第26話 魔力のあるものとないもの。どっちが……
ノイーレ王国の蚤の市をロエルといっしょにまわっている私は、たくさんの鏡を売っている露店の前で立ち止っていた。
「この鏡にも魔力が宿っているの?」
私は隣にいるロエルにそれとなく聞いてみたつもりだったんだけど、露店の店主と思わしき男性が答えを教えてくれた。
「いえいえ、お嬢さん。この鏡には魔力が宿っていませんから、未使用品としてお好きに使うことができますよ。年代もので古そうにみえる鏡もありますが、骨董品ではなく復刻デザインですので価格はお手ごろかと」
…………???
魔力が宿ってないから、好きに使うことができる?
店主であろう人の言っている意味がいまいち理解できずにいる私は、自然とロエルをみつめてしまった。
いったいどういうことなの? 教えてロエル! って思いをこめて。
ロエルは私、睦月 唯花が異世界トリップしてきたことを知っている。
一方、この町は港が近く、外国人もたくさん行き交っているそうだから――店主さんからみたら私は『異国からやってきた異民族の客』といった印象なのかも。
そして、この国――ノイーレ王国――だけでなく、この世界の人類は魔力によって進化をとげたという……。魔力の宿ってない鏡だから好きに使えるといった説明は、この世界の住人なら国をとわず通じる一般常識らしい。
ロエルは私の耳元に唇をよせ、小声で話してくれた。
「この世界では、まだ魔力の宿ってない鏡を入手して、自分の用途に応じて魔鏡にすることが多いんだ。ただ単に姿見として もちいることもあるがな」
うーん。まだ100パーセントは理解できてないけど。たとえるなら――紙のノートは未使用のものがいい。新品のノートに自分が書きとめておきたいことをつづっていきたい。たとえ最初の1ページだけでも知らない誰かが使ってたものを自分のノートとして使うのはちょっと、いやかなり抵抗ある……みたいなもの?
現代日本でだって、たまーにフリーマーケットで最初のほうは使ってあるノートが売られてることがある。
たぶん出品した人は、ちょっとだけ使ったことを忘れちゃって売りにだしたんだと思うけど。
はたして、ノートにたとえて正解なのか。自信はまったくない。
私からしたら、魔法のかかった鏡のほうが、いかにも必需品のファンタジーアイテムっぽく感じるし。
それでも、この世界の人たちにとっては、なんの魔力もあびてない、まっさらなただの鏡のほうが、自分ですきにカスタマイズできるから便利ってことだよね。多分。
私の解釈があってるのかは微妙だけど――。なんといっても、私は21世紀の地球から異世界にやってきて、まだ2日目。
この世界を理解することにあせっちゃいけない。
私は鏡について説明してくれたロエルに向かって「そうだったんだ」という意味をこめて相づちを打った。
ロエルはほほえむ。
この世界の常識は知らないことばかりな私が質問しても、「こんなことも知らないのか、異世界人は……」と馬鹿にすることも、「えーっ、また説明するのか~」と面倒くさがることもしないロエルは、やさしくて親切。
きっとロエルは、「もしも突如、異なる世界に転移してしまったら、とてつもなくあせるだろう。不安にもなるだろう。知らないことばかり、知らない者ばかりで、さぞかし困惑するだろう」と、私の境遇を慮って親身になってくれてるんだと思う。
彼の善意に甘えすぎちゃよくないのは、わかってる。
少しでも恩返ししたくて、私はロエルの助手になる決意をしたのだし。
(ロエルも、もし私がやってきた世界のことで知りたいことがあったらどんどん聞いてね。私は自分がいた世界のことを何でも知ってるわけじゃないから、ロエルのように流暢に解説できないことも多いと思うけど――でも、できるかぎりがんばるよ)
そう思ったとき、私は自分が見ていた鏡の手前に、小さな砂時計が置かれていることに気がついた。