第6話 アイテムの持ち主に選ばれた理由が、なんというか、その……
「いったいティコティスは……どこまで、私がここにくるまえにいた世界について知っているの? たしかに私は、ティコティスの言う『別の世界』から、精霊さんに、この世界に『とばされて』しまったみたいなの――。もしかして、ティコティスも『精霊』なの?」
私が会った、池の精霊さんは、人間とおなじような姿形をしていた。
ティコティスは、うさぎのすがたをしているけれど、精霊全員が人間みたいな容姿をしているとは限らないんじゃないかな。
池の精霊さんは、人の心を読むことができるのは、ごく一部の精霊だけだと言っていた。
だとすると、人の心が読めなくても、ティコティスも何かしらの精霊とか?
可能性は高いかも。
……だって、私をこの世界にとばしたのは、精霊さん。
そしてティコティスは私を『別の世界』から『とばされ』たのかと聞く。
(しかも、わりと普通のテンションで)
目のまえにいるティコティスも、精霊なのかも……。
私がそう思ってしまうのも、ある意味当然かもしれない。
そんな私の問いに、ティコティスはサラリと答えた。
「ぼくはセイレイじゃないよ」
「えっ……。じゃあ、ティコティスは――」
「ぼくはセイレイじゃなくて、セイジュウだよ」
精霊ではなくて、精獣。
獣の精みたいな意味?
それとも聖獣。聖なる獣 (ユニコーン的な生物ってこと?) という意味?
頭の中が、はてなマークでいっぱいの私に、ティコティスが言った。
「ぼく自身はセイレイじゃないけど、セイジュウとして、きみがいま困っていることがあったら助けになれるかもしれないよ」
「ほんとっ!」
私は、くい気味に返事をした。
だって、いきなり別の世界に送られて、『別に困っていない人』って、滅多にいないと思う。
そして、ティコティスは私が別の世界――私からみたら異世界――に、とばされたことを知っている。
日本語は通じるし、味方になってくれるのなら心強い。
……まあ、ティコティスのことを「心強い」とだけ思うわけには、いかない面もあるけど……。
なぜって、ティコティスのやさしげだけど、のほほんとした対応には、若干の不安もある。
(「大変だっ! 別の世界から人間がとばされてきた!!」ではなく、「こんにちは~」からの「別の世界から、とばされてやってきた人間だよね?」だし……)
ティコティスのことは、いいうさぎだと信じているけど、うさぎの常識と善悪は、人間のそれとはズレている気がする。
人だって、国や時代がちがえば常識は変わる。
善悪の基準にいたっては、国や時代がいっしょであっても、個人個人でかなり差があると思う。
人間同士でさえそうなんだから、どうみたって異なる種族のティコティスに、私の持っている常識がそのまま通じる可能性は低いはず。
私はティコティスの親切心に期待しすぎて、あとで自分がガッカリしないよう心に決めたうえで。
いまの自分の状況――なんで、ここにいるのか――を話してみた。
なるべく手短に、簡潔に。
今日、私はあやまって池に落ちてしまった。
すると、その池の精霊だと名乗る女性があらわれて、私と問答。
彼女は「唯花は死んだわけじゃない。でも、異世界に送ってあげる」と言い、私は気づくとこの場所に……。
ティコティスは私の話を興味深げに聞いている。
ときどき、フムフムと相づちをうちながら。
ひととおりの説明を終えた私に、ティコティスはしみじみと言った。
「そっかー。大変だったね」
「うん、今日一日で何度ハラハラドキドキしたことか……」
私の言葉をさえぎるように、ティコティスは、やや唐突にしゃべりだした。
「そうだっ! 唯花に、これをあげるね」
ティコティスは首まわりに、ちょこんとした前足をまわし、自分が首にしていた何かをはずした。
いままでフサフサの毛におおわれてみえていなかっただけで、どうやらティコティスは、ずっと首にチョーカーのようなアクセサリーをしていたみたい。
(うさぎさんだし、体には何も身につけてない、人ならばハダカの状態でうかんでたのかと思ってた)
はずしたばかりのチョーカーを私にさしだす。
「……ティコティス、これは?」
「みてのとおり、チョーカー。唯花とぼくが友達になったしるしだよ」
「ありがとう。でも、私に合うサイズかなぁ」
「たぶん、大丈夫だよ」
ティコティスはクリっとした目をキラキラさせて、「つけてみて、つけてみて」と瞳で、うったえてくる。
そんなに期待をこめられた目でみつめられると、ことわることなんてできない。
ティコティスは「大丈夫だよ」なんて軽く言うけど、本当にサイズはあうんだろうか。
平均的な体型の二十代女性 (私) と平均的なサイズのうさぎ (ティコティス) とでは、首まわりの長さがちがうんじゃない?
リボン結びする、ヒモでできた長めのチョーカーならともかく、目のまえのチョーカーは金属製のようにみえる。
さらにいえば、金属でできているけど、中央部分にはオレンジ色に光る石がひとつ、はめ込まれていて、チョーカーの両端についている留金でとめるデザインになっているみたい。
あ、もしかして、ある程度のサイズの誤差なら、調節できるつくりになってるのかな。
私はティコティスからチョーカーをうけとり、ためしに自分の首につけてみる。
パチン、と留金がはまり、途端にオレンジ色の石がはめ込まれたあたりから1メートルほどの光のすじが放射状になって輝く。
周囲がまばゆい光で、きらめく。
(な、何……これ!?)
ほんの数秒のできごとだったけど、私がおどろくには充分だった。
しかも、私がチョーカーをつけたことによって起きた変化は、まだあった。
つけた瞬間、私の頭から何かが抜きとられたようなヘンな感覚がした。
軽いめまいとともに、まるで、脳から記憶がシュッなくなるような、奇妙な感じ。
記憶がなくなる?
……いやいや、私、べつに記憶喪失には、なってないよね。
ためしに私は今日起きたことを思い返してみる。
今日、私はあやまって池に落ちてしまった。
すると、その池の精霊だと名乗る女性があらわれて私と問答。
彼女は「唯花は死んだわけじゃない。でも、異世界に送ってあげる」と言い、私は気づくとこの場所に……。
ほら、さっきティコティスに説明したとおり、ちゃんとおぼえてる。
もっとくわしく言うことだってできる。
私の名前は睦月 唯花。
公園に行くまえは会社で今日の業務をこなしていた。
この会社に勤務するのは今月まで。
仕事の引き継ぎは無事に終わってる。
公園に行った理由は健太郎と待ちあわせをしていたから。
その健太郎にはフラれてしまった。
(思いだすのも、なんかシャクだけど、健太郎に面と向かって別れを告げられたんじゃなくて、スマホで『もう別れよう』って言われたんだった)
思い返したくないことまで頭によみがえってきちゃったけど、これは私の記憶がはっきりしている証拠でもある。
そうなると――。
チョーカーをつけたとき感じた、自分の頭の中から記憶が抜け落ちるような、奇妙な感覚は、いったいなんだったの?
私の記憶はちゃんとしているのに。
不可解さのあまり、私はティコティスに、うったえかけるように質問する。
「これは何なのっ……!?」
ティコティスは、いままでとおなじく、ほのぼのムードをただよわせたまま言う。
「おめでとう、唯花」
「へ……? 何が?」
ティコティスは、口角をあげてニッコリほほえむ。
「ぼくの思ったとおり、唯花はチョーカーの新しい持ち主に選ばれたよ」
「選ばれるも何も、……ティコティスが私にくれるって言ったんじゃ……」
「うん! 唯花ならきっと大丈夫だとぼくは思ったから。でも、最終的な判断は、チョーカーに、はめ込まれた魔石自身の意思にゆだねられるから」
――魔石。
また、ファンタジーっぽいものがでてきた。
魔法の力を持つ石ってこと?
しかも、ただ単に魔力のそなわった石ってワケじゃないっぽい。
このチョーカーについてる魔石とやらは、意思を持つらしい。石だけに。
……なんて、コテコテのダジャレを考えている場合じゃない!
魔力を持つ不思議な石に選ばれた――。
これまたファンタジーの王道の展開っぽいけど。
まさかティコティスは「さあ、きみが救世主になってこの世界を救うんだ!」とか言いだすつもりなんじゃ……。
私、まだこれといった特技やスキルないよ。
今月まで在籍予定の、いまの会社にいて、何度もそう思った。
だから、それなら、何か自分の強みになるようなものをつくりたい。
何か資格の勉強もしたいなと思ってるところだったし。
現代日本で
「これからがんばっていこう。ほそぼそと自分のできる範囲でやれることをみつけていくんだ」
と思っていた私に、いきなり異世界を救うことは――。
どう考えてもむずかしいだろう。
……というより無謀すぎ。
でもティコティスは、私が別の世界からきたっていうだけで、ファンタジー世界の常識として、世界を救うように頼んでくるかもしれない。
私は先手を打つようにティコティスに言った。
「私、ひとつの世界を救うような特技もスキルも持っていないよ。ティコティスが友達のあかしっていうから、このチョーカーをつけただけで。だから救世主とかムリだよっ」
ティコティスはポカンと小首をかしげた。
「……救う? きみが救世主になって、この世界を?」
大きな黒い目が不思議そうに私をみつめている。
……あれ、私のカンちがい?
べつにティコティスは私に頼みごとをするつもりではない?
「じゃあ、このチョーカーは、いったい……」
ティコティスは私の質問に答える。
「そのチョーカーは、この世界の言葉ときみが使っている言葉を自動翻訳してくれるアイテムだよ。チョーカーについてる石『コトノハの魔石』は、すぐれものなんだ。同時通訳してくれる人がそばにいてくれてるって思えばいいんじゃないかな」
えっ、ティコティスはそんな便利なものを私にくれたの?
……や、やさしい!
「ありがとう~」
お礼を言う私にティコティスが続けた。
「見知らぬ土地で言葉が通じないと不便でしょ。ぼくは言葉をおぼえるのが得意だけど、そうじゃない子もいる。だからぼくは、そのチョーカーを肌身離さず持ってて、他の世界からやってきた子をみつけるたびにあげてるんだっ」
本当になんて、親切なうさぎさんなんだ。
「ティコティスって、とってもやさしくて、えらい子だね。私、すごくうれしいよ」
「へへっ! どういたしまして。わーい、わーい」
ティコティスは、ほめられたことがうれしくてたまらないといった様子でピョーンピョーンと上下にとびはねる。
この跳躍力も、なにかしらの魔法のアイテムの力が作用しているからなのかな……。
ティコティスは私と初めて会ったときから、ずっと体を宙にうかせている。
その状態から、さらに上方向にいきおいよくジャンプしている、いまのティコティスは、私の背より1メートルくらい上までとびあがっていた。
そうかと思えば、私の頭と同じくらいの位置にまでもどってきて(宙にうかんでいるから着地とは言わないよね)、また1メートルほど上に跳ねる。
そのくりかえし。
トランポリンで、はしゃいでいるちいさな子どもみたいだ。
元気いっぱいご機嫌なティコティスをみて、ふと疑問がうかんだ。
「あれ? ……でも、同時通訳してくれる魔法の石は、自分の意思で持ち主を選ぶっていうのは、どういうこと?」
とびはねながらティコティスが言う。
「『コトノハの魔石』は、現在困っている人、このままだと困りそうな人の力になりたがる習性があってね。この石の得意分野は言語だから、すぐに言葉を習得してしまう者よりも、習得に時間を要する者のところへ行きたがるんだ」
ええっ。……そ、それって意思を持つ超自然的なアイテムから、私は外国語の習得が遅そう、不得手そう……って判断されたってことだよね。
ちょっと複雑。
「ぼくの生まれ育った世界には普通に普及しているアイテムだけど、この世界では制作されてないものだから、きみに渡せてよかったよ」
外国語習得能力に長けていないことを一瞬で見抜かれたからと知ってしまうと、手放しにはよろこべないけど――。
同時通訳可能な機能がついてるものをもらえたのは、たしかによかったのかも。
言葉のちがう世界にやってきてしまった私の必須アイテムになりそう。
いまのところ、日本語を話せるティコティスとしか会ってないから会話に困ってないよ。――でも。
この世界の言葉のみ使う人たちと私がしゃべるには、なんらかのお助けアイテムか通訳をしてくれる人がいないと不可能だ。
私の持ってるスマホに限らず、異世界の言語にまで対応した翻訳アプリなんてないんだし。
……それとも秘密裏にそういうアプリも、もうすでに開発されてて、異世界トリップしちゃった人たちのあいだで普及してるとか?
まあ、どちらにしても、私のスマホはネットにつながらないから、新たな情報を得ることは不可能なんだけど。
――というか。
ティコティスはいま、すごく重要なことを言ってた気がする。
『きみに渡せてよかったよ』のまえに。
たしか『ぼくの生まれ育った世界には』とか『この世界には』みたいなこと、言わなかった?
さっきティコティスは、この国は人間の王が治めている人間たちの国。
この世界には、うさぎの国も、ガリバー旅行記にでてくるような、馬の国もない。
そう教えてくれたはず。
人間が治める国でも、ファンタジー世界なら、おしゃべりできるうさぎさんもいて、彼らと平和に共存してる、絵本のようなメルヘンチックな国なのかも、と――勝手に納得していた私だったけど……。
そもそもティコティスは、この世界の住人というわけでは、ない?
わきでた疑問の答えを求めて、興奮気味にティコティスに質問した。
「ちょっと待ってっ! それじゃあ、ティコティスも……この国とはちがう、他の世界からやってきた者だっていうの?」
ティコティスは大きな目をいたずらっぽく光らせ答えた。
「そうだよ。ぼくは唯花がいた世界に行ったことがあるし、この世界にも、もう何度もきているけど――。でも、ぼくが生まれ育った世界は全然別のところにあるんだ。こことも、きみがいた世界とも、まったくちがう場所にね」
ティコティス、あなたはいったい何者で、なんのために、この世界にいるの?
自分の意思で、ここにやってきたの?
それとも、私のように、とばされてきたの?
だから私をみつけて声をかけてきたの?
私と意思疎通できるように、私が話せる言葉を使って――。
聞きたいことはたくさんある。
もちろん私は質問するつもりだった。
だけど……。
私が口をひらきかけた瞬間。
――ピピピピピピピ……
いきなりあたりに、ピピピピ……という音が鳴りだした。