第23話 町に買い物へ
ロエルの仕事の助手になること、そして婚約者のフリをすることが決まった私は――。ロエルとともに町に到着した。
ロエルが昨日、私に行かないかと誘った町だ。
この町は港に近く、いろいろな国の人が行き交い、市場も店も活気があるという。
「ロエル! たくさんお店があって、すごくにぎわってるのね」
「ああ、大抵の買い物は、この町だけで大丈夫だろう。ユイカが今朝、オレにくれた『異なる世界の食べ物』を売っている店は、どこを探してもみあたらないと思うけどね」
人の多い町の通りをきょろきょろしている私に話しかけるロエル。
彼は口元に笑みをうかべ、ご機嫌な様子。
ロエルの言う『異なる世界の食べ物』っていうのは……今日の朝、私が彼にあげた蜂蜜のキャンディのこと。
今朝の私は、ロエルがのどを痛めているとカン違いして、のどによさそうなキャンディを彼に渡した。
そもそも私は、昨日の会社帰りに異世界トリップしちゃったものだから、そのとき、通勤用のバッグもバッグの中身も――。私、睦月 唯花といっしょに異世界へやってきた。
携帯していたスマホは、ネットも電話も無理だった。
でも、キャンディなら甘い味を楽しませ、栄養になってくれるという、本来の用途は全うしてくれる。
私が持っていたのは、現代日本のドラッグストアやコンビニに行けばすぐに手に入る、一般的な蜂蜜のキャンディ。
だけど、この世界に住んでいるロエルにとっては、たしかに『異なる世界の食べ物』になる。
この世界にやってきてから、お世話になりっぱなしのロエルが、あのキャンディを気に入ってくれたのならよかった、よかった。
「ユイカがうれしそうで、安心した。きみをここにつれてきて正解だったな」
そう口にするロエルだって、やわらかな笑顔をみせていて、とってもうれしそうだ。
「ロエル、まずは何を買いに行くの?」
「それは、やはり――」
やはり……?
「ユイカの服だろう。きみはオレの仕事を手伝うと約束してくれた。仕事に必要な服をそろえるのは、あたりまえだろ」
今の私が着ている服 (スカート丈の長いデザインのわりには比較的動きやすい、ヨーロピアンテイストなドレス)は、ロエルの館で働いている青年、ペピートがロエルに頼まれて用意してくれたもの。
私はバッグだけじゃなく服もそのままの状態で異世界トリップしたんだけど、私の服装――現代日本の20代女性の通勤時の姿としては、ごくありふれた格好――は、この世界の人には『珍妙』に うつるらしい。
職場や職種が変われば、職務時間中に着るのにふさわしい服も変わるのは、よくあること。
異世界トリップしなくても、私は昨日まで働いていた会社には今月までしかいない予定だった。
今となっては、担当業務の引き継ぎがつつがなく終わっていることが、せめてもの救いだ。
(私が、ついさっき引き受けると答えた、新しい仕事。それは、ロエルの助手になることだから――たとえ私が自分のクローゼットごと異世界トリップしたとしても、仕事用の服は新たに必要になったはず……)
そして、私には注意しておくべきことがある。
ロエルの本業はトレジャーハンター。だけど彼は表向きには、王立魔術研究所に所属している魔術師。
この町の通りは、人がたくさんいるから
『トレジャーハンターの助手って、どんな服がいるの? やっぱり、いかにも秘境を冒険する探検家っぽい服装?』
なんてロエルに聞けない。
そもそも翻訳機能のあるチョーカーを私がしているおかげで、この世界の人たちと無理なく会話ができるといっても『いかにも秘境を冒険する探検家っぽい服装』という言葉だけでは、あの格好をそのまま頭の中にイメージしてもらうことはできないと思う。
この世界にはこの世界の、探検には定番の服というのがあるような気がする。
それはともかくとして――。
(『本業はトレジャーハンターであるロエルの助手に私はなったわけだけど……』なんてわざわざ言わないにしたって、トレジャーハンターという単語自体、人が多いところでは避けたほうが無難だよね)
日本の古いことわざでも、『壁に耳あり障子に目あり』って言うくらいだし、誰が聞いているかわからない。
現にロエルだって、今『オレの仕事』としか言わなかった。
「さあ、ユイカの服をさがそうか」
ロエルが私に告げたとき。
私の視界にあるものがうつった。それは――。