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天使は今日も動かない  作者: たいちゃん
小さな挿話
15/30

教えてね

*注意

視点が変わります。時間が戻ります。閑話です。


気づいたら、私は“奴隷”というモノだった。


ムチを持ったニンゲンから、いろいろ教えてもらった。奴隷としてのこころえ、ふるまい、ことば、ひょうじょう、いかにニンゲンが素晴らしいものなのか、いかに奴隷がみにくいものなのか。

痛いのは嫌なので、必死に覚えた。

その甲斐あって、奴隷の中ではそれなりに、いろいろ器用にできるほうだったけど、私が鞭に打たれる回数が減ることはなかった。

わたしには妹が一人いたからね。あの子はあまりゆうしゅうではなかったから、私がかばってあげなくてはいけなかった。


「おねえぇちゃん、ごめ゛んなさい、……ごめんなさい……。」


鞭で打たれることはほんとに痛くて痛くて、いろいろ不器用な妹に怒りを抱くこともあったし、見捨ててしまおうと思ったこともじつはあった。

けれどもその小さな手を離せなかったのは、……やっぱり妹だから、かな?


友達を見捨てたこともある……生きるために、誰かを裏切ったこともある。殺したこともある。

いたみや苦しさで、いろいろ大切なものを手放してしまったきがする。

それが奴隷というモノかもしれないけれど、でもね、もっともっと前は、もっともっと温かい心をもっていたんだ。ほんとだよ?

だけどだんだん、それをもっているのが苦しくなって、つらくなって、嫌になって、そしたらいつのまにかどっかやってしまった。そんな私に唯一残ったのが、妹へのあいじょう……か、どうかもわからない気持ち。


この気持ちをてばなしてしまえば、もう私のもっているモノは、なにもなくなる。

それはきっと、とても楽ちんだと思うよ。でも、なんでかわかんないけど、てばなすことが少し怖い。

だから私は今日も、妹の手をにぎってできるだけやさしく言うんだ。


「だいじょうぶだよ……だいじょうぶ。」


泣き止むまで、悲しい気持ちがすこしでもやわらかくなるまで、何度も何度もくりかえす。


「だいじょうぶ。」


小さな手を握りながら、かっすかすの心にある、わずかな温かい気持ちありったけを小さなこの子に送る。

どうか伝わりますように、と。


「だいじょうぶだからね。」


そんな毎日だった。


ある日、私達はきょうかいに買われた。私と妹と、他にもいくつかの奴隷が買われた。

きょうかいって何だろう、と思ったけれど、奴隷は無許可でニンゲンに発言してはいけないから、だまっていた。不安そうな妹の手をにぎり、妹が何かを言いそうになる度、あわてて口をふさぐ。


きょうかいはおおきかった。一度入る時に見ただけだけど、おおきくてきれいで、きらきらしてて、久しぶりに少し心がうきうきした。


そこで、“テンシサマ”という存在を知った。

ニンゲンよりも上の存在で、きせきをおこす存在らしい。よくわからないが、とてもすごい、ということなんだと思う。

「何それ変なのー。」と言った妹は、大きな男のニンゲンに殴られた。私はあわててかばう。痛い。妹はやっぱり、わんわん泣く。私はやっぱりこう言って慰める。


「だいじょうぶだよ。」


ここの生活も、前とそんなにかわらなかった。

ただひたすらに、“テンシサマ”のすばらしさを教えられた。どうやら“テンシサマ”はすべてを救う救世主らしい。とてもとてもすばらしい存在なのだそうだ。


「そんなテンシサマは、なんでわたしたちを救ってくれないのかなぁ?」


妹がそんなことを言ったので、私はあわてて口をふさいだ。きょうかいのニンゲンに聞かれたら大変だ。最悪、殺されてしまうかもしれない。じっさい、“テンシサマ”にしつれいなことを言った奴隷が殺されている。

けど、確かに思った。なんでだろう、と。

やっぱりテンシサマが救うのはニンゲンであって、奴隷はだめなのかな。


きょうかいでの生活は、だんだん、忙しくなっていった。色々覚えたり、いろいろ作ったり、うたをうたったり、ほんとに大変で、ねむる時間もすくなくなって、何かを考える時間も無くなっていった。頭が、ぼーっとした。

そのたびに、ニンゲンの「テンシサマは偉大である。テンシサマは素晴らしい。」という言葉が頭に入ってきて、あぁそうなのかな、って思った。


うたのうまい奴隷は、せいかたいってところにいれられた。わたしも妹も、ぜんぜんうまくなかったから、いれられなかった。

せいかたいにはいれば、お腹いっぱいたべられるってきいて、羨ましくなった。


妹はあいかわらず失敗が多かったけど、テンシサマにしつれいな何かを言うことはなくなった。そのおかげで、殴られることが少なくなった。

けれど、妹の表情はだんだん、ちょっとずつだけど、暗くなっていった。

妹の何か大切なものが壊れてしまう気がして、ぎゅっと抱きしめていつも通りいう。


「だいじょうぶだから。」


そのしゅんかんだけ、妹は少し笑うのだ。


「だいじょうぶ。」


しばらくそんな生活をしていると、きょうかいのニンゲンは私たちの存在の理由を教えてくれた。


私たちは、汚れを落とすために生まれてきたそうだ。ニンゲンが言うには、それは、とてもとてもすばらしく、こーえいなことらしい。

こーえい、とは、とてもありがとう、という意味。なるほど、と思う。テンシサマは素晴らしいのだから、そのテンシサマの汚れを落とす役目をもてたことは、こーえいだ。これは、よろこぶべきことだ。


まわりをみると、みんな、嬉しそうなかおをしていた。私も同じような顔をしていたのだろ思う。多分。

妹も同じような表情をしていた。

けれどそれが、嘘っこの顔であることは、姉である私にはすぐわかる。なんでそんな表情をするの?

不思議に思ったけど、けっきょくきけなかった。


きょうかいで、私達奴隷は大部屋を一つ与えられていた。そこで妹が、今まで見たことのない表情で私に言った。


———「逃げよう」、と。


なんでそんな事を言うのか、わからなかった。だってテンシサマをきよめるやくわりは、とてもすばらしいもので、こーえいなもので、逃げる意味なんてないと思ったからだ。……逃げる場所もないと思うけど。

ともかく、テンシサマのごいしにはんする存在は、はんぎゃくしゃだ。許されない、だめだめなそんざいだ。それってつまり、だめなことだ。

だからそんなこと言う妹に、とまどって、でも姉として、そんなこといっちゃだめだよって教えてあげた。やさしくやさしく、教えてあげた。

妹はまた泣いてしまったので、また手をぎゅっと握って言ってあげる。


「だいじょうぶだよ。」


妹が泣き止むまで、何度も何度も言ってあげた。




次の日、妹は殺された。




どうやら、逃げようと言ったことを、他の奴隷に聞かれて告げ口されてしまったらしい。おこったきょうかいのニンゲンに殺されてしまった。

妹の、妹だったものは、まっかっかで、どろどろで、汚くって、それでも妹だってわかった。悲しみとか怒りとかを感じなかったのは、きっと私がニンゲンではなく奴隷だからだろう。ニンゲンならこういう時、泣くんじゃないかなって思う。


奴隷である私はただ妹を見下ろしながら、もう、「だいじょうぶ」と言う必要はなくなったんだなぁ、って思っただけだった。


妹への温かい気持ちは、にせものだったのかな。それとも、どこかですてちゃったのかな。

なんでもいいや。わかることは一つだけ。

どうやら私の心には、なにものこっていなかったようだ。


あ、でも、このテンシサマを思うきもちはほんとだね。


じゃあ、まあ、いっか。


同じ部屋にいた奴隷たちは、しだいに、どんどんいなくなっていった。テンシサマをきよめるやくわりについたのだと思う。

私はうらやましくて、その日がすごくまちどおしかった。

これまでの人生で一番、とっても、わくわくしていた。そわそわしていた。


しばらくして、ついにその日がきた。

すばらしい、いだいな、とてもすばらしいテンシサマの役にたてる日がきたのだ。わたしは、こーえいです、こーえいです、ってくりかえした。

きょうかいのニンゲンは、まんぞくそうにわらった。


テンシサマは、きれいだった。せいなる泉の中心にいて、もちろん私達とはやっぱり違うし、ニンゲンとも違うなって思った。

こんなテンシサマのおやくにたてるなら、うれしいなっておもった。


テンシサマの入っている水に足をつけると、熱くって、思わずさけんでしまいそうだった。けれども、そんなことはできないから、熱いのを我慢して入る。体中が燃えているみたいだ。背中に、ねっしたてつをあてられたときに、似た痛さだけど、それよりひどい。けれど、あの時とちがって、うれしい。

テンシサマのおやくにたてるなら、こんな痛みなんのその。


テンシサマはその綺麗な、黒くてまんまるなめで、私達を見ていた。


「こーえいです……こーえいです……。」


うれしいなぁ。

私も、私の妹も、テンシサマのために死ぬんだ! 奴隷なのに、テンシサマの役に立てるんだね!

うれしいなぁ。うれしいなぁ。こーえいだなぁ。

あぁ、痛い、嬉しい、こーえいだ、すばらしい、テンシサマ、テンシサマ、テンシサマ、テンシサマ、テンシサマ……。




誰かに、手をつかまれた。





どうやら私は、テンシサマのために死ねなかったようだ。

私以外の奴隷は、テンシサマのために死んだのに……。


私ユウシャサマというニンゲンに、まよいのもりのかくれがという場所に連れてこられた。


奴隷はニンゲンにしたがう存在だ。だからていこうしない。だまって連れていかれる。

それと、ユウシャサマの脇には、テンシサマが抱えられているから、もしかしたらまだテンシサマのためにお役にたてることがあるかもしれない、なんて思う。

足がなくなった私に、何かできることがあるかはわからないけど。あるといいなぁ。


まよいのもりのかくれがには、ユウシャサマと、女のニンゲンと男のニンゲンが一人づついた。ニンゲンは私をなぐったり、鞭でたたいたり、けったり、くるしめたりすることはなかった。

そして私のことを、「ちび」と呼ぶ。「おちびちゃん」と呼ぶ。

名前、ってやつだろうか。奴隷に名前つけるなんて、めずらしい。しかもその名前を呼ぶとき、大事そうに大事そうに呼んでくれるのだ。まるでいとしいなにかを呼ぶように、優しく優しく。


その言い方には、おぼえがあった。

私が妹を呼ぶとき、そして妹が私を呼ぶとき、そういうふうに言っていたようなきがする。


なんだか冷たい心に、少しだけ温かさが戻ってきた気がした。


あぁ、うれしい。うれしいうれしいうれしい。


「う!」


なんだかうれしくって、思わず声を出してしまった。あーあ殴られるかなぁ、って思ったけど、ユウシャサマはただ笑って「どうしたの?」と言ってくれる。

それがうれしかった。

うれしくて抱き着いた。それもユウシャサマは受け入れてくれる。

妹が死んでから初めて、人肌の温かさにふれて、あぁこんなかんじだったなって思った。温度とか、触っているとやすらぐとことかは、ユウシャサマも妹もいっしょだった。


女のニンゲンも、よく私に抱き着いてきてくれた。なんだかほっとした。あまいかおりが妹と似ていて好きだな、って思った。

男のニンゲンも、よく頭をなでてくれた。優しいけど、不器用なさわりかたは、どうしても妹を思い出す。


ある日、テンシサマが目を覚ました。


テンシサマは相変わらず、きれいだし、いろいろすごい感じがしたけど、ここにいるニンゲンたちは、きょうかいのニンゲンと違って、テンシサマをすごいとは言わなかった。ただのニンゲンとして話しているようだった。

テンシサマは何も言わなかった。


もしかして、テンシサマはニンゲンかもしれない、って思った。


ニンゲンたちは、私をつれてよく、外にだしてくれた。おにわっていうらしい。空がきれいだった。

私が見たことがある空は水色だけだったけど、赤とか黒とかもあることも知った。

赤い空は、とっても綺麗だ。黒い空も、おほしさまが点々としていて、とってもすてきだ。


……妹と一緒に見たかったなぁ。


でも、妹とは一生会えない事を思い出して、あぁって思う。悲しいってこういう事かなって思って、なぐられたわけでもないのに、はなのおくが、じーんと痛む。

そしてふと思い出した。


逃げよう、ってあの子は言ったんだった。


……あぁ。

なんで私は、その時あの子の小さな手をにぎって、うん逃げよう、って言えなかったんだろう。

あの子がどれだけの勇気をだして言ったのか、どうして私はわかってあげられなかったのだろう。なんで……一緒に死んであげられなかったのだろう。

だめだめなのは妹じゃなくて自分だった。


「う……うぅ。」


ごめんなさい。ごめんなさい。

あの子はどういう気持ちで死んだんだろう。きっと……、私にうらぎられたっておもって死んだのかな。


「うぅ……。」


ごめんなさい。ごめんなさい。

いつのまにか、私はなにかを言うことができなくなっていたけど、言えたってもう意味がない。

私の気持ちを伝えたいあの子は、もう死んだのだ。


「うぅぅ……うぅ!!」


本当に久しぶりに、ぽろぽろと目からなみだがでた。

どこからか、おちびちゃん!? ってあわてた声が聞こえて、女のニンゲンが私を抱きしめてくれた。


「どうしたの? なにかあった?」

「うぅ……。」

「……。……大丈夫よ。こういう時はね、思いっきり泣いたほうがいいわ。」


女の人は、だいじょうぶ、だいじょうぶって、何度も何度も言ってくれる。

その言葉は優しくて優しくて、なんだか安心した。妹も、私の、だいじょうぶってことばに安心してくれたのだろうか。だったらいいなぁ。


でも、もう死んじゃったんだね……。


とてもかなしくって、かなしくって、結局私はよるになるまで、ずっと泣いていた。

ずっとずっと、女の人は私を抱きしめてくれた。





迷いの森の隠れ家にきて、かなりの時間が経った。


私は色々、数字とか文字を教わった。それと、まだ喋れないけど、ちゃんと人の話を理解できるようになった。

足も、義足を作ってもらって、しっかりと歩けるようになっている。走ることもできるし、じゃんぷもできる。

嬉しいなって思う。もちろん、動けるようになったのも嬉しいけど、動けるようになるために、みんなが色々してくれたのが嬉しいのだ。そういう気持ちが、私の心を温めて、優しい心にしてくれる。


ある日、家に、医者っていう職種の人が来た。勇者様が連れてきたらしい。


「定期健診ってやつだ。」


勇者様はそう言ったけど、それってどういう意味だろう。あとで聞いてみよう。

ちなみに医者は、女性のエルフだった。エルフは耳が長く、身体が細く、森と共に生きる種族だって言ってた。

医者様はしゃがんで、優しい笑顔で私の健康状態を確かめてくれる。


「うん……、身体はもうだいじょうぶそう、うん……。」


翡翠色のキラキラした目が、私の目をまっすぐ見た。綺麗だなぁって思う。


「問題は……心。」

「う?」

「うん……。貴女の心は……、まだ、欠けたまま。」


それってどういうことかな。心が完全じゃないってこと?

でも温かい気持ちも、優しい気持ちも、取り戻せたと思うけどなぁ。


そんな私の気持ちを見抜いたように、彼女は言った。


「あなたの心は、……その気持ちは……、うん、偽りではないんだけど、でも、きっと……外から支えられたものというか……流れてきたものをそのまま入れただけというか……。少し、うすっぺらい。」

「う?」

「だから綺麗で、優しくって、温かくって……でも、うん、それはまだ完全な心とは……言えないかもしれない。」


どういう意味だろう。


「ええとね、人間のきもちはね……うん。もっと清濁あわせもった……って言っても分からないか。ええと……うん、汚い部分もなくてはだめなの。」

「?」

「……綺麗な心だけ持っていれば、もしかしたら、うん、ある意味……楽かもしれないね。でも、それじゃあ……ほんとの優しい気持ちは持てないの……うん。それはほんとの心じゃないの……。」

「う?」

「うん……あなたの心の欠片は……あなたの胸の、ずっとずっと奥に……うん、眠ったまま……。あなたも……まだ、きっと見えない……。」


彼女は私の肩に手を置いて、目をまっすぐ見て、何かを伝えようとしてくれてるのはわかる。でも……その内容が、よくわからない。

私の頭がぽんこつなのは知ってたけど……。医者様は丁寧に、わかりやすく教えてくれようとしているのに、それでもわからないほどらしい。悲しいし、ごめんなさいって思う。


「う……。」


彼女はあわてて、首を横にふった。


「だいじょうぶ。わからなくても、うん、……気にしないで。ごめんね……とても難しいことを言った。」

「う……。」

「まだ……わからなくても、うん、いいの。むしろ……まだわからないほうがいい……。でも……あたまのすみっこに、今日言ったことを置いといてくれると嬉しいな……。」

「うー!」


そう言う彼女の声が、表情が、手の触れ方が、とてもとてもやさしくって、その優しさが私の心に流れ込んで、ぽかぽか温かくなるのが分かる。

でもこれは、ほんとの心じゃないのかな?

さっきの話の意味が分かる日が、いつかはくるかな。その時の私は、きっと喋れるようになっていると思う。

なんとなく、そんな予感がするんだ。


お空が赤い夕時。医者様が玄関で、何かを話しているのが聞こえた。勇者様と、先輩と、最近心の中でお姉ちゃんと呼んでいる女性がそこにいた。


「きっと……あの子が本当に幸せになるためには……うん、完全な心が必要……。だけどね、それがあの子にとってどれだけ酷か……。うん。…………うん。わかってあげて。そして、ゆっくりと……、治るまで付き合って、支えてあげて。」

「……はい、勿論。そのつもりです。」

「うん。焦っちゃだめだよ……。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり……うん、平穏な中で取り戻していけば、大丈夫だから。」

「ありがとうございます。」


そう言って医者様は、勇者様とともに玄関を出ていった。勇者様は、彼女をエルフの里まで送ってあげるそうだ。

迷いの森は、勇者がいないと迷ってしまうそうだから、これは必要なことだ。


それにしても私の今の心は、治療が必要なほどひどいのかな?





この家のソファにはいつも天ちゃんがいる。


天ちゃんは、テンシサマのことだ。ここでは天ちゃんと呼ばれている。だから、私もそう呼ぶことにした。

彼女はいつも動かない。澄んだ目がいつもぼんやり遠くを見ている。うーん、何を思っているのかな。全く想像できないなぁ。

でも、そんな彼女の目は、やっぱり何度見ても綺麗だなって思う。ほんとうにたまに動かす目は、黒色のはずなのに、キラキラ透き通るガラス玉のようだ。


天ちゃんの義足は関節でゆるく曲げられて、ソファの端に足先がついている。手はお腹の上で組まれておかれている。

彼女が義手や義足をつけて長いことたつけど、それが動いたことは、まだ、一度もない。


たぶん、動かす気がない。


なんでかな。動かしたくないのかな。でも、自由に歩いたり走ったり、踊ったりすることはとても楽しいんだけどなぁ。

天ちゃんにも、その楽しさを知って欲しいなぁ。


でも、無理やり動かすのはだめだな、って思う。奴隷の時、眠くても疲れても痛くても、だるくても辛くても、そんなの関係なしに動かされた。何かを押しながら裸足で歩いたり、鞭に打たれながら走ったり、した。

それは、まったく楽しくなかったから、天ちゃんにもそうしちゃだめだ。

自分のされたくないことは、相手にもしてはいけないわ、ってお姉ちゃん言っていたからね。


その後で先輩に「んなの、ケースバイケースだろぉ。」と言われて、「むむ。そんな事言ったら、混乱しちゃうわ!」と返していたけど……。

勇者様も、「とりあえず、その考えで良いと思う。」と言っていたので、とりあえずはこれいいようだ。


それから、自分のしてほしいことを相手にもしてあげるといいわよ、とも言っていた。


だから、天ちゃんが困っていたら、助けてあげたいと思う。守ってあげたいと思う。勇者様が、先輩が、お姉ちゃんがそうしてくれたように、私も……。私がしてほしかったことを、してもらって嬉しかったことを、天ちゃんに。

みんながくれた優しさを、天ちゃんにもわけてあげたいんだ。


それに、今度こそ、って思う。


天ちゃんは妹じゃないけど、家族だ。

だからこれは、神様がくれた第二のチャンスかもしれない。今度こそ、間違えたりはしないからね。

口だけじゃない。ちゃんと守ってあげてから「だいじょうぶ。」って言うんだ。


「う!」


守れるようになるころには、きっと喋れるようになっているはずだから。


……それにしても、私は天ちゃんのことを何も知らないなぁ。


天ちゃんは喋らないけど、じゃあなんで喋らないんだろう。なんで動かないんだろう。彼女の人生はどんなんだったのだろう。

何を思っているのかな。何が好きなのかな。


時々、天ちゃんは絶望してるんじゃないかって思う。生きる気力を感じない。それは、昔の私みたいで……。

何があったのか知らないけど、きっと辛かったんだろうなって思う。それは言葉を失い、気力を奪うくらいに。


今だから分かるけど、私は昔、地獄にいた。それでも正気を保っていられたのは、妹という支えがあったから。温かさがあったから。

じゃあ、天ちゃんは? そういう存在はあったのだろうか。


天使として扱われてはいたけど、両手足を切り取られている時点で、まともな扱いであったとは思えない。もしかしたら私よりもずっとずっと酷い環境だったのかもしれない。その中で、手の温もりも、優しさも知らずに生きていたとしたら……。


ゾッとする。それって、本当の絶望だと思う。


「う……。」


私はみんなに救われたけど、彼女はきっとまだ、絶望の中にいるんじゃないかな?


だとしたら……それはとても、可哀想だ。

助けてあげたい、と思う。

でも、生きる気持ちもなくすくらいの絶望から、どうやって彼女を救ってあげられるだろう。


わからない。でも助けてあげたい。


とにかく私は彼女の手をにぎった。本当は抱き着きたいけれど、そうしたら何となく天ちゃんは壊れてしまいそうな気がする。

彼女の手は義手だけど、それでも温かさは伝わればいいなって思う。

そして少しでも安心してくれたらって思う。


天ちゃんの心が治ったら、そして私の声が戻ったら、彼女に私の大好きな妹の話をしてあげよう。

だから、天ちゃんのことも教えてね。


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