミスマッチ感が半端ない。

いっそ勇者の能力が俺に効いてくれるなら、記憶改変でこんなことにならなかったろうに、と恨めしくなった。あーいやでも、記憶を弄られるなんて御免だから、やっぱ効かなくてよかった。


「若法王って呼ばれてよ、滅茶苦茶信者に慕われているんだろ? そいつのおかげかと思ってたぜ?」

「過分なお言葉光栄です。愚息も大変喜ぶことでしょう。しかしこのようにアンジュ教の御教えが広がったのは、やはり神様と天使様の御業ですよ。邪教が廃され、正しい教えが広がることは条理ですが、それでも今までのことを考えますに、やっと神様の御威光が全ての人々に届いたということは――。」

「はいはい。そりゃあ良かった。」

「勇者様も是非一度、神殿へお運びください。」

「気が向いたらな。」


いい加減に返事をしてから、野菜、魚、肉、豆、色とりどりの食べ物が、まるでアート作品のように綺麗に盛り付けられた皿を見る。俺には良く分からないが、きっと見る人が見れば高い点数が付くのだろう。


さらにこれは、これは薬の後遺症で味の分からない俺のために匂いに重点をおいて作られたものだ。何度も使用人が部屋に出這入りすることのないように、一度に出された料理たちは、一つ一つの香りと全体の香り、どちらにも拘って作られているそうな。

そこまで気を遣ってもらうと、逆に何だか申し訳なくなってしまうのは、俺が根っからの庶民だからだろうか。


「うまいなぁ。」といい加減な世辞。


がさつに食う俺とは対照的に、法王の食事姿は優雅そのものだ。


「でもよぉ、親孝行の良い息子じゃねぇか。若法王。アンジュ教って、男じゃないと継げないんだろ? 良かったなぁ、息子が優秀で。――――優秀じゃなかったら、どうしてたんだ? 殺してた?」


俺としてはそれなりに真剣に聞いたものだったが、相手はまるっと冗談に受け取ったようで、笑いながら「まさか。」と言った。


「私は法王ですが、一人の親でもあります故、そのような非道な行いは致しません。」

「そうだよなぁ。」

「ですが、息子が御教えを広げるのに不自由しない能力を授かっていたことは、深謝すべき神の恩情、御慈悲です。」

「ふーん。」

「…………。」


そこから少し、妙な間が訪れた。

カチャカチャと、食器と食事の道具が鳴る音が、やけに広い部屋に響く。法王はしばらくしてから、口を開いた。


「勇者様、このようなことを申し上げるのは妙な事とは存じておりますが、その……。……。実は、此度の食事にお誘いしたのも、実はあることについて、お聞きしたことがあったからでして。大層馬鹿々々しいお話ではありますが、冗談だとは思わずに、聞いていただきたいのです。」

「ん? おう。」


俺が禁断症状で苦しんでいる時、よくお見舞いに来ては祈祷してくれた法王には借りがある。祈祷云々が効いたとは思えないが、変な事ばっかり言う俺の話を懲りずに聞いてくれたり、ずっと慰めたりしてくれた。

それは俺が勇者だったからだとは思うが、それでも流石に赤の他人として無下に扱う気持ちは起きねぇ。


法王は、自分でもこの困惑をどう扱って良いのか分からないような表情でこちらを見ながら、言葉を紡いだ。


「どこからお話ししましょう。そう……、まず……息子の肖像画が見当たらないのです。」


俺は肉を頬張りながら、目線だけそちらにむけた。


「法王家の跡継ぎであれば、必ず3,5、7才の節目に、肖像画が描かれるはずなのです。何十代も前から続いている伝統でして、その肖像画は全て然るべき場所に保管してあります。当然、私のものあります。ですから、息子のものもなければならないはずなのです。」

「描き忘れたんじゃねーの?」

「それはありえません。しかも3枚全てないのは……。」

「盗まれたとか?」

「厳重な警備を破られた痕跡がありませんので、それも考えにくいです。それに……仮にそうだったとしても……。」

「しても?」

「私にも妻にも、誰にも、息子の肖像画を見た記憶がないのは、説明つかないでしょう。」

「そりゃまた、不思議なこともあったもんだなぁ。」


記憶を操る能力をあたしは持っている、なんてあの女は自慢げに言っていたが、完全に上手くいってはいない。

そりゃあそうだ。記憶をどうにかしたって、リアルとの矛盾が出ないはずがない。それすら操ることが出来るのなら、それこそ素敵に無双できるが、勇者の能力には制限があることはこれまでの勇者の記述から分かっている。


俺の能力だってそうだ。

俺の持っている能力の一つとして、何かを消すことはできる。だが無かったことを無かったことにはできない、つまり消したものは元には戻らない。それに物体じゃないものを消すことも出来ない。

それにあまり対象が増えると、微々たるものだが体力が減るのだ。

きっと世界を消したらへとへとになる。逆に言えばその程度で済むんだがな。


つまりあいつも、記憶を操ることが出来てもどこかで制限がかかっていて、だからこそこんな分かりやすい矛盾点がほったらかしになっているのだろう。

それで、身の危険を感じて已む無く自分の存在を記憶から消したとか? さもありなん。それがすべての理由じゃないにしてもな。


「それともう一つ疑問点が。娘のことですが……。」

「かーわいらしいよなぁ、あの子。」

「光栄です。ですが、お恥ずかしい事にあまり出来が良くないものでして。勉学の出来も悪く、社交性も欠けて、何より不吉なのは魔素がないことで――。」

「ふーん。そんなもんか。でも、可愛けりゃいいんじゃねぇの。」


呆れられることを半ば予想しつつ、思ったことを素直に言った。だが法王は案外優しい顔をして、ははは、と笑った。


「そうでしたら、どれだけいいでしょう。」


公の場での冷たい目は、そこには見当たらない。一人の父親の目だった。だがそれはすぐに、権力と責任を背負った重く冷徹な目に取って代わる。


「ですが愛らしさのみでは、法王の娘という立場は務まらないのです。」

「そりゃ残念。」

「えぇ。そして気になる点のお話ですが、その前に一つ。」

「んあ?」

「これは御内密にお願いしたいのですが。実は法王家は近親婚を繰り返している血筋ですので、そのために時々、十代に一度くらいではありますが、魔素のない知恵遅れの子が生まれることがあるのです。これは法王家の歴史書にも記されていることです。そして娘に、この特徴が薄く表れています。」

「確かに、薄く、だな。」


そもそもその症状は娘ではなく息子に表れているものだが、それはさておき、息子の方だってコミュニケーションが取れない程じゃあない。かなり下手だけどな。

遺伝的なものはあっても、必ずしも症状の重さが同じだとは限らないのは、現代日本の知識から十分説明がつくものだ。


「古くにはそういった子は、不吉なものとして排除されていました。しかし500年前の故法王が、その制度を改めました。」


そうして法王は法王家の歴史をつらつらと語った。正直興味の無いものではあるが、真剣さに押されてこっちも形だけは真剣に聞いた。


曰く、そういった子は法王家の災難の肩代わりをしてくれた魂であり、尊いものであるのだから、汚れた俗世に知らせず、切り離し、山の奥に祀り大事にしなくてはならない、と500年前の法王は言ったらしい。

……体のいい軟禁だ。

そんで、その際に神具の一つ、“神の書”と一緒に祀ることを決めた。


「で? 法王さんは、娘を山奥に閉じ込めなくて良いのか?」

「…………。」

「いや……悪かった。冗談だからよ、そんな難しい顔しないでくれよ。」

「いえ、どうお伝えすれば良いものか悩んでおりまして。」

「?」

「元より、山奥に閉じ込めるつもりは元よりなかったはずですが、やはり疑問が残るのです。どうして、あれを公の場に出しているのか……。法王家にとっても不都合ですし、娘にとっても幸せなことではないはずなのに。そうすると私が決めたとしても、そこには大きな葛藤があったはず。しかしその決断をしたこと自体、私の記憶にないのは、どうにも可笑しいでしょう。」


妹は本来優秀だったから、俺にとっては何の疑問でもない。

そして、出来損ないの息子を公の場に出したのは何故かというのも、知っている。元をたどれば母親の激烈な野心のせいだ。

幼い頃のアイツの出来ない具合が分かりやすく酷くは無かったから、魔素を調べる前の幼児期に、公の場に出してしまったのだ。んでもって、後々、魔素がない出来損ないだと判明しても時すでに遅し。もう一人作ろうにも、養子をとろうにも、信者たちの中で内部分裂が起こりかねないため危険だから何もできない。

記憶を弄られた現在、もはや真相は俺しか知らないっつーわけだが、何ともまぁ胸が空かない話だな。


「それから、神の書のことです。中途半端な形ではありますが、伝統に従い、神の書を何らかの形で娘の手に渡るようにしようと愚考致しましたが……。有るべき場所に見つかりませんでした。」


皿の上は全て片付き、氷菓子と疑似緑茶だけが残った。

マジックアイテムのおかげで、どちらも温度の影響を受けずに、それぞれ冷気と湯気を放っていた。

氷菓子は栗っぽい何かでできているし、疑似緑茶も緑茶っぽい何かでできているので、日本を思い出せて良い感じだ。もっともそれは見た目だけで、香りはいまいちだが、態々それを言う必要もない。


「このような不可思議な事態は私だけではないのです。他の信徒の中にも幾らか、同じようなものが。」


ずずず、と疑似緑茶をするっていると、ふと、法王が今まで見たこともない目でこちらを見ていていることが分かった。それは敵意や害意を持ったものとも違うが、親しみのあるものでもない。

怯えている、というのも少し違う

あくまでどっしりと座り、こちらを見据えている。冷厳な目だ。私を棄てた、法王の目だ。


頭の奥で何かが芽生えたように、法王の言いたいことが分かった。


「あぁなるほど。それで俺を疑っているわけだ。」


能力を開けっ広げに国に伝えている人もいるし、いない人もいる。俺も伝えていない。そんで、あの女のように、一度伝わってもすぐ消せるやつもいる。

だからこの世界の人たちは、勇者の能力の恐ろしさは知りつつ、どんな能力を持っているか分からないことも多い、という状態だ。つまり、何か不思議なことが起これば、それに俺が関わっていると睨むのは当然である。


だが法王は少なくとも表面上、それを否定した。


「いえ、どうか誤解なさらぬように。私どもは、貴方を疑っているわけではありません。」

「あ、そう?」

「ただ、他国の勇者様や、もしくは、現在行方不明になっている勇者様の何らかの能力の影響がこちらに来ているのかもしれない、と愚考しております。それともこれは、ただの疑心暗鬼でしょうか。」


否定も肯定もせずに、緑茶を飲み切った。

同じタイミングで彼もまた食事を終わらせる。最後まで優雅さを保った食事姿は、俺にはちと現実離れして見えた。


「お聞きしたかったことは、そのことなのです。是非、勇者様の御意見をお聞かせ願いたく存じます。」

「あー…………。」


法王の真剣な目に思わずたじろぐ。

彼の言っていることも、その戸惑いも、もっともだ。むしろ「お前らが何かやったんだろ。」と直接的に言わないだけかなり冷静な判断だろうな。

それでも、もしここであのオレンジ髪の勇者のことを漏らしたらどんな結果になるか考えれば、何も言う気にはなれねぇ。

それにどうせここで何を言ったって、消されてしまうだろうから意味はねぇしな。いや、勇者への記憶を操ることはできないのかもしれないが、わざわざあのオレンジ髪の女を敵に回すこともない。


俺は結局、「とりあえず調査してみる」、ということでお茶を濁し部屋を後にした。見送りも断った。


「さて。」


帰路につく前に、どうしても確かめたいことが出来た。


通り過ぎる使用人の隙をつき、地下に続く階段の前に立つ。ひんやりとした空気が頬を撫でる。

一段一段、木が悲鳴を上げる音を立てながら降りた。

薄気味悪い場所だが、気分が落ち込んでいるときはリラックスできそうな環境だ。


俺は“何か”が無性に気になっていた。


何でこんなにも気になるのかは分からないが、頭の中がそれでみっちり埋まっている。法王と話している間も、気になって気になってしょうがなかった。しかしおかしい。おかしすぎる。

俺にはその“なにか”が何なのか、さっぱり見当がつかない。


しかし、


「こんなところに書庫が……?」


なんとなく、足が動いた。まるで呼ばれてるみてぇだ。


そのまま迷路のような書庫を感覚的に歩くと、赤い表紙の本が嫌に目についた。黄ばんだ紙、ざらりとした手触り、比較的大きめで分厚い形、片手で支えるには辛い重み、どこをどう取っても他の書物となんら変わらない本だったが、ただ何となく「これだ。」と確信を持った。少し震える手で開く。


開いたページは真っ白だったが、やがて文字がすぅっと浮かんだ。


「やぁどうも。初めまして。」


その文字を見た瞬間、何となく、自分もそこに文字を書けばやり取りができることが分かった。

そしてそれと同時に、この本が何であるかも大体見当がついた。


「熱烈なお誘いどうも、神の書さんよ。」


誰かを呼ぶ本、だなんて、そんなの神の書くらい大層な名前がないと困る。幸いこの本は、神の書であることを否定しなかった。


「お呼びたてして悪かったね。君がこの屋敷に来たのはとっても幸運だったよ。もう残りの魔素も少ないから、そう遠くの人は呼べないんだ。だから……これも縁だ。全ては神のまにまに。お運びのままに。」と、何やら神の書らしいことを言っている。


「本に呼ばれて尚且つ本と話す、っつー異常事態に対してなんかリアクションしたほうがいいか?」

「してくれるの? じゃあ面白いやつを頼むね。」

「おいハードル上げんな。」

「いやいや人間たるもの高いハードルがあれば超えるべきだよ。」

「なんじゃそりゃ。」

「そこは、お前本のくせに人間のこと語るな、って突っ込みが欲しかったなぁ。」

「えぇ……。」

「あの子ならすぐに反応してくれるのに。」

「そんな定番コントみたいに言われてもよ、俺は初対面なんだ。知らねぇよ。」

「コミュニケーション能力が試される時だね。」

「こんな所で試されたらたまんねぇや。」


話せば話すほどフランクすぎて、今自分が本と話している異常な状況にあることを忘れてしまいそうになる。なんだかそれなりに親しい人と、チャットでやり取りをしているような感じだ。

気を取り直して会話を続ける。


「そんで、お前さんが俺を呼んだのにはどんな理由が? いや、その前によ、どうやって俺を呼んだんだ?」

「そういう機能があるんだよ。」

「もしかして神の書ってマジックアイテムか?」


しかしこの本のどこを見ても魔法陣は見当たらない。


「ちょっと違うけどまぁ似たようなもんだね。魔素をエネルギーとしているのは一緒さ。違うのは核。」

「核?」

「もう失われた技術だよ。今の時代はもう、魔法陣を核にしているだろ? でも千年ちょい前までは、代わりに命を使っていたんだよ。簡易なものには蛇や猪がよく使われていたけど、一番良いのは人間の命だった。だからその頃は、今の時代よりも高い値段で人が売り買いされていたんだ。」

「嫌な話だ。」

「そう? でもこの本もそうやって、僕を核にして作られたんだよ。」

「えっ。じゃあもしかしてお前さんって……元人間?」

「ピンポーン、大正解。」


開いた口が塞がらない、とはこの事か。

もし俺が本になったらと思うと、背筋が凍る思いがした。しかもこいつは、言外に、この本が作られたのは遅くても1000年前、と宣いやがった。

一体どれだけの間、本として過ごしていたのか。


「よく、正気を保てているな。」

「違うね。保てなかったから、お願いして本にしてもらったんだよ。」

「まさか自分から?」

「そうだよ。知り合いに頼んでね。まぁ本当は、ちゃんと人間のままの姿や心で生きるべきだったんだと思うけどね。そうしたら、きっと救えたものもあったはずさ。でも僕は逃げた。そうして人ではなくなった。」


何て返して良いか分からず、しばらく何も返さずにいた。

幸いなことにこの本はすぐに続きを浮かび上がらせた。真面目さが滲み出るような丁寧な文字は、少し丸い。


「全ては、覚悟が足りなかったのが原因だった。」

「覚悟? お前さんに何があったんだ?」


きっと俺なんかが軽々しく聞いて良いものではないのだろうと感じながらも、やはり気になった。半ば強制的に呼ばれたのだから、俺の好奇心を満たすくらいの駄賃があってもいいんじゃないか、とも考えた。


「僕は勇者だった。時を操る事の出来る能力を持った、勇者だった。」


彼は語り始めた。


この世界に来て、初めて心の底から信じあえる仲間が出来た事。仲間と一緒に色んな所を旅して、色んなものを食べて、楽しんで、見て、笑って過ごした事。時には悲しい事もあったし、危ない目に合ったり、死にそうになったりした時もあったけど、助け合った事。最後には、好きな人と結ばれた事。

子どもが宝物を見せるように、ひっそり、そして楽しそうに彼は思い出を綴った。


「仲間はそんなに長生きする人はいなかったけど、満足そうに息を引き取った。妻も笑って亡くなったよ。笑顔が素敵な、僕にはもったいないくらい良い子だった。料理はちょっとあれだったけどね。」


彼女さんはメシマズだったようだ。


「妻はね、少し陰のある人だった。彼女は魔物との間に出来た子っていう馬鹿みたいな理由で、子供のころは差別されていたんだ。それで僕と出会った当初は、彼女はボロボロだった。彼女だけじゃない。仲間も、皆傷を負っていた。

それに、冒険をしていく中でも僕たちは、悲しい出来事をたくさんこの目で見てきた。失意の中死んでいった人たちだって、いた。

僕たちが知らないところでも、多くの人が世界の理不尽に嘆いて、悲しんで、そのまま救われることなく死んでいく人たちも多くいたと思う。」


そんな目に入らないような場所まで気にするのは、なんというか、病的な感じがした。人間の手は短いことを自覚できていない。自惚れ。

だがそうして諦めるには、彼の能力はあまりにも巨大だったのだろう。


「だから、一から始めようと思ったんだ。それが、僕がこの世界で果たす役割だと思ったんだよ。」


そうして彼は、初めの人間が誕生するまで時を戻した、と語った。


「そうして長い長い時を過ごした。

前みたいに理不尽に嬲り殺されることがないような世界にするために、試行錯誤したよ。人間の良い部分も、悪い部分も、色々見た。色々。人がどれだけちっぽけなものかも、僕がどれだけ思いあがっていたのかも、知った。人には到底及ばないような、神も……感じた。」

「神の存在か。」

「神は存在じゃないよ。この世界そのものさ。」


彼は宗教でもやっていたのだろうか。


「それはそうと、僕は色々失敗を……取り返しのつかない最悪の失敗を繰り返しながらも、前回の世界よりはちょっとマシな程度にまで持ってくることが出来たんだ。そしてそうしている内に、元の、僕がこの世界に来た当初の時代に戻ってきた。」


しばらく間が空いた。


「でも僕の仲間と妻は生まれなかったんだ。」


体位が変わるだけで生まれる人は変わってくるだろうしなぁ。そりゃ元通りとはいかねぇよな。


「そりゃそうだよね。なんで、そんな簡単なことが分からなかったんだろう。

もう、あいつらの存在は、僕の記憶の中にしかない。他にも、僕のせいで生まれるはずだった人が生まれなかった。時間を戻す能力は、一回キリしか使えないからもう、どうしようもない。最悪なことをしてしまった。僕はまごう事なき大量殺人鬼だよ。」


正直、話が重すぎて情緒がついていっていなかった。お気の毒に、という感想しか持てない。聞かなきゃよかった、とも正直考えた。

だけど大量殺人鬼という言葉は不適切な気がするんだがなぁ。まぁ何を言っても、俺の言葉は薄っぺらい。この本には伝わらないだろう。


「それで絶望してお前さんは本になったのか?」

「いいや? 僕がこの世界に来たのは丁度今くらいの時期で、仲間や彼女が出来た時期も一緒。でもこの本は1000年前に作られた。これは矛盾しているよね。じゃあどういう事だと思う?」

「問題形式かよ……。」

「面白いでしょ。」


足りない頭をまわして、考える。


「もう一度、別の勇者の手によって、時間が巻き戻された?」


あまり考えたくない話だった。

幸い、「ブー。不正解。」と本から返事が来る。


「でも惜しいよ。間違っているところは、もう一度ってところだ。」

「え。」

「僕が知る限りでは――――、十回、巻き戻っているかな。」


彼曰く、この時期に、絶対時の能力を持った勇者が生まれるらしい。そしてその勇者は、必ず人類の初めの日に時を戻す。

どんな世界になっても、唯一、変わらない理だそうだ。恐らく要因がこちらの世界ではなく、あちらの世界にあるからだろう、と彼は述べた。


「何度も何度も繰り返しているうちに、精神的に限界になっちゃって、こうして本にしてもらったわけ。」

「よく死のうと思わなかったな。」

「やらなきゃいけないことがあるからね。もう2回くらい失敗しているから、三度めの正直ってことで、これで上手くいけたら今度こそ死ぬことにするよ。」

「やらなきゃいけないこと?」

「うん。さっき言ったように、この世界は何度も繰り返されている。でも本当ならこんなこと許されることじゃない。」


「だから」と言葉は続く。


「君を呼んだのはそれなんだよ。これから時の勇者が来る。説得して、戻すのを止めてくれないか。そしてそれが無理なら……。」


決してその後の言葉を言うことは無かったが、言いたいことは分かった。


「本当なら平和な手段で解決したい。だけど、そうやって2回とも失敗しているのさ。もう許されない。世界中の人のために、一人を犠牲にするなんて、馬鹿みたいだけど。」

「人生ままならねぇな。」

「僕はもう本生だけどね。ちなみにこれも聞いて欲しいんだけど、時の能力を持った勇者始め、そこそこの数の勇者が巻き戻った後も生き続けている。その中にはいろんな考えの人もいて、中には絶対人を殺さない主義の人もいる。」

「……。」

「勿論、歴史に介入するべきじゃない、という人もいれば、救えるものは救うべきだって人もいる。一部の勇者は、時の能力を持った勇者が狙われることを知っているし、守ろうとしている。前の僕みたいに平和的に解決しようとしているんだ。だから気を付けてね。でも君はマークされていないだろうから、動きやすいと思うよ。」


なんだか悪人みたいなことを言っているが、彼はきっと心優しい青年だったのだろう。

仲間思いで、彼女を愛して、でもそれだけじゃなく他も救いたいと願った。それはそんなに可笑しなことなのだろうか。

こんな報いを受けなきゃいけないようなことなのだろうか。可哀想に。でも俺の薄っぺらい同情なんて、彼はいらないだろから、ただ「まぁ善処はするぜ。」と返しておいた。


釈然としないものを抱えながら、地下から地上へ出る。

だだっ広い屋敷のだだっ広い廊下を歩いていると、そこには両側にずらっと綺麗に並んだ侍女達がいた。そして、その中を歩くオレンジ髪の女と若法王がいやに目についた。


あからさまに若法王はおどおどとしているが、誰も気に留めない。

彼の心境はいかほどのものか。どれだけ崇められても、どれだけ尊敬されても、結局のところそれは自分ではないと、きっと気づいているだろう。

透明人間みたいなもんだ。何をやっても許される代わりに、誰も彼を認知しない。

出来損ないだと指をさされ続けて、それに耐え続けて、得たものがこれじゃ救いようがない。何よりもう逃げることさえできないのが、あまりに可哀想だ。


全てを操っているように見えるオレンジ髪の女だって、きっと幸せではないのだろう。

お姫様になりたい、なんて言っていたが、要は愛されてぇっつーことだ。

能力を使えば若法王みたいになることも十分可能だし、お姫様になることだって夢物語ではないが、彼女はそれをしない。偽物を愛されてもどうしようもないことに、気づくほど、彼女は年を重ねてしまった。

だけど愛に飢えた化け物は愛を求め続けている。それはそれは自分に縋る存在に縋りたくなるくらいには。それでもきっと彼女が報われることは無いだろう。


「全く、ままならねぇな。」


人生は大変だ。

だからあんな嘘っぱちの宗教とか、根拠も何もない愛とか、縋りたくなる気持ちも分からなくはない。俺だって薬に縋った口だ。


何とも言えない感情を持て余しながら、帰路についた。




薬を打った時、最初は酷く気持ち悪かった。

友人は猿みたいにはぁはぁ言いながら、同じく薬をキメたクラブの女とトイレで盛っていたので、効き目には個人差があったのだろう。


だけど折角手に入れたチャンスを逃す手はなく、売人と縁を結び、薬を変え何度か試しているうちに、いつの間にかズブズブにハマっていた。


思えば、その頃が一番楽しかったような気がする。


だけど少しずつ、少しずつ、正気が無くなっていった。特に薬が切れた時は、自分は自分ではなかった。

愛情も、悲しみも、そこには無い。

心に渦巻く怒りと、焦燥感と、気持ち悪さ。それに耐えるだけの身体と精神。


かと言って、薬が効いている間は平静を保っていられるかと言うと、そうではなかった。

酩酊状態みたいなもんだ。もっと酷いか。何もかもが敏感になり、頭は冴えわたり、心は湧きたち、確かに楽しいが平静ではない。ジェットコースターの頂上付近にいる楽しさ、を濃くしたものという表現が近いだろうか。


言い訳するつもりは一切ない。全ては自業自得。


だが、世界に苦しみがある事がただただ不思議だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ